いつしかついて来た犬と浜辺にいる

気になる事件と考えごと

太宰府主婦暴行死事件

2019年(令和元年)、福岡県太宰府市で主婦が死亡した傷害致死事件について。主犯格の女は複数の被害者を抑圧してマインドコントロールしながら金銭をむしり続けていた。家族が相談に訪れていた警察の対応が事態を最悪の結末に導いたと批判を浴びた。

 

早朝の変死事件

2019年10月20日6時15分頃、福岡県太宰府市高尾1丁目のインターネットカフェの駐車場から「女性の意識がない」と男性が119番通報した。救急隊の到着時にはすでに女性は心肺停止状態で、病院に搬送されたがおよそ1時間後に死亡が確認された。

死亡したのは、佐賀県基山町の主婦・高畑(こうはた)瑠美さん(36)。

全身には多くの痣があり、筑紫署は車に同乗していた男女3人が瑠美さんの死亡の経緯を知っていると見て事情を聞いたが、「自分たちは殴っていない」と暴行の疑いについて否認した。

 

しかし翌21日、福岡県警は、博多区中洲3丁目から瑠美さんの遺体を車で運んだとして死体遺棄の疑いで同乗者の3人を逮捕。

逮捕されたのは

太宰府市青山1丁目に住む無職・岸颯(つばさ・24)

交際相手の無職・山本美幸(40)

福岡市博多区上川端に住むバー経営・M(35)

被害者の瑠美さんは事件当時、岸、山本と太宰府市内にあるアパートで同居しており、当初はMを含む4人は「知人関係」だと報じられた。

通報した岸容疑者は「車を運転しており、(後部座席にいた高畑さんの)様子を確認していないので分からない」と話し、山本は「寝ていると思った」などと容疑を否認。Mは「遺体を運搬した事実は理解している。他の2人に巻き込まれた気持ちしかない」と供述し、その言い分は三者三様となった(2019年10月21日朝日新聞)。

 

司法解剖の結果、死因は外傷性ショックで、5時頃、車で運び出されるより数時間前に亡くなっていたことが判明。皮下出血の様子から、下半身を中心に硬い棒状の凶器で執拗に殴られたものとみられた。

 

その後、山本らと瑠美さんの家族との間に金銭貸借トラブルが生じていたこと、さらに瑠美さんの遺族が6月から警察に14回の被害相談に訪れていたことが明らかとされる。

「警察がちゃんと対応してくれていたら、命がなくならなくても済んだかもしれない」

遺族は、岸、山本との同居について、瑠美さんは一種の洗脳状態に置かれていたと語り、事件の背後関係は一層いぶかしさを増した。

また家族の訴えを無視して脅迫の被害届を受理せず、「被害届等の意思」を「現在のところなし」、「解決済」と改竄して処理していた佐賀県警鳥栖署の対応にも問題が飛び火し、事件は注目を集めた。

 

佐賀県警の対応

事件の4か月前、瑠美さんが交通事故を起こして示談金として400万円近い支払いを求められた。相談を受けた家族は金を支度したが、示談書に書かれていた相手の住所や名前は偽造だと判明した。

さらに瑠美さんの職場からも家族に連絡があった。2か月近く無断欠勤していること、以前も目が虚ろだったこと、山本から職場に迷惑電話がかかってくることを聞かされる。

家族は瑠美さんの異変を知り、6月27日に山本に近づかせないようにしてほしいと警察に相談に訪れていた。しかし鳥栖署では「家族間の問題でしょう」「山本と一緒にいるのは瑠美さんの意思ではないですか」と言って取り合わない。ほどなく瑠美さんは佐賀県基山町の自宅アパートを出ていった。

事件2か月前、瑠美さんの妹は太宰府市にある山本たちが暮らす家を突き止め、瑠美さんたちと遭遇する。瑠美さんが車を運転しており、妹はお金や家のことを説明するように求めたが、うつろな表情をしたまま山本と話すように言うだけだったという。

山本、田中正樹の金銭要求は止むことなく、自宅・職場への嫌がらせはエスカレートしていった。夫と家族は、山本と田中からかかってきた金銭要求の電話を録音して再び鳥栖署を訪れた。

山本「あなたたちのおかげでめっちゃ借金が増えてさ、めっちゃ生活潰されてるんですけど。貸したお金は返済すると約束しておりますので、きちんと返済してください」

田中「弁護士入れたところで…。やれるもんやったらやってみ…。いい加減にしとけ、おりゃ」

3時間にも及ぶ理不尽な返済要求、高圧的な態度は脅迫以外の何物でもなかった。

youtu.be

相談を受けた署員は「払わなかったら殺すぞ、とか払わなかったらどうするっていうことがまだ出てきていなくて、今のところは脅迫だと断定できない」、「どうしようもない状況という感じではないので」被害届は受理できないと家族の訴えを退けた。

録音が3時間では長すぎる、どれが恐喝、脅迫、強要に当たるのか印をつけてきてください

家族が「そんなの素人に分かる訳ないじゃないですか」と憤慨すると、「今はネットで調べられますから」と巡査は答えた。自分たちの力ではどうにもならない、もう警察しか頼れないと助けを求めた一般市民を警察は難癖をつけて突き放したようにしか思えない。

 

家族が警察の理不尽な対応に絶望してから1か月後の10月20日、「事件」は起こってしまった。「事件は起きていない」「どれが恐喝、脅迫、強要かも分からない」という佐賀県警でも分かるような最悪の結果が現に起きたのである。

 

行方不明の兄

家事や子育てに勤しむ主婦が、一体なぜ赤の他人である山本らと同居するに至ったのか。ワイドショーではホストクラブのような場所で山本と一緒に映る瑠美さんの画像が繰り返し報じられたが、見るからに瑠美さんは“場違い”に見える。遊び慣れた風情を漂わせる山本や岸とは“不釣り合い”な印象を与えた。

 

長距離トラックのドライバー職で家を空けることも多かったという瑠美さんの夫・裕(ゆたか)さんによれば、瑠美さんは「無理だけはせんように、寝不足にならんように」とよく気遣ってくれていたと言い、「家のことを何でも自分からやってくれる良い嫁でした」と振り返る。

夫婦が暮らした佐賀県基山町のアパートの子ども部屋には2人のこどものために“生活のきまり”を書いた貼り紙が壁に残されており、彼女の誠実な人柄が窺える。

 

瑠美さんと山本らが接点を持ったきっかけは、10年ほど前に行方が分からなくなった瑠美さんの兄・亮太さんが関係していたという。

亮太さんは中学時代に山本美幸の2学年下の後輩で、当時親交があった訳ではないが顔見知りだった。2008年頃、亮太さんが勤めていた居酒屋で偶々山本と再会し、その後「おごってやる」などと言われて飲食などに度々付き添う仲となった。

だがその後、店の同僚が山本に借金をすることとなり、亮太さんは強引に借金の保証人にさせられてしまう。同僚は失踪し、50万円程の借金を亮太さんが肩代わりすることとなるが、「これまでの飲み代が未払いだ」等と様々な理由をつけられて金額は膨らみ続けた。

 

山本は筑後市に住む元暴力団員・田中政樹(45)を亮太さんに引き合わせる。田中は持ち前の凶暴さを剝き出しにして借金の返済を強く迫った。亮太さんは周囲に迷惑をかけてはならないと思い、田中の横暴に抵抗もできず従うしかなかった。

田中の恫喝まがいの取り立てに怯える亮太さんに、山本は「心配することはない」「働き口の口をきいてやる」と言って、愛媛、三重、広島といった県外での工場働きを勧めた。その給料は「借金返済」の名目ですべて山本らに奪われ、10年来にわたって月に数千円から数万円の微々たる生活費が与えられるだけの生活を送った。

 

しかし亮太さんはなぜ抵抗したり、その後逃走もせずに山本の言いなりを続けていたのか。

事件後、亮太さんは田中らによる家族への被害を恐れて逆らうことができなかったと胸中を語った。山本はさも匿ってやると言わんばかりに遠方での仕事を斡旋し、家族との連絡を一切断つように言い聞かせ、亮太さんを孤立無援に陥れていた。亮太さんは家族にだけは迷惑を掛けたくないと、山本の命じるままに従ったという。

しかし亮太さんの希望とは裏腹に、山本は瑠美さん一家にも接近し、「行方不明」となった兄の借金を払うように迫った。山本は瑠美さんをホスト遊びに連れ回して支払いを立て替えさせて借金の額をさらに膨らませ、彼女自身にも借金の一部を担わせることで精神的に束縛させていったとみられる。

夫・裕さんによれば、10年余りで支払った額は600~700万円にも及ぶという。いわば山本は亮太さんをきっかけに妹・瑠美さんを人質に取り、一家とのパイプ役として家族からも金を吸い上げていったのである。

事件後、太宰府市の三人が同居していたアパートからは、瑠美さんの遺したメモが発見されている。母親に金の工面を求める文言が書かれており、「(ムリって言われた時)」など電話口でどのように話すかを指示する詐欺のマニュアルのように細かく対応が記されていた。

事件発生の2日前、山本から亮太さんに電話が入っていたという。山本は瑠美さんに電話を代わり、電話口の瑠美さんは「どうしよう、山本さんを怒らせてしまった」「私、お母さんからも拒否されてるし、妹や家族全員からハブられている」と窮状を訴えた。

だがこのとき亮太さんは、「山本さんの言うことはちゃんと聞かんといかんよ」と怯える瑠美さんを諭し、それが兄妹の最後の会話となった。亮太さんは山本に「迷惑をかけてすいませんがよろしくお願いします」と恩情を訴えて電話を切ってしまった。

三者からすると、亮太さんに気骨が無さすぎるのではないか、なぜ早い段階で毅然とした態度・法的対応を取らなかったのか、という風にも映るかもしれない。しかし山本は抵抗しにくい相手を見抜いて弱みを握り、今すぐにも殺しかかってきそうな田中の凶暴さを利用して、相手の抵抗力を奪う。亮太さんも瑠美さんも孤立無援に置かれた心理状態、いわゆるマインドコントロール支配下に置かれ、山本らの言いなりになる以外に術がなかったのである。

 

主犯格の女

佐賀県基山町で育った山本美幸は、中学時代からヤクザとの関係を周囲に吹聴していたと同級生は語っている。喫煙やシンナー吸引をするスケバンだったが、徒党を組むタイプではなく親しい友人のいない「一匹狼」だったという。卒業後、後述する田中涼二と結婚して男児を出産したが育児放棄となって母親に預けて家を出た。

20代で貸金業を始め、中洲のホストクラブなどでしばしば派手に飲み歩いていたとされる。弱みのある相手に金を貸し付けてその金額を膨らませ、田中らと共に脅迫して金づるにしながら豪遊に耽ってきたと見られている。

 

この世のものとは思えないアザ

死体遺棄容疑で逮捕されたM氏は、山本とは10年来の知人だった。暴行に関与していなかったこと等から不起訴とされ、後に「文春オンライン」の取材に応じている。

M氏によれば、10月20日未明に経営しているバーに山本がホスト3人を引き連れて飲みにきたという。明け方近く山本の携帯に岸から「瑠美さんが息をしていない」と連絡が入り、うろたえる山本に懇願されて、その後、岸が瑠美さんを載せてきた車に一緒に乗ってしまった。

息をしていない瑠美さんの足は壊死したかのように斑状の「この世のものとは思えないアザ」があり、M氏は山本に尋ねると、木刀で殴った、バタフライナイフで刺したと虐待下に置いていたことを明かしたという。M氏は事件性と身の危険を感じ、車内でのやりとりをスマホで密かに録音した。

夜の中洲

山本は福岡・中洲の繁華街では派手な遊興で知られた存在で、「傍らには長年、常に訳アリの女性がいた」と語っている。ホストの借金で首が回らなくなり風俗で稼ぐような女性らに対し、家族に風俗働きのことを言うぞと恐喝するなどして金を引っ張っていたのではないかと推測している。

見習いホストで稼ぎのない岸は、経済的には山本に依存する生活を送っていた。「みゆ(山本)が脳みそでまこっちゃん(岸)が手足だったんだと思います」「そのやり方が上手くいって味をしめ、エスカレートしたのが今回の事件なんだと思います」と述べている。

 

元夫

「昔と何も変わっていない。人間じゃないですよね」

2020年10月、福岡TNCテレビ西日本は20年前に山本美幸と婚姻関係にあった元暴力団組員の男性に取材を行っている。

男は翌21年2月に飯塚市三児遺体事件(9歳養子の虐待死、2歳と3歳の実子殺害)が発覚した田中涼二被告である。当時無職だった田中は山本とは別の妻と離婚して三人の育児に追われていた。(一審で無期懲役判決。2023年2月現在、控訴審が行われている。)

www.youtube.com

インタビューの中で「(自分も一通りの悪事に身を染めてきたが)人に迷惑をかけて関係のない人間を苦しめるようなことをしたらいけないと思う」と山本を責める口ぶりで事件について語る。

 

話によれば、山本は若い頃から似たような手口で相手から金をむしり取っていたという。交際中の男性に「金を貸している」と言い、男性は借りていないと言い張ったが、山本は親交があった田中政樹に脅させ、涼二も命じられるがまま男性に暴行を振るい、金銭を収奪したことがあったと振り返っている。

山本はシガーライターを押し付けてみたり、カッターで爪を剝いだりといった暴力団員でもやらないような拷問を、「これ楽しいもんね、まだ分からん?じゃあもう一枚」とへらへら笑いながら平気でやって見せたという。

2022年の文春による取材では「山本とは二度と係りたくないので、今(三児の事件で)同じ福岡拘置所にいるが手紙を書く気にもなれません」と語っている。後に子殺しで捕まる元暴力団員にそこまで言わせる山本の本性とは何だったのか。

 

裁判

別の恐喝事件

2020年11月、山本、岸は、瑠美さんとは別の恐喝事件の審理に掛けられた。

2016年当時、女性Cさんが山本に総額5000万円の借金を抱えており、Cさんに好意を抱いていた男性Aさんから現金35万円余りを脅し取ったという事案である。

検察側の主張では、背後に暴力団がいるとAさんに信じ込ませ、反抗できない心理状態に仕向ける「常套手段」が踏襲されていた。給与が少ないとヘアスプレーに火を点けて「火炎放射器」の状態にして吹きかけたり、走行中の車両から被害者の顔を地面に近づける、模造刀で腹を刺すといった暴行をしていたとされる。

山本と岸は共に容疑を否認したが、瑠美さんの兄・亮太さんも証人として出廷し、Aさんが自分と同じように山本らに口座と車を取られて金を搾取されていたことを証言した。判決は恐喝罪で刑期は懲役6か月とされた。

 

兄貴分

続いて、脅迫に加担して詐欺や死体遺棄の共謀に問われた元暴力団員・田中政樹の公判が福岡地裁(足立勉裁判長)で開かれた。

田中は、裁判前の取材で、20年来の付き合いのある山本について「今でもかわいい妹分」とし、山本との金の脅し取りについては「10人いかんくらい」「二人三脚。阿吽の呼吸でやってきた」などと語っていた。瑠美さんの遺族について言葉を求められると、「ん-、どんな言葉も軽いな。一人死んどるのに申し訳ないでは軽い、そやろ?」と述べていた。

公判では恐喝未遂については認めたものの、死体遺棄や共謀については否認した。弁護人は、そもそも電話で会話しただけで現場にはいなかったことから共謀や遺棄には当たらないと主張した。

法廷では山本、岸と電話の相手である田中の会話音声が再生された。巻き込まれたM氏が車中で録音していたものである。

田中:殴ったの何時や

山本:昨日の夜中まで殴りよったかもしれん

田中:どの程度?

山本:木刀で

田中:顔殴ったりしとるわけじゃないんやろ

山本:私顔殴った

田中:警察は免れんやんけ。埋める以外

山本:でも埋めるとか無理よ、さすがに私はしきらん

岸:俺はできるけど

山本:全責任が私にくるんよ、もう

岸:下手な嘘つくより、ある程度本当に言って黙っとく。死人に口なしやけんね

田中:死人に口なしや

三者三様の鬼畜ぶりに呆れてものも言えない。

検察側は、死体遺棄の提案や口裏合わせについての指示などを積極的に意見していたとして、懲役2年6か月を求刑。足立裁判長は、「暴力団員を装っての脅迫的文言により重要かつ不可欠な役割を果たしている」と認定したが、死体遺棄については「車で運んだのは隠匿ではなく時間稼ぎ」だとして刑法上の遺棄には該当しないとしてこれを退け、懲役2年執行猶予4年の判決を下した。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/050/090050_hanrei.pdf

 

瑠美さん事件と山本の息子

2021年2月に始まった瑠美さんの傷害致死についての裁判では、山本と岸は異なる主張を行い、互いに責任を押し付け合うかたちとなった。

飲食代や生活費等として、瑠美さんに押し付けられていた総額6000万円以上の借用書を作成して、監禁状態において強硬に返済を迫り、虐待によって死に至らしめたものとされた。

山本は自分は手出ししておらず岸が暴行を繰り返した、止めようとしたが逆らうと自分が暴行されるため怖くてできなかったと主張、岸は山本の命令ですべて行ったと主張した。

年齢が近く知人関係にあった山本の息子と岸は、被害者が亡くなる5日前にラインアプリでメッセージのやり取りをしていた。瑠美さんと面識があったかは分からないが、彼女が監禁状態に置かれていたことは認識していたようだ。

息子:生きとる?

岸:左ひざの皿くだいた

息子:まじかよ 爆笑

岸:もごもごーって言ってたよ

死亡前日19日には息子と山本もメッセージのやり取りをしていた。

息子:(飲みに)いつ行くの~?

山本:きょうの瑠美の金集め次第かな

息子:今日も集めるんか 爆笑

山本:当たり前か 笑笑笑

本件で山本の息子は罪に問われてはいないが、そうなる日も近いのではないかと予感せずにはいられない。そうならないことを祈るばかりである。

2021年3月2日、福岡地裁(岡﨑忠之裁判長)は、死体遺棄については認定しなかったものの、両被告が私利私欲を目的に虐待行為を楽しんでいたことを指摘し、共に虚偽の弁解に終始しており、反省の態度が見受けられないとして厳しく断罪。山本に懲役22年、岸に懲役15年の判決を下す。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/847/090847_hanrei.pdf

 

検察、両被告人双方が控訴したが、12月3日、福岡高裁(根本渉裁判長)は死体遺棄については罪状認定せず、被告人の各控訴をいずれも棄却し、原判決を是認した。

両被告人とも上告せず、12月18日、一審での判決が確定した。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/825/090825_hanrei.pdf

 

■岸の証言と保険金殺人疑惑

山本美幸という人間はひとの皮を被った化け物ですよ」

4年間同居してきた岸颯は山本をそう表現し、公判でも自分のしてきたことは全て山本の指示による犯行だと主張した。化け物と4年も暮らしてきたのなら本人も化け物とそう大差ないという気もするのだが。

報道では「山本の交際相手」とされていたが、岸は恋愛関係を否定している。別の女性を介して同居するようになり、半ば強制的に遊びや犯罪行為に付き合わされてきたと感じていた。山本の方も、ひも状態の岸を追い出したがるような愚痴や相談をM氏に持ち掛けることもあった。

イメージ

岸は山本の指示で、亮太さんの戸籍上の養子に入り、金を工面したことがあったとも語る。また2016年2月には酒井美奈子さんという女性と入籍しており、その2週間後に美奈子さんは死亡している。死因は急性心不全

だが美奈子さんもまた山本らから暴行や虐待があったとされ、岸が保険金を得ていたことから殺害した疑いも持たれている。

瑠美さんの遺体を運んだ際の録音データでは、山本の口からは、なぜか3年前に「病死」したはずの美奈子さんの名が出てくる。

「美奈子の時はアザもなかったけん、良かっただけよ。アザがあったら絶対調べられる」

「戸籍調べられたらアウトよ。亮太のことから全部ばれるわ」

「亮太のことから美奈子のことまで全部や」

佐賀県警も疑惑については遡って捜査をしたはずだが、起訴に持ち込む証拠が集まらなかったのであろうか。

 

警察不信

一審判決後、裁判員も警察の対応の不備を問題視する発言を行った。

2021年1月、県警・杉内由美子本部長は内部調査の結果、鳥栖署の一連の対応は適切だったとする会見を行った。「直ちに危険が及ぶ内容ではないと判断した」と繰り返し、鳥栖署の対応に誤りがなかったとする説明に終始。

激烈な恫喝に対して「脅迫だと断定できない」と言い放つ判断力、現に人が殺されても尚「直ちに危険が及ぶ内容ではない」と断言できる豪胆さには恐怖を覚える。日頃から罪を認めようとしない凶悪犯を扱ってばかりいると、口を割らない、謝罪しないことこそ正しいと信じ込めるようになるのであろうか。

 

3月、佐賀県公安委員会・安永恵子委員長は一連の対応に不備があったとは認められないとし、遺族が求める第三者による再調査を拒否した。

遺族は、県議会に再調査の嘆願を提出したが、10月1日、不採択が決定する。再調査に賛成した議員は2人だった。

佐賀県警は裁けんけい」と言われる巷間の揶揄ではないが、遺族に対する冷酷とも取れる硬直した態度、自浄作用のなさは、県民に警察不信・政治不信を植え付けた。無論そうした警官だけとは思わないが、桶川ストーカー事件での教訓は生かされてこなかったのか、他人事のつもりなのか、といった憤りを覚えずにはいられない。

死体が出てから捜査するのも警察の重要な仕事だが、市民の安全を守ることこそ目指すべき警察の姿であると筆者は思う。警察に見放されたとき、「人の皮をかぶった化け物」に目を付けられてしまった小市民にどんな自衛策があるというのか。

 

自分勝手

2022年11月10日、主犯格・山本受刑者が服役していた佐賀県の麓(ふもと)刑務所で体調が悪化し、その後死亡したことが報じられた。死亡時期は8月頃と見られている。

テレビ西日本では、山本は病名は不明だが事件前に入院していた時期があったとし、新型コロナの集団感染により死亡したと伝えている。

 

ノンフィクションライター・高橋ユキ氏は服役中の岸受刑者と手紙でやりとりを続けており、「デイリー新潮」の記事で岸からの手紙を公開している。

高橋氏に知らされるまで山本の病死を一切知らずその事実を知って気が動転したこと、去来する複雑な感情を綴っている。

約4年間生活する中で本当に様々なことがあり、正直私は山本さんに対し『早く死んでくれないかな…そうすれば、周りの人がどれだけ助かることか…。そして、死ぬならできる限り苦しんでほしい』とまで願い、今回の事件によりその気持ちは一層強くなりました。なので、今回の山本さんが亡くなった知らせは私にとって嬉(「喜」の誤りか)ばしい瞬間のはずなのですが、最初に感じたのは、何とも言えない悲しみでした。

『大宰府主婦暴行死事件』主犯の「女帝」獄中死に「逃げてんじゃねぇよ」 “元交際相手”の共犯が手紙で初めて明かした複雑な胸中 | デイリー新潮

岸は、山本に対しても受刑生活で反省し、被害者や遺族への償いをすべきだと願っていたと言い、自分勝手に周りの人間を巻き込んで散々迷惑な事をしておきながら「死んで逃げてんじゃねえよ」と怒りの感情を表している。一方で、「そんな方法でしか自分を表現できない不器用な人生を送った山本さんに少し憐れに思います」とも記している。

 

私利私欲のために他人を人とも思わない冷酷さ、監禁やマインドコントロールの手口から松永太らによる北九州連続監禁殺害事件を彷彿とさせるものがあるようにも感じられた。受刑からそれほど間を置かず病魔で逝くという身勝手な決着に何か煮え切らないものが多く残る事件である。

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被害者のご冥福をお祈りいたします。