飯豊町一家殺傷事件について

2006年5月7日未明、GW最終日。山形県西置賜郡飯豊(いいで)町のカメラ店を営む伊藤信吉さん(60)方に刃物を持った男が押し入り、伊藤さんと長男・覚さん(27)が胸などをメッタ刺しにされ間もなく死亡。信吉さんの妻・秀子さん(54)も鉄パイプのようなもので殴られ脳挫傷など重傷を負った。

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飯豊町の田園散居集落の夕景

飯豊連峰と農村風景が織りなす美しい景色とは裏腹に、事件の内容は凄惨極まるものであった。

犯人は即日捕まり、すでに判決の下った事件であるが、その内容について少しばかり振り返ってみたい。

 

■事件概要

下は事件翌日の報道である。

 24歳刃物男が民家を襲撃…父子2人をメッタ刺し殺害

連休最後の日に一家が迎えた惨劇-。7日未明、山形県飯豊(いいで)町のカメラ店経営、伊藤信吉さん(60)方に刃物を持った男が押し入り、伊藤さんと妻の秀子さん(54)、里帰り中の長男、覚さん(27)を襲った。胸などをメッタ刺しにされた父子2人が間もなく死亡。秀子さんも鉄パイプのようなもので殴られ脳挫傷などの重傷を負った。県警は近くの山中に逃げ込んだ近所の男(24)を発見、殺人容疑で逮捕した。

 

連休で顔をそろえた団らんの一家を突然、惨劇が襲った。

山形県飯豊町椿の伊藤信吉さん方。伊藤さんと覚さんは胸や腹などを激しく刺されており、病院に運ばれたが間もなく死亡。秀子さんも脳挫傷や骨盤骨折などの重傷を負った。3人とも鉄パイプで殴られたり、刃物でメッタ刺しされた跡が全身にあった。

かろうじて逃げ出した秀子さんは隣家に駆け込み、午前4時前に「男が入ってきた。お父さんが殺される」と110番通報した。

山形県警は殺人事件として長井署に捜査本部を設置し、男の行方を追ったところ、現場から数キロ離れた林道で血痕のある軽自動車を発見。さらに約2キロ離れた山中で手から大量の血を流している男をみつけた。

男は伊藤さん方から50メートルほどの隣家に住む会社員、伊藤嘉信容疑者(24)。伊藤さん方で3人を殺傷したことを「私がやりました」と認め、凶器は「逃げる途中で山に捨てた」と供述した。

捜査本部の調べだと伊藤さん方は、夫婦と伊藤さんの母セイさん(93)の3人暮らし。セイさんは当時、1階の別の部屋で寝ていたため無事。覚さんは山形市に住んでおり、休暇を利用して帰省中だった。連休最後の日に、こんな惨劇が待ち受けているとは…。

近所の人によると嘉信容疑者は伊藤さんと遠縁の親類で、殺された覚さんと同じ小中学校に通い「おとなしく静かな感じ」という。

伊藤さん宅には室内を物色した形跡などはないが、伊藤さんと覚さんが執拗(しつよう)に刺されていた。嘉信容疑者が人間関係のもつれがあったことなどを供述しており、捜査本部は恨みなどによる犯行とみて詳しい動機を追及している。

現場は山形県南部に位置するのどかな田園地帯。伊藤さん宅も田畑に囲まれているが、10年以上前からカメラ店を営んでいた。

近くに住む男性は「この辺はカギを掛けない家も多く、昔ながらの平和な町だったのに」と言葉を詰まらせ、「信吉さんは恨みを買うような人ではない」と語った。

40代の女性は「容疑者の男が捕まりひと安心だが、まさかすぐ近所の人間とは」と絶句した。

 

評判の仲良し一家

殺された伊藤信吉さんは飯豊町中心部で10年以上前からカメラ店を経営。地区の会合に顔を出すなど近所付き合いも良く、小学校の入学式などの行事の写真撮影も頼まれていたという。

長男の覚さんは山形市内で自動車関連の仕事をしており、10月にはハワイで結婚式を挙げる予定だった。まさに幸せの絶頂で、凄惨な事件に巻き込まれた。「休日のたびに実家に戻って来ていたようだ」(近所の男性)と、評判の仲良し一家だった。大けがを負った妻の秀子さんは、隣接する川西町の病院で看護師をしていたという。

サンケイスポーツ、2006年5月8日)

現場は町役場から南へ200mほどの場所で、加害者宅もそこから40m程離れた隣家だという。町役場の所在地ながら事件のあった椿地区は当時40戸程の小さな集落である。後の調べによれば、7日の3時半頃、加害者・伊藤嘉信は無施錠の玄関から信吉さん宅へ侵入。豆電球が点いており、当初そこに覚さんが寝ているものと思いきや親夫婦であったため慌てていると、秀子さん、信吉さんが目を覚まして声を上げたため襲い掛かった。物音に気付いて2Fから覚さんが降りてきたところを続けて殺害した(記事にある通り、母セイさん(93)は別室に居り無傷。次男は別の場所で暮らしていた)。信吉さんと覚さんは胸や腹など10か所以上刺されほぼ即死とみられ、深い傷は内臓にまで達していた。信吉さんらが被害に遭っている最中、命からがら脱出した秀子さんが隣家に飛び込み「お父さんが殺される。助けて」と119番通報した。凶器は鉄パイプと約5年前(2001年頃)に東京で購入した「ブラックニンジャソード」といわれる全長70㎝刃渡り45㎝の外国製刃物で、「居間の畳は血の海。戸が倒れ、割れたガラスが散乱していた」という(近隣住民男性(57))。遺体を見た親類は「信吉さんの顔はきれいだったが、覚さんの顔は面影もないほどひどい状態だった」と語っており、殺害後に激しく踏みつけるなどしたものとみられる。

加害者は犯行後、軽自動車で逃走したが、現場から数キロの林道でタイヤが破損し自走不能となり、乗り捨てて山中に逃亡。血痕の残った車両が警察に発見され、同日10時頃、神社の軒下で右手に怪我を負った男が座っていたところを見つけ、犯行を認めたため18時35分に逮捕。

 

 ■事件の背景と動機

控訴審で主任弁護人を担当した外塚功氏によれば「山形では戦後死刑求刑されたのは、この事件だけ」であり、凶悪事件が少ない山形県の、しかも都市部ではなく人口8000人余りの長閑な風情で知られる飯豊町で起きた事件だけに、山形県民に大きなショックを与えたことは想像に難くない。かの地でなにが加害者を追い詰め、これほどの凶行へと駆り立てたのか。

加害者・伊藤嘉信は、父母と祖母の4人暮らし。ほかに大学生の弟と妹が離れて暮らしていた。地元の工業高校を卒業後、上京してコンピューター関係の専門学校に進み、地元に戻って長井市(飯豊町の隣市)の送配電用品メーカーに勤務していた。中学時代の同級生によれば、「アニメ好きでおとなしい性格だった」という。加害者の家は、集落内に多い伊藤の本家にあたり、被害者はいわば分家の血筋であった。近隣住民によれば、家同士でトラブルがあったという話はなかったと言い、秀子さんも嘉信に襲われる心当たりがないとしていた。逮捕後の調べに対し、嘉信は「長男から幼少時にいじめを受け、恨みに思っていた」「長男1人を殺害するつもりだった」「殺意はなかったが、騒がれたので親夫婦も襲った」と供述した。隣家の親類で年の頃も近い嘉信と被害者となる長男・覚さんは幼馴染ともいえる間柄であった。その後、「小学校高学年の時、呼び出されて性的嫌がらせを受けた」といじめの内容についても供述。「殺意はそのころからあった」とする一方、「高校卒業以来(長男・覚さんとは)ほとんど会っていない」とも話しており、犯行は10年越しの報復行為だったというのだ。

殺害された長男・覚さんは山形市在住で市内の自動車部品リサイクル販売店に勤務し、この日はGW連休で帰省中。覚さんは加害者・嘉信より3つ年上で、子どものころからヤンチャなガキ大将タイプ。実家には頻繁に帰っており、趣味の車いじりをする姿もよく目撃されていた。事件当日も加害者は、長男の車が被害者宅に停めてあることを確認してから犯行に及んでいる。4・5年交際していた婚約者が居り、10月にはハワイで挙式を挙げる予定だったとされている。覚さんの順風満帆な様子に逆恨みしたとも考えられるが、結婚すれば一人で実家を訪れる機会が少なくなることからこの機を逃すまいと意を決しての犯行ともとれる。

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小児科医で社会福祉法人「子どもの虐待防止センター」元理事長の坂井聖二氏(2009年没)は「幼少時の性的被害の経験は『自分は汚れている』という罪悪感として残る。自分に自信が持てず、対人関係を築くことも困難になる」と指摘。犯行については「長年、抑圧していた意識が何らかのきっかけでコントロールできなくなったのではないか。当時の光景が、フラッシュバックした可能性もある」と推察している。
 
■逮捕以後
伊藤嘉信は逮捕当初、信吉さん夫婦に対し「申し訳ないことをした」と話しているが、覚さんへの謝罪の言葉はなかった。弁護士が接見に訪れても「必要ない」として頑なに拒んでいたとされる。しかしその後、弁護人に対して「嫌だと思ったけれど、当時は自分がされたことの意味が分からなかった。中学生になってから怒りと悔しさがこみ上げた」「10年間引きずり続けて、つらかった。誰にも言わないようずっと努力してきた」と事件の引き金となったトラウマ、小学生時代に長男から受けた性的暴行について語った。
2006年5月31日殺人及び殺人未遂の容疑で起訴。弁護側は殺意は長男だけに向けられていたものとし、「(被告が)性的暴行を受けたことで心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症し、心神耗弱か心神喪失の状態だった」と主張、死刑回避を求めた。検察側は「PTSDは認められず、事件当時、刑事責任能力はあった」「反社会的性格は改善不能」と主張して死刑を求刑。精神鑑定は地裁により却下された。4月の最終弁論で伊藤被告は「裁判を通して遺族や被害者の怒りや悲しみを知った」「一生をかけて償っていきたい」と述べ深々と頭を下げた。2007年5月23日、山形地裁・金子武志裁判長は「執拗な攻撃から3人への明確な殺意はあった」「(綿密なものではなかったが)計画性があった」として責任能力はあったとした上で、「犯行に10年以上前の性的暴行が大きく影響していることは否定できず、極刑を選択することはできない」と理由を述べ、伊藤被告に性的暴行によるPTSD様の症状があったと認定し、無期懲役を言い渡した。
検察側は控訴。検察だけが控訴すると二審では「死刑か否か」という論点に切り替わってしまうことから弁護側も控訴した。
2007年12月、被害者一家(秀子さん、セイさん、次男・巧さん)は刑事事件裁判と並行して、嘉信とその両親を相手取り損害賠償を求める民事訴訟山形地裁に起こした。加害者の両親は賠償に応じる意向を見せていたが和解は不成立。山形地裁は2009年1月29日、伊藤被告に約2億7360万円の支払いを命じる判決。一方で加害者の両親への請求は棄却した。
2008年10月30日控訴審が開始され、焦点は被告にPTSD罹患はあったのか、PTSDと犯行との関連性へとシフトしていった。検察側は「被告の反社会的な人格が原因で、仕事や女性との関係などがうまくいかないことを、性的暴行に責任転嫁した筋違いの怨恨が動機」と訴えた。12月11日、被告の母親への証人喚問では「小学4年生の頃、(殺害された覚さんから)少なくとも3回、電話で呼び出しがあった」ことが明かされ、「最初の呼出し後、帰宅して泣きながら水道水で口をゆすいでいた。それ以来、明るく活発だった息子が家にいるようになった」と振り返っている。具体的な描写は避けられたものの、性器露出や接触の強要、自慰行為の補助をさせされる等したとみられている。
原因は被告が小学4年頃、殺害された人から性的暴行をうけたことです。内容は書けませんが、かなりの性的虐待で、繰り返しされました。そのため被告はPTSD(心的外傷後ストレス障害)になった。その病気のため、怒りが制御できず暴走したというものです。しかし検察官はPTSDではないとして争い、高裁で2回も精神鑑定がありましたが、いずれもPTSD罹患との鑑定でした。問題はPTSD罹患と犯行の関係、責任能力です。ここがどう判断されるかですが、死刑求刑事件は弁護士にはきついです。犯行まで15年もPTSDのフラッシュバック、息苦しい症状等に苦悶しリストカットしたりした被告に生きて償わせたい思いです。
控訴審の主任弁護人・外塚功氏のblog、2012年10月27日より)
2013年1月15日、仙台高裁は一審判決を支持し、被告を無期懲役とした。「(覚さんへの殺意に至る)悪感情の直接的要因は、軽視しがたい性的被害にあることは疑う余地がない。精神鑑定で指摘された思春期から青年時代を通じたPTSDの症状による苦しみも要因」とされた。秀子さんは、長男・覚さんによる性的暴行と被告人のPTSD罹患の関連性が認められたことに関して「被告人の一方的な言い分で進められて本当に悔しい」と語った。信吉さんの次男・巧さん(当時32)は「法廷を出た母の第一声は『これでまた殺しに来る』だった」と被害者の心に刻まれた深い傷に言及し、秀子さんとともになお極刑を求めて最高裁への上告を望んだ。
山形大学・高倉新喜准教授(刑事訴訟法)は「無期懲役支持は予想通り。控訴審では2度の鑑定でPTSD罹患の結果が出ていたため、死刑を求める検察の旗色は悪かった。そもそも一審で鑑定をしなかったことが疑問で、裁判員裁判が導入された現在では考えられないことだろう。控訴審判決は「精神疾患はあるが、完全責任能力あり」という内容で、もし裁判員裁判で審理されていれば、裁判員は判断に迷ったのでないだろうか」とコメントしている。

最高裁での対決姿勢も見られたものの、ともに上告を取り下げ、2013年5月10日無期懲役が確定した。

 

■感想

いじめ、性的暴行、親戚関係、PTSDと多くの要素が絡み合った事件である。とくに被害者・長男が中学時代に小学生の親戚の子に性的“イタズラ”をしたことが契機となったことでも当時注目を集めた。いじめ加害者と被害者との体験の非対称性もあり、当の長男もよもや今になって復讐されるとは思いもよらなかったはずだ。この事件に限らず、怨恨は「やられたらやり返す」という道理がさまざまな紆余曲折を経て噴出するケースは少なくないように思われる。当時は殺意を覚えなくとも、たとえば失恋したり失業したりして窮地に立たされたとき、不意に「あのときあいつと出会わなければ」「あのときのあの一言が今も私を苦しめている」と沸沸とした感情が急に芽生えることもある。またレイプに至らなくても、まだセックスに関する知識のない子どもたちに対する性器接触や口淫強制などの性的暴行は(被害意識が未熟なため)表ざたになりにくい。何が長男を“イタズラ”に走らせたのかは定かではないが、たとえば兄弟が同部屋だったり家族の目があったりして手淫がままならなかった等といった遠因はあったかもしれない。とはいえ長男の性的暴行は勿論のこと、加害者の復讐的殺害も認められようはずはない。いじめや性的暴行といった悲劇に対して、伊藤嘉信が親にも学校にも相談できずに見過ごされ、思春期を鬱屈としながら生きなければならなかった環境にも見直すべきところはあったはずだ。こどもが児童相談所やケアセンターのような場所に自らアクセスし困難に立ち向かおうとするには今も多くのハードルが立ちふさがっていることだろう。死刑反対論でも復讐支持者でもないが、個人的にはPTSDへの裁量が認められたことでその後の裁判にも(性別を問わず)検討・解釈の余地ができた点は大いに評価したいところである。

 

座間男女9人殺害事件について

事件発覚から約3年、現在公判中の通称・座間男女9人連続殺害事件について、その概要と白石隆浩被告について個人の感想を記しておきたい。 

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2017(平成29)年10月30日、神奈川県座間市内にあるアパート2階の一室で、男女9人の遺体が発見された事件について、2020年9月30日、東京地裁立川支部において白石隆浩被告の公判が開始され、同被告は「起訴状の通り、間違いありません」と起訴事実を認めた。弁護人は、被告と被害者との間に事前に殺害の承諾があった(承諾殺人)とし、被告は当時心神耗弱状態にあり責任能力がなかったか、著しく低かった、と主張。しかし白石は弁護人およびその主張を不服とし、弁護側からの被告人質問への回答を拒否、検察側からの質問にのみ答えるという異例の公判となっている。判決は12月15日、計24回の公判が予定されている。

被害者は、当時15歳から26歳の男性1名女性8名。逮捕の9日後には、被害者遺族により実名と顔写真の使用をしないよう要請がなされたものの、多くのマスコミはこれを無視して被害者9人を実名・写真入りで取り上げた。公判では個人特定を避ける配慮として9人を被害順にA~Iと符合して行われており、本文ではそれに倣って被害者A~Iと記す。

 

■事件概要

2017年8月上旬から10月にかけて、白石はTwitter,CacaoTalkなどのSNS(会員制交流サイト)を通じて複数人と交流。男女9人をそれぞれ呼び出し、自宅アパートで首を絞めるなどして失神させた上、うち女性8人に対して強制性交を行い、9人の首を吊るなどして窒息死させ、遺体を細かく解体し、一部を自宅付近のゴミ捨て場やコンビニのゴミ箱などへ遺棄したものとされている。また一人目の被害者Aからアパート契約のために預かった51万円と所持していた現金約6万円、BからIについても所持金数百円から数万円をそれぞれ奪っている。起訴内容は、女性8人に対する強盗・強制性交等殺人、死体損壊・死体遺棄。男性1人について強盗殺人及び死体損壊・死体遺棄

被害者たちはいずれもSNS上で自殺願望を語っており、白石はそうした心理に付け込み「一緒に死のう」「自殺を手伝う」等と心中や自殺幇助を持ちかけるメッセージを送るなどして接触を図っていた。

A(21)…8月下旬に行方不明。中学でいじめに遭いその後家出や自殺未遂を繰り返す。「失踪します。必ず戻ってきます」と書き置き。駅で携帯電話発見。

B(15)…8月28日に行方不明。学校生活で悩み。8月28日は始業式だったが欠席。駅で携帯電話発見、防犯カメラに姿が確認された。

C(20)…8月15日、Aの紹介で共に白石と会う。高機能自閉症があり、介護の仕事・恋愛・バンド活動など対人関係で悩み。8月29日、ライブに行くと言って行方不明。唯一の男性被害者。

D(19)…9月15日夕方、バイトに行くと言って行方不明。

E(26)…8月に2度目の離婚。9月24日夕方から音信不通となり行方不明。

F(17)…過去にもSNSで知り合った人物を頼って家出。9月18日「首吊りか練炭希望」とツイート。

G(17)…9月30日昼前、「昼食を買ってくる」と出掛けたまま行方不明に。

H(25)…10月18日夕方、コンビニのアルバイト勤務後、行方不明。長らく引きこもり状態だったが半年前からバイトを始めていた。

I(23)…10月21日作業所を出てから行方不明。軽度の知的障害があり、9月から八王子のグループホームに入居。相武台前駅の防犯カメラに白石とIらしき姿が確認された。

白石はAから預かった金を返済したくないと考え、殺害しようと思ったと語っており、その際に性欲が溜まっていたこともあり昏睡させてレイプしたところ、思いのほか快感を覚えたという。以後の女性たちについては金銭目的ではなくはじめから強姦目的だったと証言している。唯一の男性被害者Cは、8月にAの紹介で白石と3人で会っており、その際には希死念慮が薄れたとしてその日は酒を酌み交わして別れている。白石によれば、このときCはAに対して好意があったように見えたという。A殺害後、Cは白石にAの所在(安否)を確認したとされ、白石はCを生かしたままでは(A殺害の)事件発覚につながると考え「口封じ」のために殺害したとしている。

 

 ■事件の発覚

9人目の被害者Iは通信用に同じID、パスワードを使いまわしており、それを知っていたIの兄がTwitterに接続したところ、白石のアカウントが浮上した。10月24日に捜索願を提出。Iの兄がTwitterで情報提供を呼び掛けたところ、過去に「会って食事をしたことがある」という女性が現れる。警察は容疑者の身元を割り出すため、彼女に10月31日JR町田駅への「おびき出し作戦」を依頼。白石の到着を見計らって女性が「ドタキャン」するかたちで、捜査員が帰宅する白石を尾行し、逮捕につながった(※)。

(※日テレNEWS24によれば、捜査に協力した女性は事件発覚の6日前、自殺志願の書き込みをして白石との接触を持ったが、彼女におごらせて元気にカレーを食べる姿を見て違和感を覚え、自宅への誘いを断ったという。当時、捕まってほしいという思いから捜査に協力し、おびき出し作戦の成功にも喜んでいたが、本事件から程なくして自殺している)

 

■犯行について

白石は過去の逮捕で得た知見により「位置情報」から身元が判明することをおそれ、当初は自殺志願者たちに「失踪」を偽装させるためスマートフォンを海に捨てるように指示していた。また被害者との待ち合わせの際には、周囲に「家出」と気取られぬよう「手ぶら」で来るようにといった細かな指示もあった。とくにAには警察への捜索届が受理されないように予め「失踪宣告」まで書かせている。www.youtube.com

対象をアパート自室に連れ込むと、精神安定剤睡眠導入剤を混入したアルコール類などを被害者に飲ませて意識を混濁させ、首を絞めて気絶させた上で女性には強制性交等に及び、最終的にロープ等で絞殺する手順だった。当初は“自殺”に見せかけて遺棄することも想定しており、第三者の手による絞殺の痕跡を誤魔化すためロープと首の間にタオルを挟んでいた。精神安定剤は被害者Aの所持品、睡眠導入剤は6月と9月に白石が虚偽の受診で予め得ていたものである。

通信記録によれば、インターネットで「殺し方」「死刑」「自殺幇助」「嘱託殺人」等を検索し、牛の解体動画や「人を食べるときの注意事項」といった猟奇サイトへのアクセスも確認されている。具体的な犯行手段の想定や自分に及ぶ刑罰について思慮が及んでいたことは明らかである。

解体は単独で浴室内で行い、効率について考えながら作業しており、「一人目は三日かかったが、二人目からは一日で解体できるようになった」と証言している。室内にはクーラーボックス3つ、工具箱5つがあり、その内7つから、猫用のトイレ砂に埋もれた状態で9人の頭部、腕、脚 、240本ほどの骨と乾燥した内臓等が見つかった。解体に使われたとみられるノコギリ、替え刃、キリ、キッチンばさみ、包丁2本と、ロープ、結束バンド等が押収された。包丁ではすべってしまうためキッチンばさみで肉を切り、肉片や内臓、細かい骨などは煮込んで、ペット用トイレシートで包んでから密封式ビニル袋に入れ、さらに新聞紙で覆ってからゴミ袋に詰め、アパートから離れた場所へ一般ゴミとして廃棄した。ロープとガムテープは白石が被害者Aとはじめて会ったときに購入したもので、解体用の刃物は入居前に揃えていた。多くの消耗品が必要で、一体の処理におよそ5000円程かかったと証言しており、生前のCに対して「給料は入りましたか」「手持ちは一万円くらいありますか?」など費用の当てにしていた節も見受けられる。処理時の臭いをごまかすためにカレールー等を試している(尚、人肉を食べてはいないと証言)。犯行前は遺体を山などへ捨てに行く想定もあったが、(ペーパードライバーで)車の運転ができず処置に困っていたとも述べている。

事件当初、「遺体発見の一週間ほど前、3人の男がコンテナボックス2個を運び込むところを見た」という近隣住民(83)による目撃談が報じられた。2か月で9体という殺害・解体ペースの異常なほどの早さも疑問視され、一部ネット上では複数犯説、臓器売買や人身売買説などに結び付ける向きもあった。だが駅近くの住宅街の木造アパート2階を借りて大掛かりな組織的犯行を行うメリットはなく、臓器売買説に至っては荒唐無稽としか言いようがない。個人的には、車を運転できない白石には大型コンテナを運ぶ術がないため、購入にインターネット通販かホームセンターなどを利用した際の単なる「配送業者」だと思われる。公判では、A殺害の2日後にクーラーボックスを買い足したとも証言している。

 

■生い立ちと家族

元々は両親と白石と妹の4人暮らし。父親は大手自動車メーカーの部品工場に勤め、後に部品設計等を手掛ける自営業になった(座間は日産のお膝元である)。白石が幼少の頃に座間市内の一軒家を購入。近隣住民によればごく普通の家族。父は社交的で、母は不愛想。白石は5歳下の妹(1、2歳下とも)の面倒をよくみていたが、高校生の頃にはほとんど姿を見かけなくなったという。事件との関連性は不明だが、小学生時代に「首を絞め合って失神ゲームをやって失神したことがある」と同級生に語っていた(フジテレビ系列『とくダネ』)。歯や視力の矯正などを受けていること、習い事はしていなかったが中学2年の頃から塾通いで携帯電話を持たされていたこと等からしても、子ども時代に経済的な困窮はなかったと考えられる。小学時代から中学1年までは野球、中学2・3年では陸上部に入っていた。中学文集では「勉強や遊びよりもひたすら部活を頑張っていた気がします」と記すが、文章量は他の児童の半分ほどの少なさで、両部活動の集合写真にその姿はない。

横浜にある県立商工高校の国際経済科へ進学。成績やスポーツで目立った業績はなく、あだ名は「ハム」。格闘技が好きだったので高校1年のとき柔道部に入ったがほどなく辞め、2年になると授業のサボりや居眠りが目立ったという。週3~5日はホームセンターやスーパーでアルバイトをしており、友人には「一人暮らしをしたいから金を貯めている」と話していた。家ではゲームに没頭していたという。同級生らの証言によれば、ホテルで睡眠薬を飲んで集団自殺を図り2週間ほど学校を休んだ時期があった(TBS系列『ビビット』)、自殺サイトで知り合った人たちと練炭集団自殺しようとした(『週刊新潮』2017年11月16日号)等と白石自ら学校で淡々と語っていたとされている。また拘置所での取材によれば、SNSでのナンパ行為は「17歳から」と話している。

高校卒業後、白石はバイト先のスーパーに正社員として就職し、戸塚で一人暮らしを始める。同時期、母親と妹が家を出ている。父親は周囲に「(妹の)受験のため」と説明していたが、その後夫婦は離婚。妹は学業に優れ、有名私大を出て一般企業に就職したとされる。白石のスーパーでの勤務態度に問題はなかったが2年余で退職(昇給前で給料は手取り14万円程。当時パチンコやスロットにハマり金欠だったという)した。豊島区に移り、電子機器販売の会社員やパチンコ店従業員など職を転々とし、人材派遣会社エクセレントで風俗向けスカウトマンとなり歌舞伎町界隈で活動していた。女性にはマメで優しかったとされるが、悪評も多い。歌舞伎町時代の関係者は、白石の印象を「細かくて勘繰り癖が激しく、何かあると店との仲介者も含め、あらぬ風評を立てるトラブルメーカー体質。嫌いなタイプだった」と語っている(日刊スポーツ)。斡旋した女性から200万円を横領しようとしたとも言われ、Twitter上では氏名・顔写真が公開され「極悪スカウト」と注意喚起される等トラブルも多かった。また当時交際していた女性の知人によれば、交際相手へのDVがあったとも言われる。

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2017年2月、白石は職業安定法違反の疑い(“未成年”や“本番行為”を扱う違法風俗店への売春人材斡旋)で茨城県警に逮捕される。逮捕後は実家に戻り、派遣アルバイトなどをしていた。当時の同僚らは「挨拶や言葉遣いは丁寧」「人付き合いはなかった」「黙々と作業していた」といった印象を語っている。2017年6月に懲役1年3か月、執行猶予3年の有罪判決が下され、以降働きには出ていない。本事件の発覚当時も執行猶予中の身柄だった。

「それまでも頻繁に実家には顔を出していて、顔を合わせると必ず挨拶をしていました。8月頃に、お父さんが“今日はこれから息子と飲みに行く”と嬉しそうに話していて、本当に自慢の息子という感じでした」(『週刊ポスト』2017年11月17日号)

いつからか実家2階の白石の部屋は全ての窓を光を遮るビニールのようなもので目張りされて、夏でも閉め切りだったといわれる。本件の発覚後、実家で一人暮らしをしていた父親は姿を消し、元の家から1時間ほどの場所で暮らしていた母・妹も転居を余儀なくされた。

 

■内面について

白石の内面、人間性のようなものについて少し深掘りしてみたい。2018年4月から東京地検立川支部で5か月を掛けて精神鑑定を行った結果、事件当時の被告には刑事責任能力はあったとされている。このエントリを書くにあたって、白石被告の証言は週刊誌のweb媒体に依拠するところが大きい。というのも、白石は自ら「取材料」として面会時の差し入れ上限額3万円を求めて、積極的に記者たちに“売り込み”を行っており、金払いのよい雑誌記者には度々証言を行ってきたからだ(新聞社やNHKなどでは基本的に接見で金銭授受をしない)。それら接見取材の記事を辿っても白石には犯行までの計画性、違法性への認識などはあったと見て差し支えなく、事件については概ね犯行事実を包み隠さず語っている印象を受ける。

当然、白石の証言が全て真実とは限らない。高校時代には周囲に「集団での自殺未遂」をほのめかしながらも、事件後の取材に対し「私自身、自殺しようと思ったことは一度もない」と矛盾した証言をしている(後述)。犯行についても同様の手口を繰り返したためか四人目以降の被害者について「よく覚えていない」としており、記憶違いや誤解から捏造された記憶・発言もあるだろう。今後の公判ではおそらく検察側の主張に合わせた応答をしていくに違いない。さらに週刊誌の取材向けには見栄や虚勢を張った嘘、あるいは懇意にしている記者に対する“リップサービス”さえ混じっているかもしれない。また2017年11月1日放映のフジテレビ系『とくダネ!』で、元同僚女性による「(仕事ぶりは普通だったが)ちょっと変わったところがあって、男性と添い寝する副業をしているって同僚が話していたという証言が紹介された。白石がその電子機器販売会社にいたのはスーパーを辞めた後、おそらく2011~2012年頃(21~22歳前後の頃か)のことと思われ、「添い寝屋」が主に女性向け風俗アルバイトとして広がりを見せていた時期である(参考までに、女性利用者向けの男性キャストによる添い寝屋を題材にした山崎紗也夏による漫画『シマシマ』のモーニング(講談社)連載が2008~2010年。2011年には深夜ドラマ化もされている)。時期的には「男性利用者向けの男性による添い寝屋」ももしかすると実在した可能性はある。白石が(性指向に関わらず)金欠からそうした風俗アルバイトに手を出していたとしても不思議ではない。だが個人的には、元同僚が「又聞き」として語っていることや、前述の「集団自殺未遂」の件と合わせて考えると、「変わった人」だと思われたいがために白石がついた嘘か、驚くようなことを言って会社の人がどういう反応を示すかとからかったのか、あるいは「白石が添い寝屋について話をしていた」程度の事実が社内で膨らんで「白石は添い寝屋をやっていた」「しかも男性向けだったらしい」と尾ひれがついていったもののようにも思える。嘘か真か、真偽を確かめるすべはないものの、ワイドショーが取り挙げるようなスキャンダラスな側面について、白石には自己演出的な発言も多分にあるのではないかと私は考えている。他人にどう見られたいかを意識し、相手によってキャラクターを演じ分けるという意味では、その後「首吊り士」などのアカウントを使い分けて自殺志願者たちの心理的抵抗を下げようとしたことにもつながっていく。

 

白石のキャラクターや内面について考えるとき、私が各記事を参照していて特に気に掛かったのは、白石の「金」に対する執着、「女性」への偏見、「家族」との距離感についてである。

 

■「金」に対する執着

生い立ちの章で述べた通り、白石は幼少期から金に困っていたようには思われない。パチスロで金欠になったスーパーの社員時代の二十歳前後から「金」に対する執着が強まったと考えられる。またスカウトマン時代について「色管理(恋愛感情があるように見せかけて女性を従わせ、風俗店などで働かせること)」をしていた噂もあることから、この時期に自分で働かずに女性の“ヒモ”になりたいという願望を募らせたか、一時的に“ヒモ”生活を経験したのではないかと私はみている。

人生の、どの時点に戻りたいと思うのか。質問すると、迷わず答えた。

「ひとつは、高校進学のとき。進学校に行って、大卒になっていれば、給料が変わったでしょう。高卒の給料と、大卒の給料が違うって知らなかったんです。知っていれば、大学に行ってました。

 もうひとつは。高校卒業後、働いた『スーパー』を辞めなければよかったと思います。社会保険がものすごくしっかりしていて、充実していました。いま思えば、いい会社だなと思います」(『週刊女性』2020年9月22日号) 

ここでも思考の軸となるのは「金」である。一般的な感覚では、高校時代や前の職場でやり直したいとするならば本意でなかろうとも「もっと学識を広げたかった」「若いときにもっとパーッと遊びたかった」「周囲の人間に恵まれていた」「仕事にやりがいがあった」等と取り繕うものではないか。「金」という判断基準に左右されて自分の感情を出せなくなっているようにすら見える。自ら死刑を覚悟していると言いながらなぜそれほど「金」に執着するのかと思えば、“自弁(個人で購入できる弁当)”で400円のからあげ弁当や売店のお菓子を買ったとか、「おカネがないと本当に辛いと中の人からも教えてもらったので、出来るだけ蓄えて拘置所に行きたい」等と話している(『FRIDAY』2018年9月28日号)。被害者Aについて、白石は「(預金があったようだから)生かしておいてヒモになればよかった」、人を殺害する見返りが「50万では安すぎる」と発言し、反省するどころかもっと金を引き出せたのにという趣旨の後悔をにじませている。楽して稼ぎたいという思いはある程度理解できるものの、他人を犠牲に、ましてや命を奪ってなお呵責もないほどの「金」に対する執着は異様に映る。

 

■「女性」への偏見 

白石は「首吊り士」「パチプロ~」「_(アンダーバー)」「死にたい」等5つのアカウントでSNSを利用し、自殺願望のある女性たちとの交流を重ねる。検察官は「やりとりのあった対象」は37アカウントあったことが捜査段階で確認されたとし、ジャーナリスト・渋井哲也氏の面会取材によれば実際には「13人と会っていた」との証言を得ている。裁判官から「殺害した人とそうでない人の違いはなにか」と問われた白石は、

「自分に対して好意を持っていて、お金を持っていそうな場合、レイプをせずに、生かして帰しました。長期的にお金を引っ張ろうと思っていました」(2020年10月16日『文春オンライン』)

 としている。文言通りに受け取れば、金づるとして生かすか、性欲のはけ口として使い捨て、という極端に歪んだ女性観が白石には通底して存在している。10月21日の公判では、被害者Dの解体中も白石の部屋には加害に及ばなかった「別の女性」が出入りしており、殺害時にはカラオケ店に行ってもらっていたことが明らかとなった。その女性は「夜の仕事」をしているため「お金が引っぱれる」と判断し、「仕事で体を求められる女性はしないほうがいい」「しない方が親密になれる」と判断して性行為には及ばずに10日間ほどアパートに滞在させている(女性は「親が心配している」として自ら立ち去った)。白石は「警察に通報するかもしれないとも考えましたが、大丈夫だと思いました。知り合って、時間も経っていたし、信用、信頼、恋愛、依存のいずれかの感じがありました」とスカウトマン時代に養われた勘を働かせている。事実、女性は解体中の部屋に出入りしているが通報はしなかったという(2020年10月23日『文春オンライン』)。白石の女性に対する観察力・洞察力は人並みかそれ以上に思える。

 

学校でも職場でもいじめは絶えない

毎日のように通う場所、会う人間とうまくいかないと精神的にどんどん追い込まれていく

世の中にはニュースになっていないけど自殺未遂をしてしまって苦しい思いをしてる人がたくさんいると思います

そんな人の力になりたいです

#自殺

上は「首吊り士」アカウントから発信されたtweet。自殺志願者に寄り添うような文言や首吊りを指南してほしい人は私信をくれるようにといった内容。そして以下は、事件発覚から一年後に白石が語った自殺志願者へのアプローチについてである。

「あのアカウントは、完全に精神が弱っている子の気を引くためのキャラクター作り。『死にたい』というつぶやきとともに、『学校がイヤだ』とか『彼氏が欲しいのにできない』とか具体的な悩みを発信しているかたは特に取り込みやすい。

 そういうツイートをしている人を毎日5~10人くらい物色してアプローチしていました。1割くらいのかたから返信がありましたね。だいたい、『死にたい』と言う人なんてみんなかまってほしいだけ。それをうまく聞き出して、懐に入っただけです。自殺サイトではなくツイッターを使ったのは、以前、風俗店に女性を紹介するスカウトの仕事をしていたとき、ツイッターで女性を募集したらすごく集まりがよかったから。私自身は、死にたいと思ったことなんて一度もないです。

 被害者のかたたちのことは、最初から欲望の対象として見ていて、自分の家族や友人、お世話になった上司といった“大切な人たち”とは別の次元にいる。自分の中で線引きができているから、殺したことへの後悔とか、遺族に対する申し訳ないという気持ちとかって、一切ないんですよね」(『女性セブン』2018年11月1日号) 

白石はSNS上では自殺指南者・支援者・共感者などの顔を演じ分けて、その実は単なるレイプ魔だったと自認している。そして重要なのは、白石にとって「被害者の方たち」は“大切な人たち”とは別次元の、殺しても罪の意識を感じない対象だったという偏見である。

2017年8月18日に最初の犠牲者となる女性Aと座間市内の木造アパートを内覧し賃貸契約、22日から一人暮らしを始めた。この場所は父親が暮らす実家から3㎞しか離れておらず、保証人や物件探しも父親が行っていた。平成26年に同アパート1階で遺体が発見されており、白石が借りた2階の部屋もUBロフト付で2万2000円という格安のいわゆる「事故物件」(本事件後、家賃は11000円まで下落した)。仲介業者は、少し時期を待てば割引になると説明したが、父親はそれを断り早い時期での入居を希望。被害者Aへの犯行は入居の翌日であった。

「(職業安定法違反で)執行猶予中でした。次、逮捕されれば、実刑になると思っていました。そのため、レイプして、お金をうばって、殺害しないといけないと思ったんです」(2020年10月16日『文春オンライン』)

 やや分かりにくい文言だが、白石の人間性が現れている言い回しだと思うので細かく順を追って見ていきたい。

・白石は「執行猶予中」である

・次また逮捕起訴されれば「実刑」を食らう

・それはどうしても避けたかった

・Aに多少の貯金があることが分かった

・Aを金づるにして“ヒモ”になりたかった

・当初は借りたアパートでの同棲を持ちかけた(Aには白石が働いて養うと話していた)

・Aを殺す気はそもそも薄かった(公判で白石は「一緒にいた時間が長かったので、好意はありました」「ひどいことをしたと後悔している」と供述。8月18日前後にAと合意の上で性交渉を持ち、以降Aはメールの敬語がなくなり、スキンシップをとる等、それ以前より好意的になったとしている)

・交際相手の有無をAから直接聞かされてはないが、「私(白石被告)以外の男性との付き合いがあるような雰囲気だった。2度目のホテルで性交渉を持ちかけたが断られたこと、そして、自分のこれまでの過去の経験上、短期的にお金をひっぱることはできるが、長期的には難しいと思っていた」と供述。

・Aから預かった金を踏み倒したかった

・返済せずにいれば「男性」の登場や「警察沙汰」が怖い

・そうなる前に「失踪」したことにしてしまえば、金を返さずに捕まらなくて済む

・だから殺害することに決めた

・性欲が溜まっていたので、意識を失ったAをレイプし、思いのほか快感を得た

・レイプがバレれば実刑なのでAを殺害

・遺棄するのに輸送手段がないため解体処理

・処理にも5000円程かかるが見つかる訳にはいかない

・多少の金を奪いつつ、殺し続けなくてはいけない

という極めて利己的な発想である。白石の発想には常に「鼻先の人参を追いかける馬」のような、目先の快楽に対して短絡的な行動を選択してしまう性質が窺える。手取り14万円ではパチスロで存分に遊べないからと転職を繰り返し、法に触れてでも自分の稼ぎのために悪質スカウトを繰り返し、「自殺願望のある女性」は性欲のはけ口にできると考え発覚まで残忍な行為を繰り返した。2か月の間に被害者含め13人と会ったという証言が事実とすれば、週をまたがず次から次へと同時進行で接触していったと考えられ、あまりにも性欲に忠実な異常な行動力である。

なおAの交際相手について、『週刊新潮』2017年11月23日号では警視庁詰め記者の言質として「実は、Aさんにはスリランカ人の交際相手がいました。白石はそれを知っていたから“一緒に住もう”ではなく、“アパートにいつでも遊びにきていいよ”と友人関係を装って誘い出し、犯行に及んでいます」(実名部分をAとした)と語られている。 

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白石被告が住んでいたアパート間取り(『小説新潮』2019年8月号)
冒頭でも示した通り、白石は弁護人からの質疑に対して基本的に無言の態度を取っている。自身は起訴事実を認めており、死刑を受け容れる立場であり、自分の同意なく減刑を求めようとする弁護人など望まないという考えを表明している。

「僕は今の弁護人も解任したいのに、裁判所が却下するんです。でも、諦(あきら)めません。来週の公判前整理手続きでも、裁判所に解任を請求するつもりです。刑事訴訟法第38条の3の1の2によると、『被告人と弁護人との利益が相反する状況にあり弁護人にその職務を継続させることが相当でないとき』には、裁判所は弁護人を解任できるんですから。今の弁護人は弁護士が守るべき『使命』にも違反している。弁護士の使命は、依頼人の『正当な利益を実現すること』なんですよ(『弁護士職務基本規程第22条』)。だから、僕には彼の解任を請求する権利がある」(『FRIDAY』2019年11月1日号)

「今の」とある通り、はじめに着任した弁護人は取調べに際して黙秘を薦めたが、却って警察の追及が激しくなって白石の心が折れ、すでに一度解任請求を行っているのだ。こうした発言を見ても、白石の知能水準が劣っているとは思えず、むしろ自分の利益のために進んで学んだ節さえ窺わせる。しかしながら、さも法律を盾に自らの正当性を主張しているように見えるものの、その実は「自分の思い通りにならないと嫌だ」という幼稚さや「弁護人の言いなりになどなるものか」という受動的攻撃性(受け身的な反抗)、「自分が従えているのだ」と言わんばかりの支配欲やプライドの高さなどが透けて見える。また検察や裁判官に対しては質問に答えていることは、彼らを(短期結審と死刑を求める)自分のコントロール下に置きたい意図があるようにも思われる。

第11回公判では、4人目の被害者Dについて、殺害時の記憶は「断片的」としつつ、「相手が普通にしている状態を襲うことが快感につながった」と述べた。Dとは一緒に自殺する名目で顔を合わせるが、自殺方法の話題や悩みの話にはならなかったとしていることから、それまでの薬物による酩酊状態などの手筈を経ずに意識のある状態で強姦に及んだのではないかと思われる。3人への犯行が思い通りにいって驕りが生じたのか、Dには携帯電話のGPS偽装工作はしていなかった。しかし想定と違って自殺への段取りを踏もうとしない相手に対して、強引な手法をとって目論見を達成できたことで「快感」につながったとも考えられるのではないか。

これは私の想像に過ぎないが、白石は女性に対しても「この女性なら暴力で支配できるな」「この女性には心酔しているふりをして金を無心しよう」「こいつは金にならないから…」等と値踏みをし、キャラクターを演じて女性を手玉に取り、思い通りにコントロールしている状態に快感を得ていたのではないか。普段はおとなしくマメな白石だが、他人を自分の思い通りにしたいというパーソナリティが先鋭化されて、暴力的手段、DVやレイプとなって表出したようにも見える。

スカウトマン時代の悪行から、希死念慮の強い女性は扱いやすい、若い女性であれば風俗等に沈めれば金づるになる、あるいは風俗勤務の女性や短期間で大金を稼ごうとする女性には希死念慮を抱く者が多く金づるにしやすいとインプットされていったのであろう。とはいえ、風俗スカウト界隈で目を点けられている白石には女性を風俗に沈めることは難しく、風俗志望ではない一般女性に目を付けるしかなかった。しかしそうした発想を定着させるまでには、「女性」に対する恨みと復讐の意味合いが根底にあったのではないか。 その背景として、白石の思い通りにならなかった女性たち、母と妹の存在が大きいと私は推測している。

 

■「家族」との距離

白石容疑者は知り合った女性たちに対して「“きょうだい”はいない」と話しているが、実際には、母親について家を出ていった妹がいる。なぜそんなつかなくてもよさそうな嘘をついたのか。

女性セブン』2017年11月23日号では、精神科医の片田珠美氏に事件後の報道などを基に分析を依頼している。

「白石容疑者はごく小さい頃に“母親に見捨てられた”という感覚があるのではないでしょうか。お母さんはできのいい妹をかわいがり、自分のことに関心がないと感じていて、思春期の微妙な時期に、母親や妹への憎しみが募った。だから、彼の内的世界では“2人はいなかったこと”になってしまっているのかもしれません。

白石容疑者は高校時代から自殺願望を抱えていて、実際に睡眠薬を大量にのむという自殺未遂を起こしたことがあるとも報じられています。その自殺願望には、“母親への復讐”という意味合いがあるのかもしれません。自分自身が自殺願望を抱いて思春期を過ごしたので、10代の女の子たちに自殺をそそのかした可能性もあります」

 拘置所に収監後、家族は一度も面会に訪れておらず、手紙のやりとりもないという。継続取材を続けるジャーナリストの渋井哲也氏は「白石はそのことについて何も思っていないというが、少しだけ家族は自分と関係ない、とかばっているように感じた」と述べている。

また白石は弁護人の裁判で争う姿勢に異を唱える理由として、「裁判が長引くと、親族に迷惑がかかる」とも述べている。高校時代あたりから父親とは折り合いが悪いというが、親子の距離、家族の間柄にしては妙に空疎な印象を覚える。それでいてアパート探しは白石本人ではなく父親が行っていたという点も腑に落ちない。執行猶予中で家にいる息子と二人きりでは諍いになるため、どうにかして追い出したかったのかもしれない。近隣住民によれば「お父さんは家のお手入れが好きで、よく植木にハサミを入れたり、落ち葉を掃いたり、2階のベランダで洗濯物を干す姿を見ました」「(東日本大震災のときは)定職につかない息子の世話をしながらボランティア活動もされていました」「息子さんは、たまに実家に帰っていたようです。そんなとき、お父さんはとなり近所に『息子と飲みに行くんです』『彼女ができたんですよ』とうれしそうにしていたんです。仲のいい親子で、息子さんがこんな事件を起こすとは……」と語っている。近隣住民から見れば家庭的な面倒見のよい父親のようでもあるが、別居について「娘の受験で」と取り繕っていたように、白石の父親は外面を非常に気にする性質のようにも見受けられる。 彼らは本当に「ごく普通の家族」だったのだろうか。

離婚した母親とついていった妹についてはプライバシーの観点からか詳細な情報は得られず、離婚原因なども明らかになっていない。だが妹の高校受験という大事な時期に別居していることから推測するに、「不倫」のような一時的なものではなく家庭内不和は恒常化しており、白石の高校卒業(および就職による経済的負担の軽減)を見越して別居に踏み切ったとも考えられる。余談になるかもしれないが、倒産の危機もささやかれた日産が仏ルノーからカルロス・ゴーンをCOO(最高執行責任者)として迎えたのが1999年。国内の車両・部品工場5か所の閉鎖と国内生産台数の減産、全世界でのグループ人員2万1000人削減と下請け企業の約半数をカット、子会社・関連企業の株式売却を軸とした中期経営目標「日産リバイバルプラン」を発表し、当初3か年の計画を1年前倒しで達成した。事件に直接的な関係はないが、白石の父親にとっては取引先の減少など仕事に少なからぬ影響はあったと考えられる(当時白石は小学校高学年にあたる)。高校時代には父親との関係が悪化していた白石は(就職して一人暮らしを始めるとはいえ)実家に残ったことからすると、母親との間には確執があったのではないかとも考えられる。あるいは母親は成績優秀な妹を寵愛するようになり、白石は反感を募らせていったのかもしれない。また母親の職業は不明だがおそらく妹の付属高校・私大の学費などは父親負担ではないかとも考えられ、もしそれに生活費の援助もしていたとすれば、白石がパチスロにハマっていた二十歳前後には家の経済状況も厳しくなっていたと想像できる。

 

臨床心理士として多くの凶悪犯の接見や鑑定をしてきた長谷川博一氏の著書『殺人者はいかに誕生したか 「十大凶悪事件」を獄中対話で読み解く』(新潮社)を先日読んでいたこともあって、白石の家族に対する感情は土浦無差別殺傷事件の金川真大のそれに近いような印象を受けた。

sumiretanpopoaoibara.hatenablog.com

金川は、殺人の動機について「死刑になって死ぬため」、被害者への気持ちについて 「ライオンがシマウマを襲うときに何か考えますか」と人間らしい情念が欠如しているともいえる挑発的な態度をとり続けた。こうした点は白石とは異なり、排他攻撃的な気性が見受けられる。だが金川は自らを社会から逸脱した存在と位置づけ、その攻撃性は「常識に洗脳された人間」という自分のことを理解しようとしない全ての人間に対して向けられている。それでいて文通や面会には積極的で、質問には答えようと努力し、嘘はつかない特徴も顕著だったとされる。

ここで白石による家族に関する証言を見てみよう。

「父と母と妹の4人家族でした。母はとても優しく料理が上手な方でした。

 親からの愛情という意味では恵まれたと思います。歯の矯正をしてくれましたし、視力矯正で病院に通わせてくれました。お母さんの料理も美味しかったです。妹とは幼いころは遊んでいましたが、だんだん疎遠になっていきました。思春期になると兄妹ってそんなものじゃないですか?」

「地域の総合進学塾へ行っていました。母親に言われて、なんとなく通っていた感じですね。父親は、仕事中心でしたので、子育てに関わっていませんよ」

「このころ(高校のころ)父親と仲が悪く、早く自立したかったんです。ただ思春期的なやつで、些細なことでケンカしました。“早くお風呂に入れ”とか」(『週刊女性』2020年9月22日号)

 下は、金川の家族に関する質疑である。

父親の嫌いなところは——

コレといってないですねぇ。てか、ほとんど記憶がない。怒られるのはイヤだけど、これはフツーですし。さわいでいたら、静かにしろってヤツね

父親の好きなところは——

ないですな

父親はどんな人か——

マジメだねぇ。仕事頑張ってるねぇ。ガンコじゃないがカタブツだねぇ。エンジョイって言葉知らないかもね。理屈っぽい人かなぁ。動物で例えると牛馬の類。

 

母親の嫌いなところは——

別にないですね

母親の好きなところは——

う~ん、これといって。ま、ゲーム買ってもらったことぐらい

母親はどんな人か——

人畜無害な感じ。柔和。フツーの主婦。ああ、そういえば父母ともに操り人形でしたね。常識の。

 

両親の関係は——

関係は希薄。仲はよくもわるくもない。会話はないね。淡白ですなぁ。ま、父が家にいないからね。

 いづれも他人行儀と言うか客観的に「家族ってこういうものだよね」と定型的に語ったかのような似た印象を受ける。金川の父親は外務省のノンキャリア官僚、母親は教育熱心な専業主婦。不登校や進学・就職がうまくいかなかった金川は家に居場所がなかったに違いない。3人の妹弟は「家族の雰囲気が嫌い」「家族全員が本音を隠していて、関係が希薄でバラバラ」「家族に対して関心がない」と語り家族との縁を切りたいとまで訴えており、それでも金川は「傍から見れば不仲に見える状態でも、普通です」と擁護する。彼の心のはたらきについて、長谷川氏は本来存在している感情を無意識的に「無きもの」としてしまう防衛機制「否認」の一種と捉えている。異常な家族関係や解消されない鬱屈を無効化して受け容れることで自我を保ってきたのである。白石も「家族」に対する感情をあまり表しておらず、自分のことについては饒舌な反面、家族についてはオブラートに包み隠そうとしているような印象を受ける。白石の母妹についての情報はおそらく裁判でも出てこないと思われるが、白石の一部女性に対する支配欲は彼女たちに対する意趣返しの屈折した表れなのではないかと私には思える。白石は父親に逆らうこともできず、「家族」を壊してしまったのは母妹だと納得したかったのではないか。そのために女性に対する歪んだ感情を膨らませていき、食い物にしていったのではないかと思うのだ。

 

■自殺志願者について

本事件を受けて、2017年12月、 LINE、FacebookTwitter Japanなどが加盟する青少年ネット利用環境整備協議会では自殺に関する情報への対応策や類似犯罪の未然防止のための提言をまとめている。しかし既述の通り、「自殺志願者」と彼らを狙う犯罪は後を絶たない。自殺者は年間およそ2万人余り、とくに若年層には増加の傾向が認められ、15~39歳の年代別死因として最も多いとされ、世界的に見ても珍しいという。精神衛生や自殺予防のリテラシーは足りていない現状である。

被害者Cのメモアプリには「これからの私の選択は、いろんな人を傷つける」とあり、Twitterには「こんなクソみたいな人生でも一時だけでも良い思いをした」と投稿していた。人権家を気取るつもりはないが、Cの遺した言葉には「死にたい」感情と同じだけ「生きたい」という感情が含まれているように思える。自殺志願者の感情は振り子のように「死にたい」「生きたい」の間を行きつ戻りつし、言葉や行動に感情が伴わない場合も多い(顔も知らない男の家に行くことも「ふつう」ならありえない発想だが、悶々と悩み続けて冷静な思考判断さえ適わなくなった彼らの行動をだれが責めることなどできようか)。「だれかに殺してほしい」という感情は「自分の力で命を絶つことができない」ことや悩み疲れて「もはや自分で生死の是非を選択できない」ことの裏返しであり、それでも生きているということは「もう死にたい」という感情がいまだに自分の行動を制御できていない・支配されていない・自由な状態であるともいえる。裁判での争点として“承諾殺人”であったか否かが今後も論じられることと思うが、白石の毒牙には掛からなかったものの後に自ら命を絶った「おびき出し」協力者のことを顧みても、本当のところは被害者本人も含めて誰にも分からないと私は考えている。

1998年ドクターキリコ事件や2005年自殺サイト事件以降、自殺志願者の集う“自殺サイト”への取り締まりは強化され、2010年代にはSNSがネガティブな心情を吐き出す場所になった。様々なユーザーに開かれた空間だからこそ悩みを抱える者同士が励まし合ったり、医療保健機関や専門家などからの情報やアドバイスを得やすい反面、利用を誤れば本件のように犯罪者を誘引してしまう。情報量の多さなどもあって一般の人には「死にたい」といった危険信号が却って見過ごされやすい側面もある。誰にも気づいてもらえない、理解してもらえない孤独な感情。本当に弱った時、目の前に手を差し出されれば、相手の顔も見ずについその手を握ってしまうということはありうるのだ。

本稿の筆をとった理由のひとつは、一人でも多くの自殺志願者にこの事件を知ってもらい、たとえ希死念慮に苛まれてSNSで弱音を吐こうとも間違ってもこうした事件の被害者にはならないでほしい、自分の命を他人に委ねるという考えだけは選択しないでもらいたいという願いからである。はたして亡くなった被害者の気持ちはいかばかりか、安易に「10人目の被害者になりたかった」等という自殺志願者がいなくなりますように。

 

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年齢・性別を問わず、LINE・チャット等による相談

特定非営利活動法人 自殺対策支援センターライフリンク

SNSやチャットによる自殺防止の相談を行い、必要に応じて電話や対面による支援や居場所活動等へのつなぎも行う。様々な分野の専門家及び全国の地域拠点と連携して「生きることの包括的な支援」を行う。

実施日時 2020年5月1日から
相談時間 月曜日・火曜日・木曜日・金曜日・日曜日 17時から22時30分(22時まで受付)
水曜日 11時から16時30分(16時まで受付)
LINE 「生きづらびっと」友だち追加別ウィンドウで開く ID検索@yorisoi-chat(生きづらびっと)
生きづらびっと QRコード
Twitter よりそいチャット公式アカウント別ウィンドウで開く
チャット よりそいチャット別ウィンドウで開く

主要SNS(LINE、TwitterFacebook)及びウェブチャットから、年齢・性別を問わず相談に応じる。 相談内容等から必要に応じて対面相談・電話相談(一般電話回線の他に通話アプリ(LINE、Skype等)にも対応)及び全国の福祉事務所・自立相談支援機関・保健所・精神保健福祉センター児童相談所・婦人相談所・総合労働相談等の公的機関や様々な分野のNPO団体へつなぎ支援を行う。

実施日時 2020年4月1日から2021年3月31日(通年)
相談時間 毎日 第1部 12時から16時(15時まで受付) 第2部17時から21時(20時まで受付)
毎月1回 最終土曜日から日曜日 21時から6時(5時まで受付) 7時から12時(11時まで受付)
LINE 「こころのほっとチャット」友だち追加別ウィンドウで開く ID検索@kokorohotchat
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10代20代の女性のためのLINE相談

特定非営利活動法人 BONDプロジェクト 

10代20代の女性のためのLINE相談。

実施日時 2020年4月1日から2021年3月31日
相談時間 毎週 月曜日・水曜日・木曜日・金曜日・土曜日
第1部 14時から18時(17時30分まで受付) 第2部 18時30分から22時30分(22時まで受付)
LINE 「10代20代の女の子専用LINE」友だち追加別ウィンドウで開く
10代20代の女の子専用LINE QRコード

18歳以下の子どものためのチャット相談

特定非営利活動法人 チャイルドライン支援センター

18歳以下の子どもが対象。 電話相談(0120-99-7777/16時から21時)と、チャットによるオンライン相談を実施。

相談時間 毎週木曜日・金曜日・第3土曜日 16時から21時(チャット実施日カレンダー別ウィンドウで開く
チャット チャイルドラインチャット相談別ウィンドウで開く
チャイルドラインQRコード

 

 

www.mhlw.go.jp

 

長谷川博一『殺人者はいかに誕生したか「十大凶悪事件」を獄中対話で読み解く』感想

 凶悪犯の心理については古今を問わず多くの耳目を集め、人物の特異性や犯行の猟奇性がクローズアップされて語り継がれる。コメンテーターたちはセンセーショナルに煽り立てた挙句「闇の深い事件です」「許されることではありません」とラベリングしてやがて振り返られることもない。この本は事件そのものの詳細な描写は少なく、数値や傾向から犯罪者を分類する犯罪学の本でもない。本書の最大の魅力は、裁判では明らかにされない、加害者本人さえも把握しきれない無意識や発達的心理プロセスを導き出す「なぜ」このような事件が起こったかに答えようとするアプローチにあるといえる。いわば殺人者ひとりひとりに対するカウンセリングであり、パーソナリティ形成を読み解こうとする試みである。

 

世間を震撼させた凶悪事件の殺人者たち——。臨床心理士として刑事事件の心理鑑定を数多く手がけてきた著者が、犯人たちの「心の闇」に肉薄する。勾留施設を訪ねて面会を重ね、幾度も書簡をやり取りするうちに、これまで決して明かされなかった閉ざされし幼少期の記憶や壮絶な家庭環境が浮かび上がる。彼らが語った人格形成の過程をたどることで、事件の真相が初めて解き明かされる。(文庫版背表紙より)

 

■著者・長谷川博一氏について

1959年愛知生まれ。南山大学教育学部卒業後、名古屋大学大学院教育学研究科(心理学専攻)博士課程途中退学。東海女子大学在任中、臨床心理士となり、宮崎勤ら多くの被告人の心理鑑定を行うほか、発達心理学や学校問題、児童虐待の予防を促す著書も多数。2012年、東海学院大学退職後、こころぎふ臨床心理センターを設立(施設HPによる略歴)。2020年現在は同センター長、公認心理師(※)として、TwitterYouTube、lineなどでも積極的に情報発信や相談を行っている。

(※臨床心理士民間資格であり研究的業務も含まれている。公認心理師は2017年施行の国家資格であり、より実践的なカウンセリングや情報提供などを行うものとされる)

 

週刊新潮2018年10月4日号で、「被害女性が告発!私が施されたセックス・カウンセリング」との特集記事が組まれた。

www.dailyshincho.jp

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掲載当時、自身のTwitter上でも記事や糾弾者に対して発言された様子だが、過去ログを遡ることができなかった。告発内容について真偽を知る由もないが、2人の告発者の証言は真に迫るものである。本書の慣行は2010年11月、内容については東海学院大学(および前身である東海女子大学)在任中の職権・功績であり、仮に告発が事実であったとしても本書の価値を歪めるものではないと私は判断する。

新潮記事の繰り返しとなるが、クライエントがカウンセラーに対して信頼や尊敬、愛情といった感情を示すことを陽性転移といい、それ自体は決して珍しいことではないが、カウンセラーがクライエントと性的関係に及ぶことは職業倫理上あってはならないことである。その一方で、心に問題を抱えカウンセリングや心療ケアを積極的に必要とする人びとの証言を(インタビュアーや臨床心理の技術さえも持たない私たち)第三者がどこまで真に受けてよいものか、記事そのものの妥当性についても留意が必要である。

 

既に述べたように、著者は教育分野から児童心理学、臨床心理への道をたどり、1988年から始まった臨床心理士の草分け的存在の一人である。

見えにくい虐待も、聞き手の眼差しによっては早期に表舞台に姿を表し、「救われたい手」と「救いたい手」を、つなぐことができるのです。

犯罪のない社会づくりのために、犯罪までの過程を、加害者に一時期寄り添い、その内面に迫りながら解析する。これが先に書いた「理解」の正しい意味なのです。一刻も早く、家庭と社会が手を携えて、犯罪が生み出される仕組みを見極めなくてはなりません。(「はじめに」より)

氏はこうした文章に端的なように、児童虐待の加害者もその多くは元虐待被害者であり、刑事事件についても犯罪被害者のケアと共に“加害者”とされる人物にも支援が必要だとする立場をとる。ときに加害者の訴えに共感や理解を示しながら深層心理を読み解き、同じような悲劇が再び生み出されないために児童虐待問題や教育分野へのフィードバックを実践し、「原因解明」「予防的措置」にタッチしない現行の司法精神医学や司法制度そのものに対しても見直しを提唱している。犯罪者の心の傷を理解しようと努める氏の視点は本書を通して貫かれているため、「犯罪者など理解する必要なし」「殺人者はすべからく死刑に処すべし」と考える方には向かない内容といえるかもしれない。

 

■凶悪犯とは何か

本文では、十人の殺人犯について事件内容ではなく被告人・死刑囚らの内面に焦点を絞って長谷川氏の見解が示されていく。

第一章 大阪教育大学付属池田小学校児童殺傷事件 宅間守

第二章 東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件 宮崎勤

第三章 大阪自殺サイト連続殺人事件 前上博

第四章 光市母子殺害事件 元少年(犯行時18歳のため匿名)

第五章 同居女性殺人死体遺棄事件 匿名

第六章 秋田連続児童殺害事件 畠山鈴香

第七章 土浦無差別殺傷事件 金川真大

第八章 秋葉原無差別殺傷事件 加藤智大

第九章 奈良小1女児殺害事件 小林薫

第十章 母親による男児折檻死事件 匿名

これまで十九人の殺人犯と面会したなかで、全てに共通していたのはその人たちが犯罪者になろうとしてなったわけではないという点だと長谷川氏は述べる。池田小事件の宅間をはじめとして、被虐待児や機能不全家族のもとで歪な人格形成を経ており、その苦痛から逃れたい希死念慮や自己否定、罪に対する反省などが複雑に絡み合いながら死刑を望んでいる印象を受ける。

はじめから死刑を望んで犯行に至り、法廷でも傍若無人な態度で侮辱し続けた土浦事件の金川のようなケースであっても、現実世界からの防衛機能として自らの感情を抑え込む「否認」のはたらきによって、反社会的ともいえる表層的振る舞いに至ったとされる。秋葉原事件の加藤のように「いい子」でいなければならないという呪縛によって自分の感情なのか、「いい子」の頭で考えた模範解答なのか分からないまま死刑が確定した者もいる。

第五章は愛知県小牧市の保冷車死体遺棄事件と思われる。加害者Nと被害者女性K子の不幸な生い立ちを背景とした病的な「共依存」を伴なう内縁関係に、K子のアルコール依存の深刻化と次男S君への虐待が引き金になった特殊なケースである。被虐待経験のあったNは虐待されるS君に昔の自分を投影し、何としてでも守らなければと凶行に至る共感-殺人ともいえるものだ。

秋田事件の畠山は、とりわけマスコミと対立した際の怨めしい形相が印象強く、当時事件について詳しく知ろうともしなかった私などは浅ましくも“被害者面したい加害者”という見方をなんとなく抱いていた。これは昨今の道志村女児行方不明事件の母親に対して世間から向けられる同情とともに拭いきれない“やや冷ややかな猜疑心”に近いものかもしれない。だが本作を読むことで畠山以外にも、加害者に対して知らず知らずのうちに抱いていた印象や偏見を再認識させられることとなった。こうした点も、警察、検察、裁判所、記者、報道制作などとは別のベクトルから加害者にアプローチしてきた長谷川氏の大きな功績だと思う。私たちはメディアが「悪人」と報じれば人でなしの「凶悪犯」に仕立て上げてしまいがちだが、同じ世界に暮らす人間なのだ。何がきっかけで道を外れて「悪人」になるか、多くの冤罪事件のようにいつ自分が「凶悪犯」にされるかも分からないのである。

 

■凶悪事件に学ぶ

私たち一般人の多くは事件発覚や犯人逮捕の報道以降、事件やその後について触れる機会は滅多にない。今日の事件報道のあり方や、被告人の有罪無罪と量刑の判断という裁判機能の権限では「真相解明」には程遠く、何かを社会に働きかけることはほとんどない。既述の通り、長谷川氏はカウンセリングの専門家であるためその方法論、技術的枠組みの中で、事件全体が「虐待」「生い立ち」との関連に収斂されてしまうきらいはどうしても感じる。一部の社会学者やルポライター、長谷川氏のような事件の外側から発せられるレポートには、見逃されがちな事件の側面や深層への言及に加え、それぞれの専門的見地から今後の社会で生かされるべき提言が含まれている。凶悪事件を毎日のニュースのひとつとして理解できない他人事のように聞き流すのではなく、たとえば小さな子を持つ親、高齢者を支える側、といったそれぞれの立場でなぜこの事件は起きたのかという社会問題として向き合う機会も必要なことのように思えた。社会に規律が存在すれば規律違反や逸脱が必ず生じる。その意味では長谷川氏の願う「犯罪者を誕生させない社会づくり」が完成することはないのかもしれないが、人間社会を営む上での恒久的課題として事件や問題の本質をとらえ、改善する努力はしていかねばならないだろう。

 

貝屋(創作)

 「この辺りでどこか面白い場所をご存知ですか」

 

 一人旅が好きなHさんは、よく旅先で現地の人にそうやって尋ねるのだそうです。大抵は知られた観光地か「何もない」と返ってくるそうですが、ごく稀に“アタリ”を引くこともあるそうで。観光情報には出てこない地元人しか訪れない小さなお店であったり、地元の人からすれば他愛ないけれど余所者からするとなかなか味わい深いスポットを知れたりすることもあるのだとか。“ハズレ”もあるが、「それも旅の一興。土産話にでもなれば」とどこへでも足を伸ばす、そういう人でした。

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 数年前、Hさんがある小さな港町を訪れたときのこと、夕凪に錆び猫をあやす老いた漁夫を見つけ、例によって「どこか面白い場所をご存知ですか」と尋ねた。

「せやのぉ、おいは詳しく知らんが、親父が言うとった話には…」と漁夫は煙草に火を点けた。

 

 

「まだ若い頃、おいが生まれる前やけ明治かそこいらの昔と思うが、N岬から辺り一帯に掛けて春には手で掬えるほど玉筋魚(いかなご小女子とも呼ばれる)の類が押し寄せたんだと」

 

「この辺りは昔から産地ですよね」

 

「ほおよ。今はご覧の通り見る影ものうなったが、昔の網元の家が釜茹で小屋をしつらえてどこの港も白い煙をもくもくと上げよった。男らが海に出ている間、女子ども集めてちりめん(ちりめんじゃこ)みつくろうて卸してた時期があった。海から見ると、じゃこの日干しで覆われて陸がびんびか光って見えたって。今みたいな電気の冷蔵庫もない時代やけ、そりゃようけ金になったらしい」

 

錆び猫は煙を避けるようにして漁夫の胡坐に陣取った。

 

「まぁ、江戸時代から昔の名残もあったと思うが、大きな網元はそういった女衆を集めて…ほら、なんじゃ…漁師らに都合しちょった」

 

「…女郎小屋、みたいな?」

 

「いや、まぁ今風の見方をすればそんなもんか知れんが。海で亡(の)うなる男もようけおった時代じゃで、後家さんやら父親亡くした娘やらもぎょうさん居った。そういう女子(おなご)にとっては食い扶持のためでもあり、男らにとってはまぁ数少ない娯楽いうんか、良く言えば男女の縁を取りなす“出会いの場”みたいな役目もあったんか思う。休漁の時季には親父なんかまだ毛も生え揃わん内からそんなところに入り浸りやったけ、方々で相当可愛がられた言うちょったのう」

 

「それはなんとも羨ましい話で」

 

錆び猫は首を傾げて顔を洗った。

 

「親父は“貝屋”なんて呼んじょったが、お袋にはそげん話はようせんかったの。おいがようやく手伝いに出るようになっと、家では無口なくせして海では嬉しそうにそげな話ばかり聞かせてくれよった。おかげで助平な親父の跡を継いじょるけの。中には河原者も居ったみたいやけ、N川か、K川か、その辺りかも分からん。この目で見た訳でなし、おいが話を聞いた頃にはとっくに無うなっとったかもしれん。昔は海沿いの番屋やら宿場のある離島なんかにはそういったもんが何かしらあったんやと。今じゃどこの港にも婆さんしか居らんがの」と言って漁夫は笑った。

 

 

翌日Hさんは図書館の古地図を手繰った。昔の遊郭らしい箇所をいくつか巡ったがそれらしい痕跡は何一つ見当たらず、空にはコンビナートの白い煙だけが海風に乗ってもくもくとたなびいていた。

 

つくば高齢夫婦殺害事件について

 事件の風化阻止のため、2017年末に起きたつくば市高齢夫婦殺害事件について概要の説明および考察を行う。

物証や目撃情報などに乏しい事件だがいくつか思いつくことを記す。「考察」については確証なく想像しうる可能性について述べた一部事実に基づかない内容になるが、故人や遺族、関係諸氏に対する誹謗中傷の意図はないので何卒ご了承願いたい。

www.pref.ibaraki.jp

2018年1月1日元日の夕方、茨城県つくば市東平塚の住宅で住人である高齢夫婦の遺体が新年のあいさつに訪れた次女夫婦らによって発見された。被害者は建築業を営む小林孝一さん(77)と妻・揚子さん(67)で、子どもたちは独立しており夫婦2人暮らし。遺書や凶器は発見されなかった。司法解剖の結果、死因は頭部などの挫傷による失血死と判明し、茨城県警は殺人事件と断定して4日捜査本部を設置した。

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■事件当初

1日16時40分ごろ、次女の夫が「2人が倒れている」と通報。正面玄関は施錠されており、次女夫婦は長女から借りた合鍵で中に入った。

次女は12月30日18時頃、揚子さんに電話で元日の訪問予定を伝えていた。また31日朝8時以降、揚子さんの携帯電話に複数回着信があったがいずれも不在着信であったことから、当初2人が30日18時以降から31日8時の間に殺害された可能性が高いと見て捜査が開始された。

孝一さんは2階和室(寝室として使用)で寝具の間でうつぶせ、揚子さんは和室を出てすぐの2階廊下であおむけに倒れており、いずれも寝間着姿。2人は後頭部を中心に殴られた跡があり、凶器は「表面が平らな鈍器のようなもの」と見られているが特定には至っていない。孝一さんは右腕が骨折しており傷跡は数か所(8から9か所?)、揚子さんは十数か所に及び、頭蓋骨に「骨折線」、腕に皮下出血(防御創)も見られた。

発見当時、玄関や勝手口は施錠されていたが、以前カラオケ店として使用していた1階と住居部分の2階の窓が数か所未施錠になっていた。日頃使用していたとみられる自宅の鍵は建物内で見つかっている。2階和室には荒らされた形跡がなかった

■現場について

敷地は周囲が林と果樹園に囲まれており隣家はないものの、数十m裏手には新興の住宅が垣間見える。住宅構造を比較すると小林さん宅は代々続く農村型邸宅とは異なる。国土地理院による航空写真では1980年5月には同位置に建物らしきものが確認できたが、1977年5月撮影の写真では森林しか確認できないため、およそ40年前に建てられたと推察される。着工当時は現在よりも周囲が拓けていなかったため、まさしく「森の中の家」といった印象であり、建築業の人間が我が家を自分の手でイチから作りたいと考える気持ちは理解できる。家に面した道路は、数百mにわたって小林さん宅以外に店舗や民家、防犯カメラなどはない(事件当時は不明だが、現在は小さな外灯が点々と設置されている)。古くからある農村部とつくばエクスプレス開業(2005年)以降の新興住宅や商業区域が入り混じる緩衝地域といえ、交通量自体は多くないものの“抜け道”として利用する車もある。小林さん宅のある「東平塚」地区の人口はそう多くないが、新興住宅が多い「学園の森」「苅間」、大学生向けアパートや学生宿舎のある「春日」地区など、周辺人口は非常に多い。近くを通る国道408号は交通量が多く、車で数分の場所に大型ショッピング施設、研究施設(国土地理院)、大学施設が存在する等、広域的に捉えれば“僻地”といった印象は全くない。だが局地的に見れば、深夜になると著しくひと気がなくなる雑木林が続くためか、付近には「不法投棄禁止」の警告表示が存在する(過去に不法投棄があった場所に土地所有者が設置するのが通例)など、人目の届きづらい場所であることも確かである。

2018年4月空き家となった現場から指輪やネックレス等貴金属820万円相当が侵入窃盗被害に遭うなど、時間帯によって「死角」となりやすくピンスポット的に防犯性は低い立地といえる。

(2018年9月、転売された盗難品から土浦市右籾の無職・内川誠(47)、無職・伊藤幸子(42)、住所不定自称塗装業・浅海博章(46)の関与が発覚し、窃盗容疑で逮捕。夫婦殺害との関連性はないと見られている。)

 

■事件報道と夫婦の人柄

 12月末に揚子さんと話したという60代女性によると、31日22時頃に小林さん宅の前を通った際、2階の部屋の電気だけがついていたと言い、「夫婦仲もよかったので、驚いた」と話している。

夫婦を知る50代女性は「2人は近所付き合いが殆どなかったし、人に恨まれるようなことも思い当たらない」と語る(2018年1月2日,朝日新聞)

近隣住民によると、小林さんは自宅に防犯カメラや防犯照明器具のセンサーライトを設置していた、事件当時も設置・作動していたかどうかは明らかではないが、日頃から防犯に気を使っていたという。

捜査本部は、小林さんが建築業で使う阿見町の作業場など数か所を捜索した。(2018年1月8日,茨城新聞)

 夫婦は近所のスーパーから帰宅した12月30日19時30分頃から、揚子さんの知人が自宅を訪れたが反応がなかった31日7時頃の間に殺害

現場に残された血痕などから、犯人は2階にある腰高窓からベランダに出て逃走したとみられる。(2018年12月26日,読売新聞)

 捜査開始からおよそ1年間で7900人以上を投入したが、情報提供は24件と少なく、夫婦の交遊関係からもトラブルは浮上しなかった。だが揚子さんが30日夜に近所のスーパーへ買い出しに行ったことや31日朝に知人が訪問していたこと等が公表され、犯行時刻は30日19時30分ごろから31日午前7時頃までのおよそ12時間ほどに絞られた。

 

建設業でも設計から大工仕事、鉄骨関係まで器用にこなした孝一さんは、約30年前、本業とは別に自宅1階を改装した居酒屋を開店。そこで働いていたのが揚子さんだった。当時2人は共に別の配偶者があったが、のちにそれぞれ離婚し、約10年前に再婚した。

かつて居酒屋の常連だったという近所の住民は「孝一さんがすごく良い人でとにかくいつもにこにこしていた。揚子さんは客扱いが上手。だから結構みんな来ていた」と営業当時を振り返る。2人はカラオケが好きで衣装を着て大会などにも参加していたという。経営は順調で店舗を増やして揚子さんが切り盛りしていたが、約5年前に「年でもう疲れたから」と経営の第一線からは退き、店を人手に貸すようになった。周囲の人々は金銭トラブルもなく、怨恨をもたれるような人柄ではなかったと語る。

一方で、ワイドショーの取材を受けた揚子さんの親族女性は「モノをはっきりいう子。ワーッと言っちゃうんですよね」「どこかで恨まれてるのかな、知らないところで誰かいるのかなとも思う」と語っている。

知人女性は小林さん宅の前で「黒いジャンパーの男」の後姿を2度目撃したことがあり、車ですぐに去ったという。そのことを生前の揚子さんに伝えると「石を投げてトイレの窓ガラスを割られたりとかは何回もあったみたい」と何者かによる嫌がらせを繰り返し受けていたことを明かしたという。また夏ごろには新聞や庭の花がなくなるといったトラブルが続き、孝一さんがそのことを警察に相談したと聞いた住民もいる。(同ワイドショー)

2018年12月31日,朝日新聞では、孝一さんの長男・照幸さんが取材に答えている。

署で父の遺体と対面すると、鼻がつぶれ、目の横が切れていた。「犯人を殺してやりたい。悔しい」と怒りと悲しみでいっぱいになった。

照幸さんにとって「父は何でも1人でできる職人」で、あこがれの存在だった。溶接や電気工事、内装まで1人でこなし、事故現場となった自宅も孝一さん自らが経てたという。

照幸さんにとって義母となる揚子さんとは、そりが合わなかった。孝一さんの所有物を揚子さんが売ろうとしたことなどがあり、口論になることがしばしばあった。

揚子さんとの不仲を知る友人から「犯人視」されたこともあり、捜査員からは連日事情聴取を受けたことで精神的苦痛を負った。「トラブルがあったことは事実だから仕方ない」「本音では、俺じゃないぞと早く疑いを晴らしたい」と胸中を明かした。

 残念ながら照幸さんの想いとは裏腹に、事件から一年を境にぷっつりと報道されることもなくなってしまっている。ご夫婦の人柄について上の証言からは、孝一さんは職人タイプだが不愛想ではなく温厚、揚子さんは商売っ気があり利発なタイプと推測される。

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■考察①犯人像について

まず窃盗目的の可能性はかぎりなくゼロに近く、殺害そのものが目的の犯行である。これは2階和室に荒らされた痕跡がなかったこと、事件後の4月に空き巣窃盗が行われたことからも明らかといえよう。

この可能性を推し進めて考えると、孝一さんの本職・建築関係の線は比較的薄いように感じられる。会社の詳細については不明だが、ワイドショー内で「鉄骨関係の専門家として業界では知られていた」との証言もあり、畑違いの居酒屋経営に乗り出すほどであったことからも、事業はうまくいっていたと考えられる。たとえば孝一さんと仕事関係で接点のあった人物であれば、事業は順調でお金に困らない生活を送っていることは分かるであろう。仕事関係で殺害の動機となりうるほどの恨みを持つ人間というと、「(対象者の)下で働いていてひどい扱いを受けた」といった立場が低い者に対するハラスメント被害や「取引で大損させられた(騙された)」というような経済的被害に関する不満などが動機となりうる。そうした立場の人物であれば始めから盗むつもりはなくとも殺害後に何がしか物色するのではないかと考えられるのだ。

ではかつて営業していた居酒屋関係であろうか。接客業であるから些細なことで他人から恨みや嫉みを買ってしまう可能性は少なくはないし、配偶者の存在を知りながらも横恋慕して言い寄る客などもあったかもしれない。だが第一線を退いて(店貸に移行して)すでに5年経ってなおも殺害動機になりうるほどの恨みや相当の恋愛感情があれば、当時の従業員や常連客なり周囲が察するものもあったはずである。従業員についても、親交の深い間柄を築いていたとみられ、殺害に至るような強い恨みをもつ者があれば捜査線上で浮上してもおかしくない。

ご夫婦が再婚に至るまでの経緯についての詳細は分からないため、再婚を前提として離婚したのか、偶々それぞれが離婚したのちやがて再婚につながる交際へと発展したのかといった順序は定かではない。だがお互い離婚前からオーナー店主と従業員として知り合いだったことから考えれば、同時期に他の交際相手がいたとはやや考えづらい。離婚時期や理由、元配偶者についての情報は出ていないが、離婚前に勤めていた従業員などは夫婦のいざこざ等についておそらく多少耳にしていたと思われ、元配偶者についても早々に捜査の手は及んでいると考えてよかろう。離婚直後であればともかく、離婚成立から少なくともすでに10年以上が経過していること、それぞれの娘や息子たちが独立しており、「夫婦で正月のあいさつに出向く」「塗装業の孫(照幸さんの息子力也さん)が孝一さんの仕事を手伝う」など離婚・再婚後も親子の交流は続いていたこと等から、元配偶者の怨恨という線はないと私は見ている。

小林さん宅の独特の立地に焦点を当てて地図をみると、素人目には仮にここに家がなかったとしたら新興住宅街がもっと広がっていたかもしれないと想像が浮かぶ。小林さんが過去にどういう経緯でこの土地に居を構えたかは定かではないが、上述のように40年ほど前(1970年代末あたり)に森をピンスポット的に拓いて家を建てており、「近所の人とも交流がなかった」といった証言からも、おそらく代々この土地を所有していた訳ではなかったと思われる。孝一さんは建築業界の伝手でこうした(宅地開発されていない)土地を入手したのかもしれない。やや特異ともいえる立地や10数年で一気に進んだ周辺開発の状況を鑑みると、上述したワイドショーで取り挙げた「黒いジャンパーの男」や繰り返された嫌がらせは、“地上げ屋”とまでは言わないが“追い出し屋”のようなものだったのではないかと勘繰ってしまう。不動産会社から土地の購入を提案されていたとしても、孝一さんは自分でイチから建てた思い入れの強い家だからこそ離れがたかったのではないかとまで想像してしまう。よもや殺害に至るほどの立ち退き要求があったとは常識的には考えにくいが、「黒いジャンパーの男」や嫌がらせに絡むひとつの仮説として記しておく。

『直撃いばらき つくば夫婦殺人 あす半年』2018年6月30日,毎日新聞

どうしても気に掛かるのは「家族」である。上の記事ではご夫婦それぞれに「子どもが3人いた」とされている。各人について把握できていないがおそらく30~40代の壮年期にあたる世代であろう。孝一さんの長男・照幸さんが親元を離れて弁当屋を始めたように、6人それぞれの人生がある。力也さんのようにすでに成人を迎えたお孫さんも何人かいるかもしれない。照幸さんと揚子さんの「そりが合わない」きっかけとなった「孝一さんのものを売ろうとした」一件も、例えば「孝一さんと前妻との思い出の品」や「孝一さんが使わなくなった工具」などであれば、揚子さんが不要と考える気持ちも対立する照幸さんの気持ちも幾分理解できる。10年前までほとんど面識もなかった相手が「父」「母」になれば誰しも戸惑って当たり前だし、親が選んだというだけで自分が気に入って家族に迎え入れた訳でもない。もしかすると夫婦関係の齟齬をそばで見ながら育った子よりも、単純に小さい頃かわいがってもらったという印象の強い孫の方が、以前の「祖父」「祖母」に愛着があったかもしれない。正面切って諍いになっていなくとも、「新しい親」「新しい祖父母」を迎えるという家族関係の変化に行き違いやわだかまりを抱く子や孫がいた可能性は十分に考えられる。下の平成30年版犯罪白書によれば、「非高齢群」65歳以下の加害者のうち被害者の「子」は7.8パーセントで、「孫」の項目は抽出されてないが「その他親族」のうち数パーセントは含まれていると考えられる。「子」や「孫」が殺害に絡む事案は概ね1割程度と考えても、離婚・再婚があり子どもが6人いた小林さん夫婦の家族関係と照らし合わせると、これは少なくない数字のように私には思われる。

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■考察②犯行について

元配偶者や他の交際相手などの線を消してもよいのではないかとする理由としては、「時間の経過」以外にも「犯行」について思う所があるからだ。

まず逃走経路が2階ベランダであることから、比較的運動神経が高い人物が推測される。冒頭の画像やgoogleストリートビューでも確認できる通り、小林さん宅の構造は「倉庫」や「雨よけ」「塩ビ配管」「母屋よりやや低層の増築部分」等から、一見すると母屋2階ベランダに侵入しやすそうな印象を受ける。運動経験があまりない人や運動不足な50代以上の人間にとっては怪我のリスクを予感してそうは思わないかもしれないが、おそらく若い世代や高齢でもたとえば孝一さんのように高所の現場作業に慣れている人(職種であれば大工や庭師、果樹園農家など)であれば「上れそう」と思わせる外観なのだ。そのためおそらく犯人は10代後半から50歳前後、あるいは高齢であれば運動能力にそれなりに長けた人物像が思い浮かぶ。元配偶者や仮に他に交際相手がいたとしても被害者より一回り以上若くなければ侵入は難しいのではないかと思われる(情報がない以上若い元配偶者・交際相手がいた可能性は否定できないが)。そうした親密な関係性であれば他人の手を借りる(契約殺人)のではなく自らの手で相手に復讐したいと考えるであろうことから、元配偶者や元交際相手による犯行の線は個人的にはあまり考えてはいない。

また「犯行時刻」についても実証はできないが状況から絞り込むことはできる。小林さん夫婦がスーパーから帰宅したのがおよそ19時30分頃。また寝間着姿で発見されていたことから考えても犯行は就寝直前から就寝中と推測される。既述のように農村部と新興住宅地が交錯する地域のため、暮れではあるがスーパーやショッピング施設、飲食店等は比較的開いていた(小林さん宅から最も近いスーパーは24時間営業)。完全な農村地域であれば夜も早いかもしれないが、すぐ裏手の新興住宅街には深夜まで起きている家族もいたと考えられる。普段のような通勤の車は少なかったにしても外食や買い物の用事で23時頃までは小林さん宅の前の道を通った車が何台かはあったのではないかと思われる(当夜の営業時間は定かではないが、1kmほどの場所にファミリーレストランが3店舗集まっている)。この通りは乗用車2台分程の道幅で、「小林さん宅」のほかに何もないためそこに車が停まっている等すれば印象に残りやすい。隣接する果樹畑にも駐車できる程度のスペースはあるが、裏手の新興住宅地から発見されるリスクもあるため、まず深夜に襲撃したと考える方が自然である。私の見立てでは、深夜0時以降から5時の間、周囲の家が寝静まり他に車が通らない時間帯に侵入したと見ている。

「凶器」に「表面が平らな鈍器のようなもの」が用いられる点については大きな疑問が残る。鈍器で殴打するシチュエーションというとTVドラマ等ではよく「突発的」「衝動的」に手近なモノを凶器にしての犯行を描く際に用いられる。まさしく“力任せ”ともいえる犯行であり、ご高齢とはいえ2人を骨折させ死に至らしめる程度に殴打していることから男性による犯行と考えてよいのではないか。

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平成30年版犯罪白書によれば、殺害に用いられる凶器の約5割が刃物、およそ1割が鈍器とされる。「表面が平らな鈍器のようなもの」という鑑識はおそらく頭蓋骨に受けた打撃から推定されたものと考えられ、犯人が凶器ひとつ持たずに侵入するとも考えにくい。持ち運びできる鈍器を具体的に考えると、たとえば直径20~30センチ程度の大きな卓上灰皿、硬度のあるブロックレンガ、太い角材の切れ端、トロフィー類の土台、厚手の四角い花瓶、重量のある卓上置時計などが思い浮かぶ。いずれにしてもそれなりに重量とサイズがなければ殺害に用いる「鈍器」にはなりえず、小型のリュックを背負っていたとしても「刃物」や「スタンガン」「ロープ」等に比べて携帯性は劣る。そうすると犯人は「鈍器」を用いる計画ではなかった可能性も考えられる。たとえば他に刃物などを携帯していたにせよ侵入時に小林さんが起きてくるなどして、ベランダや室内にあったモノを咄嗟に凶器に使ったことは十分に考えられる。あるいは侵入と逃走のことも含めて考えると、2階ベランダに上る際に「アルミ製の軽い脚立」等を用い、人目を嫌って紐などを括りつけて2階に持ち込んだ場面も想像できる。突発的にそうしたモノで凶器に代用した可能性もゼロではないだろう。

すでに述べたように、私は31日未明(30日深夜~31日明け方)を犯行時刻と考えている。だがこの日取りにもやや不自然さを感じる。年末年始は休業の人が多く、生活のルーティーンが著しく変わるため、普段より夜更かししていたり早朝から遠出したりと行動が不規則で予測しづらい。不在になる家も多くなる一方で、31日の朝に来訪した揚子さんの知人や1日にあいさつに訪れた次女夫婦のように、年末年始は人の出入りが多くなるケースも大いにある。日本人の常習的窃盗犯などはそうした慣習も考慮して事に及ぶとされる。もしこの日付に意味があるとすれば、①平日は犯人が仕事などで多忙を極める、②早々に、あるいは年内に夫婦を殺害したい意図があった、③早々に遺体を発見してほしい意図があった、④犯人が上記のような慣習に無頓着だった、などの理由が挙げられる。①であればやはり被害者と同年代ではなくひとまわり以上若い世代と考えられる。②については近々に被害者とトラブルとなり期間を空けず殺害に及んだケースがそれに当たり、だとすれば周囲の人間が聞き知らなかったとしてもおかしくない。また芸能人の年末結婚ではないが、あえて話題が集中しづらい年末年始の時期を狙ったということも考えられる。③通例であれば加害者は発見を遅らせたい意思がはたらくものだが、いわゆる暴力団の見せしめ等によくあるケースであえて“不審死”“殺人事件”であることを生存者に知らしめて脅す目的である。この事件では孝一さんは建築業の第一線からは退いているためやや薄い線かもしれない。④はそうした発想に至らない若者や心神耗弱者、慣習に疎い外国人などが想定される。令和元年の住民基本台帳では市民人口が23.7万人、うち在留外国人が約1万人と人口比は高くないものの外国人人口は県内では抜きん出て多い。金品を奪わずに殺害に及んでいる点などは、2019年8月に茨城県八千代町で起きた老夫婦殺傷事件(※)を彷彿とさせ、もしかすると近隣で外国人とのトラブルがあった可能性も否定はできない。

(8月24日3時すぎ、八千代町に住む大里功さん宅に「目出し帽」の男が土足で侵入し、功さん(76)が刃物により胸や腹10数か所を刺され死亡、妻・裕子さん(73)が腹を刺され重傷を負った事件。9月、現場から2㎞の寮で暮らすベトナム国籍の農業実習生グエン・ディン・ハイ容疑者(21)が逮捕された。前日に出刃包丁を購入しており、金品には手を付けていなかった。殺害の動機は明らかにされていないが、『週刊女性』の記事では、功さんの趣味である「釣り」や「ゴミ捨て」にまつわる外国人とのトラブルを取り挙げている。)

逃走について。31日未明の天候は晴れ、気温は‐1~1℃。真冬の深夜に徒歩移動はやや考えづらいものがある。「鈍器」が持ち込みであれば自動車かバイク、「鈍器」が現地調達であれば自転車も交通手段として考えられる。バイクや自転車であれば現場で隠し置くには都合がいい。付近にコンビニエンスストアはなく、小林さん宅から北西は古くからある農村集落、南手に抜けると新興住宅や商業施設などは多いものの道路側を映す防犯カメラは限られる。自動車での逃走であればNシステム(ナンバー自動読込装置。運転者の判別も可能)に映り込む可能性もあり、小林さん宅付近にも設置個所がある。下の略図は、国道408号を右側の太線、小林さん宅を「K」、Nシステムを「N」でそれぞれの位置関係を表している。408号と小林さん宅に面した通りがほぼ平行に位置しているため、Nシステムを避けることはたやすいのである。そして408号まで出てしまえば深夜でも交通量があるためほとんど目立たず逃走できたのではないかと思われる。

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ここまで様々な可能性について思いつくままに論じてきたが、現状公開されている情報があまりにも少なく、これという決め手にかけるつかみどころのない事件である。近所で不法投棄しているところを揚子さんに見咎められたであるとか、「嫌がらせ」を続けていた人物がストーカーを拗らせて凶行に至ったであるとか、スーパーで気付かぬうちに夫婦が割り込んでしまい腹を立てて後をつけ狙ったであるとか、「人を殺してみたかった」愉快犯による流しの犯行だって否定できない。捜査進展のカギはおそらくこの5年ほどのご夫婦の隠居生活の中にあるのではないかと感じる。新たな追加情報が出てこない以上、当時の夫婦の暮らしぶりや体調変化、また周囲の関係者の変化(事業に失敗した等)を今一度洗い直す必要がありそうだ。

いかような動機を持つ犯人にせよ、今も素知らぬ顔で暮らしていると思うと、恐怖以上に怒りがこみ上げてくる事件である。捜査の進展と一刻も早い解決を願ってやまない。

 

マリアちゃん(創作)

姉は古い団地で、7歳になる娘さんと暮らしている。

午前中は給食センターで働き、夕方には娘と夕食を食べ、夜は近くのスナックでバイトをしていた。
娘が小さい間は預かって面倒を見ようかと両親は提案したが、家庭環境を理解して強い子に育っていってほしい信念から姉はその申し出を断った。
幸い娘さんは体も比較的丈夫で、素直で優しい、比較的手のかからない子だった。掛け算はクラスで一番、ひょうきん者で友達もたくさんいた。

給食センターでは人手の関係で、週に一度、少し残業があるそうで、姉が残業の日は娘に家の鍵を持たせていたそうだ。
ある日、姉が残業を終えて帰宅してみると、娘の姿が見えない。
(私が遅いと知っているから、どこかで寄り道しているのかしら)と、姉はいつも通り夕飯の支度をしながら待っていた。
しかし夕飯ができる頃になっても戻ってこないし、娘がどこにいるかも分からないままでは夜の仕事へも行けない。慌てて通学路を辿っていくと、すぐ近所の公園で傍らにランドセルを置いたまま、友達とブランコに乗っている娘さんの姿があった。

娘はすぐに母親に気付いてブランコから降りると、隣にいた女の子も立ち上がって、娘の腕をつかんで引き留めているようだった。
思ったより大柄で、腰まで伸びた薄茶色のロングヘアや目鼻立ちのはっきりした顔立ちから、どうも外国人かハーフの子らしい。団地や学校でも見かけたことのない、姉の知らない女の子だった。

「ごめんね、うち、もう夕ご飯の時間だから。今日はさよならにしようね」と姉は女の子に説明し、「じゃあね、マリアちゃん」と娘が別れを告げる。

女の子は無言で手を放し、残念ながらも分かったというように微笑むと元居たブランコに戻って行った。
「マリアちゃんていうの?ママかパパはお迎え来てもらえるの?おうち帰れる?5時でもうすぐ暗くなるよ」
女の子は姉の問いかけに応えず、ぼんやりとブランコを揺らすだけだった。

姉は女の子のことも心配だったが、夜の出勤時間が迫っていることもあってそのまま帰ってきたそうだ。
娘さんによれば、下校中、マリアちゃんに腕をつかまれ、一緒にブランコに乗ることになって、帰りたくても帰してくれなかったらしい。
初対面だし言葉は通じなかった。向こうから話しかけることはなかったが、娘さんが笑わせようと変顔を披露したり、一緒にブランコを漕いでいるうちになんとなく仲良くなったのだそうだ。
後日、姉は給食センターで同じように小・中学生の子を持つ同僚たちに話を聞いたが、そういう女の子は知らないという。
娘さんに確かめても、あの日以来会ったことはないそうだ。

福井市女子高生殺害事件について

2020年9月10日、福井市黒丸城町の住宅で、この家で暮らす高校2年生・冨澤友美さん(16)が死亡しているのが見つかった。警察は関与の疑いが強まったことから同居していた祖父・冨澤進容疑者(86)を同日深夜、殺人容疑で逮捕した。

犯行があった9日深夜、祖父が息子である友美さんの父親に電話で「喧嘩をしていたら動かなくなった」と伝えていた。連絡を受けて市内で別居している友美さんの父親が駆け付け、2階建て住宅の1階で倒れている友美さんを発見し、10日午前0時10分ごろ「娘が倒れていて動かない」と110番通報した。11日、友美さんの父親は県警を通じて、「大切な娘を突然の事件で失い、その死を現実のものとして受け入れることができません。今はただ、娘との最後の時間を家族で静かに過ごしたいと思います」とのコメントを出した。冨澤容疑者は「口論になりカッとなってやった」「孫にきつく当たられて腹が立った(9月13日読売新聞オンライン)」と容疑を認めており、事件当時飲酒していたとみられることから県警は衝動的に襲った可能性もあるとみて詳しい経緯を調べている。

友美さんは部屋着姿で、刺し傷のほかに目立った外傷や着衣の乱れはなかった。発見現場では、寝室など複数箇所で血痕が見つかっており、友美さんは台所で倒れたとみられている。争った形跡や外部からの侵入、荒らされた形跡等はなく、遺体近くで凶器とみられる包丁、台所で日本酒の紙パックが発見されている。友美さんは上半身前面に鋭利な刃物による数か所の刺し傷があり、抵抗した際にできる傷(防御創)などはなかった、司法解剖の結果、死因は出血性ショックと判明。冨澤容疑者に目立った外傷はなかった。

 

■周囲の証言など

妻が脳梗塞で入院したため一人暮らしになった冨澤容疑者の元を以前から友美さんとその両親らが時々訪れ、食事をつくるなど世話をしていた。

7月ごろから友美さんが同居するようになり、家から友美さんの笑い声が聞こえることも度々あった。「きちんと挨拶をするやさしい子だった」と近隣住民は語っている。

知人によると友美さんは「両親がけんかばかりするから(祖父の家に)来た」と周囲に話していた。(9月10日,日刊スポーツ)

事件当日は少なくとも20時ごろまでは物音や言い争う声はなかった。

 

友美さんが通っていた福井市にある私立啓新高校の荻原昭人校長は、「友美さんは入学時から普通科進学コースに通い2年生になってからも事件の前日9日まで休みなく登校していました。夏休みに行った保護者との面談では、父親から『家族の都合で親せきの家で暮らしている』と報告を受けていました」と説明。「例えば授業中とか、色んな生徒の発言をフォローしたり、常に人を思いやるような生徒」(TBS NEWS)「学校の先生になるのが夢で勉学に励んでいました。控えめで明るく朗らかな生徒で、特に悩んでいるという話は聞いていなかった。担任が見ている中でもそうした気配もありませんでした」と話している。(9月11日NHK NEWS WEB)

 

 

冨澤容疑者について「優しい人でいつもにこにこしていた。孫娘を可愛がっており、幼少時は手をつないで歩いている姿をよく見かけた」(60代男性)

近くの男性は、冨澤容疑者が毎日のように自宅敷地内を歩く姿を見掛けており、数日前の夕方に立ち話をしていたところ、友美さんが家から出てきて頭を下げて挨拶をし、「じいちゃん、ご飯」と声を掛けていたと語る。容疑者についても「温厚な性格。その時も変わった様子はなく、まさかこんなことになるなんて思いもしなかった」と証言。(毎日新聞)

 

容疑者が86歳の高齢者であったこと等から “認知症”に言及した報道も見られた。

認知症の症状があった。町内会の集まりを忘れたり、受け答えがままならないこともあった」(ANN NEWS)

「9月10日午前0時過ぎ、普段なら電気が消えている時間帯なのに1階が明るく、妙に思った。物音は全くしなかった」(近くに住む女性)「自宅前でぼうっとしていた。よくある光景なので気にも留めなかった」(9日夕方に容疑者を見たという住民)(9月12日福井新聞ONLINE)

「福井南署の警察官が現場に着いた時、祖父は一階にしゃがみ込み、呆然としていた。かわいい孫を殺してしまい、何が起きたのか分からない様子でした。『自分がやった』とも言わず、会話にならなかったそうです」「通院歴は確認されていないが、86歳と高齢ですから認知症がなかったとは言い切れません。ゼロではないと考え、体調面を気遣いながら捜査を進めている」(捜査事情通)

「進さんも20年ほど前に脳梗塞を患い、その影響で口の動きが悪くなって、口を開けるのに苦労していました。もう86歳ですから、ぼけてないとは言えません。カッとなったのかどうかは分かりませんが、進さんは若いときから他人の言いなりにはならず、おとなしい方ではなかった。孫娘は食事の世話などをしていたようですが、気が強いところがあって、自分の考えをはっきり口にするタイプでした」(一家を昔から知る近隣住民)

友美さん家族も10年ほど前まで、祖父宅で3世代で同居していた。祖父は元々農業をしていたが、その後、鯖江市が近いこともあり、眼鏡関連の仕事についていた。(9月13日日刊ゲンダイデジタル) 

 

「2人の間にトラブルは聞いたことがない」「(冨澤容疑者は)孫に優しく、一緒に買い物に行くと何でも買ってあげていたし、お小遣いもあげていた。まさかこんなことになるなんて…」(60代女性)

「(冨澤容疑者は)町内会の飲み会に参加したときは、みんなと楽しそうに語らっていた」(60代男性)

「(冨澤容疑者は)最近は、物忘れやろれつが回らないことが増え、家の前でぼうっとしていることもあった」(別の男性)

ある高齢女性は10日ほど前に友美さんと会ったと言い、「これからはおじいちゃんと暮らす。高校までは自転車で通えるし、冬はバス通学する」と話していた。

7月下旬に冨澤容疑者と会った近所の男性「『孫が両親とうまくいかず、こっちに来た』と話していた」と振り返り、同居を喜んでいた様子だったという(9月13日読売新聞オンライン)。

 

 ■「楽しかった中学生‼」

友美さんのSNS等には、学校の部活やスマホゲーム、欅坂やYouTuberに関する投稿などが挙げられており、非行とは無縁の健全な十代という印象を受ける。気になった点と言えば、2020年に入ってfacebook, twitterの投稿を辞めていること、2019年5月に卒業DVDらしい画像を貼って「高校生活、下校中イヤホンで音楽聞いて帰ってるのが一番楽しい気がする 楽しかった中学生‼」という文言、2019年4月と6月、2018年3月の投稿に「大好きな塾の先生」が登場している点だ。

そもそもSNSへの投稿が多かったわけではないので単に飽きた、tiktok等ほかの媒体に移行したともいえるが、中学までの付き合いが高校進学以降希薄になったためとも捉えられる。また中学時代は女子バスケ部で球技大会に熱く打ち込んでおり、高校入学時は他の球技系を選択するつもりだった様子(Twitterには高校部活の投稿はない)。高校入学仕立ての頃は、(嫌な思い出でもなければ)中学の頃はよかったなぁと間々感じることはあるし、「マジ高校つまんない、辞めたい」といったニュアンスではなく絵文字などもあってそれほど悲嘆に暮れている様子でもない。だが同じ2019年4月「楽しいゲームない?」、5月「お姉ちゃん欲しい」といった短文投稿からも、高校に入ってから中学時代に比べるとあまり充実していなかったことも考えられる。「大好きな塾の先生」とは中学卒業の時期で離れているが、高校進学後も誕生日にLINEを送るなど親しかった関係性をうかがわせる。この先生の存在も中学時代を楽しく感じた理由のひとつだったのかもしれない。

祖父との同居について、SNS上では一切触れておらず、きっかけは友子さんの言う「親がけんかばかり」でなのか、容疑者の「孫が両親とうまくいかず」でなのかは判然としない。理由や期間は明確ではないが、家庭内不和が起きていたことは事実と見てよいかと思う。彼女が懐かしむように振り返る中学時代は、「まだ家庭の状況が今ほど深刻ではなかった頃」といった憧憬も含まれているのではないかと感じる。

 

■どのような事件なのか

「家庭内不和の原因」として考えられるのは、経済状況、性格的不一致、不倫、DV、健康上の問題、親戚関係、こどもの教育や非行などであろうか。憶測にはなるが、「祖母の入院」、「友美さんと妹さんの学費」といった今後もしばらく続く経済的負担に加え、「祖父の認知症」という介護負担が重なって、家庭内不和が噴出したのではないかと私は考えている。まだ友美さんが幼いとき(およそ10年前)に家族が祖父母の元を離れたことから、両親は祖父母と暮らす生活に満足していなかった、両親と祖父母が一緒に住み続けたいと思うほど円満な関係ではなかった可能性も考えられる。もしかすると祖父の介護から目を背ける両親の態度に嫌気がさして、友美さんが単身で同居を決めたのかもしれない。親との同居や介護、終末医療に係る経済的負担をきっかけに家庭内不和が生じるというのはレアケースではなく、親兄弟ではなく孫が祖父母の生活支援や介護を行う事例も珍しいものではない。

冨澤進容疑者の犯行と供述には辻褄が合わない点もあり、通報から逮捕まで丸一日を費やしていることからも自供は得られたが取調べは捗っていないような印象を受ける。遺体の損傷や現場状況から考えて、無防備な寝込みに襲い掛かり、起き上がって逃げようとする友美さんを刃物で繰り返し刺したとみられる。「喧嘩をしていたら動かなくなった」事案ではないことは火を見るより明らかで、日頃の鬱憤と酒癖の悪さがそうさせたのか、激しいせん妄状態(※)にあり孫を泥棒かなにかと勘違いして刺したのか、は定かではない。認知症というだけならば、この事件にあるような残忍なほどの危害を加えるケースは決して多くないが、怒りのポイントが分からず急に怒鳴ったり、物で叩いたりという程度のことは起こりうる。冨澤容疑者の場合、認知症+環境変化による精神的ストレス+深夜のアルコールという様々な要因が絡んでおり、せん妄の病因としては充分と思われる。たとえば規則正しい生活をさせていれば防げた可能性は大いにあるが、家族介護しかも介護知識のない高校生にそれを要求するのは酷である。いずれにしても冨澤容疑者が認知症やせん妄があるとすれば、その口から語られる「事実」は「嘘」ではないが事実ともいえないだろう。(※せん妄とは、一過性の意識障害で、認知機能の低下、見当識の混乱など認知症に近い低活動型、幻聴や幻覚、錯乱や興奮といったパニック症状のある過活動型がある)

認知症は脳障害の一種で、記憶障害や見当識障害、判断力の低下などが主な症状で、なかでも調子の波が大きいものを「まだら認知症」と呼び、朝できていたことが昼できなくなって夜またできるようになったり、難しい作業はできても買い物がうまくできない(毎回同じ品物を買ってしまう等)といった可能領域の偏りが生じるなどして、周囲から症状の理解が得られにくい(誤解されやすい)ものとされる。自分の失敗に対する“取り繕い”もよく見られる症状であり、そういった点が取調べを難しくしているとも考えられるのである。さらにこの事件に限らないが、「周囲への聞き込み」も付き合いのある人間はほとんどが高齢者となれば、その信ぴょう性にもやや留意が必要な場合があるだろう(「嘘」ではなく「思い込み」の場合がある。たとえば近所の高齢者から見た高校生Aと、同級生から見た高校生Aでは、“Aの示す態度”も“周囲が捉える印象”も異なる)。認知症は症状が変化しながら、原因によってはゆるやかな下りカーブ状に、あるいは下り階段のようにあるときを境にガクッと障害範囲が広がるおそれもあるため、周囲の人間は観察や保護を続けなければいけないという懸念を常に抱くことになる。冨澤容疑者は食事の支度が困難だったことからも、訪問ではなく同居による家族介護か、施設入居型介護が必要な段階と言って差し支えないだろう。認知症は誰にでも起こりうる障害であり、たとえ認知症でなくとも親の介護や看取りはほとんど全ての人に係る問題だ。はたして超高齢社会の現実を見せつけられたような事件である。刑事責任能力鑑定も非常に難しいものとなるかもしれないが、裁判員裁判にあっても刑法39条「心神喪失者(刑事責任能力のないひと)の行為は、罰しないこと、心神耗弱者の行為はその刑を減刑する」を遵守されたい。

 

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(2020年9月18日追記)

事件に関する続報があったため、以下追記する。

捜査関係者によると冨澤疑容疑者は、逮捕前の任意の調べの際、身に付けていた下着の中にひもを隠し持っていて、これを見つけた警察官に対して「自殺するためのひもだった」との趣旨の供述をしていた。

冨澤容疑者は現在、落ち着いて調べに応じているということだが、事件に関する供述は二転三転して曖昧なうえ、「覚えていない」とも話している。 (9月16日,FNNプライムオンライン福井テレビ)

 冨澤容疑者が自殺まで謀ろうとしていた供述、(すでに推察していた通り)供述が二転三転して取調べがスムーズにはいかないことを伝えている。個人的な意見にはなるが、この点に関しては本当に自殺を試みたか(そのような意思があったか)については甚だ疑問がある。愛孫を殺めてしまったことに対してひどく動揺し、責任を感じて自殺を考えるという流れは論理的におかしくはないが、認知症の症状として「判断力の低下」が疑われるからである。たとえばAとBどちらにするか、と質問しても比較すること自体が難しく意思決定ができない、そもそもなぜ自分がそのような判断をしているのか分からず、相手の意のままに「はぁ」「どちらでも」「多分」「そうかもしれません」といった対応を取ることが考えられる。「この紐でお孫さんを絞め殺そうとした?」「自殺に使うつもりだったの?」等の質問を浴びせられれば、本心では孫を殺したくはなかった(後悔している)ため「自殺するつもりでした」と自ら誘導されるように証言している可能性は考えられる。悪い言い方になってしまうが、認知症の方は信用している人間の意見に非常に流されやすくなってしまうのだ。自分で判断を下すことが難しく意見を求められる場合、さらに治療を受けていて自分の判断に自信がない場合では、家族や長い付き合いのある人間、公的機関のように比較的信頼のおけるものの意見に従う傾向が強い。記事によれば「自殺するため」という供述は逮捕前(=10日)のもので、その当時警察でも認知症に理解のある取調べが行えていたのか、事件直後で(容疑者が認知症であることを十分に踏まえず)矢継ぎ早に質問をかけていって容疑者の頭の中で事実とは異なる“ストーリー”が生じてしまったのではないかとも想像してしまう。こうした認知症の傾向を悪用して、たとえば不仲だった父親が友美さんを殺害し、冨澤容疑者がうまく言いくるめられて身代わりに犯人になったということも可能とは思うが、おそらく逮捕前の警察の捜査で家族にも取調べを行い、その現実的な可能性は消えたのであろう。

調べに対し容疑を認める趣旨の供述をする一方、当時の状況などに関してはあいまいな部分も多いという。複数の関係者によると、認知症の治療を受けていたとみられ、症状の進行を抑えるパッチ剤(貼り薬)を使用していた。

捜査関係者によると、知人とのやりとりから女子生徒が9日22時ごろまで生存していたことが確認できており、県警は同日23時台の犯行とみて調べている。(9月17日,福井新聞)

 容疑者が認知症の治療を受けていた事実と、友美さんが22時頃まで起きていたことが発表された。通院歴などについては事件直後から確認されていたとも思われ、友美さんの「知人とのやり取り」はおそらく携帯電話からの通信履歴などが確認されたと考えられる。

この事件の痛ましさは、容疑者逮捕や裁判の判決で決着できることではない。私の考えでは、容疑者にも心から殺してやりたいほどの憎しみが募っていたとは思えず、一時の乱心に近い凶行だったと推測される。自分の親やあるいは自分自身にも同じような災禍が起こるとも限らない、ある種の社会問題なのだ。友美さんの両親にしても、我が子を失った悲しみや自分たちが二人の同居のきっかけになってしまった悔しさを、責任能力があるとはいえない父親に対して正面からぶつけることもできない、文字通り“やり場のない”思いにさせられる事件である。