いつしかついて来た犬と浜辺にいる

気になる事件と考えごと

メラニー・ウリベ殺人事件とエタ・スミス

1980年、米カルフォルニア州ロサンゼルス郊外で発生した看護師女性の拉致事件。早期解決に導いたのはある女性の超自然的能力がきっかけだった。

 

◆事件の発生

1980年12月15日(月)、カルフォルニア州ロサンゼルス郊外にあるパコイマ記念病院に勤める看護師メラニー・ウリベさん(31)が夜勤の定刻を過ぎても姿を現さなかった。
彼女は8歳の子を持つシングルマザーで、時間厳守の性格、それまでの真面目な働きぶりからも無断で欠勤するとは思えなかった。雇用主は不思議に思い、念のために彼女の自宅に電話を入れるも応答はない。
親しかった同僚のシャーリーさんらは心配して周辺を捜して回り、万が一の事態に備えて警察に行方不明の届け出をした。警察はメラニーさんのルームメイトであるルビーさんに話を聞いたが、出勤のため家を出て以降は分からないと話した。
 
大まかな地理関係を確認しておくと、メラニーさんが暮らすバーバンクはロサンゼルス中心市街から10数mile北に位置にしており、バーバンクから勤め先のあるパコイアまで北西に10mile(10mile=およそ16km)、車で20分程である。バーバンク、パコイアの北東部には広大な渓谷・丘陵地が広がっていた。
 
 
16日5時頃、パコイマのブロモント通りで車が炎上しているとの通報が入った。原因は放火と見られ、確認するとメラニーさんが通勤用に使用していた新式のピックアップトラックと判明する。
しかし車内に遺体や所持品はなく、彼女の生死や行方は依然として不明のままであった。
 
一方、メラニーさんの通勤ルートでは、通勤途中だった19時45分頃に犯行現場が目撃されていた。信号待ちで停車の際、2人組の男が左右のドアから車内に押し入り、男たちに挟まれた女性が悲鳴を上げていたというのである。
車はその場を走り去ったが、「交差点で何かものを投げ捨てるのを見た」との情報から付近を捜索。拾得物をルビーさんに確認してもらうと、側溝で発見されたウエットティッシュの箱がメラニーさんが車に常備していたものと同じであることが判明する。
捜査員は拉致・誘拐との見方を強めるも、物証はティッシュボックスのみ。男たちはどこのだれか、彼女は何の目的でどこへ連れ去られたのかも定かではなかった。
捜査当局はメディアに協力を要請して広く情報を募った。近くの丘陵地では大規模捜索が行われ、通勤ルート周辺での戸別訪問も並行して続けられた。
 

メラニーさんは身長約5ft2in(157cm前後)、ブロンドヘア、ブラウンアイ。家を出たときの服装は、看護師の白い制服、革のジャケット、茶色のセーターを着用していた。前の週には付近で7歳の少女が遺体となって発見されていたこともあり、市民は不安を募らせ、早急な捜索が求められた。

 

◆エタ・スミスの「ビジョン」

17日、ラジオニュースを聞いていた地元バーバンクに住むエタ・ルイーズ・スミス氏(32)は、事件に関する「ビジョン」で脳裏を支配された。
スミス氏は当時ロッキード社の航空宇宙工場でキャリアを重ねる実業家で2児を育てるシングルマザー。自身を「超能力者」だと主張したことはなかった。
後年のインタビューでは、子どもの頃から「予知」体験をしたり、学習していないことをすでに知っていたりといった経験はあったが、そうした特殊な経験や能力について母親以外には明かしてこなかったという。
 
生活エリアはそれほど離れていないもののスミス氏はメラニーさんと知り合いだったわけでもなく、周辺で事件について見聞きしたこともない、他の市民同様、報道以上の予備知識はなかった。
しかしラジオが「警察により自宅周辺での聞き込み捜査が行われている」と伝えた直後に、「彼女は家にいない」という声のようなものを聞いた。
すると映画のシーンのように「渓谷」の鮮明なビジョンが映り、それがどうしても頭から離れなかった。地名も正確な位置も分からない。だがそこに映り込んだ「白い何か」がメラニーさんの看護服だったように感じられ、事件との関連を否応なく想起させた。
スミス氏は捜査員から変人扱いされることも承知の上で、捜査当局に情報提供に赴いた。それは売名や偏執ではない、善良な市民としての使命感によるものであった。
 
ロス市警のベテラン捜査官リー・ライアン氏は、スミス氏の来訪を歓迎した。
「どうしてもお話しておかなければならないことがあります」
彼女の社会的キャリア、メラニーさん失踪に利害関係のない立場であること、彼女自身が証言に葛藤していた様子から、良心による証言だと信頼してリー捜査官は耳を傾けた。
《郡北部の渓谷エリア、曲がりくねった山道、それはやがて未舗装の砂利道に変わる。》
《植え込みが見え、その向こうに、何かはっきりとはしないが「白い何か」が見える。》
 
「ビジョン」を地図と照らし合わせるように促すと、彼女の指は人里離れたサンフェルナンド渓谷の僻地「ロペス峡谷」へと向かった。
リー捜査官は当地での捜索を約束し、翌朝また署に来てくれるようスミス氏に告げた。
 
今でこそ周辺に幹線道路が整備され、ロペス峡谷も新興住宅街へと変貌しているが、当時は辺境の山地で「アンヘレス国立森林公園」の一部だった。
 

◆発見

《警察は話を聞いてくれはしたが、はたして捜索、発見はいつになるのか。》
《自分の証言だけで本当に捜査してもらえるのか。》
《自分の力でメラニーさんの救出や犯人逮捕ができるわけではない。》
《しかし生存の可能性を考慮すれば事は一刻を争う。》
・・・
 
時刻はすでに16時を回っていたが、スミス氏は自宅に戻ると幼い2人の子どもたちと面倒を見てもらっていた20歳の姪を車に乗せ、一路、地図にあったロペス峡谷へと飛ばした。突き動かされる彼女の脳裏には、山の頂へと向かって歩く少女の「ビジョン」が浮かんでいたという。
 
ひと気もない峡谷。
車を降りると恐怖心や「ここを離れたい」という思いがこみ上げる。後にスミス氏は語る。
 
「私はトラウマと恐怖を感じていました。そして内側からチクチクと刺激するエネルギーのようなもの。アドレナリンが急上昇したときのような感覚でした」

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しかし季節は12月、17時ともなればすでに暗くなり見通しも聞かない。
3人は上れるところまで行ってはみたものの事件の手掛かりは何もなかった。
捜索を諦めかけて下山の途中、スミス氏はダートの路面にまだ新しいタイヤ痕があることに気づいた。そして、なぜかそれがメラニーさんの車のものと確信した。
土に指を入れてみると、そこには様々な感情が溢れており、その多くを占めたのが「恐怖」であった。彼女はそれがメラニーさんの感情であると認識し、しばしその場から動くことができなくなった。
 
やがてそこから更に下っていくと、娘のティナが茂みの中に何かあると伝えた。事前に「白い何か」を見つけたら教えるように、と母親から聞かされていたためである。
スミス氏はティナに言われた茂みの奥を覗いてみると、それまでの考えが誤解だったと気づかされる。メラニーさんの看護服だと思い込んでいた「白い何か」とは、彼女の勤務用の「ナースシューズ」だったのだ。
うつ伏せの状態で発見された彼女は残念ながらすでに事切れていた。しかし手掛かりも目印もない夜の山中で、彼女たちはその遺体を発見したのである。
 
 

◆2つの逮捕

遺体の発見を通報したスミス氏は、その夜、2人の取調官から事情聴取を受ける。
彼女もそれは「第一発見者」として当然の責務と思い、記憶のかぎり包みなく話した。発見までの経緯を一通り話し終えると、刑事は「よし、では最初から」というやりとりが何度も続き、いつしか彼女は自分が「容疑者」として取り調べを受けていることに気づいた。取調官は氏の証言に齟齬が出ないか粗を捜しており、やがて一人が怒鳴ったり椅子を蹴ったりするようになっていたという。
 
「街でカージャックに遭った」「後に放火された車が見つかった」という以外報じておらず、発見場所の渓谷へは捜索隊すらまだ立ち入ってもいない。生死さえも分からない中、夜の山奥に女子どもが人捜しに出向くだけでも不可解である。そのうえ手掛かりもなしにどうやって茂みに捨てられた遺体を発見できるというのか。彼女が事件と係りのある「共謀者」と推測する以外に合理的な説明がつかない、というのが捜査員の見方であった。
 
ビジョン」について問われてもスミス氏には満足な説明ができない。そもそも事件の「ビジョン」が浮かぶことさえ生まれてはじめての経験なのだ。自ら志願して2種類のポリグラフ検査を受け、いずれも取り乱すことなくクリアし、取調官に理解を求めた。しかし捜査員たちは、最終的にスミス氏を殺人ほう助の容疑で逮捕、勾留した。
 
後にスミス氏は「家でも牢屋でもいいからとにかく休みたいほど疲労困憊でした。逮捕だと言われて真実かブラフかも気に留められなかった」と逮捕の瞬間を振り返る。
発見前に「ビジョン」を聞かされていたリー捜査官は、遺体発見について「運ではなかった、彼女はその場所に確信を持っていたと思います」と述べ、「彼女は事件についてはっきりと分かりすぎているからこそ犯人ではない。彼女の発見がなければこれほど迅速に解決に至らなかったか、未解決のままだったでしょう」と見解を示した。
 
メラニーさんの遺体発見が報じられると、「犯人らしき男を知っている」という匿名情報が警察に舞い込んできた。
12月20日、情報提供者は、ある診療所で男たちが自身の犯行や隠蔽について語り合っているのを耳にしたと証言。パトリック・コンウェイ刑事にその男の名を伝えた。
口の軽さが災いして発覚につながったのは、パコイマ出身のノーマン・ウィリスだった。だが彼は当時17歳で刑事による取り調べを免れる。彼の両親が本人を問い詰めたところ、麻薬の売人で仮釈放中だったルイーズ・モーガン(20)の名前が挙がった。
捜査員はモーガンをすぐに逮捕して追及に及んだ。モーガンは当初犯行を否認したが、翌21日にはスペンサー・ネルソン(21)との共謀を認めた。
 
3人は金銭目的でカージャック強盗を企て、そのまま15mile離れたひと気のないロペス峡谷の森へと拉致して性的暴行に及んだ。2人は彼女をそのまま山中に放置する気でいたが、スペンサー・ネルソンは違った。メラニーさんを縛るため、2人がロープを取りに車へと戻った隙に、ネルソンは巨大な岩で彼女を後ろから殴りつけて撲殺。ネルソンには少女誘拐の前科があり、逮捕されれば後がなかったため「次は殺すことに決めていた」という。彼らは窃盗罪と第一級殺人罪終身刑となり、カルフォルニア州で収監された。
 
同時にスミス氏が事件に関与していない事実が判明し、拘留4日目にして釈放が認められた。その後、冤罪に対して公式に謝罪が行われたが、釈放時には「謝罪も感謝もなく、ドアを開けてさようなら」だったという。
 
 

◆裁判

スミス氏は殺人容疑で裁判にかけられることこそなかったが、6年後、警察署を相手取り「不当逮捕」の賠償請求訴訟を起こすことになる。
彼女は勤務先で最高のセキュリティクリアランスを与えられた立派な実業家としてコミュニティでの地位を築いていた。しかし遺体発見という捜査協力に対して突然の逮捕が付きつけられたことでそれまでのキャリアを失った。名誉は傷付けられ、汚名を着せられたのだ。
逮捕時には子どもたちがどうなるのかという大きな不安を抱え、一度社会から向けられた「疑惑」「好奇」は当然彼らの将来にも禍根を残す。また丸裸にされての身体検査や、勾留中に赤痢に罹患して体調を悪化させた等心身への苦痛も伴った。
彼女の情報提供や被害者捜索は市民の善意ある行為であり、逮捕・勾留には正当な理由が存在しないとして、弁護士は750,000ドルの損害賠償を求めた。
 
高等裁判所で行われた審理で、警察側は手掛かりがない中での遺体の発見こそ犯人しか知りえない「秘密の暴露」に当たるとし、逮捕の正当性を主張した。だがその理屈が通ってしまえば、あらゆる第一発見者は「第一発見者である」というだけで逮捕されても問題がないという理屈になってしまう。
実は犯人の一人が話しているのをスミス氏が耳にしており、ただ通報するのではなく「ビジョンを見た」という手の込んだ話をでっち上げたとする説が唱えられ、しばしば彼女の売名行為が疑われた。
ある女性警察官は、勾留中に彼女が事件を基に本を書いたり、映画を作ったりすることを話していた、と証言して売名説を補強しようとした。スミス氏は「状況があまりに奇妙で、まるで映画のようだ」と言及したが、「有名になりたいとは思っていない」と証言している。
そもそも彼女は自ら超能力者であると主張していない。これまでの輝かしいキャリアを棒に振ってまで「超能力」で名を売ることにメリットがあるのだろうか。
 
警察はその超自然的な奇跡を受け入れがたいとして、事実を「犯罪」と結びつけて曲解した。果たしてノーマン・ウィリスが秘密を隠し通せる犯罪者であったなら、スミス氏の逮捕・勾留はもっと長引いたにちがいない。ましてや真犯人たちが逮捕されず、刑事裁判にまで至っていたならば彼女や子どもたちはどうなっていたのか。
警察には当時被害者救出や犯人につながる証拠は何一つなく、スミス氏を逮捕するに足る証拠もなかった。「信じがたい」「ただ疑わしい」という心証だけで、彼らは捜査協力者を「犯罪者」とみなしたのである。
最終的に陪審員たちは、逮捕されるいわれはなかったとして彼女に26,184ドルを支払うことを評決した。
「無実の人が殺され、その人の死がなぜか私にまで及んできたのは何だったのだろう。生涯を通じて説明のつかないことがたくさん起こるのは、人生のミステリーの一つだと思います」

スミス氏はとても敏感な面のある人間だと自ら認めているが、「霊感がある」とは主張しないし、そうした特殊な能力によって利益を得ようともしない。それでも多くの人は彼女が犯行に関わっていると考え「たがる」。

メラニーさんもスミス氏も職業こそ違えど年が近いシングルマザーで、同じ地域に暮らしていればどこかで接点があってもおかしくはない「ように思える」。
実はスミス氏が人を介して殺人依頼をした、金やロッキード社の権力で警察を丸め込んでいる、黒人の若者3人を騙し込み…等といった陰謀論は世に出尽くしたうえで、彼女が殺害に関与した証拠は40年来ひとつとして示されていない
 
超自然的な力は科学ではない。日本でも千里眼事件があるが、いつ何どきのいかなる状況でも定則的効果が発揮されるという訳ではないからこそ、その力は人知では捉えきれない、理解を越えた「超・能力」なのである。
 
「一週間も彼女のことが頭をよぎらないことはないでしょう。私は彼女を知りませんでした。時々、彼女は私と一緒にいて、私を導いてくれているのかもしれないと感じることがありますが、彼女のおかげで私のその後の人生は変わったのだと思います」
 
メラニーさんのご冥福を祈りますとともに、ご遺族、エタ・スミス氏らの心の安寧を願います。
 
 
 
◆参考