いつしかついて来た犬と浜辺にいる

気になる事件と考えごと

福岡市能古島バラバラ殺人事件

2010(平成22)年3月に福岡県で起きた女性バラバラ殺人事件について記す。被害者が交通事故をめぐって相手とトラブルになっていたことや過去に妻子持ちの上司と不倫関係にあったこと等から疑惑の人物が複数浮上したが、2022年現在も未解決事件となっている。

情報提供は、

《福岡県警・博多警察署》TEL 092‐412‐0110(代表)

 

博多湾の中央部に位置し、福岡市の中心部からフェリーで約10分の距離にある離島・能古島(のこのしま)。周囲12キロメートル、島民790名程(当時)からなり、季節の花々が咲き誇るアイランドパークや海洋レジャー、自然豊かな眺望を求めて多くの観光客が訪れる。普段はのどかで風光明媚な小さな島に、似つかわしくない漂流物が届いた。

 

■概要

2010年3月15日、福岡市能古(のこの)島東部の浜辺で、へその下から脚の付け根までの女性の胴体が発見される。15時30分頃、海岸でアサリ掘りをしていた地元女性が見慣れない漂着物を発見し、駐在署員に「動物か人間か分からないお尻のようなものがある」と通報した。署員は女性の遺体であることを確認し、西署に連絡した。

損壊された遺体は年齢20歳から40歳代の女性とみられ、切断には鋭い刃物が使われており、死後数日から数週間と推定された。発見者は遺体について「肌は比較的きれいで若い人に見えた。お尻に3、4か所の痣があった」と話した。

翌16日、DNA型鑑定により遺体の身元が福岡市博多区堅粕に住む会社員諸賀礼子さん(32)と判明する。諸賀さんは3月5日(金)19時ごろに筑紫野市の勤務先を車で退社して以降の消息が分からなくなっていた。

3月6日(土)、諸賀さんはゴルフコンペに参加予定だったが集合場所に姿を見せなかった。連絡もつかなかったため同僚社員は5時頃に彼女の自宅アパートを訪れたが部屋からの応答はなかった。コンペ終了後も連絡が取れず、不審に思った会社同僚らにより7日に捜索願が出された(一部新聞に「親族」が届け出たとの記載もある)。

 

■状況

自宅アパートは玄関と窓が施錠された状態で、ベランダのガラスが内側から割れていたこと、浴室のドアガラスが一部破損していたことを除けば、特段荒らされたような形跡はなかった。ベランダのガラス割れについて、近くにあったゴルフバッグが転倒してできた破損との見方もある。

玄関先には普段の通勤に使用しているバッグが置かれており、数万円の現金やクレジットカードの入った財布、車のカギ、社用の携帯電話が残されていた。だが諸賀さんが当日着用していたスーツ類(グレー系色のパンツスーツ)は室内に見当たらず、玄関のカギと私用に使っていた携帯電話が紛失していた。その後、私用携帯の通信履歴等が照会されたが、直近ではゴルフに関する連絡以外にほとんど使用されておらず不審な点はなかった。

自宅は博多駅から北に約500メートル離れたホテルやマンション、企業ビルが多い区域で、繁華街ではないが周辺住民は多く、周囲には幹線道路が行き交う。商店が多くないこともあり、不審な人物や被害者を捉えた防犯カメラは確認されなかった。

諸賀さんは自宅から500m離れた支店にある社有車を使って15キロ以上離れた筑紫野市の勤務先まで通勤しており、車は支店駐車場に戻されていた。諸賀さんの自家用車もアパート近くの駐車場に止められ、車内に異常はなかった。

県警は、被害者が5日夜に帰宅してから6日未明にかけて何らかのトラブルに巻き込まれたとみて捜査を進める。金銭目的や流しによる場当たり的な犯行の線は薄いとみられ、交友関係を中心に原因となるトラブルの洗い出しを行った(一部週刊誌では交友関係のあった30名程が聴取されたと伝えられた)。鑑識で室内から血痕や尿の付着は確認されなかったことから、帰宅前後に連れ去られるなどして別の場所で殺害されたとの見方が強まった。

 

■続報

周辺地域では残りの遺体捜索が続けられ、4月9日には能古島から約9キロの場所にある福岡市中央区福岡競艇場のコースと海を区切る遮蔽壁付近で、人の「両腕」が入った黒いポリ袋が回収される。採取された指紋から諸賀さんと特定された。

さらに14日と15日には、福岡市中央区那の津博多港・須崎ふ頭付近で「胴体」と「頭部」が相次いで発見された。死因は特定されなかったが、手の甲には生前にできた防御創とみられる痣、頭がい骨には複数個所にひびが入っていたことから激しい暴行を受けたことが推測される。両腕がポリ袋に入れられていたことや、腰の損傷が少ないことから、犯人は切断遺体を複数の袋に分けて博多湾ないし近郊から遺棄したものとみられた。

ポリ袋は全国で販売されている量産品で手がかりになる可能性は低いとされた。鑑定によると切断面の状態から鋭利な刃物ノコギリ様の刃物の2種類が使われたとみられ、刃こぼれがないことから新品の刃物が使用された疑いが強いとされ、警察は市内ホームセンターなどで購入経路の捜索に当たった。尚、福岡のRKB毎日放送は、「電動ノコギリのような工具で、一度に切断されたとみられる特徴がある」と報じている。

 

腿から下の両脚は発見されず、遺体がどのように流れ着いたのか、どこから遺棄されたのかが問題となった。博多湾は水深が浅く風の影響を受けやすい。行方不明から発見当時の潮流や風を考慮すると、能古島より東側、博多湾や湾内に注ぐ支流で袋ごと遺棄され、それぞれが別の場所に漂着したものとみられた。漁業関係者によると、能古島東岸には湾内のゴミが漂着することが多く、過去にも本土から流れ着いた水死体が上がることがあったという。

また専門家は一箇所で遺棄したものが別々の場所に流れ着くこともあると説明する。胴体、頭部、腕の発見場所が近い位置で発見されたことや、発見場所周辺の漂着物の大半が川の上流から流れてくること等から那珂川での捜索活動も行われた。遺棄現場、そして殺害や解体が行われた現場が特定されれば物証が得られるものと期待された。

 

■目撃情報

事件との関連性は不明ながら、近隣ではいくつかの目撃証言が挙がった。

共同通信では、捜査開始直後に周辺で「ガラスの割れる音」が聞かれたと報じたが、他紙では伝えられていない。誤報だったのか事件と無関係であることが確認されたのかは不明である。

行方不明の2、3日前、被害者アパートを指さしながら話をする2、3人の男たちが目撃されている。

また同時期の深夜、アパート出入り口付近で男女の言い争うような声が2夜連続で聞かれていた。男は「恐れるものがないくらい好きだ」「お前を殺すこともできる」「一緒に死んでもいい」「警察に捕まっても恐れることはない」等と1時間近くも大声で怒鳴っていたという。2夜目はもう一人女性が加わり、口調は落ち着いていたが数十分間言い合いが続いたとされる(2010/03/17読売)。

行方不明当日の6日未明には、アパート2階から男が足元のおぼつかない女性の肩を抱えるように連れ出して南東方向へ歩いていく姿が目撃されている。その後、助手席にこの女性を乗せた車がアパート前に停まり、男が部屋に駆け上がって短時間で車へ戻り、走り去ったという(2010/03/23読売)。

だが言い争っていた声の主や連れ出された女性が被害者本人であったかについて続報はなく、半年後に出た記事で捜査関係者は「事件とは関係ないようだ」と話している(2010/09/15読売)。

 

■被害者

諸賀さんは福岡県那珂川町で6人きょうだいの長女として育った。父親は警察官で、近隣住民によると小さい頃からあいさつや礼儀がよくしつけられていたという。一家を知る女性(65)は「娘さんたちが年ごろになって、"きれいになられましたね"と(母親に)話したらうれしそうにしていたのに...」と惜しんだ。大学進学を機に鹿児島県で一人暮らしを始め、就職を機に福岡に戻った。大学時代のバイト先の居酒屋店主によれば、当時は「おとなしい印象だった」と言い、医薬品卸の仕事に内定すると猛勉強していたと振り返る。

遺体発見後、会社の代理人弁護士による記者会見が行われた。社では初の女性営業職として採用され、「温厚で責任感が強く、後輩の面倒見もよかった」とその人柄にも触れている。筑紫地区の医療機関約30か所の営業担当として医薬品の納入などを行い、700人以上いる営業の中でも成績は優秀で将来の幹部候補として期待されていたと伝えた。職場関係者は、物事に動じず慎重な行動をとる被害者の性格から、見知らぬ相手を家に上げるとは到底考えられないと話している。

SNSmixiで月に数回日記を更新していた。「初めての家族旅行。父さんの退職・還暦祝いを兼ねて家族が集合しました。母さんが心配なので横で皆の帰りを待っています。一番上の姉ちゃんは大変ですよ。二人とも長生きして下さい」と家族思いの一面と円満な様子を窺わせる。妹が寄せた諸賀さんを紹介するコメントに「お母さんの言うことを聞かないことがあっても、お姉ちゃんの言うことには逆らえないのです。すごく頼りになるお姉ちゃんです✌」と書かれており、ここにも家族との信頼関係やしっかり者の人柄が読み取れる。

 

■疑惑の人物

マスコミは事件当初から2人の人物に注目を集めた。

ひとりは事件の約半年前となる2009年11月の交通事故が原因でトラブルとなっていた「バイクの男」である。

諸賀さんはmixi上で09年12月26日に「厄女」と題して交通事故とその後のトラブルについて綴っていた。

先月、会社の帰りに交差点内で私は直進で、相手は右折対向でバイクと事故をしました

両者の言い分が食い違ったことから第三者機関を入れて調査を行い、過失が諸賀さん15%、相手方が85%と認められたという。しかし相手は任意保険に加入しておらず250㏄バイクの修理費用を要求し、後から診断書が提出されて人身事故扱いになったという。金額交渉は折り合いがつかず、相手方が諸賀さんの家に行くと言い出したため「弁護士を立てました」と報告している。

会社の代理人弁護士は事件直後にはトラブルは確認されていないと話していたが、3月25日の会見で、09年11月下旬に「男性から携帯電話に直接電話があり怖い」などと上司に相談し、防犯ブザーを渡していたことを伝えた。

尚、原付を除くバイクの任意保険加入率は自動車に比べて約半分の40%前後(共済を含まない)とされており、事故の相手が未加入であること自体はそれほど珍しいこととはいえない。そうした無保険車相手の事故で十分な保険金が支払われないケースに対応して、「無保険車傷害特約」といった保険プランも存在する。

事故の相手は海運会社に勤める同年代の男性。家の前で「本人らしき人」が自転車でうろついていたため、その後は警戒して帰るようにしているといった記述もあった。

翌10年1月3日の「今年は・・・」と題した日記では、新年の抱負のひとつに「事故の円満解決」を掲げており、そこで連日の迷惑電話に悩まされていることを伝えていた。

事故の円満解決

突然です!休みを狙ってでしょう、大晦日に10回の着信。元旦に7回の着信。そのうち5回がワンギリです!昨日は3回がワンギリ着信。今日は2回のワンギリ着信。妹から、着信があったら電話をとって話をしなけりゃ通話料金が相手にかかるんやから、やり返せなぁ~んて言われましたが、私にも我慢の限界ありますが、ここでもう少し我慢します。

彼女の書きぶりでは、迷惑電話の主は事故の相手と断定している様子である。しかし遺体発見後の事情聴取で、バイクの男は「事故の時に連絡先を交換した。話し合いのために事故の2日後に電話したことはある。諸賀さんの家は知らない」と話し、ここでも食い違いが生じた。

諸賀さんが着信回数を細かく把握していることからすると迷惑電話は携帯にかかってきたと推測される。男が言い逃れを試みた可能性もあるが、公衆電話や得体の知れない番号からの着信を諸賀さんが「バイクの男」と誤認していた可能性はないだろうか。

バイクの男は4月中旬に複数のメディアの取材に対し、被害者宅に行ったことはないと答えている。男は車を所持しておらず、借りた形跡もなかったことから連れ去りや遺体の運搬は実質的に困難と判断された。

 

もうひとりは勤め先の医薬品卸会社の元上司で、かつて諸賀さんと不倫関係にあったが相手の転勤により破局した、と週刊誌などが報じた。諸賀さんは相手の元上司を「先輩」と呼び、破局直後には諸賀さんが職場で号泣するなど大きな動揺があったと言い、その後も未練を引きずっている様子だったという。

普段は男性を家に上げない女性でも、特別な相手であれば家に出入りしてもおかしくないように思われた。事件の数日前に周辺で深夜の男女の口論なども聞かれていたことからも、元上司との関係解消がうまくいかずトラブルに発展した状況などが想像された。

同じ博多で起きたバラバラ殺人として思い出される福岡美容師バラバラ殺人事件(1994年3月)では、被害者の美容師女性と同じ美容室に勤めていた経理女性が逮捕されている。動機は不倫相手である店長と被害者との関係を一方的に邪推した末の犯行だった。遺体には乳房や子宮への執着が感じられ、その猟奇性などから男性による犯行とも目されていた。「不倫」が女性の強い嫉妬心を生むことを世間に知らしめた事件のひとつである。

しかしmixiで公開していた「占い」をしてもらったという記述では「私はいつ結婚するんでしょうか……。35かなぁ、でも見合いをしたらすぐ結婚するよ。仕事と婚活に頑張るぞお」と、仕事と将来の結婚への意欲も滲ませていた。「復縁」の相談ではなく、見合いや婚活など新たな出会いに前向きとも受け取れ、彼女の中では先輩との関係はすでに過去のものにしている印象を受ける。

過去の不倫が清算されていたとしても、職業柄男性とのやりとりが多いことから情交絡みの犯人像も十分考慮に値する。警察も元不倫相手には当たりを付けたが、事情聴取、アリバイ確認の結果、捜査線上から早々に消えたとされる。

 

さらに第三の人物「質入れの男」が現れる。

福岡県内の質店に持ち込まれた腕時計が、諸賀さんが使用していたものと同じ型であると判明し、製造番号や付着物のDNA型鑑定等から彼女の所持品であったことが特定された。

県警は質入れした福岡市内のピザ店従業員に勤める男(32)を窃盗容疑で逮捕。容疑は、前年5月20日~6月9日にかけて、以前の勤務先である建設資材レンタル会社の倉庫から、液晶テレビ3台(計14万円相当)を盗んだものである。

質入れの男は、当然殺人事件との関連が疑われたものの「女性とは面識がない」「3月7日に別の質店の前で拾った」と証言。ポリグラフ検査でも虚偽反応は見られず、裏付け捜査でも供述に矛盾がないことが分かり、翌月には死体遺棄事件との直接的な関連性はないものと判断された。

諸賀さん本人あるいは犯人が意図せず落とした可能性や、犯人が無作為に投棄した可能性も否定できない。だが質屋の前に落ちていた点を重視すれば、だれかが売り払うと見越して、犯人が作為的に捜査かく乱を狙って置いた可能性も十分に考えられた。

 

事件から半年後、物証や有力な新情報は得られず捜査の停滞が危ぶまれる中、県警は「あらゆる可能性を念頭に原点から捜査を見直す」と発表。場当たり的な犯行なども視野に入れ、白紙段階から情報の洗い出しが図られた。

2010年12月、県警は捜査特別褒賞金上限額300万円を指定し、広く情報提供を呼び掛けた。翌年も再指定して情報を求めたが成果を挙げることなく、2012年には報奨金指定が取り下げられた。

 

■逮捕と不起訴

2014年2月6日、会社員SH(36)が有印私文書偽造・行使の容疑で逮捕された。10年12月20日に諸賀さんとの間で成立したとする交通事故の示談に関する書類一通を偽造して民事裁判に提出した疑いである。容疑者は上述した「バイクの男」その人であり、警察が「バラバラ殺人」の捜査を念頭に置いた、いわゆる別件逮捕と見られた。

名前が出たことで過去の逮捕歴も公となった。2008年3月、通信販売会社のアルバイトだったSHは個人情報を流用し、別人男性になりすまして運転免許証を再交付させていた。

本人確認なく講習だけで取得できる「防火管理者証」を男性名義で取得し、男性になりすまして住民票を取得。不正取得した住民票と顧客名簿で得た個人情報を使って再発行書類を作成した。6月に逮捕されて容疑を認め、免許証は「出会い系サイト専用の携帯電話を契約するために使った」などと供述していた。

手の込んだ偽装工作に対して、供述した動機はいかんとも信用しがたいものであり、何か別の犯罪を目論んでいた可能性もある。身近にそうした詐欺手法の知識を持つ、手引きをした人物の存在が疑われる。

2014年の逮捕では、SHは文書偽造の容疑を否認。家宅捜索も行われたが空振りに終わったとみられ、前のめりで逮捕したものの証拠が不十分だったのか、バラバラ殺人の立件には至らずに終息した。

 

■整理

いくつか疑問点などを整理しておこう。

死体蹴りをするつもりはないが、被害者のブログ記事の情報にも事実誤認や無意識的な自己擁護、思いのほか手間取る事故処理への不満が加味されている可能性は否定できない。たとえばアパート前で「本人らしき人」が自転車でうろついていたという記述は、本人確認をしていないことを含意している。

被害者は保険会社を通じて「相手が家に行くと言い出した」と聞かされていたため、強い警戒心を抱いていたのは確かである。しかし周囲はアパートやマンションが多い地域であり、単に自転車に乗って近くに住む知人を待ち詫びる男などが「例のバイク男」に結び付けられただけだったかもしれない。

バイクの男は前科があり、事故の相手として理不尽で横暴な人物と推測される。だが私たちは被害者がネット上に残した僅かな記述を妄信し、彼女の無念を思うあまり一方的に男を「推定犯人」に仕立て上げてはいないか。

 

暴力団関与説について。解体が容易ではないとの見方や土地柄からなのか、事件当初、ネット上では暴力団の関与を疑う向きもあった。

基本的に暴力団組織は民間人に対する不要な攻撃は避ける不文律があり、裏社会と接点のないサラリーマンが攻撃対象とされる可能性は非常に低い。だが当時は県内に四代目工藤會ら5団体の指定暴力団が拠点をなし、約180団体、計3500人近い団員がいた。金に窮した末端の者やヤクザ崩れであれば道を外れた殺しを請け負う可能性はあるだろう。

また諸賀さんの父親が(部署は不明ながら)元警察官だったという情報も、過去に悪人から恨みを買っていたのではないかといった想像に拍車をかけた。事件の長期化によって、「ヤクザ絡みの事件で警察が踏み込めないのではないか」との声もあった。

しかしながら事件と同年の4月には福岡県では全国初となる暴力団排除条例が制定・施行されている。全国一の発砲事件多発県であり、売春や違法薬物など青少年をむしばむ犯罪が横行してきたことから、この時期、県警は暴力団に対する締め付けと厳罰化を断行した。そうした情勢から鑑みても、暴力団絡みだから捜査が及び腰になったとは思えない。バイクの男にしても保険会社相手に恫喝まがいの交渉をしたとされる不良者だが、警察にかぎって手柄を見過ごすはずもなく、暴力団とのつながりは入念に調べたと考えられる。

 

通勤車両について。上記「概要」ではまとめて書いているが、事件当初、新聞各紙では諸賀さんはアパート近くに止めていた自家用車での「イカー通勤」として鑑識の様子が報じられていた。だが半年後の毎日新聞では、「通勤に使っていた社有車」としており、自宅から500メートル離れた支店に駐車していたと伝えている。

毎日紙による誤報なのか、それとも捜査機関による早合点で(当時通勤に使用していなかった)自家用車を鑑識に掛けたのか、警察はどちらの車輛も鑑識に掛けていたが報道機関に情報が誤って伝わったものか、は不明である。

偶々その日は社有車を使っていたのか、交通事故や「バイクの男」のストーキングらしき状況を危惧してそうした対策を講じていたのか、詳しい情報は出ていない。もし仮に警察が「社有車での通勤」をしばらく把握できていなかったとすれば、犯人の痕跡をみすみす逃してしまった可能性もないとはいえない。

 

私用の携帯電話について。なぜ普段あまり使用していなかった私用の携帯電話だけが紛失していたのかは慎重に捉えねばならない。

犯人が意識的に「バッグの中に2台あるうち私用の携帯だけを持ち出した」とすれば、普段から彼女と近しい人物と推測される。しかし諸賀さんが(たとえば防犯や簡易電灯用に)私用電話だけを服に入れて携行していたり、犯人が「2台持ち」と気付かずに私用携帯だけを奪ったりした可能性もあるのではないか。

2010年といえばすでに携帯電話を悪用したインターネット犯罪は一般にも広く認識されていた。架電状況やGPS反応から「位置情報」の割り出しができることや、通信記録によって端末の利用状況の把握や通信相手のIPアドレスが割り出し可能なこともワイドショー等で周知の事実である。計画的に殺人を企てるのであれば、被害者の端末を持ち出すことが「命取り」になりかねないことは重々承知のことと思う。

にも拘わらず、本件にまつわる噂の一つとして、ネット上では「行方不明後もmixiにログインした形跡があった」という情報が流布している。私用携帯が紛失していることと絡めて、「犯人が不都合な記述を改変したのではないか」「生存しているように見せかける偽装工作ではないか」とされている。残念ながら筆者は「ログインの形跡」そのものを示すソースにはたどり着けず、その真偽は不明である。

インターネットや捜査手法にに疎い殺人者など存在しない、とは無論思わない。だが事実ログインがあったとしても、捜査関係者か家族による調査のためのログインだと考えるのが普通であり、犯人自ら「あしあと」を残すような愚行をわざわざ犯しにきたと考えるのは無理筋のように思われる。

2008年1月に岡山県の地底湖で起きた大学生の行方不明事案で、事後に関係者のmixiアカウントに書き換えがあったとして話題を呼んだこともあり、確証はないが同じmixiつながりで関心を集めようと思いついた人間が「似たような噂」を流布したような印象を受ける。

 

玄関先に置かれたバッグについて。たとえば被害者がアパート前で呼び出しを受けたとしても、部屋のカギとあまり使用していなかった私用の携帯電話だけを持って出掛けるシチュエーションは相当考えにくい。現在ほどスマホ決済が普及していない当時であるから、慎重な人であれば使う予定がなくとも外出の際には財布くらいは携行していそうなものである。

別の場所での犯行(拉致監禁や殺害)後に犯人がバッグを戻した可能性はあるだろうか。強盗であれば財布は抜くため、当然犯人の関心事が諸賀さん本人だったことは明白である。諸賀さんの自発的な失踪を偽装するつもりであれば、せめて現金だけでも持ち去っておかなければ意味をなさない。犯人が外で諸賀さんを襲ったとして、リスクを冒して事後にバッグを部屋に置きにくる意味がない。邪魔に思えば、それこそ道端や河川に遺棄すればよいのだから。

そう考えると、やはりバッグは被害者が帰宅して自ら置いたもので、帰宅直後スーツを脱ぐより前に犯人を家に上げてしまったか、一緒に部屋に入ったというのが順当な見方ではないか。

 

■密かな物証

2022年8月、文春オンラインに掲載されたノンフィクションライター・小野一光氏の記事では、被害者宅で密かに発見されていた「物証」の存在を伝えている。

bunshun.jp

これまで被害者宅で「血痕」は検出されておらず、別の場所で犯行に及んだものとみられていた。だが福岡県警担当のZ記者からもたらされた情報によると、部位や大きさは分からないが浴室から「内臓の破片」が発見されていたのだという。つまり被害者は自宅アパートの浴室で解体されたとみられ、室内、排水管、土管などを徹底的に調べたが血液反応は得られず、短期間でそこまで洗浄しきれるのか疑問ではあるがそうとしか考えられない、と記事中では述べられている。

さらに当初は発見現場近くに流入する那珂川での周辺捜索が行われていたが、被害者宅のすぐ南側を流れる御笠川へ遺棄されたのではないかとの見方もあるという。

被害者宅での解体、仮にすぐ傍の河川への遺棄だったとすれば、移動手段に車は必要ではなくなる。むしろ袋詰めしながらも海や山へ運ぶのではなく目の前の川へ遺棄したとなれば犯人には移動手段・運搬手段となる車がなかったという見方を大きく後押しすることになる。

 

記事では被害者の自宅アパート内で解体が行われた可能性が示唆されているが、個人的にはやや疑問に思う点が多い。発見されたのがそれと見て肉片と分かる程度であれば、室内に血痕がなかろうとも解体現場と「ほぼ」特定され、捜査方針全体に係るため、情報が全く漏れなかったとは俄かに信じがたい。

あくまで一読した感想に過ぎないが、月経時に排出される子宮内膜の組織など微細な残留物が思い浮かび、実際には殺害の証拠として扱われてこなかったような印象を受けた。内臓片というより細胞片とでもいうほど微量だったのではないか。

 

ここで仮に殺害・解体現場がアパートだったと想定してみよう。

6日(土)5時頃には同僚が訪問して応答がなかったことから、この時点ですでに拘束ないし殺害は完了していたと推測される。被害者は頭骨をひび割れるほどに複数回強打されており、腕や尻に複数の痣があり、何がしかの格闘・抵抗があったことはほぼ間違いないだろう。

頭を割られれば当然出血も予想される。痕跡を残さずに解体するならば、浴室に大型シートを重ねたうえで行ったと考えるのが自然である。完全に血抜きをしなかったとしても、黒いポリ袋を重ねたくらいでは追いつかない量の出血を伴う。

部屋の防音状態は分かりかねるが、5日に夜更かししていた者や6日はずっと部屋にいた居住者も少なからずいたはずである。解体に3時間前後はかかるとして、一般的なワンルームアパートであれば手引きであれ電動であれノコギリの音に誰一人気付かないとは到底考えられない。

犯人は鋭利な刃物とノコギリ、巨大なシートと黒いポリ袋を事前に調達して部屋を訪れていたのであろうか。計画的犯行であれば普通はアパートでの解体作業は避けたいところではないか。衝動的に殺害してしまい、直後にそれらを調達しに走ったとすれば、当然近場で購入すると思われ、入手経路はすぐに判明しそうなものである。

血液反応については、ルミノール試薬と過酸化水素による検出が知られるところであり、希釈された血液であってもヘモグロビン中の鉄に反応して光触媒を起こす。鉄の化学反応を除去するため、一部酸素クリーナーを用いればルミノールに反応しないとされるが、そうした化学的除去を徹底的に行えば「除去」した痕跡が上塗りされる。

2002年に発覚した北九州連続監禁殺人事件などを見ても、集合住宅での遺体損壊や遺棄が不可能ではないことは分かる。しかしその痕跡を部屋・建物から警察の目を欺くほど完全に除去するのは短期間には不可能に思えてならない。

sumiretanpopoaoibara.hatenablog.com

 

■もうひとつのバラバラ殺人

バイクの男や元不倫相手の上司とは異なる犯人像、さらに警察が当初から念入りに調べを進めていた交友関係筋を除いて考えていくと、ある別の事件が思い浮かんだ。

2008年4月、東京都江東区潮見にあるマンション内で起きた女性バラバラ殺人、いわゆる江東区マンション神隠し事件である。この事件は、9階建てマンションの最上階に暮らしていた星島貴徳(33)が、3月に越してきた2つ隣の部屋に住む会社員女性を自室に拉致して殺害し、損壊した遺体を水洗トイレに流す等して遺棄した事件である。以下では加害者・星島がとった行動やパーソナリティを中心に紹介する。

 

4月18日19時31分頃、わいせつ行為を企てた星島は東城瑠理香さん(23)が帰宅するタイミングを見計らって玄関から押し入る。両部屋の間は空き室だったが、男は足音で気取られぬよう靴下で忍び寄った。玄関は2か所カギを備えていたが、ブーツを脱いで施錠するまでのわずかな隙を突かれた格好である。男は抵抗する瑠理香さんを殴打し、台所にあった包丁で脅して自室へと連行した。

星島は瑠理香さんを一人暮らしの会社員だと思い込んでいたが、実際には姉と同居していた。19時21分、姉は瑠理香さんの携帯から最寄り駅に着いたことを知らせる「もう着いたよん」というメールを受信していたが、その後連絡が途絶えた。20時42分に姉が帰宅すると、鍵を回しても扉が開かなかった。これは星島が無施錠のまま出ていったためである。

中に入ると、ブーツや弁当袋など妹が帰宅したらしい痕跡はあったが姿は見えなかった。当初は外でだれかと電話でもしているのかと思ったが、連絡がつかず不安に思い、周辺を捜索。部屋に戻ると、包丁やジャージがなくなっていることに気づいたほか血痕を見つけ、21時16分頃に被害届が出された。

マンション9階は空き室が多く、目撃者はなかった。防犯カメラには帰宅した瑠理香さんの姿は記録されていたが、外出や誰かに連れ出されるといった映像はなく、世間ではマンション内での「神隠し」と報じられた。と同時に巨大な密室殺人の様相を呈し、逮捕までの一か月間、住人全員が容疑者という異常事態となった。

 

星島は部屋から瑠理香さんのバッグを奪っていたが、金銭目的ではなく勤め先の情報など何か脅迫に使えるものがあるのではないかとの考えからだった。女性の身柄を拘束し無抵抗な状態にすると、バッグの中にあった携帯電話のバッテリーを外した。今後女性の所在を偽装することを想定してあえて廃棄しなかった。

女性に怪我を負わせていたことから、解放してももはや言い逃れはできないと感じた星島は逮捕の不安に駆られて性欲を失っていた。裸の写真を撮るなどして口止めしようかとも考えたがデジカメがないため断念したとされる。

22時20分頃、警官が聞き込みに訪れたが応答せずにやり過ごした。そのとき男は勃起を促そうと暗い部屋でポルノ動画を見ていたという。拉致から約3時間後、男は警察が部屋に踏み込んでくる事態を恐れ、被害者をその場から消し去ることを決心する。彼女への憐れみや自首する意思は毛頭なく「どうすれば元の生活に戻れるか」だけを考えていた。

一思いに包丁を首に突き刺し、こと切れるまでの間もタオルで血飛沫を押さえるなど痕跡を残さないよう注意を払った。以前からあった包丁やノコギリを使って数日がかりで損壊し、肉や臓器、細かな所持品は切り刻んで水洗トイレに流した。手間を省こうと仕事帰りにミンチ加工の機械を買ったが、マスコミに気づかれると危惧して帰宅途中に捨てたこともあった。残った骨は処理に手間取り、切断して冷蔵庫や段ボール箱、天井裏などに隠して茹でたり切ったりしながら廃棄の機会を窺った。骨片や凶器、被害者の衣類、血を含んだタオルなどは5月1日までに家庭ごみやコンビニなどで徐々に廃棄していった。

 

星島は解体作業と並行して、警察とのやり取りで捜査状況の把握に努め、事件翌日にはマスコミのインタビューにも無関係を装って対応。マンションを訪れた被害者の父親に出会った際には、動揺しつつも素知らぬ風を装い「お役に立てずすみません」等と白々しい演技でその場を切り抜けた。

被害者宅の洗濯機置き場から姉妹のものとは異なる指紋の一部が検出され、警察はマンション住人全員の指紋を採取した。星島は配管の痕跡を消そうと素手でパイプクリーナー剤を使用していたため、皮膚がただれて指紋照合の目を免れた。その後行われた全室立ち入り捜索の際には、無関係な段ボール箱を自ら開示して警官の目を欺き、遺体を隠していた段ボール箱への追及を回避していた。同じ場所を繰り返し確認されることはないと踏んで、隠していた遺体をすでに捜索が及んだ箇所に移動させるなど、機転を利かせて大胆かつ冷静な工作を続けた。

 

1か月後、再び入居者の指紋採取が行われた際には皮膚が修復しており、指紋が一致。逮捕翌日には容疑を認め、動機について「性奴隷にしたかった」と語り、男の部屋からは拭き取られた被害者の血痕が検出され、下水管から裁断された財布や遺体の一部が発見された。男は性的快楽によって被害者を虜にして「調教」するつもりだったと言い、抵抗されることや目論見が失敗することは考えていなかったと述べた。

公判では、星島の生い立ちについても触れ、乳児期にできた両脚の大やけどがその後の人格形成に影を落としたと述べられた。幼少期にはケロイド状のやけど痕を馬鹿にされていじめを受け、親に相談すると庇ってくれるどころか叱られたという。からかわれる恐怖から人付き合いを避けるようになり、思春期になると醜い傷跡をますます呪い、そのすべての責任は両親にあるとして明確な殺意を抱いた。2度の移植手術でやけど痕は目立たなくなったが、男の心の傷を癒すことにはならなかった。殺害に対する抵抗感のなさは親への憎悪が遠因だと自己分析している。

※公判では星島の両親の証言も紹介された。大やけどは星島が1歳11か月のとき、猫を追い回していて風呂場で負ったと言い、当初は医者に「助かるか分からない」とまで言われたという。「やけどっこ」「火だるま」などと周囲からからかわれたことを聞かされて、父親はやけどを背負っていても乗り越えてほしいと思い、「やけどの跡を隠すな」と厳しくしつけたと振り返っている。父親は仕事の帰りが遅くて日頃遊ぶ機会はなかったという。兄弟仲はよく、学校での交友関係については聞かなかったが非行や成績不振、問題行動はなかった。残虐性や性的異常も見受けられず、両親は「殺意を抱かれていた」とは認識していなかったようである。

高校を出ると上京して親とは連絡を取らなくなった。ゲーム制作やコンピュータソフト開発などの職を経て、事件当時はフリーのSEとして手取り月50万円程の収入を得ていた。税金は未払いで貯蓄はせず、風俗やデリヘルで散財したが、女性との交際経験はなかった。マンションは駅まで徒歩10分で都心部へのアクセスは良かったが、電車で他人と一緒にいることが不快でならず、タクシー通勤をしていた。成人後の星島はコンプレックスに耐えるため「自分は他の人とは違う特別な人間だ」という考えで理性を保ち、他人を見下すようになっていた。

 

日々倹約したり、恋人を作ろうと努力する人生は可哀そうだと見下しながらも、(他人が営む)家族への羨みなどもあったと語り、自身を「人の幸せを素直に喜べない人間」と評している。独り身の暮らしには十分な収入があったものの、仕事で肩身の狭い思いをすることもあったと言い、「どんな手段を使ってでも、すがれるようなものが欲しくてしようがなかった」と内省している。他人を見下しながら自我を保身してきたことから、仲間とつるんだり恋人とデートしたりセックスしたりといった「人並み」の幸せを望むことを自ら諦めざるを得ないジレンマに陥っていたように見える。

出会いを求めたり交友を広げるといった一般的な恋愛への努力はしておらず、女性の見た目へのこだわりや芸能人の好みなどはないと答えたが、性欲や女性に対する願望の強さが窺える。供述調書には「私はずっと自分を好きでい続けて、ずっと自分に尽くすことだけを考える女性でないといやでした。そんな理想的な女性は、アニメやマンガにしか登場しないかもしれないと気付いていましたが、そういう女性でないといやだったのです」と記されている。

アニメ風イラストや同人本を複数制作しており、中には女性を四肢欠損させるものや性的快楽によって隷属させるといった事件を想起させる内容も含まれていた。目的は殺害や死体損壊といった猟奇的犯行ではなく、女性を自分の100%思い通りになる人格へと「上書き」することだった。性奴隷のアイデアについて、仕事のストレスや孤独感から「どこかでそういう征服欲があったのかもしれません」という発言もしている。

現実には理想に合う相手など存在しない、だから自分で「調教」しようという非現実的で傲慢な欲望に支配されていた。それまで何人かの売春婦に性行為を褒められたことで男は歪んだ自信を膨張させていたこともあるだろう。しかし星島の欲望の本質は「性奴隷」や「肉便器」がほしい訳ではなく、やけど痕や見た目の美醜を非難せず、歪んだ自身の内面をも受け入れてくれる相手、傷ついたときに庇い、慰め、励ましてくれる相手、疲れたとき苦しいときに自分を頼ってくれる現実の女性と恋愛をしたかった、「普通の男」として承認されたかっただけなのではないかと私は思う。

襲撃を思いついたのは1週間前で、月曜までの間にセックスで心酔させてその後は解放するつもりで金曜の帰宅時を狙ったと言い、被害者に対して恋愛感情がないどころかまともに顔を合わせたことさえなかった若い女性であればだれでもよく、近くに住んでいて実行可能と見て標的にしたという。「勃起していれば強姦したと思う」と述べる一方で犯行当時の自分は「頭がおかしかった」と言い、たとえレイプできたとしても(アニメやポルノ作品とちがい、現実の女性は)思い通りにならないことに気づいて、結局「殺してしまっていた思う」と事件を客観視し、そもそもの自身の過ちを認めている。

殺害は身勝手極まりない自己中心的な動機であり、損壊は人間の尊厳を踏みにじるおぞましい犯行だが、その場しのぎに様々な工作を企ててはいるが殺害自体に計画性はなく衝動的なものと判断され、求刑死刑に対して無期懲役の判決が下された。

 

■所感

福岡に話を戻そう。想定する犯人像は、被害者宅近辺に住む独身男性である。

同じ建物とはいかないかもしれないが、駐車場と被害者宅の間か近接した位置に住み、これまでも女性の帰宅する様子を見知っていた。まともに面識はなかったが夜間にコンビニやドラッグストア等で行き違うことがあったかもしれない。女性宅のアパートや周囲に防犯カメラがないことを確認し、星島同様、一人暮らしの会社員と見立てて金曜の夜を狙った。

帰宅した女性が部屋に入ろうとすると背後から男が押し込み、脅迫。男は血飛沫を避けるためハンマー等鈍器を用いたものと推測する。窓割れは押し入った際の混乱で生じたものか。下手に相手を刺激すると危険と考えた彼女はおとなしく従うふりをした。

男は連行する際、部屋のカギ以外は邪魔になると考えて女性にカバンを置いていくよう命じた。携帯電話の位置情報を嫌ったとも考えられる。男が背を向けた瞬間、女性は咄嗟にバッグから携帯を抜き出す。それとも帰路や解錠の際に手元用ライトとして懐中に持っていたかもしれない。

犯人の部屋の前まで来ると、女性もこれ以上は危険と判断して抵抗を試みようとするが、強引に連れ込まれて自由を奪われる。男の目的はわいせつ行為、車を所持しないことから近隣での拉致を企てた。だが強く抵抗する女性を前に男は怯んで行為に及ぶことができなかった。とはいえこのまま解放すれば、当然逮捕は免れない。さりとて何日も部屋に置くわけにもいかない。

目的を果たした後は発覚を免れるため殺害も念頭にあり、凶器は事前に調達していた。殺害後は北九州や江東区での事件のようにミンチにまでする必要はない。処理が遅れれば悪臭が漏れて始末が困難になることはいくつかの事件を通じて学んでいた。持ち運べるサイズに切断して、手早く近くの三笠川に遺棄するつもりだった。

 

行方不明から遺体発見までのタイムラグによる刑事捜査の出遅れ、また初動捜査によって被害者の交友関係へと焦点が絞られた結果、こうした「近くの他人」による杜撰な犯行が網の目をすり抜けてしまったとしても不思議はない。捜査員の意識が「交友関係」に向けられ、接点が薄い単なる「近隣住民」であれば、一度や二度の聞き込みを逃れることは造作ない。

マスコミは事件当初から「バイクの男」「不倫関係にあった元上司」の動向を24時間態勢で注視しており、スピード解決が期待されていた。裏を返せば警察が重要人物として情報をリークし、マスコミを使って半ば行動監視をさせていたとも捉えられる。

だが疑惑の人物たちは比較的早い段階で一度はシロと判断された。理由なく解放したとも思えず、内容は分かりかねるが犯人性を否定する相応の証拠(アリバイなど)があったには違いない。半年後の捜査見直し宣言、バイクの男の逮捕にも県警の迷走ぶりは明らかであり、一か八かの“賭け”に負けた印象を拭えない。

しかしながら遺体は上がり、殺人事件であることを白日の下に晒している。はたして理由は何であれ命を奪った張本人が野放しにされてはならず、リソースに限りはあれ捜査の継続を断念してはならない。

 

 

被害者のご冥福をお祈りしますとともに、一刻も早い事件解決を願います。