いつしかついて来た犬と浜辺にいる

気になる事件と考えごと

増殖するデジタル性犯罪——n番部屋事件

 

 

「神神」の逮捕

2020年5月9日、韓国・慶尚北道地方警察は、児童青少年性保護法違反の容疑で京畿道安城市の学生を緊急逮捕する。ハンギョン国立大学建築学科4年生ムン・ヒョンウク(当時24歳)は学内で特定グループに属しておらず親友らしい親友もいなかったが、傍目に問題行動は見られず学業も疎かにしない模範的な学生だと思われていた。

しかしメッセンジャーサービス「テレグラム」上で通称「갓갓(神神・godgod)」としてチャットルーム「n番部屋」を創設し、かつてない規模のデジタル性犯罪の火種となったことで韓国を震撼させた。男のニックネームはSNS上で「わいせつな自撮り画像を投稿する女性」の呼称に由来する。

任意同行を求められたヒョンウクは当初抵抗を示したが、各方面からの証拠を突き付けられると容疑を認め、被害者に対して「申し訳ないことをしました」と謝罪を口にした。

IPアドレス等の特定だけでは言い逃れされる可能性があったことから、過去の携帯電話からの通信履歴の解析や先んじて動画制作に関与した実行犯への追及を重ねるなど、裏付け作業に半年以上を費やしていた。尚、デジタル捜査については犯罪者に証拠隠滅のアイデアを与えることになるため詳細は公開されていない。

自白によれば、大学入学後、20歳頃から児童や未成年の少女らに対して脅迫行為や性的搾取を繰り返してきたという。更に性的行為の様子を写真や動画で撮影し、それを同じ趣味をもつ変態相手に共有して金にしようと考え、当時爆発的に流行したテレグラムアプリの悪用を思いついた。

テレグラムにはグループチャット機能があり、電話番号などを知らなくてもニックネーム等によって相手をチャットルームに招待することができる。チャットルーム内で児童や未成年者らへのレイプ動画等を限定共有し、視聴希望者から入場料を取って招待することで違法な収益を得ていたのである。

被害者たちには性的同意など存在しない。神神を名乗る男は、自らの手で犯行に及び撮影したものの他にも、2018年12月に大邱(テグ)で起きた女子高生性暴行事件などの実行を指示した共同正犯であることを認めた。

SNSで少女たちに接近し、自らを警察だと偽って彼女たちの個人情報や露出画像を引き出す。その後、脅迫して面会や性的行為を強要し、撮影した記録を流出させると脅迫して口止めするという、ありきたりだが周到な手口だった。

2021年4月、大邱(テグ)地裁は求刑無期懲役に対し、懲役34年の判決を下した。量刑不服として検察、被告側共に控訴したが棄却。同年11月11日、最高裁は上告を棄却し、懲役34年に電子足輪30年の量刑が確定した。

 

ムン・ヒョンウクは、チャットルーム商法を拡大させるため、通称「코태(コテ)」ことアン・スンジン(24歳)に「n番部屋」の共同運営を持ち掛け、被害少女への脅迫行為や性的搾取動画の制作などを指示し、合わせて8つのルームを運営した。

共犯者スンジンは2020年6月15日逮捕。児童ポルノ1000点の流布、関連品9200点の所持容疑を受けた。裁判ではSNSを介して10人余りを脅迫し露出画像データを送信させ、2015年4月に発生した12歳少女への性的暴行の嫌疑についても争われることとなった。ポルノ中毒と性的欲求解消のために犯行に加担したことを認めた。

大邱地裁は求刑懲役20年に対して懲役10年の判決を下し、検察側は量刑不服として控訴したが、2021年4月、高裁は原審判決を支持。上告はなく刑が確定した。出所後も青少年関連施設での就業は制限され、80時間の性暴力矯正プログラムの履修が義務付けられている。

 

そもそもの事件の発覚は、2019年3月、「n番部屋」で娘の性被害動画が流布されていることを知った被害者家族による通報だった。デジタル性犯罪被害者支援センターが調査に乗り出すと、テレグラム上では未成年者に対する甚大な性犯罪動画が蔓延しており、性的搾取の巣窟とされていることがすぐに明らかとなった。同センターは女性家族省の管轄で捜査権限がないことから、慶北地方警察庁に本格的な刑事捜査を要請した。

チャットルームは招待制となっており、多くはTwitterをはじめとするSNSで客や女性の勧誘が行われていた。客寄せの投稿では、露出画像が貼られたメッセージに「#露出」「#逸脱」といった好奇を煽るハッシュタグが付され、実際の購入者は口座振替や暗号通貨、文化商品券(「レジャーランド社」発行の書店、映画、レジャー、飲食店、ショッピングなどで広く利用できる商品券。デジタル版も普及している)などで決済していることが分かった。

「n番部屋」に関して、最終的に身元が確認された被害者は40人余りに及び、2年半で275回の撮影、直近1年間で3762件の動画が共有されており、各部屋は300~700人余りの来場があり、基本価格は10000ウォン(およそ1000円)分の文化商品券であった。利用用途が広いことから使用しても足がつきづらいことを算段に入れていたとされ、収益は延べ90万ウォン程という。

だがテレグラム内の性搾取チャットルーム問題がはじめて報道された2019年初旬には8つあった「n番部屋」だけでなく、すでに複数の管理者の手によって数十におよぶ派生ルームが「増殖」していた。

その正確な視聴者数は明らかになっていないが、2020年1月までに56の性搾取チャットルームの単純合算PVの総数は26万再生に及んだ。デジタル性犯罪の恐怖はその数に留まらず、二次配布が無限に、理論上は半永久的に繰り返されてしまうことにある。被害者の中には自ら命を絶った者もおり、事件発覚後は早急な削除と監視が強化されたが、ともすれば死して尚、ネット上あるいはだれかの記録媒体の中には動画や露出画像が今も消えずに残されてしまっているかもしれない。2020年12月の捜査終了までに確認されたテレグラム性搾取全体の被害者の総数は1154人に達した。

利用者情報の開示が迅速に進まなかったことや、その被害規模によって各チャットルームに関連する事件の洗い出し、犯行グループの解明や実行者の裏取りは難航し、「n番部屋事件」として報道されるまでには半年近くの時間を要した。

 

サイバー亡命

2013年8月にロシア人実業家ドゥロフ兄弟によりiOS向けにリリースされたメッセージアプリ「テレグラム」は、開発者向けにAPI(アプリケーションプログラミングインターフェイス)が公開されていたことにより、アンドロイド、WindowsLinuxmacOSや各種Webブラウザまでサポートを拡大。無料クラウドストレージの大容量や、ソーシャル広告などの収益化を2021年11月まで見送ってきたこともあり、2018年3月にアクティブユーザー2億人を突破し、日に15億メッセージをやりとりする巨大アプリとして人気を博した(2022年6月期でアクティブユーザー7億人とされる)。

元々、ドゥロフ兄弟らはサンクトペテルブルクで「ロシア版フェイスブック」とも言われるSNS「フコンタクテ(VK)」を創業し、30億ドル相当となるロシア最大の事業規模にまで急成長させた気鋭の起業家だった。

2014年4月、ロシア最大手の検索ポータルサイト、メール通信事業を手掛ける「Mail.ru」がVK株式の過半数を取得。ウクライナ危機の影響下にあって、Mail.ru側は創業グループに対して様々な条件を課してきたという。ドゥロフ兄弟は、連邦保安庁へのユーザー情報の引き渡しや、政治的交流の制限に対して猛反発してVKを追われることとなった。「プーチンの犬に追い出された」「この国はインターネットビジネスと両立しない」として「テレグラム」事業と共に亡命を表明。彼らの母方親族はウクライナ家系であった。

兄弟はリバタリアン(完全自由主義、反隷従主義)を自称し、国家による検閲や要求には従わない対決姿勢を示し、ドイツ・ベルリンやUAE・ドバイに開発拠点を移して、テレグラムの暗号強化や暗号通貨の開発に勤しんだ。ロシア治安当局はテレグラムのロシア市場からの締め出しを試みたが、テレグラム側はドメインフロンティングにより検閲を回避し、結局2020年までにブロック命令は解除された。

 

当初テレグラムは機能面において先行する「WhatsApp」や「KakaoTalk」の下位互換と見なされていた。しかし2014年9月にパク・クネ大統領がネット上でのデマ拡散に強く対処する方針を打ち出したこと、10月には労働党チョン・ジヌ副代表への捜査の過程で3000人分の個人情報を含むKakaoTalkの通信内容が検閲されていた事実が明らかとされた。

通信傍受に対する危機意識の高まりに加え、テレグラムのセキュリティの高さが謳われたことから、韓国国民は国産アプリを逃げ出し、大挙して「サイバー亡命」のうごきを加速した。だがテレグラムは国外にサーバーが置かれているというだけで、実際には正式な手続きが認められれば開示請求にも応じるとされている。

またn番部屋事件とは無関係だが、2014年9月には被疑者が「Gmail」を使用していただけで「隠蔽工作にあたる」として逮捕令状が請求・発行される事件も起きたことを鑑みれば、当時の韓国におけるサイバー犯罪捜査は過度に強制力を持ちすぎていたとも言える。国民の側もセンシティブになっており、その反動も大きくなったと言えるだろう。

そうしたことからテレグラムは韓国内で大きくシェアを伸ばしていったが、他のSNSでの規制強化や締め出し、摘発逃れ、新規顧客開拓のために、違法な金儲けを企む犯罪者たちも「安全神話」を誇る新たな「理想郷」へと殺到することとなる。

 

韓国の性犯罪対策

カメラ機能付携帯電話などの普及に伴って、2010年頃からデジタル性犯罪は先進諸国で社会問題となっている。なかでも「盗撮」は参入障壁の低い性犯罪のひとつとして以前から広く知られており、一種の変態趣味として画像の共有や売買を行うグループなども存在する。

日本での状況を見ておくと、元交際相手の加害者男性が動画共有サイトに被害者との性行為動画を投稿した2013年10月発生の三鷹女子高生ストーカー殺人で「リベンジポルノ」という概念が知られることとなり、翌14年にリベンジポルノ防止の関連法が成立した。しかしSNSスマートフォンの普及などを背景に年々その被害相談は増加しており、2022年には1728件(前年比100件増)となっている。だが同法で有罪になる場合も多くは初犯で執行猶予が付くことが多く、被害者側は一生残る「デジタル・タトゥー」を刻まれかねないことに対して量刑があまりにも軽すぎるという見方もある。

2021年2月に発生した旭川女子中学生いじめ凍死事件でも自慰行為の強要や撮影が行われ、脅迫や拡散される被害があったとされている。「撮らせる方も悪い」といった論点はナンセンスであり、単なる嫌がらせ・報復に留まらず、面会や金銭を要求する脅迫行為へとエスカレートするケースが非常に多い。

現行法では撮影者不明や行為者本人による撮影だったとしても、私事性的記録物の不特定多数者への流布・販売および公然陳列に対して、3年以下の懲役または50万円以下の罰金に処される。2022年度は1728件の被害相談が寄せられており、20代、10代の被害が7割を占め、男性被害も含めて年々増加傾向にある。

ネット上での画像や動画に関わる犯罪として、性的部位や下着などの盗撮や拡散を取り締まる「性的姿態撮影罪」のほか、わいせつ目的で手なずけて面会を求めたり、性的な「自撮り画像」を要求する、いわゆるグルーミング性犯罪に対して「性的面会要求罪」も新設された。

警察庁生活安全局の報告によれば、令和3年度の児童買春、児童ポルノに関わる被害児童数は993人で平成24年の424人から134%増加した。SNSに起因する強制性交等の被害児童は34人(H24.の14人から142%上昇)、強制わいせつ行為の被害児童は17人(H24.の6人より183%上昇)である。

 

EUでは、2000年代からウェブ上でのプライバシー保護の在り方と「表現の自由」や「知る権利」との両立に関する議論が広く行われており、2011年、フランス人女性がgoogleに対して過去のヌード画像の消去を請求して勝訴し、世界で初めて「忘れられる権利」を認める画期的な判決となった。現在「right to erase(消去権)」として認知されているが、削除に応じる細かな基準については今日も世界中で議論が続けられている。

アメリカでは州によって対応する法律が異なり、ニュージャージー州ではゴシップ拡散防止のために無許可画像や録音の流出を禁じており、カルフォルニア州ではリベンジポルノそのものを違法としている。2014年1月、投稿型リベンジポルノサイト「Is Anyone Up?」では公開画像の削除を求める相手に対して法外な金銭を要求するビジネスとして運営されていた実態が明らかとされ、運営者が逮捕された。2015年4月、サンディエゴでも「revenge porn」サイト運営者が同様の金銭要求の手口により逮捕され、懲役18年が課されている。

 

韓国では、盗撮物の販売や流布、サイバーストーキング等のいやがらせ行為なども含めて「デジタル性犯罪」という概念が普及している。デジタル機器と情報通信技術を媒介にオン・オフライン上で発生するジェンダーに基づく技術的暴力と定義される。「製作」や「流布」のみならず、犯罪集団の違法活動に「参加」したり、閲覧によって「消費」することも性犯罪に加担することとみなされる。

カメラ等撮影物の公開による被害届は2012年度から2016年8月までの4年8か月で1万件を超えており、2007年時点では性暴力犯罪全体に占める割合は4.9%だったが、2015年には24.9%と大幅な増加が確認された。更に近年では合成編集によるディープフェイクやAI生成ポルノの量産も問題視されている。

背景として、まず2007年4月の性暴力犯罪関連法の大幅改正がある。未成年者被害の場合は非親告罪となったことで、強姦および強制わいせつの相談件数は2007年度;13,396件から2011年度;19,498件へと大幅に増加した。

再犯防止策として、性犯罪歴のある者に対するGPS装置による電子的監視、いわゆる「電子足輪法」が導入された(後に殺人及び未成年者略取誘拐の犯歴者も対象に追加された)。性犯罪前科者や電子足輪者の居住地域など周辺住民への情報公開も行われている。また女性家族省は性犯罪再発予防プログラムを開発し、啓発活動や入所中の矯正訓練に用いられている。

しかし2008年12月、京畿道アンサン市で当時小学1年生の女児が顔面骨折と怪我、性的虐待を受けて局部の80%を破損し重い後遺症を負う事件が起きた。強姦前科のあった加害者チョ・ドゥスンは逮捕されたが犯行当時は泥酔状態で刑法10条2項により心神耗弱だったと判断され、懲役12年の判決となった。幼い子どもに対する非道な加虐、生涯に渡るトラウマと身体的障害を負わせながら、その量刑はあまりに軽すぎるとして社会的議論を呼んだ。

2010年7月には、被害者が16歳未満となる児童性犯罪者に対して性衝動を抑制するための化学的去勢を行う「薬物治療法」が制定され、翌年施行された。これは2013年に被害者年齢の規定が撤廃され、「性倒錯症患者」と認められれば適用可能となっている。

日本と同じく家父長制の影響下にあった韓国社会では、長らく女性や子どもに対する人権意識が低く、近年急速にジェンダーギャップ解消の政策と法制度の見直しが進められてきた。時事に対する世論の反応は大きく、以下に見るトガニ法など、さまざまな事件を通じて児童・青少年の保護や性被害に対する支援を訴える声は法整備を強く後押ししてきた。

 

2009年、韓国の作家孔枝泳(コン・ジヨン)は、光州の聾啞者福祉施設インファ学校で実際にあった入所児童に対する性的虐待をモチーフにした小説『トガニ 幼き瞳の告発』(創作と批評社、日本版;新潮社)を発表し、大きな議論を巻き起こした。トガニとは日本語で坩堝(るつぼ)を意味する。

トガニ: 幼き瞳の告発

施設では2000年前後の10年近くにわたって校長や職員らによる児童への性的虐待が日常的に繰り返されており、2005年6月に一部職員が告発に動いた。しかし提出先の光州広域市教育庁ら関係機関は介入を拒み、7月には市民団体が対策委員会を発足させたが学校の財団側との交渉は膠着状態が続いた。

05年11月になってMBCテレビの追跡報道番組『PD手帳』で事件が公にされると、職員2人が性暴力容疑によって逮捕された。しかし対策委は、事件を矮小化し組織ぐるみの隠蔽が行われているとしてその後も財団役員の一掃を求める抗議や座り込みを続けた。2006年8月には国家人権委員会が役員解任を勧告し、加害者6名が追加告発を受けた。

法廷での争いは続いていたが、2007年3月には中高等部学生8人が登校を拒否し、4月から教育庁前で約1か月にわたってテント授業を敢行して抗議の意志を示した。5月28日、学生らは校長に対して卵や小麦粉などを投げつけると、31日、学校長は該当学生を暴行容疑で刑事告訴する。6月には懲戒免職されていた加害職員が復職し、自身の告訴取り下げを求める署名を集めて提出。9月には対策委に参加した教職員の任用取り消し、停職、減給などの懲戒処分を行い、当初告発した職員には自宅謹慎を命じた上で最終的に解雇を決定する。法廷の外で泥沼化した争いが続けられるなか、10月10日、性的虐待の罪で前任校長に懲役5年が求刑された。

世間の関心は徐々に薄れていたが、2009年6月に小説『トガニ』が出版されて事件は再び大きな注目を集めた。2010年には再びインファ学校で性的虐待の疑惑が浮上するも、学校側は自治体の調査を拒否。学校側は校名の変更やリハビリ対象者を言語聴覚障害から知的障害に広げる申請を行うも、対策委の糾弾アピールによって反対の世論が再燃。

11年9月には映画『トガニ』公開によって大きな社会問題となり、11月17日、青少年性保護法、通称「トガニ法」が施行された。障害者および13歳未満の児童に対する性的暴行、養護・教育施設職員による児童への性的虐待に対して、通常よりも量刑が加重されることとなった。さらに児童および障害者被害者事犯での公訴時効の廃止、公判で被害者側が立証を負わないこと等を盛り込んでいる。

 

2012年12月、性犯罪対策として6つの改正法が公布され、厳罰化が進み、諸問題の是正や対策が強化された。

韓国では刑事訴訟法第232条で、被害者が一審判決前なら告訴の取り消しができる(被害者が事件化を望まない場合は起訴されない)「反意思不罰罪」という制度が存在した。そのため加害者側関係者から被害者側に告訴の取り下げを求める脅迫や懐柔といった二次被害の発生が問題視されていた。このときの改正で性犯罪における年齢制限なしの非親告罪化が行われ、反意思不罰罪も除かれた。

また従来法では「婦女」または「女子」に限られていた条項が「人」に改められ、性別区分を撤廃。強制わいせつの範囲についても、性交類似行為として口や肛門などへの性的行為の範囲を広げ、性器以外でも指や道具の挿入なども対象とされた。

電子足輪についても、装着対象が13歳以下の児童被害者事犯と限定されていたものが、19歳未満に引き上げられ、対象者の枠が拡大された。装着命令以外にも保護観察命令が可能となり、捜査機関と保護観察所の連携強化が進められた。元加害者には半年~1年毎に出頭命令を受けて登録情報の更新が確認されている。

特例法として「のぞき」「盗撮」など性的欲望のために公衆トイレや公衆浴場等への侵入を規制する罰則条項も加えられた。また性犯罪者は刑執行から10年間、塾・学校・保育・医療機関への就業制限が課されていたが、その対象は後にネットカフェ、青少年活動企画業、芸能事務所などへも拡大された。

 

2017年にデジタル性暴力防止法が成立。2018年4月から相談窓口や被害届申告をサポートするデジタル性犯罪被害者支援センターが設置され、頒布された動画などの緊急削除や司法手続きのサポート、メンタルケアへの支援、被害者救助金支給などを行っている。性暴力に対する被害者側の犯罪認識が浸透したことで、届出の件数は3万件を超えるようになった。

日々流出され、増殖される性搾取物の量は甚大で、削除支援スタッフは有害サイトのモニタリングや削除した被害映像の再配布がないかなどのチェックも続けられる。2020年の削除件数だけで12万5000件にも上り、月平均約9000件の削除支援を続けている。

日夜あらゆる虐待相談や凌辱映像に晒されるスタッフたちの精神的疲労やトラウマも大きい。スタッフの一人は飲食店に行った際にトイレの様子を確認する癖がついてしまったと語る。トイレでの「盗撮」映像があまりに多いため、自身も盗撮されているのではないかという強迫観念が芽生えてしまったのだという。あるスタッフは、ハッキング被害やクラウドデータの流出に恐怖を感じ、友人との写真を撮らなくなったという。彼らはカウンセラーによる支援を受けながら日々業務に当たっている。

 

2019年11月、リベンジポルノは芸能界でも悲劇を生んだ。女性アイドルグループ「KARA」のメンバーだったク・ハラさんが自殺し、遺書には記されていなかったが、元交際相手の男性から「セックス動画を流出させる」と脅迫されたとして前年から裁判を起こしていたことも原因のひとつと考えられた。Twitter上では「K-POPファンのみんな、性的虐待をした男を刑務所にぶち込もう。裁判はまだ係争中であいつは今も自由の身だ。もうハラは救えないけれど、彼女や虐待を受けた女性全てに正義をもたらすことはできる」といった元交際相手糾弾のメッセージやハッシュタグに溢れた。

※韓国刑事政策研究院キム・ハンギュンは論文『デジタル性犯罪遮断と処断 -技術媒介ジェンダーベース暴力の刑事政策』(ジャスティス第178号)の中で、「リベンジポルノ」などの過度に類型化した抽象的な用語は犯罪実態を不適切に捉えているとして用語の見直し、概念の言語化や再構築を求めている。

디지털성범죄 차단과 처단 - 기술매개 젠더기반 폭력의 형사정책 - - 저스티스 - 한국법학원 : 논문 - DBpia

日本語のいわゆる「嫌韓サイト」などでは、性犯罪認知件数などの折れ線グラフだけを挙げて「右肩上がり」を印象付け「韓国は性犯罪件数が年々増加している」との主張が掲げられている。だがむしろ実態としては、規制の拡大強化、法的手続きの促進、被害者支援が整ったことにより適切な対処が行われるようになった所産であり、埋もれていた性犯罪被害が顕在化したと言う方が適切である。窃盗被害や多くの殺人とは違い、数字に表れない、事件化されない被害も多数存在するのが性犯罪の難しさでもある。

2020年12月、刑期を終えた前述のチョ・ドゥスンが出所し、アンサン市の自宅へ戻ると多くの市民に取り囲まれて周辺は一時騒然となった。元受刑者に対する御しがたい反感と話題性が喚起され、出所前からYouTube等動画配信者らが自宅を取り囲んでいたのである。配信者や著名人の中には彼に報復行為を予告し、実際に殺害目的で刃物を持って釜山から馳せ参じた36歳男性が逮捕された。私刑YouTuberたちが振りかざす正義は、収益のソロバンや犯罪と紙一重である。

youtu.be

2021年には性暴力犯罪が全体で32,080件、検挙率は90.4%、29,013件だった。再犯率は6%で前年より0.3%減少。デジタル性犯罪は4349件で、盗撮など不法撮影が大きく増加している。

 

増殖した部屋

事件に話を戻そう。事件発覚当時、テレグラム内では「神神」ことムン・ヒョンウクが主導した8つの「n番部屋」の他にも、同じような性搾取チャットルームが増殖していたことはすでに述べた。

便宜的に「n番部屋事件」と総称されているが、厳密にいえばテレグラム内で同時多発的に行われていた未成年への性搾取・わいせつ画像の違法販売事件が複数含まれている。リンク広告を乱発して積極的に客を誘導していた「ゴッサム部屋」や、撮影物をランク付けしてより高額な入場料で好奇を煽った「博士部屋」などの方が悪質さにおいては顕著ともいえる。

 

ハンリム大学に通う二人の若者は2019年7月からYouTubeチャンネル「追跡花火団」の中で、テレグラムの「1番部屋」や派生ルームのひとつ「ゴッサム部屋」などに潜入した。リアルタイムで行われる未成年者への性的搾取やレイプ動画などの陰惨な犯罪を目の当たりにした二人は、警察庁サイバー安全局に通報するとともに、まだ事件が公にならない時期から証拠になりそうな内容を一つ一つキャプチャ撮りしてその内情や動向を追跡報告していた。

n番部屋は未成年者の性的搾取が大半を占めており、行為内容は多岐にわたるが、被害者たちは犬の真似、男性トイレでの脱衣、カメラを見ながらの自慰行為などを強要されていた。管理者らは女性のことを侮辱し、しばしば“血まみれ”と呼んでいた。

ゴッサム部屋は「AV SNOOP」という名のアダルト物流サイトにバナー広告を貼って客を誘引しており、「博士部屋」など別の管理者の広告もあった。7月時点でゴッサム部屋の参加者は約4000人以上。それぞれの派生部屋には3000点以上のわいせつ動画がアップされていた。

彼らのように通報のためにチャットルームに潜入する者もいたが、部屋が遮断されるとすぐに別の管理アカウントが新たに「非難部屋」を設けるいたちごっこが繰り返され、通報対策として管理権限者を置かない「平等部屋」さえ作られた。

神神は2019年7月、過激化路線をとるゴッサム部屋に現れ、「ここまでやったら死人があってもおかしくないのに未だにそんな話聞いてない(笑)一人でも死ねば警察に毎日殴られて、みんなの“お手本”になるのに」と嘲笑した。

8月、高校生を自称していた神神は「受験勉強のためチャットルーム運営から手を引く」と言い出し、ゴッサムメンバーに無償でn番部屋入場リンクを配布。管理権限を通称「ケリー」に引き渡してテレグラムを脱退した。結局n番部屋は9月初めに閉鎖し、ゴッサム部屋が違法コンテンツやユーザーを吸収するかたちとなり、11月までに7000人余りの大所帯に膨らんだ。

しかしゴッサム部屋の運営者「ウォッチマン」ことチョン・モ(38歳)は、過去にも同種の性犯罪を起こして執行猶予の身だったこともあり、捜査の早い段階で足がついた。10月までに逮捕され、余罪追及などの取り調べが密かに続けられていた。捜査状況は詳しく明かされなかったものの、警察から「ウォッチマン」逮捕を知らされた花火団の二人は喜びのあまり大学図書館で飛び跳ねたという。

2020年11月、一審・水原地裁で懲役7年の判決を受けたチョン・モは、量刑不当を主張して控訴、上告。裁判ではいずれも棄却され、2021年9月、同量刑のまま確定した。

その後も二人は性搾取被害の一掃を志し、ハンギョレ新聞の要請で「博士部屋」関連記事に協力し、追跡調査や未解決事件を扱う報道番組「それが知りたい」「実話探偵団」などに情報提供して事件の公論化を促す役割を担った。2020年に入って国内での認知が広まると、逮捕や裁判の度に「n番部屋事件」の事情通として取材や執筆を行い、ジャーナリズムにおいても花火団二人の成果は多くの賞に輝いた。学生活動家のひとりは名を伏せたままジャーナリストの道へ、もうひとりのパク・ジヒョンは政界へと活躍の場を移した。

 

n番部屋の閉鎖が取り沙汰された2019年9月頃、通称「博士」はゴッサム部屋を訪れ、「うちの部屋に味見にくるように」と自分のチャットルームの宣伝活動を繰り返し顰蹙を買った。不満に思った人々が博士を追い出そうとすると、個人情報を暴露されて返り討ちに遭った。

博士部屋では、公然わいせつや自傷行為、異物混入、便食などのほか、いわゆる「アヘ顔」など日本のポルノマンガ等で見られる拷問的妄想を現実の女性たちに強要した。無料で見られる「味見部屋」や掲示板のほか、入場料25万ウォンで国産スナッフが共有される「ハードルーム」、100万ウォン(後に150万ウォンに値上がり)の「最上位グレード部屋」は「リアルタイムで奴隷監視できる最強の部屋」と謳われた。更にメンバーの活発な活動に対して「経験値」を賦与し、高い等級になると秘密部屋へとメンバー限定で招待した。

博士は「イギヤ」「ブタ」「チィン」「カマキリ」「ヌム」「キム・スンミン」といった幹部たちに指示を送り、性的暴行とその撮影、宣伝広報、チャットルームの運営、資金洗浄などの業務を割り振り、幹部たちは従業員メンバーらとその役割を果たした。

ランクの高い部屋には「芸能人も含まれる」と喧伝され、入るためには身分証明が求められた。博士は神神とは異なり、性倒錯や性依存の傾向はなく、そうした人々をカモにする典型的な詐欺師であった。「博士部屋」は変態趣味の秘密の部屋ではなく、変態向けに蟻地獄を仕掛ける詐欺集団に他ならなかった。後の警察発表では、有料会員ほか、所持や二次配布などで罰金刑などを課せられた会員は2454人に及んだ。

被害者の大半は「条件付き出会い」、いわゆる「パパ活」や「売り(売春)」目的の女性たちで、Twitterの「#闇バイト」「#高額バイト」でおびき寄せられていた。目先の金を必要としながら社会経験も少ない彼らは言われるがまま住民登録証や口座番号、連絡先を伝えてしまい、脅迫のネタとされると共に、販売される「動画」のオプションにされた。被害女性は74人、うち未成年者は16人。ソウル、イルサン、仁川、江原など犯行地域は様々だった。

騙されてホテルなどに連れ込まれた女性たちは撮影や凌辱行為に抵抗するが、躊躇すれば「SNSで家族や友人、同僚に露出画像を送信する」「自宅にエージェントを送って家庭を破壊ないし家族を殺害する」と脅迫を受けた。電話や住居を変えて彼らの「管理」から逃げのびても、映像となった「人質」を取られているため、見えない鎖がかけられた状態で通報はためらわれ泣き寝入りを余儀なくされた。

博士は「新たな奴隷」として女性たちの凌辱動画を公開し、会員たちはチャット上で博士に媚びへつらい「もっと欲しい」「輪姦したい」と歓喜する、王様と施しを受ける下級市民のような関係性が醸成されていった。博士は検挙されないという根拠なき自信を持っており、違法ポルノによる集金システムの構築を「ブランド化する要領だった」と語っている。

 

2020年3月16日から17日にかけて「博士」こと短大生チョ・ジュビン(当時25歳)ら博士部屋運営幹部4人を逮捕。それぞれ管理役、実行役など共犯者は13名に上り、組織化されたグループ犯罪として量刑が加重された。

ジュビンは逮捕直後に自殺未遂を図り、首にプロテクターを装着されていた

 

逮捕のきっかけは暗号通貨の引き出しで、実行役の「ブータ」ことソウル科学技術大学の学生イ・カンフンが検挙された。すぐに身柄を拘束されなかったカンフンは、テレグラムでチョ・ジュビンに「1」と送った。これは先だって有事の際に連絡することになっていたメンバー内での暗号であった。

しかしジュビンは、カンフンが引き出した金を持ち逃げしようとしているのではないかと疑ってオンラインで連絡を取り続け、捜査本部に発覚。逮捕されるまで彼が首謀者「博士」である事実は掴めていなかった。仮想通貨の口座から32億ウォンに上る犯罪収益が押収され、資金洗浄の動きや組織の内情が徐々に判明した。

Buddaことカンフンは逮捕時未成年だった。

3月25日、チョ・ジュビンはソウル・チョンノ警察署前でフォトラインに立ち、「ソウル市長や記者をはじめ、私に被害を受けたすべての方にお詫び申し上げます。歯止めが利かなくなっていた悪魔のような人生を止めてくれて本当にありがとうございます」との言葉を残して場を後にし、その不遜な態度は人々の顰蹙を買った。逮捕前、彼はn番部屋事件を報じていた記者に対して家族写真を流出させる等の報復行為を行っていた。

チョ・ジュビンは「博士」のプロフィールとして、1974年生まれの既婚者でカンボジア在住の興信所社長だと幹部にも偽っていた。はじめから金銭収奪および詐欺を目的として性犯罪を繰り返し、犯罪集団に仕立て上げた罪質の悪さから、無期懲役が求刑された。一審では懲役40年が宣告されたが、別の性犯罪と隠蔽罪が加わり、二審では懲役42年とされた。2021年10月14日、最高裁は懲役42年に電子足輪30年の合併72年刑が確定。その後も「博士部屋」以前の強制性交や性搾取が明らかとなり、量刑が追加されている。

性犯罪はその被害の及ぼす影響に比べて量刑が軽すぎるという批判が根強く、重罰を望む声は大きかった。本件では積み重なった悪業を加重刑とみなすことで、有期刑として歴代最長となる判決が下された。性被害による精神的傷害は完全に癒えるものではなく処罰感情の減退は期待できないことから、彼らに仮釈放が認められる可能性は限りなく低い。2062年までは収監される見込みである。法改正のみならず、裁判所が国民の声を聞き、時代に沿った新たな基準となる判例を示すことも、同類犯罪者や将来の禍根を断つうえで大きな意味がある。

一方で、判例主義に則るあまり社会性を失ったような過少な判決も多くみられる。イ・カンフンは「博士部屋」運営の主要な共犯者として、多くの参加者を集め、性搾取映像の制作や流布を行い、直接対面したことのないジュビンの「右腕」となって積極的に加担したとして、検察側は求刑懲役30年を求めた。一審では懲役15年の判決が下され、量刑不当による控訴・上告は共に棄却され、同量刑で確定した。

韓国では国民の「知る権利」に照らして、特定強力犯罪者について逮捕前に身の上情報が公開される制度がある。本件ではネット上の「匿名性犯罪者」たちの容貌にも関心が集まり、ネット民による「評価」は誹謗中傷罵詈雑言の嵐となった。カンフンは未成年であったが、その罪状の悪質性や社会的影響の大きさ、まだ明らかになっていない類似犯罪に対する抑止策の一環として実名報道とされた。

 

本事件でデジタル性犯罪に対する認知とその被害の深刻さが理解され、更なる厳罰化へと舵が切られることとなった。だが2019年以来テレグラムでの取り締まりが厳格化されると、米サンフランシスコを拠点とするメッセンジャーアプリDiscordでも同様のチャットルームが増殖をはじめ、大小112か所、単純合算で30万以上のアクセスがあったと推計された。韓国警察庁がDiscordでのサイバー捜査方針を示すと11万人のユーザーがサーバーを「脱出」したという。

転用コピーの容易さ、商業化の容易さ、転移のしやすさ等から完全なる撲滅は困難にも思える。

先だって2020年5月、性的自己決定権の保護を名目として、それまで13歳以上とされてきた性交同意年齢を13歳から16歳に引き上げ、成人(19歳以上)による姦淫又はわいせつ行為を処罰の対象とした。一方でノウハウが拡散されたことにより加害者の低年齢化も見られ、中高生が運営する違法チャットルームも不拘束立件された。

ソウル市は2022年にデジタル性犯罪安心支援センターを設置し、第2第3のn番部屋事件の被害を防ぐことを目標に掲げた。2023年3月、開館一周年を迎え、全国初となるAIディープラーニング技術を導入した24時間体制のデジタル性犯罪自動追跡監視システムを開始することを発表した。これまで懸念されていたモニタリングの人的負担は低減され、その速度や正確性も向上しているという。とりわけ「児童・青少年の性保護関連法」により本人の要請なしでも削除できる未成年者保護には効果が期待できる。11月の報道によれば、検索時間は97.5%削減され、削除支援は2倍の成果を収めているという。

 

従来、性犯罪は身体への加害がその本質とされ、罪状が定められてきた。しかしデジタル性犯罪においては、画像の加工や編集によって物質的肉体とは異なる次元での加害が可能となる。また例えば中高生アスリートやチアリーディングなどを撮影した動画はしばしば児童ポルノ的消費を疑わせる。フィギュアスケーターやダンサーは肉体美や優れた表現力で人々を魅了するが、観客の目を性的消費と分つものとは何か。動物の交尾は問題にならないのならば、人外キャラクターのアニメーションなら何をしても許されるのか。女性が薄着でキャンプをしたり、男性が筋肉を見せつけながら料理したりする動画は本当に「ポルノではない」と言い切れるのか。私たちの性的な領域が変化と拡大を続けるかぎり性犯罪のレギュレーションも常に見直していく必要がある。

 

被害に遭われた方々の心の安寧をお祈りいたします。

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参考

https://www.waseda.jp/fsss/iass/assets/uploads/2023/06/01fe7f617186dc5febd61df11f31ed1a.pdf

「トラウマになるほど衝撃的」…デジタル性搾取物を削除する人たち : 政治•社会 : hankyoreh japan