旭川中2女子いじめ凍死事件

2021年、北海道旭川市で中学生が凍死した事案は、生徒らによるいじめが原因だった可能性が指摘されている。被害者へのいじめは亡くなるおよそ2年前に発覚し、加害者生徒らは少女を一度は自殺未遂へと追いやった。しかし相談を受けた中学校サイドはそれを「いじめ」と判断することなく、少女はPTSDにより転校を余儀なくされ、命を絶った。

2022年5月現在も、いじめや学校側の対応について調査が進められている。事件の風化防止、そして社会から根絶を求められながらも実現しないいじめの問題について考える目的で記す。

 

■概要

2021年3月23日、北海道旭川市永山中央公園の積雪の中から、凍った少女の遺体が発見される。先月から行方が分からなくなっていた2キロ程離れた同市内に住む中学2年生広瀬爽彩さん(14)である。

 

所在が分からなくなったのは2月13日(土)18時頃で、母親が仕事の用事で家を空けたわずか一時間程の間に起きたできごとだった。出掛ける前、夕飯は外で食べようかと母親は提案したが、娘は「お弁当買ってきて。気を付けて行って来てね」と言って送り出し、それが親子の最後の会話となった。

仕事中の母親の許に警察から連絡が入り、娘の安否確認を求められた。携帯電話は不通だった。自宅アパートに戻ると電気は点いていたが、部屋にいるはずの娘の姿はなかった。

17時半頃、爽彩さんはゲームを介して交友していた知人数人に宛てて、メッセージアプリのLINEで「ねぇ」「きめた」「今日死のうと思う」「今まで怖くてさ」「何も出来なかった」「ごめんね」と別れを告げていた。メッセージに気付いた知人が警察に通報して連絡先を伝え、警察が爽彩さんと連絡を取ろうとするもつながらず、自宅アパートにも気配がなかったため母親に連絡したという。

 

18時時点で気温はすでに氷点下、旭川はこの時期でも未明ともなればマイナス10度を下回ることもある。リュックと長靴は部屋からなくなっていたが上着や現金は部屋に残されたままで、Tシャツにパーカー、薄手のパンツという軽装で外出したものとみられた。携帯電話は外出時に電源が切られていたためGPSでも行動範囲が絞り込めなかった。緊急性が高いとしてパトカーや警察犬、翌日には上空からヘリでの捜索も行われたが発見に至らず。

その後も親族やボランティア、学校関係者らが連日周辺を捜索、ラジオでの呼びかけ、札幌市内でもビラ配りを行うなど懸命の捜索活動を続けたが手詰まりとなり、3月4日から公開捜査に切り替えられた。そして行方不明から38日目の3月23日午後、母親に悲報が伝えられた。

 

■死んでも誰も悲しまない

爽彩さんの母親は、娘について「やんちゃですごく明るくて、年下の子に対して優しくて、荷物を持ってあげて帰ってきたり、傘を貸してあげたりしていた」と振り返る。幼い頃から絵や詩を書くのが好きな子で家中に落書きされたといい、多くのイラストが大切に保管されている。中学進学に際しては希望に満ち溢れ、いずれ生徒会に入りたいから学年委員になる、部活もやりたいし、塾も通いたい、英会話も続けたい、とキラキラ輝いていたという。

だが入学したての2019年4月下旬頃から娘の身に異変を感じていたと語る。快活だった笑顔は消えて部屋に籠ることが多くなり、泣き声や「ごめんなさい」「殺してください」と言っている声が聞こえるようになった。

5月、生まれて初めて母親に「死にたい」と口にしたが詳しい理由を語ろうとはしなかった。夜中に「先輩」から呼び出しを受けるようになり、外出を阻止すると爽彩さんは怯えて泣き出したという。以前はカラフルで明るいイメージだったイラストもモノトーンの不穏なテイストへと画風が変化していた。

「爽彩が死んでも誰も悲しまないし、次の日になったらみんな爽彩のことは忘れちゃう」

これまでにない娘の変調を危惧した母親は「いじめ」を疑い、中学校に相談した。

しかし、担任は「(呼び出した生徒たちは)ふざけて呼んだだけです」「おバカな子たちだから気にしないでください」等とその場しのぎの対応をするばかりで、「今日は彼氏とデートなので、相談は明日でもいいですか」と取り合わないことさえあったという。

実際、呼び出しを受けて公園に駆け付けても呼び出した側のメンバーは誰もいないこともあった。爽彩さん本人も担任に相談したこともあったが、「相手には言わないでほしい」と約束したにもかかわらず、その日のうちに加害生徒に直接話をされてしまったと言い、「担任とは二度と会いたくない」と不信感を抱いていた。

 

爽彩さんが進学したH中学校は学区の都合上、同じ小学校の出身者は少なく、クラスにはなかなかなじめなかった。爽彩さんは放課後、塾が始まるまでの時間を近くの児童公園で勉強や読書をして過ごすようになり、そこをたまり場にしていた同校の上級生らと顔見知りになった。当初は「荒野行動」というスマホゲームを一緒にプレイする仲だったが、他校の生徒らも加わって、次第に爽彩さんを標的にしたわいせつな会話が繰り返されるようになっていった。

6月3日

「裸の動画送って」

「写真でもいい」

「お願いお願い」

「(送らないと)ゴムなしでやるから」

止むことのないわいせつ画像を強要するメッセージ、できなければ報復するとの台詞を真に受けてしまった爽彩さんは、自身の裸の画像を送信してしまう。それをダシにして、いじめや脅迫はエスカレートし、グループLINEなどで彼女の画像は拡散されていった。

6月15日、たまり場の公園に呼び出された爽彩さんは、複数人の小中学生に取り囲まれ、その場で自慰行為をやって見せるように求められた。人が来るとまずいから、と小学校の多目的トイレに連れ込まれるなど執拗な強要を受け、爽彩さんは助けを求めることも出来ず従うしかなかった。

 

2019年6月22日、母親の許に学校から電話が入り、爽彩さんが公園脇のウッペツ川に入水したと告げられる。10人程の生徒らに取り囲まれて性的な要求を受けていたと見られ、高さ3.5~4m程ある土手から岸辺に降り、川に飛び込んだという。膝まで水に浸かった状態で、学校に電話を掛けて「死にたい」と訴えた。駆けつけた男性教諭に抱えられても「死にたい、生きたくない」と泣き叫ぶパニック状態に陥っていた。

幸い体にケガはなかったものの爽彩さんはその日のうちに精神科に保護入院することになった。だが当初、母親は病院への付き添いを拒まれていた。本人がパニック状態だった事情もあるが、警察から事情を聞かれた加害少年らが「(爽彩さんは)親からの虐待を苦にして川に飛び込んだ」と虚偽の説明をしていたため隔離措置が取られていたのである。

 

すぐに虐待の疑惑は解けて2日後に面会できたものの、娘の携帯電話を確認すると公園で「友人」と称していた生徒たちから爽彩さんを心配するようなやりとりは一切なく、LINEのメッセージを遡ると性的画像を要求するやりとりが残されていた。本人に事の経緯を確認すると、公園で囲まれて「今までのことを全校生徒に拡散する」と脅されて、「死ぬから画像を消してください」と答えたという。すると「死ぬ気もないのに死ぬとかいうなよ」と煽られて飛び込まざるを得ない状況に追い込まれた、と説明した。

対岸から事態を目撃した通報者は「一人の女の子をみんなが囲んでいて、あれはいじめだよ。女の子が飛び込んだ時にはみんなが携帯のカメラを向けていた」と話したという。

 

看病と心労がたたって母親も体調を崩しがちとなり、代理人として弁護士を立てて学校側とやりとりを行おうとしたが、学校側は弁護士の介入に態度を硬化させ、母親単独での面会を求めた。無理を押して母親が教頭に掛け合うと、LINEでのやりとりを一枚一枚写真に撮って、生徒らへの事実確認を約束する。だが加害生徒への聞き取りは行われ、調書が作成されたものの学校側は「いじめ」と判断することはなく、生徒らとの話し合いの場を設けることで事態の収束を求めた。

母親によれば、8月、教頭から「画像の拡散は校外で起きたことなので、学校は責任を負えない」「悪戯が過ぎただけであっていじめではないし、悪気があった訳ではない」と説明を受けた。「何をどこまでされたらいじめですか、もっとひどいことをされなければいじめにならないのですか」と質問すると、教頭は「加害者の子たちにも未来があるんです。お母さんはどうしたいのですか」「10人の加害者の未来と、1人の被害者の未来、どっちが大切ですか。ひとりのために10人の未来を潰していいんですか」と返答したという。

 

他校の加害生徒とその保護者側から謝罪の場を設けてほしいと要請があった。爽彩さんが通っていたH中学では弁護士の同席を頑として認めず、それを認める他校とは別々の機会に「謝罪の会」を設けることとなった。本人は出席できる状態ではなかったものの、他校では学校長の謝罪から始まり、各加害生徒と保護者が個別に謝罪の場をもった。中には「自分たちは見ていただけ」と居直る生徒もいたが、泣いて謝る保護者の姿もあったという。

9月になって開かれたH中学の「謝罪の会」は、「弁護士立ち合いであれば教員は同席しない」として教員不在、ミーティング用の教室だけを提供するかたちで行われた。同校4人の加害生徒のうち、ひとりはいじめについて尋ねられても「証拠はあるの?」と逆に突っかかるような態度で謝罪や反省の色もなく、その保護者も「うちの子は勘違いされやすい。本当は反省している」等と取り繕うだけで、閉会後、爽彩さんの母親は「一体何のために集まったのか分からない」と親族に漏らしたという。

その後も同校に聞き取りの調書を見せてほしいと要望し、弁護士を通して学校と市教委側に開示請求を行ったがすべて拒否されている。

 

いじめの存在を把握した旭川中央署少年課が捜査を開始。加害少年らは携帯電話のデータを消去していたものの復元され、わいせつ動画や画像の存在が明らかとされた。わいせつ画像の撮影強要や流布は児童ポルノ法違反に該当するが、流布した加害少年は14歳未満だったため「触法少年」という扱いでの厳重注意。その他、加害メンバーとみられる生徒らも強要罪の疑いで取り調べを受けたが、証拠不十分で厳重注意処分とされ、刑事責任を問われることはなかった。

当然、加害生徒らのスマホ内のわいせつ画像データは事情聴取の席で消去されたが、翌日にはバックアップしてあった保管データを再流用して拡散は続けられていた。謝罪はおろか微塵の反省すらしていなかったのである。

 

爽彩さんは退院後の8月、別の中学へ転校を余儀なくされ、自宅も転居した。しかし通学の意志はあるものの「生徒たちが怖い、目が合うだけでも怖い」と感じてしまう心的外傷後ストレス障害PTSDにより不登校状態になり、買い物などの外出でも同年代の目を恐れ、引きこもり状態になってしまった。

爽彩さんはいじめの被害状況を自ら親に詳しく説明することはなかったが、あるとき母親が学校側の説明を書き留めていたノートを目にした際、「こんなんじゃない。ママ、本当にこんなの信じているの」と泣きながら怒ったという。

 

2019年9月、H中学校と旭川市教育委員会は爽彩さん本人に聞き取り調査をすることなく「いじめと認知するまでには至らない」と結論付け、調査を終了した。しかし地域情報誌『メディアあさひかわ』が自殺未遂の背景にいじめがあった、学校・市教委側は事実を隠蔽しているとした記事を発表。学校側は10月1日に記事の内容を「ありもしないこと」「根も葉もない記事」といじめを真っ向から否定する校内向けの文書を配布した。

報道を受けて、道教委は事実関係を確認するよう市教委に指導通達するも、市教委は「話し合いで区切りはついている」「こども同士の関係性から、いじめとは判断していない」として再調査を行うことはなかった。

 

蜘蛛の糸

自殺未遂後、外出が困難になった爽彩さんだったがネットゲームの交友関係と連絡を取り合い、しばらくして人伝にプログラミングの勉強も始めていたという。中学入学前から交友があったゲーム友達は、いじめが激しくなってから情緒不安定になっていたようだと振り返る。PTSDのフラッシュバックによるものか、感情の浮き沈みがあったと語っているが、自分をいじめる相手への悪口というよりは「自分が悪い」と考えがちで、そうした話の後も聞き手の知人に気を遣って「気まずい話をしてごめんね」と謝っていたという。

 

また苦しい胸中や心の声をSNS上で発信するようになった。転校から9か月後、2020年5月21日のツイートでは希望に満ちていた中学1年のはじめをまるで遠い過去のことのように綴っている。

「私は前の学校でいじめを受けていました。酷いものなのかも私には分かりません。辛いのかももう分かりません。でも私の中に深く残っていることは確かです。その時の話をしたいと思います。まず私はその時。中学生になりたての中一でした。勉強は学校始めたてのテストで学年5位でした。私の唯一の誇り。」

一方で、いじめについて「先輩たちに驕るお金は塾に行った際のご飯と飲み物代だった」「八割以上は先輩たちへのお金になってました」「すべて私のせいです。私が悪くて私以外何も悪くない。先輩たちがいじめをしてきたのもきっと私が悪いように思えます。私は何もできていなかったのだから、当たり前なのではないかと思ってしまいます」と書き込み、自分の行動に全ての非があったかのような認識に陥ってしまっている。虐待を自然な行為として受け入れようとする自責の反応は、DV被害者など被虐待症候群;BPS(Buttered Person Syndrome)にも見られる徴候である。

 

事件のおよそ3か月前となる2020年11月7日、ツイキャスでゲーム実況等を行う配信者なあぼうさんに爽彩さん自らいじめや不登校について相談している。

「すごい簡単に内容を説明しますと、まず先輩からいじめられていたんですよ。色んなもの驕らされたりとか、ちょっと変態チックなこともやらされたりしたんですけど。そういうことにトラウマがあって学校自体に行けなくなってしまって、学校に行くためにはどうしたらいいんだろうって考えたときに何も自分じゃ思いつかなくて。で、学校側もいじめを隠蔽しようとしていて。」

「人が怖いし人と話すのも苦手だし、人に迷惑かけるのも怖いし…みたいな感じになってしまっていて。人に迷惑かけることがいけないことだって思っている節が私の中であって」

なあぼうさん「迷惑かけてもいいだろう、別に」

「それがなんか怒られるんですよ」

なあぼうさん「だれに?」

「周りのネットの人だったり、お母さんだったりとか。たまにお母さんは通話の内容を聞いているので、それもあるのかな」

なあぼうさん「なんでそんな怒られるのを嫌がるの?」

「失敗するのが怖くて。失敗しないと成長しないのも分かってる」

なあぼうさん「失敗したらそれで終わりじゃないじゃん」

「そうなんでしょうね、いろいろな人からも言われる」

「私自身すごいメンタル状況が不安定で、それでなんか学校に行くと1,2時間でギブアップしちゃうんです、基本的に。でも自分の気持ちはそうなんですけど、だけどなんかみんなには期待されるみたいな、それがちょっと怖くて」

なあぼうさん「みんなになんで期待されるの?」

「分からないけど、たぶん元々ができたからじゃないかな…」

音声のみでの出演で、はきはきとした口調で淀みなく語り、詳細ないじめ内容こそ触れていないが現状の不安やとまどいを伝え、しっかりと自己分析をしている様子が窺える。

爽彩さんはなあぼうさんに自作のイラストを披露し、「これは自分のちゃんとした世界観を持っている人だよね!」と褒められると「ありがとうございます」と少し照れたように答え、「好きなことというか得意なことを伸ばして仕事にできたら一番楽しいだろうなって」と考えを語り、「なんか褒めてくれるからちょっと調子に乗ってる」と明るくはにかむような場面もあった。

配信後には番組視聴者からのSNS上での反響をうれしそうに母親に見せていたという。高校進学への意欲も見せており、母親は立ち直りの兆しを信じて見守っていた。撮影や拡散などいじめの手段とされたのもスマホだったが、彼女が助けを求めることができたのもネットゲームやインターネット上での交流だった。

 

公的な福祉では救いきれない子どもたちへの生活支援を行う市民団体「子どもの権利条約旭川市民会議」ではいじめや自傷といった悩みを抱えるこどものための電話相談を2016年より開設しており、爽彩さんもツイキャスでの相談と同時期に電話を掛けていた。

「小学校のときからいじめを受けていて、中学に入ってからひどくなった」。元旭川市議で同団体代表を務める村岡篤子さんが「どんないじめだったの?」と電話越しに問いかけると爽彩さんは「嫌なこと」と答えて泣き出したという。村岡さんは過去の例から「性的なこと?」と確認すると、「撮影されて、拡散された」と答えた。当時、村岡さんは「拡散」という言葉について校内で噂を広められたという程度の意味で解釈していたが、後に「インターネット上で不特定多数に情報を晒される行為」だと知ってショックを受けたと悔やむ。

「どういう解決をしたいか」と問うと「死にたい。リスカリストカット)した」と返答があったという。村岡さんは「リスカ、痛いよね」と受け止め、保護者との面談を持ち掛けたが「考えておきます」と言葉を濁された。保護者や学校に伝えて、その後何かあればまた連絡を頂戴と伝えると、「分かりました」と言ってその後連絡は途絶えたという。

村岡さんは「しっかりした子」とその印象を語り、経験上、相談者は人に話すことで気が晴れることもあるのでその後電話がないのもそういうことかと思っていた。しかし翌年2月後半、行方不明で捜索中だった爽彩さんのチラシを見て、電話相談をくれた子だと思い出したという。

 

同団体では2021年4月までの5年間で「いじめ・不登校」に関する相談は1518件あり、旭川市内の小中学校に教職員との面談の申し入れを329回行っていたが、実際に面談できたのはわずか8回だったという。

市教委辻並浩樹教育指導課長は「各学校においていじめと認知した事案は教育委員会に報告が必要で、その際に関係機関や団体など学校外部との連係状況等についても学校対応の経緯として報告をもらうことになるが、当該の民間相談施設との連携状況については報告では把握していない」と述べている。それに対し、旭川市能登谷繁議員は、「門前払いですよ、ほとんどこれだと。結局、学校も教育委員会もこれら(いじめや不登校)の問題に聞く耳を持っていなかったのではないか」と指摘。辻並課長は、個人情報の管理から民間施設との連携は難しいと説明している。

村岡さんは「市役所の業務時間内に電話を掛けてくることはほぼない」と語り、助けを必要とする子どもたちの窮状と、現状の仕組みでは社会からシャットアウトされている現実を訴える。学校、市教委にとって「いじめ」など存在しないに越したことはない、しかし現に「いじめ」が根絶されることがない以上、救済の窓口をせばめる言い訳はあってはならない。「大人たちの対応」が声なきこどもたちの声を黙殺し、文字通り「見殺し」にしているのだ。

 

■事件の表面化

積雪の中で凍死した少女が何を理由にそうした行動をとったのかは明言されてはいない。だが精神の不調、PTSDをもたらした最たる要因である壮絶な「いじめ」について、見てきたように中学校は認めることなく封殺の態度を貫き、十分な対処をしてこなかった。

 

遺体発見から3日後、文藝春秋社の文春オンラインへ支援者から「真実を調べてあげてほしい」「無念を晴らしてあげたい」とメッセージが届き、現地入りした取材班は4月15日から特集記事で事件を大きく取り上げた。市や学校には全国から苦情や問い合わせが殺到した。

当時の校長は、取材に対し、爽彩さんと加害生徒との間に「トラブル」があったことについては認めつつも、それは「いじめ」に当たらないとの見解を示し、加害生徒には適切な指導を行ってきたとの説明に終始している。

一方で、爽彩さんには小学校からの引継ぎ事項としてパニックになることがよくあったと伝えられていたため特別な配慮をしていたともいう。自殺未遂の2日前に電話で母親と喧嘩になり、携帯を公園に投げて帰ってしまったことがあったと語り、家庭環境について子育てに苦労しているという認識があったと述べている。学校側としては立ち直りの問題解決に向けて長いスパンでケアを要すると考えていたが、突然転校することになってしまった、爽彩さんの亡くなった理由が子どもたち同士のトラブルが原因かどうかは分からないとの見方を示す。

娘の遺体は凍っていた 旭川女子中学生イジメ凍死事件 (文春e-book)

爽彩さんの母親は10年ほど前に離婚してシングルマザーとして一人娘を大事に育て、爽彩さんも母親の交際相手と気さくに打ち解けるなど家庭関係は良好だったという。だが「とても繊細な性格」があり、宿題をやったのに家に置き忘れたりすると嫌になって帰宅してきてしまったり、走って追いかけられたりするとパニックになることがあり、事情を知らない先生に追いかけられた際には教室の窓から外のベランダに飛び越えたことがあったと振り返る。

『娘の遺体は凍っていた』(文藝春秋社)収録の母親による手記『爽彩へ』では、自閉症スペクトラムアスペルガー症候群の診断を受け、コミュニケーションの困難さ(言い回しやニュアンスが理解しづらく、字義どおりに受け取ってしまう)や強いこだわりが出るタイプ(こだわりを外れる事象への対応が苦手で癇癪やパニックになりやすい)だったことを綴っている。

新聞は通常の事件報道でそうした被害者の病歴やプライバシーに触れることはあまりないが、本件に関しては重要な視点のひとつである。いじめ成立の背景に係わるのはもちろんのこと、学校側のまるで腫物を扱うかのような対応、教頭、校長らの態度・見解の裏には、障害児童に対する不理解と差別意識が横たわっていることは明らかである。

 

2021年4月22日、旭川市西川将人市長(当時)はこれまでの対応に事実誤認の可能性もあるとして、いじめの有無に関する再調査を明言。26日には国会審議の俎上にも挙げられ、萩生田光一文部科学大臣旭川市のこれまでの対応に釘を刺したうえで、重要事案として位置づけ、文科省職員ないしは自身も含む政務三役を現地に派遣する可能性を示唆した。

爆破予告が届くなど緊迫した状況で、同26日にH中学で開かれた保護者説明会は紛糾。保護者からの事実確認や学校対応に関する質問に対し、「事件について詳細はお話できない」「第三者委員会の調査報告を受けて今後に活かす」といった返答を繰り返した。事件後に他校から赴任した校長ばかりが陳謝するだけで、事件当時を知る教頭や担任から詳しい説明や謝罪はなく、前任の校長はその場に出席することもなかった。

翌27日、市教委は「女子生徒がいじめにより重大な被害を受けた疑いがある」とそれまでの判断を覆し、いじめ防止対策推進法に基づき「重大事態」とし、5月に医師、臨床心理士、弁護士ら外部有識者による第三者委員会を設置した(https://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/kurashi/218/266/270/d073659_d/fil/040210_taisakuiinkaimeibo.pdf)。外部から選出すべき調査チームであるにも関わらず、かつて他校で校長を務め市教委とつながりのあった人物や、被害者が診療を受ける病院関係者が含まれるなど、その人選について見直しを求められる一幕もあった。

 

2021年9月に行われた旭川市長選挙でもいじめ問題の真相究明は大きな論点の一つとされた。4期15年を務めた前任者の後継候補を破って初当選を果たした今津寛介市長は10月中、遅くとも年度内とする早期報告を求めたが、委員人事で複数の出入りもあって調査は大きく出遅れた(2011年の大津、2019年の岐阜のいじめ自殺に関する調査では最終報告までおよそ半年である)。

今津市長は10月28日の市議会で「女子生徒本人の“いじめられている”とのSNSでのやりとりなどの情報等を踏まえ、私としては“いじめである”と認識いたしました」と踏み込んだ発言を行う。これに対し、議会では調査に影響を与える政治介入だとの批判が起こった。

 

2022年3月27日、第三者委員会は「いじめとして取りあげる事実があった」と認定し、遺族に報告した。いじめ認定までに、川へ飛び込んだ自殺未遂から2年9か月、亡くなってから1年以上を要したことになる。

4月15日、旭川市教育委員会・黒蕨真一教育長は会見の席で「ご遺族のみなさまに多大なるご心痛とご負担をおかけしたことを大変申し訳なく思っており、この場を借りて深くお詫び申し上げます」と謝罪した。

三者委員会の辻本純成委員長は調査中間報告で、2校7人の上級生が加害に関わり、以下6項目について、対象生徒は間違いなく心身に苦痛を感じていたとして「いじめがあった」と結論付けた。

・グループ通話での性的行為の要求

スマホで性的画像の撮影と送信の強要

・菓子などの代金を繰り返し負担させる行為

・深夜の呼び出し(実際に集まっていないにもかかわらず招集をかけるなどした)

・からかい続け、パニック状態の本人を突き放すような不適切な発言

・性的な話を繰り返した上、体を触るなどした事案

これに対し、遺族代理人である小林大晋弁護士は、「教師やいじめをした加害者側からの聞き取りだけで事実認定をした結果、文脈を欠いて不完全な内容に事実認定されているような箇所が散見される」と指摘した。旭川市今津寛介市長は27日の定例記者会見で、学校側の責任が明らかとなった場合、すでに昨春で定年退職している当時の校長についても「責任を逃れられるものではない。法律的にどこまでできるか分からないが、責任の一端を担ってもらいたい」と述べた。

www.youtube.com

4月15日の中間報告を受けて、爽彩さんの母親は以下のコメントを発表している。

ようやく、いじめが認定されました。今も心が折れそうになることがあり、この1年は、ずっとその繰り返しでした。自分の進んでいる方向が正解かどうかも分からず、ずっと自問自答しています。学校は誰が見てもいじめだと分かる状況だったのに、どうして「悪ふざけ」だと言えたのでしょうか。なぜ「いじめ」ではないと断言できたのでしょうか。今でも疑問です。私は、娘が苦しんでいるのをずっと目の前で見てきました。亡くなる直前まで苦しんでいた、あのときの姿を思い出すと、本当につらくて、つらくて、涙がこぼれてきます。あのとき、いじめだと認めてほしかった。いじめは人の命を奪う恐ろしいものだということを、加害生徒たちは自覚して、命の重さを感じてほしいと願っています。

下の動画は4月15日、第三者委員会の中間報告を受け、市長による記者会見が行われた。一刻も早い全容解明に向けて、引き続きご遺族の考えに寄り添いながら対応していく意向を述べた。

 

 

■所感

事件の真相解明もまだ道半ばであり、いじめの実態が全て明るみになったとしても彼女の笑顔が戻ることはない。世論にはいじめや若者の凶悪犯罪を憎むあまりに少年法撤廃の声さえ存在する。そうした極論でいじめや若者の凶悪犯罪がなくなると考えているのかは甚だ疑問であり、自らは対象とならない成人であることや我が子がいじめ加害者になることなどあり得ないという信念から、代理的報復感情を刑罰によって満たしたい歪んだ欲望による過剰反応だと私は考えている。

本件では加害生徒、デート担任など関係者と目される人物の未確認情報が手当たり次第にネット上に流布され、学校への突撃取材や無関係の生徒、家族等への嫌がらせ行為が頻発する騒動にまで発展した。2019年9月に山梨県道志村で起きた女児行方不明事件や2020年の木村花さんの自殺等でも「ネット民の暴走」は問題視され、ネットの誹謗中傷は侮辱罪の厳罰化をもたらした。「ネット民」という言葉はあるが、今日はインターネットとの接続なしで生活している人間は極めて限られている。他人事ではなく自分事として、何気ないカキコミやリツイート行為もいじめになりうること、犯罪につながりうることを改めて肝に銘じておきたい。当然のことだが相手がいかなる極悪非道であれ、私たち一般市民が「加害者を罰する」ことは法で固く禁じられている。

いじめ問題の特効薬は、校内外での監視・保護機能の強化以外にない。だが教育現場の崩壊が叫ばれて久しい今日「担任教諭の落ち度」で済ませるには余りある問題とも感じる。校外での出来事やインターネット上の暴力リスクまで管理できる教師などおそらくは存在しない。

いじめを把握した場合、学校側の取るべき行動は、被害児童の保護・隔離が最優先であり、加害児童への対処・指導にこそ生活面も含めた長期的なケアが必要だった。しかし主犯格とされる生徒らは当時すでに3年生であり、学校側には「おバカな子」も3年経てばいなくなるといった責任逃れの放任があったようにも見受けられる。

これまでの報道では「わが校にいじめが存在してはならない」とする不文律の存在がありありと浮かび上がっており、市教委にも学校側との「歪な結束」が存在すると断じられても致し方ない。いわゆる学閥や地縁、姻戚関係、退任後の再雇用など、地方公務員には「地域の縁故、しがらみ」は今日も色濃く残る。たとえ志をもって教職に就いた者でも改善提案や内部告発をする「出る杭」にはなりきれない、むしろそうした校風や規則に「染まれない」人間を排除する基盤が既に存在する。“理不尽”な規則に縛られるのは生徒に限ったものではない。

スクールポリスやカウンセラーなど外部機関の活用によって、非行やいじめへの一定の歯止めになると考えられる。だが電話相談の民間団体との連携すらも拒む学校・市教委が容易に受け入れようとはしないだろう。いじめを表沙汰にしたくない堅牢な「自己保身」を是とする組織にそうした体質改善が可能なものか、それとて旭川市独自のものとも思えない。

公教育が築いてきた歴史的慣行ははたして誰のためのものなのか。教育者たち自らが子どもの健全な育成を阻害する障壁になってはいないか、不断の懐疑・検討と試行錯誤が繰り返されなくては務まらない。入学当初、彼女が思い描いたような明るい学園生活を取り戻すため、生徒みんなに成長の機会を保証するためには、どのような周辺環境、学校運営が適切だったのか、我々大人たちに課せられた使命である。

 

爽彩さんのご冥福とご遺族の心の安寧をお祈りいたします。

 

 

HBC『空白~旭川いじめ問題 問われる社会』

 https://www.youtube.com/watch?v=6ERDekJVHzk

神戸新聞「拡散された。死にたい」旭川で凍死の女子中学生電話でSOSを出していた

https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/omoshiro/202109/0014651246.shtml

■読売新聞 わいせつ画像送らされ、先輩に呼ばれ夜中に外出…凍死中2の母親「学校は最後までいじめ認めず」

https://www.yomiuri.co.jp/national/20211112-OYT1T50101/