いつしかついて来た犬と浜辺にいる

気になる事件と考えごと

神栖市女子大学生殺害事件

 

不可解な失踪

2018年(平成30年)11月から東京都葛飾区に住む日本薬科大学1年生菊池捺未さん(18歳)の行方が分からなくなった。

11月19日11:08 ごめんね!昨日友達の家に泊まってた!また今度電話しよ~

女子大学生はその後も父親(53歳)とメッセージをやりとりしたが、20日の夕方以降、メッセージアプリに「既読」が付かず連絡が取れなくなった。心配した父親は葛飾区にある捺未さんのアパートを訪れたが、室内は散乱しており、待てども帰宅しないことから22日、近くの亀有署に相談。

この年齢の行方不明事案では通例「家出」、自発的失踪として対処され、補導や事故などによって所在確認がされれば通達されるものの、著しい問題が無ければ児童失踪における公開捜索や事件捜査のような、積極的な捜索活動は行われない。

だが大学の欠席が続いており、彼女の部屋から死にたいといった旨のメモも発見されたことや友人に「人に会いに行く」と伝えていたからその安否が懸念された。警視庁は捜索に乗り出し、翌2019年1月に入って行方不明の情報が公開された。

 

父親との連絡が途絶えてからの足どりを確認すると、11月20日(火)、捺未さんは文京区湯島にあるお茶ノ水キャンパスで授業に出席していた。そこからリレー形式で各地の防犯カメラなどを辿っていくと、午後3時ごろに大学を出た後、足立区のJR常磐線綾瀬駅から電車を乗り継ぎ千葉県を経由して、茨城県のJR鹿島神宮駅まで乗車していたことが確認された。(大学近くには地下鉄湯島駅、JR御徒町駅など複数の駅があるが綾瀬駅までの交通手段は報じられていない。)

片道2時間半以上もかけて彼女はなぜ単身で茨城を訪れたのか。到着時にはすでに辺りも暗い時刻、地縁や旧知の交友関係もなく、その動線は明らかに不可解に映った。また翌日の21日には、市内で彼女の着ていたピンク色のコートや下着類が落ちていたのを住民が拾得物として交番に届け出ていた。

 

小学生時代の捺未さんを知る地元住民は「真面目でしっかりした印象の子」と語った。中学時代には不登校となったものの、通信制の高校へ進学・卒業し、母親と同じ医療系の道へと進路を決め、薬剤師を志していた。将来の話になると、母親には決まって「親孝行するね」と話していたという。母親に言いにくいようなことでも離れて暮らす父親には打ち明けていたようで、父親は「親子っていうより友達感覚」と家族関係を明かしている。

メディアに登場する彼女の写真を見ても遊び慣れた様子は感じられず、まだあどけなさの残る純朴げな印象を受ける。

だが捺未さんは大学1年目で単位不足から留年がすでに決まり、自暴自棄になっていたともいわれ、交際相手はいたが別の男女関係でも悩みを抱えている様子だったとされる。親元を離れ、都会での一人暮らしで心身に不調をきたしていたのか、それとも何かよからぬトラブルに巻き込まれてしまったのか。

父親は「とにかく無事で見つかってほしい」と願い、連日メールと電話を続けた。

 

逮捕と発見

茨城県に着いてからの捺未さんの行動も謎めいたものだった。

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鹿島神宮駅で下車した後、17時半過ぎに呼び出していたタクシーに乗車した。運転手によれば、鹿嶋市から南方の「神栖市方面」に向かうよう言われたという。道中ではじっと下を向いてメールのやりとりをしていたようで顔をはっきりとは見ておらず、後で警察に写真を見せられた当初も顔までは記憶に残っていなかった。はじめから目的地を指定せず、「次を左」など向かう先をメールの相手に指示されているような様子だったという。

乗車して約20分後、駅から約7キロ離れたところで「そこのコンビニでいいです」と言って、約2800円を支払って降車。しかしなぜかそこから100メートル程離れた別のコンビニ店でも捺未さんの姿が確認されており、徒歩で移動したものと考えられた。

 

失踪直前、知人男性に会いに行くとメッセージアプリで友人に伝えていたことなどから、神栖市内のコンビニで相手と待ち合わせしていたものと考えられた。2019年1月24日、捺未さん失踪に関与したとみて、コンビニ付近に住む一人の男に任意聴取が開始された。

当初、男は「家の前で会ったがすぐに帰った」と供述したが、その後「家に入れて話をした」「車で海辺近くまで送った」などと説明が変遷。1月30日夜に至り、「騒がれたので殺して埋めた」と殺害と遺棄を認める供述をはじめた。

翌31日、供述に基づき、男の自宅から数キロ離れた神栖市須田にある畑地で遺体が発見される。すでに腐敗が進行していたが、捜索中の大学生と特定された。警視庁捜査1課は、同日、神栖市深浦南に住む無職広瀬晃一(35歳)を死体遺棄容疑で逮捕した。

 

遺体は着衣を身に着けておらず、死因や死亡日時の推定は困難だったが、窒息死を思わせる痕跡があったと伝えられた。広瀬は携帯電話などの所持品は近くの川に遺棄したと供述。自身の携帯電話も犯行後に別機種に買い替え、古い機種のデータを消去していた。

調べに対し、広瀬は「インターネットの掲示板で知り合った」「金銭のやりとりで騒がれたため犯行に及んだ」と供述したことが報じられた。捺未さんは小中学校の頃からネットゲームを愛好。オンラインゲームで知り合った複数の人とやり取りがあり、父親や周囲から「ネットで知り合った男と会ったりしちゃだめだ」と注意されることもあったという。

 

被害者は神栖市平泉のコンビニ店Fから100メートル離れたコンビニ店Sに移動。広瀬は日頃からコンビニSを利用していたが、「わかば」か「エコ―」の煙草を購入するだけだった。社名入りの軽バスを停めて、ずっとスマホを弄ってたため、コンビニのWi-Fiを利用していたのではないか、と店員は話している。

午後6時過ぎ、コンビニSで広瀬と合流した被害者はおよそ400メートル離れた広瀬の自宅アパートへと連れて行かれた。そこで2人の間でトラブルが起きたとみられる。

午後7時ごろ、付近の住民男性が道端で泣いている若い女性を見つけて声を掛けた。女性は「男に目隠しをされて車で運ばれた」「記憶を頼りにここまで来たが、道が分からなくなった」「東京から来たが、所持金が無くて帰れない」と話し、住民男性は警察に行くように伝えたという。それから約1時間後にも、捺未さんとみられる女性が付近の住民宅を訪れ、男性とトラブルになったと話し、広瀬宅付近にあったコンビニへの行き方などを尋ねていた。8時ごろに再び住民宅を訪れ、「問題は解決しました」と話して去っていったという。

9時ごろには友人に「男の人に会いたいと言われている」旨のメッセージをLINEで送信。同日深夜、市内で携帯電話の位置情報が途絶えた。

1月30日の報道では、広瀬宅で両社はトラブルとなり、広瀬は車で自宅から数キロ離れた畑で捺未さんを下ろしたが、その後、彼女は自力で再び戻ってきたと伝えられた。

 

「朝芸プラス」では、ITジャーナリストの井上トシユキ氏がネットを介した男女関係について解説する。

「2人はオンラインゲームを通じて知り合ったようですが、最近のゲームには掲示板やボイスチャットという機能があり、電話と同じような感覚で相手とやり取りすることができます。しかも、同じゲームをしていると、たとえ顔を見ていなくても心理的に距離が近い感覚になることがある。今回、金銭トラブルとなった背景には、ゲーム内のアイテムやキャラクターの売買が行われたことが想像できます」

オンライン上のやりとりでなく、実際に会いに行ったのはなぜかとの問いに対し、井上氏は「確かに、パスワードやIDを相手に渡すだけでアイテムのやり取りは可能です。しかし、今回は近くに来なければデータをあげられないなど、男が条件を付けた可能性がある。その際、被害者はわざわざ茨城まで出張ったわけですから、かなりの好条件だった可能性が高い」と、あくまでゲーム上のトラブルを想定して言及している。

だが世間の見方はそうはならなかった。広瀬に未成年者淫行の前科があったためである。

 

加害者

本件が大きく注目を集めた要因のひとつに、広瀬の「容姿」がある。コンビニ店員もその独特の容姿から広瀬の来店をよく記憶しており、ネット上では禿げ上がった頭頂部と伸ばした後ろ髪から「落ち武者」などと揶揄された。下のリンク記事でも見出しにわざわざ「キモオタ」と銘打っている。

www.tokyo-sports.co.jp

事件に対する批判とは異なるベクトルでの反応、見た目による誹謗中傷が本件では苛烈を極めたことには釘を刺しておきたい。記事には、ゲームアプリ「ポケモンGO」が流行の折、公園に通う広瀬を目にしていた人物などのインタビュー中に「俗に言うキモオタ(=キモいオタク)のオーラがあった」という表現が用いられている。

スポーツ紙にとっては市井の声を代弁することも役割のひとつかもしれない。容姿の好みは当然各人に存在するが、声を大にして伝える必要があるべきニュースはそれなのか。インタビューに答えた女性が実在する人物なのかは不明だが、犯罪者に対して何を言っても許される風潮が醸成されていることに不安を覚える。

2016年7月に『ポケGO』が配信されて社会現象となった当時は人気モンスターとの遭遇を求めて公園やランドマークに人だかりができ、私有地侵入などのトラブルが生じるなど異常な過熱ぶりであった。プレイしていない人間からすれば不可解な集団行動に映ったには違いない。

しかし目にしたわけではないが、おそらく男は女性に付きまといをしたり、奇声を上げたりといったこともなく、黙々と小さなスマホをポチっていただけであろう。市民社会はたったそれだけのことで「キモオタ」と認定する、訳ではない。無自覚な偏見や差別意識が犯罪者というレッテルが張られると同時に暴発を始めるのである。

心ない罵倒やネット市民の誹謗中傷が事件の直接的きっかけだった訳ではないが、周囲に生きづらさという負荷を与え、自殺や犯罪行為へと駆り立てる可能性があることは自覚されるべきである。社会的制裁と暴力とを履き違えてはならない。

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広瀬晃一は茨城県土浦市出身で、父親を早くに亡くした。ひとり親となった母親はパート勤めなどをして、姉・晃一・弟・妹の四人を育てた。

大家によれば子どもが屋根に上ったり、外で小便をするなどして苦情が寄せられていたという。地元住民によれば、小学校に通う姿はあまり見られず、高学年頃には家庭内暴力のように声を荒げる様子が知られていた。中学時代の同級生などによれば口数が少なく粗暴だったため、皆寄り付かなかったという。

www.jprime.jp

週刊女性プライム」では、中学の同級生により、荒川沖駅通り魔事件を起こした金川真大元死刑囚(2013年執行、享年29)と同級だったと語られている。一部ネット上には、二人はゲームの趣味などを通じて親交があったのではないかとする実しやかな噂が目にされる。だが小6で土浦市に引っ越してきて当時は問題行動もなくおとなしかった金川と、不登校状態だった広瀬に交流が芽生える機会があったとはやや考えにくい。

彼らと同じ1982~83年(昭和57・58年)生まれは、神戸児童連続殺傷事件により「サカキバラ世代」、あるいは西鉄バスジャック事件、岡山金属バット母親殺害などからマスコミに「キレる17歳」などと括られた世代である。たとえば同学年では、金銭目的で土浦市に住む祖父母を殺害した岸本交右などもいる。

それと聞けば、世代や地域に問題があったかのようにも思われるが、世代別にみても犯罪率に有意差はない。金川も4人きょうだいだったが、父親が国家公務員で経済的な問題はなかった。親きょうだいは相互に関心が希薄で、自ら「砂漠のような家族」と表現している。母子家庭で生活保護を受けていた広瀬の家とでは環境による負荷や抱えていたストレスも趣が異なったと考えられる。

同世代、同地域で大事件を起こした人間がいれば、事件後にニュースを注視したり、稀にシンパシーを感じて類似事件を起こす人間も現れることがある。あるいは24歳で切りつけ事件を起こした同級生のニュースを見聞きし、「同じ轍を踏むものか」といった意識など何かしら思うところはあったかもしれないが、両者のバックグラウンドや犯行様態には「殺人」以外の共通項はあまりないように思える。

 

中学卒業後、家族は祖母の暮らす牛久市に転居。大家によれば家賃の滞納がかさんでおり、夜逃げ同然だったとされる。

広瀬は高校へは進学せず、スーパーの総菜調理や塗装工など職を転々とした。地元では100メートル先の自販機へ行くにも原付バイクを使い、爆音の出るマフラーで決まって夜に出て行くため、迷惑していたとの声もあった。

前述通り、2017年4月に児童買春・児童ポルノ禁止法違反容疑で逮捕。SNSを通じて知り合った千葉県の高校3年生の少女(17歳)に対して、未成年と知りながら現金を渡してみだらな行為をしたとして、罰金50万円の有罪判決を受けた。その後は牛久市内の農業法人で働き始めたが、無断欠勤を繰り返し、1か月ほどで連絡が取れなくなった。

その後、2018年にも現金を渡す約束で女子高生を呼び出し、わいせつ行為をする手口で逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けた。

2018年6月から鹿嶋市内の土木会社でアルバイトを始め、隣町の神栖市のアパートで独り暮らしをしていた。手取りは月に約20万円ほど。勤務態度に問題はなかったが、金銭的に困窮しており、1万円の前借を複数回していたという。逮捕時には「無職」と報じられたが、事件当時は仕事を続けており、犯行当日は休日だった。11月の事件後、勤め先に欠勤を謝罪する電話が入り、社長が「警察はそんなに甘くないぞ。知っていることがあるならすべて話しなさい」と言うと、返事はなかったが男は泣いているようだったという。

 

広瀬は事前に会う対価を提示しており、捺未さんはその金を見込んで財布に片道分の交通費5000円しか持参していなかった。男が提示していた金額は、週刊誌によれば十数万とも三十万円だったともいわれる(『週刊新潮』)が、そうした額を男が事前に準備できたはずもなく、はじめから不払いで押し通そうとしていたのか。

捺未さんが広瀬の顔を写真に撮って「SNSで拡散してやる」と言って騒ぎ始めたため、車で数キロ離れた畑に連れて行き、彼女を降ろした。捺未さんが自力で広瀬の家に再訪した後、2人は車内で再び問答となった。広瀬は助手席に座っていた彼女の口と鼻を塞ぎ、「何をするんだ」と抵抗されたが動かなくなるまでやったと供述。借用して犯行に使用された勤務先の軽ワゴン車に血痕や毛髪などは見つからなかった。

2月10日、殺人の疑いで再逮捕された。

 

裁判

2020年10月6日、東京地裁(野原俊郎裁判長)で裁判員裁判初公判が開かれた。

被告人は殺意はなかったとして起訴内容を一部否認。

弁護側は、被害者に顔写真を拡散すると言われた被告が携帯電話を奪おうと揉み合いになった結果、鼻と口を押さえたと主張し、殺意はなかったとして傷害致死に留まると訴え、「殺意の有無」が争点とされた。

 

10月19日に判決審が開かれ、野原裁判長は、懲役20年の求刑に対し、懲役14年を言い渡した。

窒息までに少なくとも5~6分間は要したとみられ、被告人が体格差のある被害者に対し、鼻口部を両手で塞ぎ続けたのは悪質と指摘。殺害までの計画性は裏付けられず、確定的殺意があったとまでは言えないにせよ、相手が死亡しても構わないとする「未必の故意」が認定された。

そもそも女性を騙して金の支払いを免れようとしたことが事件の発端であり、遺体を埋めて発覚を免れようとした点も強い非難を免れないと糾弾した。

 

 

所感

本件では、女子大学生の不可解な失踪からセンセーショナルな報道が続き、前述したように遺棄容疑での容疑者逮捕に至ってバッシング報道やネット市民による容姿弄りが過熱化した。それに対し、殺人罪での再逮捕後、メディア報道は急激に収束した。

広瀬の供述などにより、面識のない中年男性に交通費すら持たずに出向くという常識的に見て無謀な被害者の行動が明らかにされたためと考えられる。さらにその背景には、いわゆる金銭的援助を目的とした「パパ活」や、あるいは両者の間で売買春の疑いを予感させた。

コロナ禍以降、新宿歌舞伎町の大久保公園周辺などでは女性の路上売春行為「立ちんぼ」が大きな話題となった。年齢や容姿によって変動するが、60分1万5000円が相場とされている。「会うだけで10数万円」といった話が不相応な対価であることは18歳ともなれば十分に理解できるものである。

筆者は傍聴できていないため、公判で被告人と被害者の間でどのような交渉・約束があったと説明されたのか、はっきりとは把握できていない。事件の発端を充分に説明した報道もなかった。しかしそうした「被害者の行動にも問題があった」ことを認められず、クローズにしてしまう捜査機関や報道姿勢は公平性を欠いているようにも思われる。

被害者はそれまでも同じようなことを繰り返してきたのか、それは例えば自身の遊興のためだったのか、学費捻出のためだったのか、家族への経済的支援のためだったのか、などによって見え方は変わってくる。被害者の極端な「美化」や中途半端な情報によって、被害者もどこかグレーな印象を抱かれたまま騒動は突如スタックした。

パパ活にせよ売春にせよ、SNSやメディアが伝えるのはトラブルを回避できている「生存者バイアス」のかかった情報のみである。一方的な性被害に遭った事例や売買春が原因で起きた殺人などが起きても、そうした経験談までは誰も語らず報道されない。闇ビジネスに加担する人間の多くは「見返り」を求め「リスク覚悟」で参入してくるため、そうした警鐘があってもそもそもリーチされないかもしれない。

事件そのものを忘却するでなく、SNSやゲームを介したトラブル、売春や類似行為の危険性を周知し続け、同じような事件の発生を元から絶やしていかなくてはならない。それこそが私たちにできる被害者に対するせめてもの手向けではないだろうか。

 

被害者のご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

35歳男、死体遺棄の疑いで逮捕 不明の女子大学生か:朝日新聞デジタル