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神戸市北区男子高校生刺殺事件

2010(平成22)年、兵庫県神戸市北区で高2男子が被害に遭った刺殺事件について記す。

 

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目撃者、凶器、DNA型といった証拠は揃いながらも未解決のまま10年以上が経過した2021年8月、犯人逮捕の報が届けられた。
逮捕されたのは事件当時17歳の元少年で、少年法の対象となるため名前は伏せられている。被害者との面識はなく、殺害を認める供述を行っている。2022年1月28日、男は殺人罪神戸地裁に起訴された。

 

■事件発生

10月4日(月)神戸市北区の住宅街、中高生10人程がショッピング施設近くにある市民公園に集まって何をするとはなしに放課後の時間を過ごし、日が暮れると散会して銘々が家路についた。

帰宅後、グループの中にいた高校2年生の堤将太さん(16)は交際相手の中学3年生の女子生徒Yさん(15)とメールでやりとりし、再会する約束を交わしていた。食後、テレビドラマを見終えると「友達の家に本を取りに行く」と言い残して家を出た。

時刻は22時過ぎ。以前から近くの公園で屯する様子を見知っていた父親は、どうせまた友達と話し込むのだろうと思い、遅い時刻で気掛かりではあったが顔も見ずに「早く帰ってこいよ」と声を掛けただけだった。

 

筑紫が丘4丁目、2人は元タバコ屋跡の自販機が残る一角で待ち合わせた。昼間は学校で会えない、放課後は他の友達が一緒にいるため、2人きりになれる貴重な時間だったにちがいない。

2人は自販機の傍に座ってジュースを飲みながら談笑を始めた。10分か20分程経った頃、上下ジャージ姿の男性が目の前を通り過ぎ、気付くと10メートルほど離れた道路の反対側にあった車止めの支柱に腰掛け、こちらを窺うようにじっと見ていた。静まり返った夜の住宅街、突然現れた男の挙動はどこか奇妙に映った。

「あの人、気持ち悪いね」

「ほんまやな」

男はやおら歩き出し2人の前に近づくと、将太さんの肩に目掛けて小型の刃物を振りかざす。

「逃げろ」

将太さんの声にYさんはその場を駆け出し、慌てて助けを求めた。時刻は22時45分頃。近隣住民は少女の「きゃー」という叫び声や、将太さんの「いってー」「たすけてー」という声を耳にしている。50分前後にはYさんを含め、警察に複数の通報が入った。その直後、近所に住む少年が堤家に駆け込み、家人に「将太が刺された!」と報せた。

 

将太さんは自宅から約500メートル、襲われた自販機前から70メートル程離れた交差点付近で意識を失って倒れていた。頭部や首、背中など7、8か所を刺されており、殴られたような打撲痕も見られた。多数の傷跡、道路に残された血痕は犯人が少年を執念深く追いかけたことを物語っていた。所持品などを奪われた形跡はなく、襲った動機は分からなかった。

まもなく市内の病院に運ばれたが、5日0時26分に死亡が確認される。頸部約8センチの深い刺し傷が致命傷となり、死因は失血死とされた。17歳の誕生日を迎える6日前の出来事だった。

 

23時には無線で男の特徴が伝えられ、周辺に警官が配備されたものの犯行後の足取りは皆目掴めなかった。

5日朝、神戸北署は約80人体制の捜査本部を設置。予断を排し「あらゆる可能性を考慮して」捜査を開始した。

 

■普通の高校生

二男二女4人きょうだいの末っ子として生まれた将太さんは、小学生の頃から野球に打ち込んだ。高校は県内有数の野球強豪校・神戸広陵学園に進学するも、周囲との力の差に部活を断念。それでも中学校の野球部後輩らの練習を手伝うなど思い入れは強かった。教科書は新品同様だったが、プロ野球の選手名鑑はボロボロになるまで読み込んでいたという。

夏休みには父親の電気工事業の手伝いをし、職人達ともすぐに打ち解けて、「おとんの仕事を継ぐのもいいかもな」と語っていた。

事件後、弔問や「17歳の誕生会」に訪れた将太さんの友人らからたくさん息子の話を聞かされた父親は大いに励まされたと感謝し、「羨ましいほどいい仲間を持った」ことを嬉しく思った。その後「息子が一番つらかったはずの殺されたときのことを知らない。せめて生きていたときのことは親に見せていなかった面も含めて全部知っておいてやりたい」と息子のブログを何度も読み返したという。

 

一方、インターネット上では、事件が深夜の逢引き中に起きたことや、将太さんとYさんのSNSが拡散されたこと等から、事件に関する人々のコメントは言われなき誹謗中傷が湧きあがった。バイク好きで免許試験に励んでいたことや、Yさんと金髪姿でお揃いのアクセサリーをつけたプリクラ画像の風貌から「ヤンキー」「暴走族」と見做され、更には「死んでよかった」「ゴミが消えてくれたから有難いな(笑)」といった罵詈雑言が繰り返された。

「確かにいわゆる優等生ではなく、悪ガキだった」と父親は言う。髪を染め、ミニバイクに乗り、公園で友人らと屯していたのは事実だった。だが極端な非行に走っていた訳ではなく、父親から見れば「リビングで何でもおしゃべりする、ひょうきんで楽しい子」だったという。むしろ「夜は怖い先輩が来るから」と遅くに徘徊することは滅多になく、父は「(髪色は)学校が始まったら黒に戻していました。遊びたい盛りの本当に普通の高校生だったんです」と語る。

 

あのとき無理にでも外出を引き留めていれば、別の部活に入れさせていれば…後悔の日々を過ごした父親は、その後「やれるだけのことはやってやる」と決意し、情報提供の呼びかけ、学校などでの講演活動を11年間続けてきた。毎年ビラ配りなどを協力してくれる将太さんの友人らの姿を目に、「うちの息子もそうなっていたのかな、と若干だけど想像もできる。寂しいけど(成長するみんなの姿が)うれしい」とも語っている。

また大学の通信教育で法律や少年法について学び、神戸地裁で別の事件の裁判員裁判を傍聴するなどして、遺族の発言機会についての準備も進めてきた。

それでも警察から犯人逮捕の連絡を受けたときは何も言葉が出なかったと言い、「『本当なのか』と驚くとともにこれまで情報提供を求める活動を重ねてきた思いも相まって、涙がこみ上げてきました。私たちにできることは静かに冥福を祈ることです」とコメントを寄せた。一週間後の取材では「今後は事件だけじゃなく、容疑者とも向き合っていかなあかん」と決意を新たにした。

 

逮捕後に現場を訪れた友人はコーラを供えながら「あいつは基本コーラ。ずっと炭酸を飲んでいた」と懐かしむ。また先輩のひとりは、交際相手Yさんについても当時よく聞かされていたと言い、「本当に大事にしていた。『将来は一緒になるねん』と、うれしそうな顔が忘れられない」と話した。

 

■敵意

襲撃現場となった自販機前は若者らの“たまり場”になっているとして以前から近隣の苦情が寄せられていた。そうした事実に基づく報道も、被害者を夜毎住民に迷惑をかける「不良」と一括りにする世間の見方を強めた。またどういう意図で置かれたものかは分からないが現場の供え物の中に、煙草や酒類があったこともそうした印象を助長した。将太さんのことを直接知らない近郊の人々が「酒も煙草も知らないうちに逝っちまいやがって……」と気を利かせたつもりだったかもしれない。だが将太さんは「基本コーラ」を嗜む普通の、ちょっとヤンチャな高校生なのである。

 

Yさんは襲ってきた男について「知らない男だった」、Yさんに襲い掛かってはおらず「最初から堤さんを狙っていたと思う」と話した。

犯人の特徴として、年齢は20歳代後半~30歳代くらい、体格は165~175センチくらいの小太りで、外はねの長い髪、濃い眉毛、細い目、老け顔、短い口髭を挙げた。

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Yさんが描いた似顔絵はインターネット上で揶揄の対象にされ、ブログの内容にも注目が集まった。家庭の事情により少女は祖母に育てられており、家族や祖母に対する不平不満がブログ内に綴られていたことも彼女への「不良少女」というレッテルをより強固なものにした。

また夏場に将太さんと度々喧嘩があったとする記述などから、人々はYさんの知り合いの男性(別の交際相手など)による犯行の線を疑った。犯人に脅されていて真相を語れないのではないかとするものもあれば、むしろ犯人を庇うために虚偽の証言をしたり、でたらめな似顔絵を描いたとする「狂言説」、果ては連れに殺害を依頼したとする「依頼殺人説」まで囁かれた。

事件翌日には、事件発生の10分程前に近隣住民も現場で3人の姿を目撃していることも報じられた。それでもネット上では「不良」「若者」に対する強い偏見を事件に重ねる人々から「ゴミどもの小競り合い」と罵られ、ミソジニーをぶちまけるが如く「女だからどこまで本当のこと言ってるか信用ならん」と疑われ続けた。掲示板サイト等では閉鎖されたYさんのブログ内容を騙って「元カレも亡くなっている」「将太、あのな うち…幸せやで」といった数多くのデマが捏造された。

尚、冒頭の手配書の似顔絵は2012年12月、操作特別報奨金制度の対象となったことで捜査本部から新たに公表されたものである。

 

警察は当初、将太さんへの「怨恨」か、流しの「通り魔」的犯行と目星を付けた。だが現場は土地勘のない余所者が徘徊するような場所ではなく、ひと気のない夜の住宅街だったこと等から内部では「怨恨」の見方が強まる。逮捕後の神戸新聞の記事によれば、事件翌日の5日時点で規制線も撤去され、捜査員は裏取りを進めればすぐに検挙できると踏んでいた様子も窺える。山を切り開いてできた住宅街はいわば袋小路と言え、人海戦術を続ければ逃げ場はない、と思われた。

将太さん、Yさんの交友関係は当然のこと、周辺で発生したトラブルとの関連や近郊の暴走グループなども捜査線上に上ったが、事件との関連は見当たらなかった。落ちていたタバコの吸い殻、買い物のレシートなども確認されたが男と結びつく線にはならず。捜査関係者は「将太君にトラブルはなかった。いい評判しか聞かない」と口にする。ネット上で語られるような方々で恨みを買うような不良少年ではなかったのである。

 

事件発生から6日後の10月10日、近くの住人が清掃作業中に、現場から南西およそ100メートル離れた側溝の中から小型ナイフを発見する。刃渡り約10センチ、全長約20センチの片刃の調理用ナイフで、指紋や目に見える血の付着はなかったが、科捜研の鑑定で微量の血痕が検出され、被害者のDNA型と一致が確認され凶器と断定された。

凶器が発見された側溝は、事件翌日にも捜査員が確認していた箇所であった。取材で「見落とし」ではないかとする指摘を受けた捜査幹部は「捜索以降に何者かが捨てたと見ている」と反論。つまり犯人が一度持ち帰って指紋や付着した血を拭き取るなどの処置をしてから、再び現場付近の側溝に遺棄したものと判断した。

ナイフは現場近くのジャスコつくしが丘店でも販売されており、2016年10月には、事件前の9月26日(日)に購入した10代後半~20代前半くらい、「黒赤チェックの上着」に「プーマ社製の水色のズボン」の男性を参考人として公表し、更なる情報提供を求めた。

その一方で、捜査本部内や記者からは、なぜ小型で頑丈そうには見えないナイフで執拗に攻撃したのかといった疑問も浮かんでいた。だが、犯人が車やバイクを使用した形跡もなく、現場周辺に住んでいるとの見方は一層強まった。

 

しかし約11年の間に捜査員延べ3万3000人程が動員され、約920件の情報提供が寄せられたものの、捜査は長らく大きな進展が見られなかった。

 

ネット上では「地元不良説」、「Yさん狂言説」などのほか、未解決事件の常として地元有力者や警察関係者の子弟による犯行なども噂された。また、神戸市でも北区は山間部に近いことなどから比較的大きな病院や療養施設も少なくない。地域差別的な意識が内包されているのか、そうした施設から逃げ出した精神病質者などによる通り魔的な犯行を挙げる声も中にはあった。

 

この事件をネット上でたどろうとすれば、「被害者の美談化に疑問」といった旨の感想をよく目にする。当時メディアは将太さんが身を挺して少女を守ったと報じ、Yさんの祖母が現場を訪れ「庇ってくれてありがとう」と手を合わせる姿も見られた。そうした報道に違和感や反感を抱いた反応と思われ、いずれも内容は被害者の不良視、少女Yさんへの疑惑を語る内容へと傾いていく。ブログやSNS掲示板は有用な情報伝達の手段ともなりうるが、ときに過剰な感情の捌け口となる。過剰な感情は言葉の凶器となり被害者のみならず関係者らをも傷つける。「意図せぬ敵意」が量産され、被害者への二次被害、遺族や関係者への三次被害へと波及していく。

容姿による偏見、差別的価値観、ステレオタイプな物の捉え方……書いた当人にとっては何気ないカキコミなのか、確信を持ったつぶやきのつもりかは分からない。筆者自身も事件に絡めて妄想や推論を書き連ねる側の人間として改めて身につまされる思いがする。事件を単なるミステリー的な興味関心ではなく、実社会でなぜこうした不幸や悲劇が起き、繰り返されるのか、どうすれば回避できたのかを考える機会とすべく粛々と学んでいきたいと考えている。手前勝手にも不快な表現や根拠に乏しい妄言もあると思うが何卒お目こぼしいただければと願う。

 

■「疑わしい人物が愛知にいる」

2020年12月以降は約70件の情報提供があった。10年以上の未解決事件としては多い印象を受ける。その中に、疑わしい人物がいると名指しで寄せられた情報を基に周辺捜査にあたったところ、関与の可能性が非常に高まったとして愛知県警小牧署が豊山町に住む元少年(28)を任意同行、その後の逮捕にこぎつけた。

元少年の男は約5年前に愛知県豊山町に転居し、両親と3人暮らし。県内のショッピング施設で広報や売上管理などのパート勤務をしていた。事件の数か月前に東北の高校を退学し、事件当時は神戸市北区の現場近くに住む祖母の許で暮らしていた。将太さんと過去に面識はなく、調べに対し「女のこと話しているのを見て、腹が立った」旨の供述をしているという。

おそらくは住民票等も異動しておらず、学校に通っていなかったこと等から捜査の網の目から抜け落ちていた可能性が高い。当時目撃された風貌からしてもいわゆる「引きこもり」状態にあり、家族とも接点が薄く気付いていなかったと考えられる。

2017年には高校生刺殺を題材にした小説をインターネット上で公開していたとされ、2020年秋頃、知人に「人を殺したことがある」と告げたことから情報提供につながった。

 

将太さんの衣服に本人のものとは異なる血痕が付着しており、DNA型鑑定の結果、元少年のものと一致した。少年法61条により氏名等の個人情報公開が更生の妨げになるとされており現在非公表とされているが、取調べ等手続きは家裁を挟むことなく成人として行われている。

尚、本件は対象外となるが、2022年4月に民法上の成人年齢が18歳に引き下げられるに伴い、改正少年法ではこれまで保護対象だった18、19歳について、各地検の判断により重大かつ地域に与える影響が深刻な場合は「特定少年」として成人並みの推知報道が可能となる。

 

神戸地検は2021年8月から刑事責任能力の有無を調べるため、期間を延長して約5か月に及ぶ鑑定留置を行い、問題はないとして22年1月28日に殺人罪で起訴した。

捜査特別報奨金制度の対象だったため、1月28日に情報提供者への支払い申請が行われ、逮捕から半年が経った22年2月4日に300万円の支払いが決定した。支払いは今回が7例目。現在も他14事件が対象となっている。

 

将太さんの父親は「警察・捜査の批判はしない」「犯人に自首しろとは言わない」決意を胸に10年10か月間を将太さんのために活動してきた。自ら捜査できる権限もなければ、科学捜査の知見もない中、警察を批判しても事態が好転する訳でもない。呼びかけたところで犯人が素直に現れることはない。むしろ遺族の思いを人々に伝える講演活動や地道に情報提供を訴え続ける中で、我々が犯人を追い詰めているんだという意識に変わっていったという。チラシのポスティングはその間、5万枚に上った。加害者を生まない安心・安全な社会を呼び掛けてきた講演活動は、2021年「ひょうご地域安全まちづくり活動賞」を受賞した。

公判に向けて「過去の判例を重視した判決ではなく、かといって遺族感情が先走る者でもなく、犯罪の抑止につながるもの、被害者・遺族が納得できるものでなければならない」と訴える。

今後裁判で何が明らかにされるのか注視していきたい。

 

将太さんのご冥福とご遺族の心の安寧をお祈りいたします。

 

 

 

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