いつしかついて来た犬と浜辺にいる

気になる事件と考えごと

ベトナム人技能実習生乳児死体遺棄事件

望まない妊娠による女性の「孤立出産」は今日も後を絶たない。更に本件の背景には「現代の奴隷制度」とも言われる外国人技能実習制度が深い影を落としている。

 

概要

2020年(令和2年)11月16日午前、熊本県芦北町(あしきたまち)で技能実習生として働いていたレー・ティ・トゥイ・リンさん(21歳)が自室で衰弱しているのを雇用主が見つけ、監理団体職員と共に病院に連れていった。

 

彼女の生命に別状はなかったが、夕方、職員から妊娠を疑われると、前日に部屋で死産していたことを告白した。棚に置かれた段ボール箱からは嬰児2名の遺体が見つかった。妊娠8か月から9か月の早産と見られる双子で、19日、医師の通報によりリンさんは死体遺棄の疑いで熊本県警に逮捕された。

警察発表に基づく報道以降、彼女は日本のみならずベトナムにおいても「何のために日本に行ったのか」「血も涙もない」と厳しい非難や中傷に晒された。だがその後、支援団体や弁護団らを介して彼女が取った行動や切迫した事情が明らかとされ、人々の辛辣な見方は一変させられることとなる。

 

母親の思い

リンさんは2018年に来日し、地域の人たちからも「がまだしなあ(働き者だねえ)」と言われるほど真面目な働きぶりで知られていた。勤め先のみかん農園は休みも年に10日ほどという過酷な労働環境とされ、ほとんど「働いて食べて寝るだけ」の生活だったという。

だが20年10月頃からは体調不良が目立つようになり、雇用主は13日に監理団体に伝え、団体は病院での診察を薦めていたが、本人は病院に行かずに勤務を続けていた。

 

技能実習の登録・渡航費用約150万円は両親が実家を売って工面してくれたもので、地方では年収30万円で暮らす人もいるベトナムでは高額な借金を負うこととなった。それでも3年の実習期間さえ乗り切れば大きな収入につながると期待された。彼女の一存ではなく、家族の希望も背負っての来日であった。

リンさんの給料は、居住費を引かれて手取り11万円程で、大半を家族への仕送りに充てていた。近所の商店主は「野菜や卵、特にもやしをよく買っていた。安いもやしで節約していたのかも知らんねえ」と話す。

リンさんは孤独感を埋めようとSNSを介して知り合ったベトナム人男性と交際関係となり、20年の春ごろに身ごもったことを自覚した。普段はパーカー姿で体型の変化は目立たず、周囲への発覚は遅れた。

「妊娠が発覚すれば帰国させられると思った」と彼女は言う。借金もあり、家族に心配を掛けたくない思いもあって、周囲の誰にも妊娠を打ち明けられなかった。12月の出産と見込んでぎりぎりまで働き、いよいよとなれば監理団体に相談することも考えていたという。だが予想より早く陣痛に見舞われ、単身での出産に至った。

 

血まみれの布団の上で子どもたちを冷たくすることはできなかった」とリンさんは当時の心境を振り返る。

死産直後で心身が限界を迎える中、リンさんはわが子に「強く」「賢く」の願いを込めて「コイ」「クオイ」と名付け、死産の日を記し、「双子の赤ちゃん、ごめんね。ナモアジダファト(仏教の祈りの言葉)。早く安らかな場所に入れるようにお願いします」と弔いの手紙を添えて、遺体をタオルで包み、箱に収めた。回復したらベトナム式の土葬をするつもりでいたという。

https://www.call4.jp/file/pdf/202108/2f65ccdfb670c5c609026a38c1d2e118.pdf

 

孤立出産

古くから望まない妊娠・出産の事例は数多く報告されており、過去には病院や養護施設など子どもの発見や保護が可能な場所に置き去りにされる傾向があった。だが発覚を恐れてか密かに出産して便槽に遺棄する例などもあり、1970年代には発見されづらい駅のコインロッカーなどへの捨て子・死体遺棄といった「コインロッカーベイビー」が頻発して社会問題となった。

胎児の父親や家族から出産の合意を得られない私生児というケースもあれば、学校や仕事のために妊娠出産そのものを隠そうとするケース、あるいは強姦被害などによる妊娠など、妊婦が孤立を深める事情は様々である。

出産は分娩時の身体的なリスクだけでなく、妊娠中のつわりや食事、行動の制約など多くの労苦を味わい、ホルモンバランスの急激な変化で体調不良や精神的に孤独を感じるなど、人それぞれに精神的苦痛が生じる。各人の経験の度合いにより、出産経験のある女性同士であっても辛苦が共感されづらいことさえある。

 

熊本県カトリック系診療所を前身とする医療法人聖粒会慈恵病院では、99年にドイツで普及した「ベイビークラッペ」を手本とし、2007年に「こうのとりのゆりかご」、いわゆる「赤ちゃんポスト」が設置されて大きな注目を集めた。届人は秘匿が守られ、遺児が迅速に保護される取り組みである。

その目的は第一義として赤ん坊の生命を守ることにあるが、人工中絶手術が受けられず出産前に相談に訪れることができなかった母親もまた社会的弱者であるとの救済的見地から、彼女たちに「子殺し」という最悪の決断を踏みとどまらせる役割も大きい。こうした取り組みは中世ローマで間引きが憂慮されたことから孤児院に普及し、今日では「棄てるため」ではなく「救うため」の場所として認知され、病院に設置されている。

2022年には北海道当別町にある妊娠・養育支援の市民団体「こどもSOSほっかいどう」でも「ベビーボックス」の名称で取り組みが開始されている。

 

女性が赤ん坊をひとりでに授かるはずがないにもかかわらず、とりわけ孤立出産の責任は「母親」に押し付けられてしまう。それでなくても虐待があれば「子どもを愛せない母親などいるものか」と非難され、子どもが凶悪犯罪を起こせば「どんなしつけをしてきたのか」と養育面でも母親の責任を問う風潮は依然として強い。男性への育児参加を称揚する女性たちでさえも、そうしたジェンダー不平等の価値観から抜け出すことは容易ではない。

 

慈恵病院・蓮田健院長は「孤立出産に至る女性は“弱い立場”の人たちです。リンさんのした行為が罪に問われれば、多くの孤立出産で死産したケースも犯罪と見なされかねません」と危惧し、審理の行方に注視した。

 

技能実習生と妊娠

外国人技能実習生制度は、実習経験を介して日本で培われた技術・技能を開発途上地域等へ移転することで経済発展を担う「人材育成」の名目で1993年に創設された。

だが適切な監査がなされてこず権利侵害が後を絶たないとして、国連から強制労働や性的搾取の温床だと勧告されてきた。米国務省による人身取引報告書でも毎年同様の指摘が繰り返されており、現地の斡旋企業による借金を前提とした送り出しの仕組みなど労働搾取構造の抜本的な改善と取り締まりを求めている。

建前はどうあれ「技能実習生がいないと成り立たない」業界もすでに多く、実質的には労働移民政策と捉えられている。またコロナ禍で多発した集団窃盗で実習を打ち切られたベトナム人らの犯行がクローズアップされた際には、排外主義的主張が沸き起こったことも記憶に新しい。

 

COVIDの影響により、前年度より10万件以上激減したが、令和2年度の認定は256,408件。男女構成は男性57.5%、女性42.5%。「20代」が合わせて約65%を占め、20歳未満と30代前半が各13%前後となっている。

業種は、建設関係と食品製造関係が各20パーセント前後を占め、機械金属関係が約15%、農業関係が約9%と続く。国籍はベトナムが56.1%と圧倒的に多く、次いで中国14.5%、インドネシア9.7%、フィリピン7.8%である。

事件のあった熊本県は農業関係での認定数が茨城県に次ぐ第2位、ベトナム人の農業実習先としては第1位であった。

https://www.otit.go.jp/files/user/toukei/211001-00.pdf

外国人技能実習生には労働基準法男女雇用機会均等法など日本の労働法が適用される。結婚や妊娠、出産を理由にした解雇が禁止されているばかりか、産前産後の休暇や育児の時間も保障される。雇用企業の健康保険が適用され、出産育児一時金の支給も認められている。

だが外国人支援団体によれば、派遣元や実習生にそうした仕組みが充分に周知されておらず、「監理団体が中絶や帰国を強いる場合もある」という。

2011年には、富山で中国人技能実習生が妊娠を理由に強制帰国させられそうになり流産した事案が発生するなど、。こうした事態を受け、19年3月には入国管理局などから監理団体に対して、妊娠などを理由にした不当解雇などを禁止する通知を出していた。

だが2017年11月から20年12月の間で、妊娠出産を理由に実習の中断を余儀なくされた実習生は637人に上り、このうち実習を再開できた人は僅か11人に留まる。

 

妊娠によって実習を途中で打ち切られたフィリピン人女性は「ひどい実態に目を向けるきっかけになってほしい」と東京新聞の取材に答えている。

女性は19年9月に来日して福岡県内の老人ホームで介護の仕事をしていたが、21年4月に実習生のパートナーとの子を妊娠したことが分かった。送り出し機関に相談すると、妊娠は契約違反だと告げられ、罰金を払って帰国しなければならないと言われ、監理団体からは暗に中絶を提案された。別の施設で働くパートナーは、監理団体から「中絶しないなら、二人に起こりうる全てのことを受け入れるように」と脅迫めいた警告を受けたという。

女性は帰国同意書にサインさせられ、寮から追い出された後、支援団体に保護されて帰国し、出産することができた。

妊娠が発覚すれば中絶を暗に勧められ、出産を望むのであれば自己都合による退職扱いで帰国するケースが多いとされる。

女性は、リンさんの行為についても「誰もサポートしてくれる人を見つけられない中で起きた悲劇だった」と話し、無罪を求めた。

 

出入国在留管理庁では、技能実習生向けのリーフレットに「日本では妊娠したことで仕事を辞めさせることは法律で禁止されています」「送り出し機関や管理団体が妊娠を理由に、実習継続の意志に反して帰国させることは許されません」「そうしたことがあれば外国人実習機構OTITへ相談してください」と記載している。

だが2022年の調査でも、実習生650名のうち26.5%が「妊娠したら仕事を辞めてもらう、帰国してもらう」などの不適正な発言を受けたと回答しており、実際に5.2%の人がそうした契約を結ばされていた。

 

すでに制度開始から30年が経ち、外国人技能実習制度は一般に広く認知され、登録団体への監査や実習生への支援も徐々に行われてきてはいる。だが多くの日本人にとっては労働環境や生活実態といった具体的な事柄、移民問題としての関心は深まっているとまではいえない。トラブルを起こせば自己責任論に帰せられる風潮は根強く、実習生への理解や問題への対処はなかなか進んでいない状況である。

 

スオンさんのケース

RCC中国放送は、広島県東広島市ベトナム人技能実習生・スオンさん(26歳)の事例を報じている。

リンさんと同時期の20年11月11日、スオンさんは1人で出産した女児をそのまま死なせ、敷地内に埋めていた。翌日、遺体は発見され「保護責任者遺棄致死」と「死体遺棄」で逮捕起訴された。

 

スオンさんはシングルマザーで、かつて台湾で働いていた母親と同じく、娘の養育費のために出稼ぎをする決意をした。自分は進学を断念したが、娘に同じような苦労をしてほしくなかったのだという。

リンさん同様、研修や渡航費として約150万円の借金を抱えた。製造分野での就労が叶わず、農業希望に変更した7回目の申請でようやく就労先が決まった。2019年12月に来日し、翌月から農園での作業を開始。日本語は片言にも満たないレベルだったが、仕事は見様見真似で要領を掴んでいった。

寮として民家が割り当てられ、もう一人の実習生と2人暮らし。家族と毎日のようにビデオ通話をしていたが、心配を掛けたくないため悩みを相談することはなかった。休日にはスマホベトナムのドラマを見て過ごした。

 

20年3月に生理が来なくなり、知人に通訳になってもらって広島市内のクリニックで受診。妊娠が確認され、医師は出産について妊娠22週目までによく考えるように伝え、東広島市内の病院を紹介した。医師には「喜んでいるようにも悲しんでいるようにも見えず、事実を受け止めているように思えた」と当時の印象を語る。

リンさん同様、妊娠が分かれば帰国させられる、借金が返せなくなるといった思いから、監理団体に相談することは憚られた。

2週間後、東広島の医院を訪れたスオンさんは、スマホの翻訳アプリと知人による電話での通訳により、窓口で人工中絶の意志を伝えた。だが受付で「通訳の付き添いがないとダメだ」という風なことを言われ、断られたと解釈して帰宅。日本語のできる知人に付き添いを頼んだが断られてしまった。

 

彼女は妊娠前に2人の男性と関係があり、彼女は避妊を望んだがコンドームは使用してもらえなかった。いずれの男性からも中絶を望まれ、結局どちらも音信不通となった。

ベトナムでは、日本で未承認の経口中絶薬が安価で販売されているといった国による事情のちがいもある。スオンさんも「探したが見つからなかった」と話している。専門家は、実習生の性交渉の禁止は現実的ではないとして、日本における避妊手段や購入方法など実用的な性教育を充実させるべきとしている。

妊娠22週目を過ぎ、出産が近づいた秋に胎児の状態を診てもらうため、再び東広島市の病院を訪れた。だがやはり通訳がいないことを理由に診察を受けることはできなかった。

ベトナムでは出産育児一時金のような制度はなく、出産費用は自己負担になる。彼女も収入の大半を仕送りしていたため、月の生活費は2万円程で出産費用の不安も大きかった。

他の病院に行っても日本語ができないからまた門前払いされるだけだろう、誰も助けになってくれない、とそれからすべてが嫌になってしまったという。

スオンさんは病院や知人らに相談こそしていたが、出産のための適切なサポートを受けることはできなかった。産みたいという希望も定まってはおらず、どこで産むか、どうやって育てていくかといった準備もしていなかった。ただ産まれるから産むしかないという心境のまま、出産に至っている。

監理団体では実習生に自分たちの立場や権利を守る法律についても講義で伝えているが、短期のうちに多くのことを学ばなければならない研修で内容は忘れられてしまった。「元気がない」といった変化は雇用主や団体も把握していたが、妊娠までは疑っていなかった。スオンさんによれば妊娠や出産について、監理団体に個別に相談できるような環境ではなかったとされる。

 

スオンさんは一人で出産したあと、全身の痛みやめまいに苦しみながらも出血を止めようと試行錯誤した。泣き喚く赤ん坊の泣き声が外に漏れて発覚するのを恐れて、口に粘着テープを張ったという。生まれたばかりの女児は羊水などで濡れていたこともあり、テープはすぐに剝がれてしまい、彼女は別の粘着テープを口に貼り直した。

司法解剖の結果、死因は窒息か低体温症とされ、産後1、2時間は生存していたとされる。彼女は「テープは鼻にかかってはいなかった」と主張しており、テープが直接の死亡原因かは不明である。外気温12、3度の11月の日中、スオンさんは産まれたままの女児の体を拭くこともせず、抱いたり毛布でくるんでやることもせず、床の上に放置されたまま息を引き取ったと見られている。スオンさんは出産当日も出勤し、体調不良で早退を申し出た際には、同僚から「赤ちゃんじゃないよね?」と尋ねられたが「大丈夫」とだけ答えていた。

裁判で検察側は、なぜ産前・産後に誰かに連絡を取らなかったのか、と様々な言い回しで尋ねようとしたが、彼女は長い沈黙を繰り返した。

「赤ちゃんが死んでしまってもいいと考えたのか」との問いに対しては、「そうは思っていなかった」と明確に否定した。どうして助けなかったのか、と尋ねられると、自身が疲れ切っていたことや動揺して連絡を取る発想に至らなかったと述べ、「自分勝手だった」と何度も詫びた。

スオンさんは庭に鍬で穴を掘り、遺体を段ボールに入れて埋めた。「愛しい気持ちで赤ちゃんを傷つけたくなかったから」と言って涙を拭いた。

結審で、裁判長から最後に発言を促されたスオンさんは、赤ん坊を「かわいい、やさしい」といった意味の「ニィ」と名付けていたと語り、「ニィちゃんごめんなさい。おかあさんをゆるしてください。この1年間あなたのことをずっと考えています。本当にごめんなさい」と謝罪した。

 

スオンさんの裁判は、求刑懲役4年に対して「懲役3年執行猶予4年」の判決が言い渡された。犯行様態は悪質ながら、「社会的に孤立した状態で出産当日を迎えた経緯には同情できる」とし、「本件犯行を被告人の身の責任とするのは酷である」と量刑理由を示した。

尚、音信不通となった元パートナーらは出廷さえ求められていない。

 

裁判の行方

リンさんの裁判の争点は、被告人の行為が「死体遺棄」に該当するか否かであった。

通常「遺棄」は、死者に対する一般的な宗教的感情や道義上首肯できないような方法での埋葬、冷遇放置、隠匿などの場合に用いられる。とりわけ近年では、家族の死後も届け出ずに自宅に隠匿するケースは多く聞かれるようになった。置き場所に困って解体して冷蔵庫に入れる、ゴミ袋に入れて押し入れや物置、ベランダに放置するといった殺意なき死体遺棄事件は少なくない。

 

検察側の主張によれば、二児の遺体は段ボール箱に二重に入れられ、テープで封をされていたことから、一般の荷物を装った隠匿に当たるとした。死産後も周囲に助けを求めれば、一般人も納得するかたちで弔うことが容易にできた、と主張した。

被告人は「遺体を捨てたり、隠したり、放置していた訳ではない」として無罪を主張。

弁護側は、被告人は二児が「寒くないように」タオルでくるみ、箱に入れたと説明。箱を二重にしたのも「棺」としての丈夫さを考慮したもので、隠匿の意図はなかったと主張。また墓地埋葬等に関する法律では、死後24時間以内の火葬・埋葬は禁止されている。彼女には葬祭の意志があり、「一時的に部屋に安置していた」ものだと述べた。

 

一審熊本地裁・杉原崇夫裁判長は、周りに隠したまま「私的に」埋葬するための準備であり、正常の埋葬準備とは異なるとした上で「国民の一般的な宗教的感情を害することは明らか」として、懲役8か月、執行猶予3年の判決を下した。

二審福岡高裁・辻川靖夫裁判長は、放置していたとまでは言えないが、二重の段ボールに入れて粘着テープで計13か所留めていたことが故意に遺体を隠した「遺棄」に当たるとして、一審判決を破棄し、懲役3か月、執行猶予2年とし、有罪が維持された。

 

リンさんは「妊娠を誰にも言えずに苦しんでいる技能実習生や、1人で子どもを出産せざるを得ない全ての女性のためにも無罪判決を願っています」と述べ、「私や外国人技能実習生は、働く機械ではなく人間であり、女性です」と理解を訴え、ニュースは次第に拡散されていった。

無罪判決を求める署名は延べ約9万5000筆に上り、多くは彼女がした行為は「追い詰められた彼女にすれば精一杯の弔いである」との見方であり、個人の責任に帰せられ罪に問われるのは理不尽だとした。

遠い異国の地で、子どもの父親や自分の家族、周囲の人々に頼ることができなかったリンさんの孤立感は並々ならぬものがある。弁護側は上告趣意書と共に、集められた嘆願署名約2万6000筆と共に出産経験者ら127人の意見書を最高裁に提出した。

 

2023年3月24日、最高裁・草野耕一裁判長は、一審二審の有罪判決を破棄し、逆転無罪を言い渡した。

判決後の記者会見でリンさんの弁護団は、「孤立と隣り合わせにある実習生が妊娠した時、果たして誰に相談すればよかったのかと。一生懸命に撮った行動が、簡単に犯罪に問われる社会にしてはならない。そんなメッセージが込められているのではないか」と最高裁の判決を評価した。

オンラインで会見に臨んだリンさんは、「無罪判決を聞き、本当に心から嬉しいです」と述べ、「私と同様に妊娠して悩んでいる実習生や女性たちの苦しみへの理解がなされ、逮捕や刑罰ではなく、相談できて安心して出産できる環境、そうした人たちが保護される社会に変わってほしい」と訴えた。

命を授かり、産み育てるという人間存在の根幹にかかわる権利さえ保障されないのならば、だれもそんな国で働こうとは思わない。悪質なブローカーに騙されるような人しか技能実習には訪れなくなるだろう。本件の無罪判決は30年間積み重ねた膨大な宿題の、たった1問がようやく解けたに過ぎない。何が「現代の奴隷制度」と指摘される所以なのか、今一度議論を深め、問題の見直しを急がれたい。

 

コイちゃん、クオイちゃん、ニィちゃんら、制度の狭間で失われた多くの小さな命のご冥福を祈ります。

 

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参考

ベトナム人技能実習生リンさんの死体遺棄罪刑事事件|公共訴訟のCALL4(コールフォー)

彼女がしたことは犯罪なのか。あるベトナム人技能実習生の妊娠と死産(1) | ニッポン複雑紀行

ベトナム人元技能実習生 赤ちゃん遺棄 逆転無罪判決… 広島では別の実習生が去年有罪確定 「責任」は母親だけ? 産んだばかりの娘を死なせ…裁判と20回の面会から | TBS NEWS DIG (1ページ)