津山市主婦行方不明事件

2002年(平成14年)、岡山県津山市で発生した主婦の行方不明事件について記す。

事件後、関与が疑われる男女2名が死亡したことから捜査は手詰まりとなり、20年経った現在も不明者は発見されていない。

www.pref.okayama.jp

事件について情報をお持ちの方は以下に提供をお願いします。

津山警察署 0868-25-0110

岡山県警捜査第一課 086-234-0110

 

■妻からの電話

平成14年6月3日(月)昼頃、岡山県津山市弥生町に暮らす主婦・高橋妙子さん(54)の行方が分からなくなった。

夕方17時半頃、夫で医師の幸夫さんが勤務先の病院から帰宅すると妻は不在だった。手付かずの昼食が残されており、テレビは点けっぱなし、風呂場の水道は出しっ放しといった状態に当惑していると、ほどなくして妻・妙子さんから自宅に2度に渡って電話が入る。

「もしもし妙子ですけど」

慌てる幸夫さんに「6時頃までには帰ります。身の危険はないから心配しないでください」と落ち着いた様子で話す妙子さん。

「どこにおるん?」と尋ねると「車でぐるぐる連れ回されて、いまちょっとどこ行っているか分からない。多分岡山くらいだと思います

「連れ回されとん?だれに?」と聞くと、「警察には言わないでください」と返答があり、そこで電話は切れてしまう。

はたして妙子さんは帰宅せず、幸夫さんは19時頃に警察に届けを出した。

岡山県警HP〕

同じ3日12時頃、妙子さんは両親に連絡を取っていた。

「お父さんに世話になったという男女2人連れが家に来ている」と話し、「会いたがっているので住所を教えた」と伝えていた。2人について「中年男性」と「若い女性」で「お父さんと娘さんのようだった」と話していたが、その後両親のもとにそうした客人が訪れることはなかった。

また妙子さんの財布は自宅に残されていたが幸夫さん名義のキャッシュカードだけが持ち出されていた可能性が高いとされ、同日中に預金のほぼ全額に近い現金およそ700万円が引き出されていたことも判明する。現金は3日13時半頃に津山市内のJA、夕方に岡山駅周辺のATMから計11回に分けて引き出されていた。

防犯カメラ映像により現金を引き出したのは妙子さんではなく、白いシャツに白いチューリップハットをかぶった若い女と判明する。津山市内で引き出しが行われたキャッシュコーナーは卸売市場の目立たない位置にあることから、女は土地勘のある人物とみられた。津山署は捜査本部を設置し、犯人の特定を急いだ。

 

■疑惑の男女

事件のあった6月3日朝に幸夫さんの勤務先病院に中年男性が訪れ、「高橋先生のお宅はどちらでしょうか」と問い合わせていたことが判明する。受付職員は男に住所を伝えてしまい、後から不審に思って高橋さん宅に電話で確認した際には、客人は来ていないとの返答だった。

6月8日より妙子さんの公開捜索開始。13日には県警HPで防犯カメラに映った女の顔写真を公開して情報提供を呼び掛けた。15日、津山・岡山市内で立て看板の設置やビラ配布、各地域回覧板などによって事件の周知と男女の身元の割り出しを急いだ。

18日、個別の事件としては異例ともいえる緊急署長会議が開かれ、県内23署の署長、犯罪対策官ら55名が出席して捜査の進捗状況などが確認された。緊急性がある事案として、周辺各県へ5万枚のチラシ提供、コンビニへの配布などが要請されることとなる。

21日、女は捜索願が出されていた鳥取県智頭町芦津在住の会社員(「スーパー店員」とも)吉田好江(33)と判明し、窃盗の容疑で引き続き捜査を行った。吉田は事件翌日の4日にもATMから現金の引き出しを行おうとしていたが、盗難届が提出されたことで取引が停止されており、ATM機にカードを回収されていた。カードに残された指紋が吉田のものと一致し、22日に全国に指名手配が行われた。

 

また日頃からパチンコ店などで吉田と一緒に遊興していた岡山県奈義町出身の元タクシー運転手男性(52)がマークされる。22日には任意での事情聴取も行われ、県警による身辺捜査が続けられていた。男は吉田に鳥取県智頭町のアパートを紹介し、吉田の自動車を売却する際にも工場との値段交渉を任されるなど親密な間柄と思われた。しかし男は事件への関与を否定し、周囲には警察に疑われて困っていると話していた。

24日早朝、家族に「仕事に行ってくる」と言い残し、津山市の鶴山(かくざん)公園の桜の木で首を吊って死んでいるところを発見される。同日行われた家宅捜索で、家族に宛てた遺書が複数見つかっている。

男の軽自動車からは微量の血液反応があり、DNA型鑑定の結果、妙子さんのものと一致した(7月)。Nシステムの解析により、妙子さん行方不明後の6月4日、5日に男の車が岡山県の新見インター付近・国道180号を約5時間のブランクを開けて往復走行していたことが分かり、周辺の山林やダム等での捜索も行われたが妙子さん本人につながる手掛かりは発見されていない。

 

■行方

吉田は公開捜査翌日の9日にアパート大家の許を訪れ、契約時に提出した身分証の写しなどを回収。10日、鳥取中央郵便局の消印でアパートの鍵を返送していた。11日には鳥取県内に住む母親の許に手紙が届いており、こちらも9日か10日頃に鳥取県内で投函されたとみられている。「心配かけてすいません。生きる気力がなくなった。お母さん、ごめんなさい」などと追いつめられた心境を語る記述も含まれていた。

公開捜査の写真を見て、心配した家族が警察に届け出た。母親が防犯カメラ映像を確認し、実家から吉田の指紋も採取・押収された。

警察は、吉田が事件当日の午後に津山線から岡山駅に一人で下車していたことを把握。高橋さん宅を離れた後、男が車で移送し、吉田が現金引き出しの別行動を取っていたことは掴んでいた。岡山駅周辺で金を引き出す際に、吉田は捜査かく乱のためかデパートで着替えを行っていたことも判明している。

6月26日には津山から西50キロの新見駅や新見高校付近、市内の飲食店などで目撃情報が相次いだことから、岡山・兵庫・鳥取三県の宿泊施設を一斉捜索。しかしその後の動向は知れぬまま、3か月以上が経過した。

 

9月23日午後、津山市から南西約35キロ離れた岡山市日応寺の山中で通行人が白骨化した遺体を発見。歯型やDNA型鑑定により吉田本人であることが確認された。遺体はロープで木に結ばれた状態で、現場から運動靴やバッグ、「生きることに疲れました」と書かれたメモ等が見つかっている。一方で吉田の所持金はごく僅かで、引き落とした現金700万円の使途などは判明していない。

 

■男女について

吉田は1998年に岡山県美作町(現美作市)の会社員と見合いで結婚し、夫婦仲は円満、夫方の家族とも問題はなかった。だが2000年1月に退職して以降、ギャンブルにのめり込み、翌01年になって吉田が消費者金融から多額の借金を重ねていたことが発覚した。吉田は借金について「パチンコと競艇に使った」と言い、総額2200万円以上にも膨れ上がっていたことなどから12月に離婚。家族らが肩代わりして約500万円を返済したが、その後、吉田の行方が分からなくなり家出人捜索願が出されていた。

調べにより、吉田は離婚前の2001年夏から02年5月末まで津山市内にアパートを借りていたことが判明。元夫は事件後、多額の借金についてギャンブル癖だけでなく誰かに騙されていたのではないかと語っている。

男の生活実態は不明だが、30年以上自衛隊に勤務し、同僚とのトラブルから退職してタクシー運転手となったものの、それも一年程で辞め、定職には付いていなかったと見られている。

男女は津山市内で趣味のパチンコなどを介して知り合った可能性が指摘されている。また妙子さんがかつて男が勤めていたタクシー会社を利用したことがある(「男が乗車させた」とも)との情報もあるが、なぜ妙子さんを狙ったのかといった犯行までの筋道は不明のままである。

吉田と男は、拉致や殺害の確たる証拠が出ていないこと等から「窃盗」の容疑で書類送検、被疑者死亡で不起訴処分となっている。妙子さんの安否、行方は現在もようとして知れず、岡山県警は捜査を継続している。

 

■被害者遺族

突然妻を失った幸夫さんは「何とか世間に訴えて妻の行方を捜したい」との思いからメディア取材への対応を続けていた。しかし誤報や根拠のないでまかせを繰り広げるマスコミ報道に精神的被害を受け「一体誰のための報道なのか」と憤りに震えた。

勤務先の病院にも不審な電話が相次ぎ、隣家の敷地に侵入してきた記者もいた。ほぼ一カ月の間、外出することも出来なくなり、心が不安定となって自殺も考えた。しかし熱心な捜査員らが泊まり込みで付き添い、その後も懸命な捜索活動を続けてくれたことが支えとなったという。

事件から2年も経つと過熱したメディアスクラムも沈静化し、「プライバシーを食い散らかして後は知らん顔」。事件のカギを握るとみられた男女が死亡したことで新たな手掛かりは得られぬまま、捜査も手詰まりとなった。その一方で、「事件というもの、事件・事故というものはその場限りではないんだ」という被害者遺族としての葛藤は強まっていった。

 

事件から4年後、独立した子どもたちに近い神戸市へ引っ越した。妻の帰りを待ち続けるため、捜索活動を続けていくためには「妻のいない人生を生きる」覚悟が必要だった。選挙や年金、保険の支払いなどの度に“二人分”の書類や手続きが必要となる。当初は「妻の存在」の証として肯定的に捉えようとしていた。しかしかたや国勢調査では「いないので書かなくていい」と妻の存在を否定される。事務処理の問題とは分かっていても、なぜ悲しい思いをしている人間に社会はこんな仕打ちを続けるのか。「妻の死」を受け入れたくはなかったが、2009年に失踪宣告の手続きを行い、法的死亡が認められた。

悲しみや怒りを抱え続けて生きていかなければならない苦しい思いを、他の誰にも味わってほしくはない。そうした思いから公的機関における被害者遺族の処遇改善の必要を強く訴えた。全国の犯罪被害者遺族による団体「あすの会」や「被害者サポートセンターおかやま」での活動を通じて、「だれもがある日突然当事者になりうる」という自らの経験を再び人前で語るようになった。犯罪被害者への理解、そして被害者・被害者遺族の生活保護・復帰に向けた公的支援を訴求することに注力した。「報道の自由は社会のためになってこそ。自分たちの報道が社会に貢献できているのか、常に自問自答してほしい」とマスコミにもくぎを刺すことを忘れない。

妻の法要を営むようになり、「自分の人生を生きる」ことになった今も、生活の節々で夫婦一緒にいたかったと感じることがあると幸夫さんは言う。「もし帰ってきたら『いままでどうしとったん。ようがんばった』と声を掛けるだろうな」と語っている。

高橋さん夫婦が結婚したのは1972年。妙子さんは乳がん手術を乗り越え、3人のこどもは無事独立し、老後は夫婦水入らずで旅行に出向く約束をしていたという。

僕の手で妙子の人生を見届けて、最後に閉めてやって、僕も閉める。いまのぼくの願い

事件から20年が経った現在も幸夫さんは妻と再会できることを心待ちにしている。

 

 

■所感

「被疑者死亡」で話を閉じることも出来るが、事件に残る謎、疑問点についてもう少しだけ考えてみたい。

2022年6月3日の山陽新聞は、死亡した岡山県の元タクシー運転手男性が当時捨てたゴミの中から事件につながる資料が見つかっていたことを伝えている。資料の詳細は明らかにされていないが、捜査関係者によれば精査した結果、事前の準備をしていた可能性が窺えたとしている。

まず吉田と元タクシー運転手男性が拉致に係わったことは事実と考えられる。また車内から血痕が見つかっており消息が20年途絶えてしまっていることから、残念ながら被害者の生存は可能性が薄いと見なさざるをえない。おそらくは自宅に電話を掛けてから間を置かずに殺害されたものと推測される。

 

男女の犯行動機は金銭目的が疑われるものの、なぜ妙子さんを狙ったのかについては疑念が残る。単純に考えれば、幸夫さんが医師であることから資産があるものと見込まれたようにも思える。

しかし第一に、犯人は高橋さんの自宅住所を知らなかった。それでいながら幸夫さんの勤め先を知っていたということは、犯人は幸夫さんと何がしかの接点があったか、幸夫さんに関する情報を得ていたことになる。津山市は県下第三規模の都市とはいえ人口10万人程度であるから、街中で本人も気付かぬうちに接点があったとしても不思議はない。あるいは男がタクシー業務で妙子さんを乗せた折に、夫の勤め先を話すなどしていたものか。

あるいは幸夫さんが精神科医であったことから、1994年に起きた「青物横丁医師射殺事件」や2021年に大阪北新地で起きた「メンタルクリニック放火殺人事件」のように医療トラブルや精神疾患などを背景とした「逆恨み」などの線も想像されるが、男女のいづれかに通院歴があったのかは伝えられていない(医療プライバシーに関わるため捜査段階で報じられることはありえないのだが)。

sumiretanpopoaoibara.hatenablog.com

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第二に、男女は高橋さん方を二度訪れたとみられる点。一度目の「ご両親に世話になっている」といったやりとりは家人の在宅状況の確認、下見のために行ったとみるのが妥当だろうか。一度やりとりを済ませていることから、再訪時には妙子さんも警戒感が薄れていたかもしれない。

 

第三に、犯人は妙子さんをどうするつもりで拉致したのかという点。金銭目的であるならば身代金誘拐ということになるが、妙子さんの入電の際には金銭の要求などを伝えていない。また男女について「親子のようだった」と親に連絡していることからも二人は妙子さんに接触する際、顔を晒していたと考えられる。そうなれば「生きたまま返すわけにはいかない」はずであり、殺害も視野に入れた誘拐だったことになる。

妙子さんの電話内容から考えると、犯人側が電話を掛けるように命じた訳ではなく、おそらくは妙子さん本人が「夫が帰ってくる時刻だから、行方が分からないと警察に通報するかもしれない」などと犯人を説得し、入電の機会を得たものと想像される。すぐ近くに犯人がいる状況下で「たすけて」とは言えなかったものの、夫は妻のSOSを感じ取った。

 

そもそも家すら知らない犯人が高橋さん宅の資産状況を把握しているはずがない。事件を知っている我々からすると、さも犯人ははじめから700万円を狙っていたかのように捉えてしまいがちだが、夫名義のキャッシュカードを妻が管理していることは犯人も犯行に及ぶまで知らなかったのではないか。拉致とともにカードだけを持ち出していること、13時半には津山市内で現金引き出しが開始されていることから高橋さん宅で金銭を要求する脅迫をしてすぐに暗証番号を聞き出したものとみられる。

 

明らかにされていない情報として、妙子さんが自宅に掛けた電話がどこで行われたものか報じられていない。男女いずれかの携帯電話からだったのか、あるいはどこからかの公衆電話だったのか、といった内容は警察も把握しているはずである。

 

元タクシー運転手の男の自殺について、任意聴取で潔白を主張したまま死亡したことから、「冤罪」なのではないか、吉田には「別の共犯男」がいたのではないかとする見方もある。だが逮捕前に「自殺」され、真相解明を永遠に遠ざけたことは言うまでもなく警察の「失態」である。2022年になって「事件につながる資料」の存在を示すことで、死亡した被疑者の犯人性は高まることになる。警察が自らの「失態」を更に裏付けるために状況証拠を捏造しているとは考えづらく、元タクシー運転手の男に関与の疑いが強い点は事実と捉えてよいかと思う。

また自殺の前日にマスコミから男に対する追及があった、いわばマスコミの行き過ぎた報道姿勢が男の自殺を招いたとも噂されるが、遺書の公開等がない以上、追い詰めたのは警察かマスコミかは水掛け論、真相は藪の中といえよう。

 

さらには男女の死が「自殺」ではなく「他殺」なのではないかとする見方も存在する。たとえば反社会勢力が裏で糸を引いていた、用済みとなった男女はそうした「事件の黒幕」によって口封じに殺害されたのではないかといった背景も思い浮かぶ。

たしかに吉田が借りていた2200万円以上もの金額からは一見大きな犯罪が絡んでいるかのような印象を受ける。だが彼女にそれだけの返済能力があったとは考えにくく、消費者金融(2000年で法定上限金利29.2%)だけでそれほど多くの借り入れが可能だったとは思えない。消費者金融での借り入れができない多重債務者らを対象とした「トイチ(10日で1割、金利365%)」「トサン(金利1095%)」「トゴ(金利1825%)」といった法外な高金利での貸し付け、いわゆる「闇金」で膨れ上がったとみてよいだろう。

闇金は原資より多く金を回収することが目的であり、債務者が女性であれば風俗に沈めるなどして返済を求めるのが常套手段である。想像にはなるが、吉田がアパート捜しを男に頼み、親にも告げずに鳥取県智頭町に身を潜めたのはそうした事情が差し迫っていたためと考えられる。

闇金からすれば債務者を殺害することにメリットは存在しない。行き過ぎた脅迫によって債務者を自殺に追い込む、暴行がエスカレートして死亡に至らしめるといった場面は想像できても、わざわざ自殺に見せかける工作までして殺害するとは考えにくい。闇金暴力団と言った「黒幕」から「誘拐や殺害の指示があって男女はそれに従った」とするのは些か無理筋な見方であり、警察が「自殺」と断定した理由には、遺体に第三者による暴行の痕跡等がなかったことも含まれていようはずだ。

 

なぜ侵入窃盗や強盗ではなく拉致だったのか、なぜ妙子さんを狙い、どこへ連れ去ったのかは判然としないが、借金苦に追い詰められた男女がやぶれかぶれに思いついた犯行というのが筆者の見立てである。窃取した金は借金返済に充てるつもりだったのか、2人で別天地を目指すための資金にするつもりだったのかは分からない。

吉田は事件から3週間後に岡山県新見市で目撃されており、おそらくは鳥取~岡山のテリトリーを離れることができなかったものと見受けられる。車がなかった吉田はバスや電車、タクシーを使って自らの死に場所を求め、岡山空港近くの山中へとたどり着いたのか。だが700万円の行方が知れないことを踏まえると、闇金業者に発見されて金を回収されたとも考えられる。吉田が指名手配犯となったことからこれ以上の回収は見込めないとして山に捨てられ、自らの手で幕引きを迫られたのではないか。

 

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犯罪被害者シンポジウム~いのちの大切さを語り継ぐまちづくり(平成19年)

https://www.npa.go.jp/hanzaihigai/local/work2008/s4-5.pdf