大阪市北区メンタルクリニック放火殺人事件について

2021年12月、大阪市北区メンタルクリニックで起きた大量放火殺人事件について記す。

本稿執筆時の2021年12月30日、被疑者の死亡が報じられ、犯行動機などの詳しい解明は状況証拠の積み重ねなどに依らざるを得なくなった。ここではいわゆる「拡大自殺」の観点から事件を見ておきたい。

 

■概要

2021年12月17日午前10時20分頃、大阪市北区曽根崎新地1丁目の堂島北ビルから火の手が上がる。JR北新地駅が最寄りで、梅田駅にも程近い大阪の繁華街である。

すぐに119番通報され、約30分で消し止められたが4階「西梅田こころとからだのクリニック」約80平米の内25平米が燃え、中にいた28名が救急搬送される大惨事となった(うち西澤弘太郎院長ら25名が死亡)。

発火原因は「放火」とみられ、防犯カメラの映像に男が「白い大きな紙袋」を蹴り倒し、中のガソリンとみられる液体を撒いてオイルライターで着火する様子が確認された。ガソリンスタンドで「バイクに使う」と称して事前に購入していた。

クリニックの出入口付近で発火したため多くの患者が中に取り残された。さらに男は逃げようとする患者を阻止しようと進路を塞いだり、体当たりするといった強い殺意を窺わせる行動も見られた。周辺の防犯カメラから紙袋を自転車で運ぶ男が確認され、数年来通院していた谷本盛雄(61)と特定。現住建造物等放火と殺人の容疑がかけられる。

男は同日9時50分頃、クリニックから約3.5キロ西に位置する大阪市西淀川区姫島で3階建て住宅にも火を放ったいたとみられ、捜査が急がれた。

 

谷本自身も一酸化炭素中毒により意識不明の重篤な状態が長く続いていたが、回復や発話はできない低酸素脳症になる可能性が高く、動機の解明などは困難との懸念がされていた。また2011年4月には長男の頭などを包丁で刺す殺人未遂事件を起こし、4年間の服役をした後、通院するようになったとみられ、家宅捜索では2019年7月に京都市伏見区で発生し36名が亡くなった京都アニメーション放火殺人事件に関するスクラップ記事やガソリン約2リットルが発見された。

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12月30日午後、ICUで治療を受けていた谷本容疑者の死亡が確認され、本人から動機を語られる機会は失われた。天満署・捜査本部は、容疑者の遺した犯行計画とみられる「消火栓を塗る」「隙間はどうするか」といったメモなどの状況証拠を積み重ねて真相解明を図っていく。現場となったクリニックでは消火栓の扉に補修材のようなものが塗られ、非常階段扉には目張りがされていた等、メモに符合する事前準備がされていた形跡もあるとされる。

現在もクリニックの電子カルテの復旧、通院状況や治療内容からの裏付け作業は完了していない。被疑者死亡により不起訴処分となる見込みである。

 

■医師への恨み

「人生これからだって思えるのは先生のおかげ。命の恩人で感謝しかない」

「おちゃめな院長さんで、患者を緊張させないよう、居心地のいい場所をつくろうと考えていた」

報道では、クリニックの通院者らは事件に大きなショックを受けつつ、亡くなられた院長らを悼み、感謝の気持ちを語っている。職場復帰を目指す人に向けて集団ディスカッションなどを行う「リワーク」の取り組みや会社帰りに立ち寄ることも出来るよう夜10時までの夜間診療も行っており、「患者のことを第一に考えていた」と関係者からの信望も厚かった。

通院を続けている人々にとってクリニックは居心地の良い場所、安心できる場所である一方で、通院を辞めた人々にとっては居心地の悪い場所、満足のいくケアが受けられなかった場所ということもできる。たとえばどこかの病院についてインターネットでクチコミを見れば「私はこんな目に遭わされた。信頼できないヤブ医者だ」「別の医院をお勧めします」といった誹謗中傷めいた情報を目にする。

スーパーで「買ったイチゴがひとつ傷んでいた」「ここの当たり付アイスは“ハズレ”しか売っていない」などというクチコミをわざわざ書く人は滅多にいないが、主治医とそりが合わない、100%元通りに完治できなかった、自分の思った通りの具合にならないことが一度でもあれば医師は即座に非難の的となる。患者の生命やその後の人生をも左右しかねない重責を担う医師という職業は感謝されることも多い一方で、強い恨みを買いやすい立場ともいえる。

過去エントリーで扱った青物横丁医師射殺事件は、「体感幻覚」や精神疾患による妄想状態により医師の診療方針に納得できない患者が逆恨みして、医師の通勤時を狙って射殺するというモンスター・ペイシェントの先駆的な事案である。

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メンタルクリニックの性質上、医師への相談が長引いたり、回復を焦って処方の追加を求める患者も少なくない。発達障害抑うつ症状のある受診者らにとって、診断に必要な情報を的確に伝えることができない場合も多い。そもそも人に打ち明けづらい、ひとりで悩みを抱え込んできた場合が多く、複雑な事情が絡み合って簡潔に伝達できないこともあるだろう。そうしたなかで診療に落ち度がなかったとしても、「なぜこんなに待たされるのか」「もっと話を聞いてほしい」「なぜ先生は自分の言うことを聞いてくれないのか」と患者の不快を買ったり望み通りのケアにならなかったりするケースも生じやすい。亡くなった西澤院長も事件前に別の患者との間にトラブルがあり、話を聞いた院長の父親が警察に相談していたという。

下の産経ビズのリンク記事では、メンタルクリニックに限らないが患者による病院や医師への逆恨み事件を紹介している。

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さらに2018年に全国約2500件の病院が加盟する「日本病院会」が加盟病院で発生した火災102件について集計したところ、出火原因は「たばこ」「調理器具」の各14件を大きく上回る33件の事例で「放火」と報告されており、本件が必ずしも精神的不調が絡んだことによって生じたレアケースとは言えない側面も浮き彫りにしている。

 

■拡大自殺

精神科医・片田珠美氏は『拡大自殺 大量殺人・自爆テロ・無理心中』(2017,角川選書)の中で、2016年に起きた相模原障碍者施設殺傷事件(津久井やまゆり園事件、植松聖)、大阪教育大附属池田小殺傷事件(2001年、宅間守)、津山三十人殺し(1938年、都井睦雄)などの無差別大量殺人について、「拡大自殺」という概念を採用している。

拡大自殺 大量殺人・自爆テロ・無理心中 (角川選書)

第一章では、アメリカの犯罪学者J.レヴィン、J.A.フォックス「大量殺人の心理・社会的分析」で提唱した大量殺人を引き起こす6つの要因を手掛かりに各事件を分析する。

A:素因

①長期間における欲求不満

②他責的傾向

B:促進要因

③破滅的な喪失

④外部のきっかけ

C:容易にする要因

⑤社会的、心理的な孤立

⑥大量破壊のための武器の入手

第二章では2000年代以降に頻発したイスラム過激派などによる自爆テロとその背景にある移民社会に巣食う自殺願望との関連を読み解き、第三章では警官の発砲を期待して自暴自棄とも思える抵抗を試みる「警官による自殺」、第四章では経済事情や病苦など将来への不安から多く見られる「親子心中」、第五章では超高齢社会が直面する「介護心中」を扱っている。

 

いずれも拡大自殺を図る人間は絶望と厭世観に苛まれ、多くの場合は抑うつ状態に陥っている。うつ病患者にみられる自責感情、自殺願望は元々はある対象に向けられた憎悪であり、「愛する対象に向けられた非難が方向を変えて自分自身の自我に反転したものだ」とするフロイトの「サディズムの反転」という指摘は的を射ていると片田氏は説く。自傷行為を辞めた途端に外部への攻撃性を増したり、その逆の表出も、「怒りの矛先が自他の間を行き来する」ことはよくあることだという。

怒りの矛先が向かうシステムについて、W.ブロンベルグによる「他殺か自殺かは、復讐という動機の強さによって決まる。……また、投影と取り入れのメカニズムの相対的な強さによって決定される。投影が強ければ殺害が起こり、逆の場合には自殺が起こる」との論を引き、より「他責」に転嫁する傾向が強い場合に攻撃は外部へ向き拡大自殺が生じると説明する。

一般的には見ず知らずの相手に対する攻撃など考えにくいものだが、無差別大量殺人犯にとっては面識のない相手だからこそ、罪悪感も後ろめたさもなく「悪意の対象」に当てはめて攻撃できるのではないかとしている。他責的傾向には一種の「自己防衛」機能も含まれており、その意志を遺書にしたためたり、犯行後に自殺を図ろうとするのは、他者への攻撃を以てしても解消されない自らを苛む悪意の大きさの表出とも捉えられる。

また大量殺人に向かう人の心理として、不正に対する「怒り」を伴なうことも多い。自分だけが理不尽に害されている、抑圧を受けているといった逼迫した心理状況である。そうした困窮を世に問うため、あるいは相模原事件の植松のように自己正当化の論理から是正を求める義侠心にまで歪曲するケースもある。終章では日本社会の貧困化、自己責任論の一般化を通じて「国民総中流社会」から国民総「被害者意識」社会に転じる現況にその一因を見る。被害者意識の増大する社会では復讐が正当化され、そうした意識が「加害者」を生み出しやすい構造に陥っていると指摘する。

 

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■被疑者について

谷本は1960(昭和35)年生まれ、4人きょうだい(兄と姉、妹)。実家は鉄工所を営んでおり、自身も高校に通いながら15歳から職人仕事を手伝った。20歳まで父親の工場で働き、腕はよかったが、一緒に働いていた兄とのいさかいがきっかけとなり仕事に来なくなった。職を転々としながらも87年に大阪市西淀川区に3階建て住宅を購入、結婚生活を送り2児を授かった。90年に父親が亡くなり、兄が工場の後を継ぐことになった。谷本は法要の席で酔っ払って兄に恨み節を吐いて去ってしまい、以降30年来にわたってきょうだいとは絶縁状態となった。

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2002年3月に大阪市内の鉄工所に就職。所長いわく「職人としてほかの社員とは比べ物にならないくらい腕があった。真面目で職人気質、むやみにペラペラ喋らないタイプ。後輩からも慕われていた」と言うが、納得できないトラブルになると顔を真っ赤にして口を利かなくなり「こんなんやってられん」と帰ってしまうこともあったという。へそを曲げやすい、融通が利かない側面があったのかもしれない。

しかし08年7月、「どうしてもやりたいことがある」と退職し、9月に離婚。その後、一人暮らしをしていたが元妻に復縁を迫っていたとされ、09年8月頃には鉄工所へ「やり直したい」と再就職の申し出もあり復帰したが一年程で音信不通となった。

孤独感を募らせた谷本は次第に自殺を考えるようになったが、その後、「家族一緒に」という考えに変わったという。2011年に、元妻、こどもたちと再会して食事会を催し、明け方まで長男と酒を酌み交わした。しかし父親は意を決してカバンに入れていた出刃包丁で襲い掛かった。長男は必死に抵抗し、父親を部屋から閉め出してそのときは最悪の事態は免れた。警察の調べに対して「寂しさに耐えられず、家族を殺害して自殺する踏ん切りをつけようと思った」と供述していた。

裁判で弁護側はうつ病による精神疾患減刑を求めたが採用されず。裁判長は、離婚後の孤独感を動機の一因と認めた上で、自らが招いた困窮や苦悩を打開するために家族を犠牲にしようとするのは甘えであると指摘。「長期間真面目に働いていたこともあり、もともとは犯罪傾向を有するものではない」と更生の可能性も見据え、懲役4年の実刑判決を下す。出所後の谷本の暮らしぶりは明らかにされておらず、元妻らも取材には応じていない。

 

本件をレヴィン&フォックスの唱えた6要因と照らし合わせてみよう。

A:素因

①長期間における欲求不満…生活困窮か。

②他責的傾向…一家心中を目論んだ過去からも他責的傾向は顕著。

B:促進要因

③破滅的な喪失…妻子、服役、クリニック?

④外部のきっかけ…京アニ事件の模倣

C:容易にする要因

⑤社会的、心理的な孤立…失職、家族との絶縁状態、出所後の暮らし?

⑥大量破壊のための武器の入手…ガソリン

退職や離婚の詳しい理由は報じられていないが、それでも6要因はすべて満たされる。だが、ここで重要なのは谷本はクリニックに通っていたという事実である。男は自らの行いで、きょうだいと絶縁し、妻子とも離婚して、更に殺人未遂まで起こして関係を破綻させたのは間違いない。しかし彼は過去と向き合い、自分に非があることを認め、回復しようと、社会復帰しようという意志を持って通院していたのであり、決してナチュラルボーンキラーでも何も失うものはない“無敵の人”でもない。

恋人や好きな人に裏切られてストーカーになるのと同様、他人への信頼とは一種の依存であり、相手に裏切られたと感じれば強い恨みに転じる。男はクリニックを最後の頼みの綱として絶対の信頼や社会復帰への猛烈な期待を寄せていたと想像される。家族、妻子に「裏切られ」、事件を起こして全ての頼りを失った男はまさに生きるか死ぬか絶望の淵でクリニックを訪れたに違いない。しかし2019年7月前後に男の中で何かしら「裏切られた」と感じ、京アニ事件が目に飛び込んで、犯行計画が湧きあがったものとみられる。

 

■所感

被疑者死亡により怒りの矛先を向けることが適わなくなった被害者やご遺族の無念もひとしおである。無論、加害者が死ねば被害者が戻ってくるでもなく、動機が完全解明すれば何かが報われる訳でもない。だが加害者が罪を認める機会、刑罰に処することや反省に要する時間もまた被害感情の僅かな捌け口となる場合がある。筆者は死刑撤廃論者という訳ではないが、はたして死刑推進派は本件の顛末に「犯人が死んでよかった」とお考えだろうか。被害者や被害者遺族ではない人間に生じる極度の処罰感情ははたして「サディズムの反転」ではないと言い切れるだろうか。

こうした事件が起きるにつけ精神科への偏見やメンタルに不安を抱える人々に対する差別につながることに不安を覚える。トラブルが起こりえない訳ではないが、通院者たちは体調回復や社会復帰をめざす人々であり犯罪者予備軍などでは決してないということは誰もが肝に銘じておいてほしい。事件の過度な抽象化は新たな差別を生む火種となる。

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心療内科メンタルクリニックも不安や不調をケアすることでより多くの患者さんの生命や生活の危機を除く支援をしている、社会の屋台骨を縁の下で支える「なくてはならない場所」である。発達障害に困っている人、メンタルに不安を抱える人も風邪や花粉症のように気軽にケアが受けられる、だれもが回復を目指せる社会の方がより健全である。

何も気兼ねせず診療を受けるべきだし、生活保護で乗り切れるなら恥じることなく申請した方がよいし、働けるなら金を稼いでたまにはちょっと贅沢するとよい。生きることは死なないだけであって格好よいも格好悪いもない。サバイブすることが目的であって、テストのように点数が付く訳ではない。だからこそ自らの命を絶ってはいけないし、当たり前だが他人の命を奪ってもいけない。

 

亡くなられたみなさまのご冥福、被害者の早期回復を願いますとともに、関係者さまの心の御安寧をお祈りいたします。

 

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〔2022年1月14・15日追記〕

mainichi.jp

2015年に出所後は堺市の更生保護施設で過ごし、6月住之江区のマンションを借りた。大阪府警の調べによると、谷本容疑者はその後此花区内の二階建て民家に移って一人暮らしを続け、困窮のためか電気やガスは停まっていた。谷本は前述の自宅として住んでいた西淀川区内の三階建て住宅と、親族と共に相続で得た住宅を所有していた。2000年以降は定職に就かず、仲介会社を通じて住宅を貸し出して月7万円の家賃収入を得ていたが、19年9月に借り主が退去して以降の収入が途絶えていた。

数年前と2021年春の2回、此花区役所に生活保護申請の相談に訪れていたことが判明。だが担当者との話し合いの途中で「もういいです」と辞退することもあり、受給は実現しなかったという。このときも思い通りにならないと短気になる性分が災いしたのであろうか。

読売新聞によれば、出所前の2015年1月時点で約150万円の預金があったとされ、NHKの報道では2016年、2019(令和1)年に税金滞納を理由に土地建物が一時的に差し押さえられていたとされる。事件現場に落ちていた谷本の財布に残っていた所持金は約1000円で、2021年1月に83円を引き出して預貯金は底を尽いていた。21年11月頃に谷本はかつて暮らした西淀川の住宅に戻った。

更に産経新聞では、事件直前に此花区内にあった谷本の親族の墓が荒らされていたことを報じている。放火事件の3日前となる12月14日、親族男性が「骨壺が盗まれたかもしれない」と110番通報したとみられる。17日には墓地関係者が墓石が倒さいると通報していた。骨壺は現在も発見されておらず、容疑者が犯行前に盗み出した可能性もあると見て天満署捜査本部は調べを進めている。親族への当てつけなのか、それとも妻子に見捨てられ、工場を逃げ出し、心を許せる相手を全て失った男は、最期に亡き両親にすがろうとしていたのであろうか。聞き込みでも付き合いのある人物は発見されなかったという。

MBSは、谷本のスマートフォンの解析結果から、「死ぬ時くらい注目されたい」「大量殺傷殺人」といった検索履歴が残っていたこと、スケジュールアプリには事件の半年前となる6月14日に「踊り場の寸法をとる」という犯行計画を思わせる記述が残されていたと報じている。また、現場ビルのゴミ箱から谷本の自宅の鍵などが捨てられていた他、事件前夜にガソリン入りの容器を現場近くのコインロッカーに預けていたことが伝えられた。

朝日新聞は、クリニックの電子カルテの復元について伝えており、谷本は2~3年前から通院(読売では「2017年3月」に通院開始)し、(勤務実態は不明ながら)「仕事がうまくいかずに眠れない」等と訴え、睡眠薬の処方を受けていたとしている。上述の職場復帰を目指す人に向けた「リワークプログラム」の参加履歴はなく、西澤院長とのトラブルも確認されていない。

www.yomiuri.co.jp

読売新聞によれば最後の受診は事件の2週間前だった。9月9日には「20時54分踊り場ドアが閉まった」「21時13分先生が1階出入口から出てきた」と入念な下見の形跡も窺える。10月22日には「9時58分までに合計22人一気に入ってきた」と金曜午前中に行われるリワークプログラムで人が多く集まることを確認していたと推測される。11月30日、西淀川区でガソリン約10リットルを購入、12月2日には兵庫県尼崎市で20リットルを買い足していた。