いつしかついて来た犬と浜辺にいる

気になる事件と考えごと

事件を基にした映画29; Movies based on true crime stories

実在の事件をベースにした映画29作品について記す。

事件そのものを描いた作品のほか、事件や犯人からインスピレーションを得て生まれた作品、物語の本筋と直接関係しないものの時代背景の一部として登場するものも含まれる。

事実がどのようなものだったかを調べてみるもよし、どういった脚色が施されていたのかを確認するもよし、いずれも事件マニアには一作で二度楽しめる作品となっている。

 

■『八つ墓村』(1951/77/96)

金田一耕助ファイル1 八つ墓村 (角川文庫)

八つ墓村

1938年岡山県で起こった津山30人殺し事件をモチーフのひとつに、横溝正史が雑誌『新青年』『宝石』に連載した金田一耕助シリーズの第4作目。映画は1951年東映による片岡千恵蔵版、77年松竹による渥美清版、96年豊川悦司版がある。

津山事件の都井睦雄は両親を相次いで肺結核で亡くし、祖母と姉に育てられたが自らも結核を患い徴兵検査で丙種(甲種とは違い前線に立てない)とされた。夜這いの相手女性や村人から疎まれるようになったことから、自宅や土地を担保に散弾銃などを買い揃え、学生服に軍用ゲートル、頭に懐中電灯を結わえ、日本刀や匕首(あいくち、短刀)を携えた鬼兵のごときいでたちで1時間半ほどの間に11軒を襲撃し、合わせて30名を殺害し自決した。

 

■『サイコ』(1960)

サイコ (字幕版)

1957年に逮捕されたエド・ゲインをモデルにし、その後のサスペンスホラー界に多大な影響を与えた名匠アルフレッド・ヒッチコック監督による金字塔的作品。

それまで風変わりだが真面目な雑役夫として働いていたエドだったが、1940年代に父、兄、母を立て続けに失って以来、精神に変調をきたしていたとみられている。57年に金物屋の店主バニス・ウォーデンが行方不明となり、その日の朝に記録された最後の伝票からエドが逮捕された。彼の小屋の中には、首を落とされ内臓と血抜きされた被害者が処理された鹿肉のようにぶら下げられていた。家宅捜索で、人の皮膚や骨からつくられたゴミ箱や仮面、ベルトや衣類、ランプシェイドや食器が発見され、エドは墓荒らしをして9つの遺体を掘り起こしたことを認めた。彼を周囲の人間から引き離し唯一の友人・恋人であった亡き母オーガスタへの懐古から中年女性が標的とされた。

 

■『冷血』(1967)

冷血 (新潮文庫)

冷血 (字幕版)

1959年カンザス州の農場で起きたクラッター家殺人事件を加害者を含む関係者への取材をもとに再構築したトルーマン・カポーティによるノンフィクションノベルをリチャードブルックス監督がフィルム・ノアールに仕立てた。

被害者一家4人は手足を拘束され、至近距離から散弾銃で射殺されており、そのうえ農場主は喉を切られるという冷酷極まりない殺戮が行われたことから、当初動機は怨恨と考えられた。しかし一家は勤勉誠実な人柄で周囲とのトラブルも聞かれず、金品の被害もほとんどなく、女性に強姦の被害もなく動機が絞り込めなかった。

 

■『エクソシスト』(1973)

エクソシスト(字幕版)

言わずと知れたウィリアム・フリードキン監督によるホラー映画の金字塔。原作はウィリアム・ピーター・ブラッティによるものだが、悪魔祓いのモチーフはカトリック教会のエクソシスムに由来する。ウィリアムは1949年にメリーランド州で起きた悪魔憑き事件の新聞記事から着想を得たとしている。

コッテージシティに住む13歳の少年は一人っ子で、叔母とウィジャボード(「こっくりさん」のような降霊術の一種)をしてよく遊んでいた。最愛の叔母が急死した前後から彼の身に異変が生じ始める。水滴やノック音が聞こえ、肖像画が揺れて見えるといったものから、次第に彼の人格も豹変し、説明のつかない体勢で暴れたり奇声を発したりするようになり、体に様々な文字が浮かび上がることもあった。神父が呼ばれ、2か月以上に渡って悪魔祓いの儀式を施し、轟音と共に少年に憑いた悪魔は去ったとされる。

 

■『愛のコリーダ』(1976)

愛のコリーダ

1936年東京都荒川区の待合(貸座敷)で起きた阿部定事件をモチーフにした大島渚監督作品。

愛人の紹介で、うなぎ料理屋の女中として働くようになった定は店主石田吉蔵とも愛人関係になり、やがて駆け落ちすることになる。投宿先で情事に没頭し、より性的快感を得るために定の腰紐で吉蔵の首を絞めるようになった。定が吉蔵の首の痛みを和らげようと薬局で買ったカルモチン(鎮痛剤)を飲ませると、「眠る間、もう一度締めてくれ。痛いから今度はやめてはいけない」と言い残して吉蔵は床に就いた。定はその言葉を真に受けて扼殺、形見に局部を切断して持ち去った。シーツと遺体に「定吉二人」と血文字で書かれ、左腕には「定」の字が刻まれていた。

 

■『復讐するは我にあり』(1979)

復讐するは我にあり(上) (講談社文庫)

復讐するは我にあり

1963年に起きた西口彰事件を題材にした佐木隆三の原作を今村昌平が映画化。タイトルは聖書からの引用で、いかなる罪も神のみぞ知るところであり、裁きを下すのは作者でも読者でもないことを意味する。

福岡県内で2件の殺人事件が発生し、目撃証言などから窃盗詐欺を繰り返していた西口が指名手配される。西口は連絡船で投身自殺を偽装するなど一計を案じつつ、関西・中部方面へ逃走。さらに静岡で旅館経営者親子、東京都で弁護士を殺めてバッチを奪い、関東各地や北海道で自ら弁護士を騙って金銭を詐取しながら逃走を続けた。64年1月、熊本県玉名市教戒師古川泰龍氏のもとを訪れ、冤罪事件解消の活動に賛同するふりをして知己を得んとするも、古川氏の11歳の娘が手配書の西口だと気づいて御用となった。娘の旧友と名前が似ていたことから強く印象に残っていたという。

 

■『悪魔の棲む家』(1979/2005)

悪魔の棲む家(1979)(字幕版)

1974年ニューヨーク州ロングアイランドのアミティヴィルにある大邸宅で起きたデフェオ一家惨殺事件を基にしたジェイ・アンソンのルポ風小説『アミティヴィルの恐怖』が原作。スチュアート・ローゼンバーグ監督によるホラー映画は「実話を基にした」と宣伝され人気を博した。数多くの続編、関連作が制作されているが、日本では2005年マイケル・ベイ監督によるリメイク版が公開された。

事件は一家の長男ロナルド・デフェオ・ジュニアが、両親と2人の妹、2人の弟をライフル銃で射殺したもの。裁判で「家が私に家族を殺すよう命じた」などと主張したが長男には終身刑が課され、2021年3月に死亡している。ジェイの小説では、惨殺事件後に引っ越してきたラッツ家(夫妻と3人のこども)に次々と怪奇現象が襲い掛かる。

 

■『TATOO〔刺青〕あり』(1982)

TATTOO<刺青>あり

1979年に起きた三菱銀行人質事件の犯人梅川昭美の半生をテーマにした高橋伴明監督作品。

多額の借金を抱えていた梅川(当時30)は大阪市住吉区にあった三菱銀行北畠支店(現三菱UFJ銀行北畠支店)に散弾銃を手に単身で強盗に押し入った。客と行員30人以上を人質にとって交渉を続け、支店長と行員、警官2名の計4人を殺害。事件発生から42時間後、大阪府警警備部第二機動隊・零中隊(現在のSAT)により梅川は射殺された。人質犯が射殺された国内最後の事件となっている。母子家庭の極貧生活で粗暴に育った梅川はかつて広島県大竹市で強盗殺人を犯していたが、15歳であったため中等少年院送致となり僅か1年半で仮出所。「前科」とならなかったため、後に猟銃所持の許可を得ていた。

 

■『コミック雑誌なんかいらない』(1986)

NIKKATSU COLLECTION コミック雑誌なんかいらない! [DVD]

1980年代のワイドショーに踊らされる人々を皮肉った実在の芸能リポーターをモチーフにした滝田洋二郎監督作品。85年前後に世間を賑わせた芸能ネタのほか、豊田商事事件、日航ジャンボ機墜落事故、山一抗争などが登場する。

 

■『顔』(2000)

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1982年愛媛県で起きた松山ホステス殺害事件から時効直前まで15年間の逃亡生活を続けた福田和子から着想を得てつくられた阪本順治監督作品。

福田和子は元同僚ホステスを殺害して家財道具を奪った強盗殺人そのものよりも、偽名と整形を繰り返しての和菓子店主との内縁関係やホステス、愛人などをしながら日本各地を転々と逃走し時効直前での逮捕劇で広く知られる。強殺を共謀した男は出頭を薦めたが、和子は10代で収監されていた折、松山刑務所事件(松山抗争で大量に逮捕された暴力団員による看守買収事件。組員らは飲酒・喫煙・賭博・拘置所内の移動が可能となり、無法地帯と化した)でレイプ被害に遭っており、刑務所にトラウマを持っていたため逃亡を止めなかった。

 

■『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(2002)

キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン(吹替版)

1980年に発表されたフランク・W・アバグネイルの半自伝『世界をだました男』を基にしたスティーブン・スピルバーグ監督作品。

経歴詐称によりパイロット、教員助手、医師、弁護士になりすまし天才詐欺師と謳われたフランクの逃走とFBI捜査官カールの追跡劇を痛快に描いた物語。フランク自身は出所後に自身の詐欺経験をもとに企業向けセキュリティコンサルタントとなったが、カールのような警部は実在しない創作上の人物であり、フランクいわく「(共著者は)物語を書いたのであって、私の伝記を書いたのではない」と内容に大きな脚色があるとしている。

 

■『殺人の追憶』(2003)

殺人の追憶(字幕版)

1986~91年にかけて韓国・華城(ファソン)地域で起きた10件の連続強姦殺人を基にした劇作家キム・ヴァンリムによる戯曲『私に会いに来て』を原作としたポン・ジュノ監督作品。

10~70代女性を狙った犯行からしばらく連続事件として着目されず、目撃証言なども「どこにでもいそうな男」が犯人とされて捜査が行き詰まり、長らく韓国最大の未解決事件とされていた。しかし2019年に最新のDNA鑑定技術により、別の強姦殺人で収監されていたイ・チュンジェ無期懲役囚の型と一致(2006年に全ての時効が成立していた)。新鑑定とイの自白まで、ユン・ソンヨさんが一部事件の冤罪を被りおよそ20年もの投獄を強いられていた。

 

■『モンスター』(2003)

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1989~90年に6件の連続殺人を起こしたアイリーン・ウォーノスをモデルとしたパティ・ジェンキンス監督作品。

凄惨な生い立ちから若くして娼婦に身をやつしていたアイリーンは30歳の頃、ティリア・ムーアと出会い共に過ごすパートナーとなった。2人は売春と窃盗で生計を立てていたが、気性の荒さや年齢によって困窮する日々を送ることとなり、フロリダで客の男たちを次々に殺害。2人が事故を起こして被害者から奪った盗難車を乗り捨てたことから逮捕された。当初アイリーンはレイプに対する正当防衛を主張したが、ティリアは司法取引に応じてアイリーンによる殺害を供述。パートナーに裏切られたアイリーンは容疑を認め、5つの死刑判決を受けた。

 

■『誰も知らない』(2004)

誰も知らない

1988年7月、豊島区西巣鴨で発覚した巣鴨こども置き去り事件をモチーフとした是枝裕和監督作品。

母親は売春などをしながらこども4人で暮らしていたが、87年に母親の交際相手ができ、千葉県浦安市で同棲を始める。巣鴨のマンションに残された14歳の兄は母親が時折送金してくる数万円を頼りに7歳長女、3歳次女、2歳三女を世話することとなるが、慢性的な栄養失調状態に。88年4月、長男らに暴行を受けた三女が死亡。7月に「親が帰ってこず、部屋が不良のたまり場にされている」という大家からの通報で事件が表面化。生後間もなく死亡し白骨化した二男も発見された。無戸籍問題、ネグレクト問題の先例として知られている。

 

■『ゾディアック』(2007)

ゾディアック(字幕版)

1968~74年にかけてカルフォルニア州サンフランシスコ市内で少なくとも5人が殺害されたゾディアック事件を描いたロバート・グレイスミス原作のノンフィクション小説を基にしたデビッド・フィンチャー監督作品。

若いカップルを銃撃する事件が立て続けに起こり、男性からの電話や暗号文が送りつけられるなどした劇場型犯罪である。弁護士を指名し、テレビへの電話出演を布告していたが、なぜか連絡はなかった。74年、サンフランシスコ市警に「今まで37人を殺害した」として大きく報道することを要求する手紙が届くも、以来連絡は途絶えた。2020年、それまで解読できなかった「340字暗号文」の解読に成功するが、逮捕の手掛かりにはならないと見られている。

 

■『冷たい熱帯魚』(2010・日本)

冷たい熱帯魚

1993年埼玉県熊谷市で起こった埼玉愛犬家連続殺人事件を題材にした園子温監督作品。

ペットショップ「アフリカケンネル」を経営していた夫婦が詐欺まがいの繁殖ビジネスを持ちかけて客とトラブルを起こし、獣医師から得た犬の殺処分薬・硝酸ストリキニーネを用いて4人を殺害。遺体は細かく裁断され、骨は灰になるまで焼却、肉は渓流に流すなどして隠滅され、主犯関根はその犯行を「ボディーを透明にする」と形容した。

 

■『先生を流産させる会』(2011・日本)

先生を流産させる会

2009年愛知県半田市の成岩(ならわ)中学校で発覚した事件を題材にした内藤瑛亮監督作品。

映画では5人の女子生徒が妊娠中の担任教諭に反感を募らせて犯行を画策する内容だが、実際の事件では男子生徒5人が呼びかけ、あわせて11名が加入していた。きっかけは部活での注意、席替えで障がいのある児童や不登校生徒に配慮すること対する反感とされる。糊やチョークを混ぜて作った擬似精液を車にかける、ミョウバンを給食に混入、椅子のネジを緩めるといった「いたずら」では済まされないものも含まれていた。給食に薬品を混入している様子を見掛けた女子生徒らが別の教諭に相談して発覚。男子生徒11人は教諭に謝罪した。「ゲーム的な感覚や友人との付き合いでしたことで、流産させようと本気に画策したわけではないと思う。命の教育を浸透させ、今後二度と起こさないようにしたい」と会見した校長の言葉にも非難が相次いだ。

 

■『恋の罪』(2011・日本)

恋の罪

1997年渋谷区円山町で起こった東電OL殺人事件を題材にした園子温監督作品。

慶大卒、東電初の女性総合職採用とエリートコースを歩んでいるかのように見えた被害女性だったが、退社後に連日売春に耽る二重生活を送っていたことで話題となった。男性中心の職場でストレスを抱え込み自律心を崩していたと考えられ、拒食症に陥っていたとの指摘もある。当時の女性たちの中には被害者に憐みだけでなく共感を寄せる声もあった。

 

■『I am ICHIHASHI 逮捕されるまで』(2013・日本)

I am ICHIHASHI 逮捕されるまで

2007年千葉県市川市で起きた英会話講師リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件の犯人市橋達也による逃亡手記を基にディーン・フジオカが監督・主演した作品。

行方が分からなくなったリンゼイさんの部屋で市橋の連絡先が発見され、署員が市橋のマンションを訪れたが、非常階段からの逃走を許してしまう失態を犯して公開指名手配に。喫茶店で個人レッスンを受ける間柄だった市橋は「レッスン代金を忘れた」と言って部屋へ連れ込み暴行後に殺害。浴槽をベランダに運び、遺体と土、脱臭剤を入れ、苗木を準備していた。自らハサミで顔相を変える手術を行い、北関東を放浪して、新潟、青森、大阪を経て、四国をお遍路で巡り、逮捕を免れるため図書館で無人島について調べた。沖縄県オーハ島での自給自足サバイバルと大阪での肉体労働を繰り返し、金をつくって美容整形も受けていた。

 

■『凶悪』(2013・日本)
凶悪―ある死刑囚の告発―(新潮文庫)

凶悪

1999年から2000年にかけて発生した茨城上申書殺人事件を題材にした白石和彌監督作品。

すでに監禁、殺人等の罪により死刑濃厚となっていた後藤は、伝手を辿って『新潮45』の記者に他の3つの殺人事件への関与を告発。死刑を先延ばしするための告発とも受け取れたが、記者が調査を進めると後藤がかつて慕った「先生」による遺産や保険金を狙った連続殺人であることが裏付けられていく。後藤の義理と記者の執念が埋もれかけていた完全犯罪を掘り起こした。

 

■『子宮に沈める』(2013)

子宮に沈める

2010年に発覚した大阪2児餓死事件をモチーフとした緒方貴臣監督作品。実際の事件は母親の生い立ちとともにセンセーショナルに報じられたが、本作は2児に何が起きていたのかを冷徹な観察眼で再現している。

事件は7月30日、大阪西区の1Kマンションの一室から異臭がするとの通報があり部屋を確認したところ、死後5か月経過した3歳女児、1歳9か月男児が発見された。部屋はゴミであふれかえっており、ドアや窓にテープが貼られて子どもたちが外に出られないようになっていた。風俗店で働く母親・下村早苗(23)が殺人・死体遺棄の容疑で逮捕され、裁判では「未必の故意」があったとして懲役30年の判決が確定した。

 

■『チャイルド44 森に消えた子供たち』(2015)

チャイルド44 上巻 (新潮文庫)

チャイルド44 森に消えた子供たち(吹替版)

ソ連ウクライナの殺人鬼アンドレイ・チカチーロをモデルとしたトム・ロブ・スミスによる原作小説を基にしたダニエル・エスピノーサ監督作品。

ソ連によるウクライナ人に対するジェノサイドとされるホロモドール下で育ったチカチーロは小学校教師となり少年少女へのわいせつ行為を繰り返した。思春期から勃起不全に悩まされていたが、1978年に9歳の少女を滅多刺しにしたところオーガズムを得、以後50人以上を殺害したとされる。「連続殺人は資本主義の弊害によるものであり、わが国ではこの種の犯罪は存在しない」とする全体主義的思想信念から適切な捜査が為されずいたずらに犠牲者を増やす結果となった。

 

■『怒り』(2016)

怒り (上) (中公文庫)

怒り Blu-ray 豪華版

こちらも市橋達也の逃亡にインスパイアされた作品。2012-13年にかけて吉田修一が読売新聞に連載した小説を原作に、『悪人』でもタッグを組んだ李相日監督が映画化。

閑静な住宅街で突如起きた夫婦殺人事件、その現場には「怒」と書かれた血文字が残されていた。動機はつかめないまま1年が経ち、逃亡犯は顔を変えながら逃亡を続けているらしいことだけが報じられていた。沖縄の離島、千葉房総の漁村、東京の新宿界隈に得体のしれない3人の男たちが現れ、その周囲には彼らを信じようとする人々がいた。

観客は「だれが真犯人か」と疑いながら見ることにはなるが、事件の真相や犯人捜しが本筋ではない。吉田自身「結局、彼が何故殺したのか分からなかった。分かったふりをするのは簡単だがそれはやめようと思った。動機が分からない事件もある」と語っている通り、日本のどこかで逃亡犯と似たような誰かが現に存在していることを丹念に描いている。(怒りはどこに向けられているのか—作家・吉田修一に聞く小説『怒り』の作品世界 | nippon.com)。

 

■『IT/イット それが見えたら終わり』(2017)

IT(1) (文春文庫)

IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。(吹替版)

スティーブン・キング原作の1986年の小説『IT』はノルウェー民話「三匹のヤギのがらがらどん」に登場するトロールを基にしてつくられた作品だが、“殺人ピエロ”と呼ばれたシリアルキラー、ジョン・ゲイシーの存在とも無縁ではあるまい。アンディ・ムシエッティ監督は製作費3500万ドルから全世界で7億ドル超というホラー映画史上最高の興行収入を達成した。

ジョンは建築ビジネスを興して社会的信用を得ると、休日には“ポゴ”という名の道化師に扮して福祉施設などを訪問し、民主党員としても積極的に活動に参加した。その一方で青少年に「ポルノを見ないか」と自宅地下室に誘い込み強姦して殺害する二重生活を続け、自宅床下に9~20歳の青少年合わせて29人の遺体を埋めていたほか近くの川にも4体遺棄していた。78年の逮捕後の精神鑑定で多重人格症を主張したが認められず、冤罪や死刑制度の違憲性を訴えて上告を続けた。

 

■『サニー/32』(2018・日本)

サニー/32

2004年長崎県佐世保市で起こった佐世保小6同級生殺害事件、通称「ネバダたん事件」に着想を得て作られた白石和彌監督作品。映画は、かつてネット上で「史上最も可愛い殺人鬼」と目された少女の「その後」を描いている。

大久保小学校6年生の女子生徒がカッターナイフで同級生を切りつけて殺害。加害生徒は小説『バトルロワイヤル』や『ボイス』などホラー、バイオレンス小説に親しんでおり、被害生徒らとネットや交換ノートで同人活動を行っていた。元々はおとなしい性格だったが5年生の終わりに受験勉強のためミニバスケを辞めて以降逆上したり暴行するようになるなどトラブルが増え、精神的に不安定になっていたとされる。加害生徒の画像がネット上で出回り、「NEVADA」のロゴ入りパーカーを着ていたことから一部から「ネバダたん」と呼ばれアイドル視された。

 

■『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)

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1969年に起きたカルト集団マンソン・ファミリーによる女優シャロン・テート殺害事件をモチーフに、当時のカウンターカルチャーやハリウッド映画界を描いたクエンティン・タランティーノ監督作品。

ヒッピー文化が全盛を迎えたサンフランシスコを訪れたチャールズ・マンソンは、ラブアンドピースを唱える若者たちがセックスとドラッグに狂乱する姿を見て驚愕した。家出少女や若者たちに囲って共同生活を始め、窃盗やドラッグ売買で生計を立てさせた。68年に仲間を増やしてハリウッドへ移住。ビーチボーイズのデニス・ウィルソンの知己を得てレコードデビューを夢見たが反故にされ、牧場に移り住んでコミューン化し“ヘルタースケルター”と呼ぶ最終戦争へ向けた過激思想へと傾倒していった。

 

■『MOTHER マザー』(2020)

MOTHER マザー

2014年埼玉県川口市で起きた老夫婦殺害の犯人は孫である17歳の少年だった。異性交遊に夢中になって家を空けがちな母親は『誰も知らない』のバックグラウンドと通じるものがある。金の無心を繰り返して身内から絶縁され、母子揃ってホームレス同然の時期もあった。生活保護を受けフリースクール通学をした時期もあったが長くは続かず、少年は塗装工として働き始めるも給料の前借りだけでは足りず窃盗までして浪費を辞められない母親に金を工面した。

「殺しでもすれば手に入るよね」と母は長男に犯行をけしかけ、少年はそれに従った。8万円の現金とキャッシュカード、カメラと祖父母の命を奪い、母と幼い妹の待つ公園へと戻り、3人はカラオケ店へ向かった。

母子の歪んだ関係性(映画では“共依存”という語を用いていたが、一般的な母子・親子関係は“共依存”には当てはまらないのだろうか)を繊細に描いた大森立嗣監督作品。

 

■『罪の声』(2020)

罪の声 (講談社文庫)

罪の声

1984・85年に複数の食品会社を標的として起きたグリコ・森永事件を基にした塩田武士の原作小説をTBSのエースディレクター土井裕泰(のぶひろ)監督が映画化。架空の犯人像が描かれるものの、「そうであってもおかしくない」肉薄した内容になっている。

事件は“かい人21面相”を名乗る犯人が江崎グリコ社長を誘拐した事件を皮切りに、丸大、森永、ハウス、不二家駿河屋など食品大手を次々と脅迫。本社への放火のほか、被害者こそなかったものの青酸ソーダ(シアン化ナトリウム)入り菓子がばら撒かれるなど日本中を不安に陥れた。脅迫状は警察に挑戦的な内容で関西訛りのくだけた話し言葉を用いた一方で、アマチュア無線家によって偶然犯行グループらしき通信が傍受されるなど計画の緻密さも持ち合わせていた。2000年全ての時効が成立したが、今もなお犯人グループ像について様々な推理が行われている。犯人のひとりとみられる“キツネ目の男”はあまりにも有名。

 

■『さがす』(2021)

さがす [DVD]

「指名手配犯を見かけた」

父親は中学生の娘にそう告げると、その晩、行方をくらませた。愛妻を失って鬱状態になり、営んでいた卓球場も閉鎖して金にも困っていた。借金による逃亡か自殺か、はたまた指名手配の報奨金を目当てに家を飛び出してしまったのか。『岬の兄妹』『そこにいた男』の片山慎三監督によるヒューマンサスペンス映画。

指名手配犯の男は、SNSで自殺志願者を募って殺害・解体する、2017年の座間連続殺人事件・白石隆浩死刑囚からインスパイアされたキャラクター。また2019年に起きたALS患者嘱託殺人を彷彿とさせる設定が織り込まれている。娘は父の行方を捜す内にこの男と接近し、父親との間に何らかの関係があったことを突き止める。

物語の骨格となる夫婦の暮らし、貧困、逃亡生活といったシリアスな側面が強い作風だが、親しみやすいパブリックイメージの強い佐藤二郎さんが熱演し、絶妙なリアリティを吹き込んでいる。娘役の伊東蒼さん、冷酷な殺人鬼役の清水尋也さん、注文の多い自殺志願者役森田望智さんも印象的な芝居を見せてくれている。

 

(気が向いたらつづく)