【中国版切り裂きジャック】白銀市連続強姦殺人事件について

中国北西部・甘粛省で女性11人が殺害され、その猟奇的で残忍な犯行から“中国版切り裂きジャック事件 Chinese Jack The Ripper”とも呼ばれる甘蒙8・05事案/通称・白銀市連続強姦殺人事件について記す。

 

尚、本家である19世紀イギリスで起きた切り裂きジャック事件は未解決だが、本件は三十年近くの捜査の末に、犯人を逮捕。すでに死刑に処されている。

 

 

白銀市は黄河上流域に位置する地方都市で、その名の通り明代から銀の採掘が行われ、金・銅・石炭・鉛といった豊富な鉱物の資源開発で知られた地域である。資源の枯渇等により現在では大きく衰退したが、20世紀半ばには周辺地域から多くの採掘者や工場労働者が集められ、鉱山の街として成熟した。(『三国志』でいう馬騰の領土の辺りか、山岳地形が広がる内モンゴル自治区との境界に当たる)

 

概要

2004年、白銀市警察は、1988年から2002年までの14年間に発生した9件の女性殺害事件について、精液などのDNA鑑定や指紋照合により関連付けられたことを発表し、同一犯による連続事件との見方をはじめて示した

 

容疑者の犯人像として、1964~71年頃の生まれ(2004年時点で33~40歳前後)、身長168~176センチ、白銀市に長く住んでおり、重度の性倒錯(性機能障害)と女性嫌悪の性質、引きこもりがちで非社交的ながら執念深い人物といったプロファイリンングを公表。犯行の特徴としては、標的となる女性をストーキング(追跡)し、平日日中の在宅時を狙った傾向が示された。

さらに捜査当局は逮捕につながる有力な情報に対して20万元(約300万円)の懸賞をかけ、逮捕への強い意欲を示した。

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2001年に得られた不審者の目撃証言をもとに作成された張欣による模擬肖像画

しかし、そうした大々的な発表は、裏を返せばいまだ容疑者の目星が立っていないこと、捜査の行き詰まりを示しており、2002年以降は凶行こそ途絶えたものの犯人を挙げるにはさらに多くの時間を要した。

 

■小さな白い靴

・1988年5月26日15時頃、女性工員の白杰さん(23)が、白銀市・長峰通りにある工場の戸建て寮で何者かに殺害された。

近くに暮らす兄が仕事帰りに彼女の家に立ち寄ったところ、ベッド脇で血の海に眠る妹を発見し、近くの派出所へ通報した。

部屋にはラジオが大音量でかけられており、悲鳴などを消すために鳴らしたものと考えられた。そのため近隣に兄夫婦が暮らしていることを知っている彼女の知人による犯行ではないかと推察された。

 

検死によれば、頭部にトップスを被せられた状態で首の骨を折られ、喉は裂かれ、上半身に26か所もの刺し傷があり、下半身は裸の状態だった。犠牲者の内ももには犯人のものと見られる血染めの手形が残されており、右手人差し指の指紋は非常にはっきりとしていた。ドアノブにも他の指紋が残されていたが、現場の床は足跡が消された痕跡があった。

 

兄は彼女を「素直で従順な少女だった」と語り、同僚たちはおしゃれで小柄で美人な彼女のことを工場に咲く一輪の花に喩えて「小白鞋(小さな白い靴)」と愛称を付けて悼んだ。

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もう何年も殺人事件ひとつ起こらなかった平和な田舎街を襲った凶行に、街は恐怖に包まれた。警察犬チームも成果を挙げられず、省公安局は手を焼いた。パトカーすらなく、自転車での地道な聞き込みが行われ、前科者は勿論のこと、醜聞や滞納行為がある人物を手当たり次第に洗い出した。

しかし98年には立て続けに犯行が繰り返されたことで市中には不穏な空気が漂った。警察署長は怠慢を許さず猫の仔一匹逃がさぬ捜査を厳命。聞き込み対象は市内ほぼ全域にまで拡大され、警官たちは昼夜三交代制で周辺地域をパトロールし、市外から来た労働者や駅の利用者らにもマークを怠らず、膨大な数の指紋採取が行われた。当時は機械解析ができなかったため、全て肉眼による手作業での鑑定である。

 

・1994年7月27日15時頃、白銀電力供給局の独身寮に暮らしていた非正規職員の女性・石さん(19)が殺害された。首を切り裂かれ、上半身には36か所もの刺し傷が残されていた。

・1997年3月28日8時頃、内モンゴル自治区・包頭市で女性・李さんが殺害された。ズボンを剝がされて下半身が露出した状態で、皮下に細かい斑点が浮かび上がっていた。

 ・1998年1月16日、白銀区盛里通りの自宅で女性・楊さん(16)の遺体が発見され、調べにより同月13日に殺害されたものと判明。全裸にして首を切り開き、上半身に16か所の刺し傷をつけ、耳から頭頂部にかけて13×24センチの肉が削ぎ落されていた。

・同98年1月19日、白銀区水川路の自宅で女性・鄧さん(27)が殺害された。やはりトップスを上までまくられ、ズボンは膝まで下ろされ、首元は裂かれ、上半身に8か所の刺し傷があり、左乳首が噛み千切られ、30×24センチ大の背中の肉が切除されていた。

・同98年7月30日14時頃、白銀電力供給局職員・曽さんの娘(8)が自宅で殺害された。全裸姿で首に軍用ベルトが巻き付けられ、陰部は裂けて中から精液が溢れていた。遺体はクローゼットに隠され、部屋のカーテンが引かれており、テーブルには水を飲んだと思われるコップが残されていた。

・同98年11月30日10時頃、白銀区東山路の自宅で工場の夜勤明けで帰宅した崔熙燮さんが殺害された。首を切り裂かれ、上半身に22の刺し傷があり、下半身は裸にされた状態だった。胸や手、陰部が「細心の注意を払って」切除され、持ち去られていた。

・2000年11月20日10時頃、白銀紡績工場の女性工員・羅さん(28)が自宅で殺害された。鉄道局の夜勤を終えた夫が帰宅すると、生まれたばかりの娘が泣いていた。ベッドに横たわる妻は頭が転げ落ちそうな状態で、首を切り裂かれ、ズボンは膝まで下ろされ、手が持ち去られていた。

・2001年5月22日、白銀区母子保健センター看護職員・張さん(28)が白銀区水川路の自宅で殺害された。首などに16か所の鋭利な刺し傷があり、強姦されていた。

・2002年2月9日、白銀区にある陶楽春ホテル客室内で女性・朱さん(25)が遺体となって発見された。殺害されたのは5日10時頃と見られ、首を切り裂き、ブラウスを胸までまくられ、下半身を裸にしてレイプされていた。ホテルの斜向かいには警察署があった。

 

これらにはレイプされたものもあれば、裸にされただけで犯されていない遺体もあった。惨殺のみならず遺体の一部を持ち去るという猟奇的犯行は、快楽殺人者の典型的な特徴と重なった。「赤い服」「ハイヒール」「長い髪」といった被害者たちの特徴は、犯人の性向を示すものと噂が立った。

相次ぐ強姦殺人事件は社会不安を煽り、連続事件との見方が強まったことから、2004年、公安局は“甘蒙8・05事案”として省内の精鋭を揃えた特別捜査班と鑑識調査チームを設置し、捜査体制を強化した。 しかし努力の甲斐も空しく、事件はコールドケースとなった。

 

■葉

“小白鞋”事件から28年後の2016年8月26日、甘粛省・白銀工業高校の学内購買店店主・高承勇(Gao Chengyong・52)が連続強姦殺人の容疑で逮捕された。

 

28年間でおよそ23万点にも上った指紋照合の成果ではなく、贈収賄で逮捕されていた人物とあらたなDNA解析法がきっかけだった。

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2015年、甘粛省公安局は、それまでの捜査方針を見直し、犯人に直結する指紋とDNA解析に突破口を絞った。犯罪捜査のDNAライブラリーの強化を目的として、服役囚・前科者の指紋・血液サンプルを収集。

16年3月、公安省に発足されたコールドケース対策室は、最初の課題として甘蒙8・05事案を取り上げ、過去の追跡報告や科学調査の見直しを指導した。y染色体技術による新たなDNA鑑定法により、サンプルとの再照合が実施されることになった。

 

8月19日、張明鵬研究員は“とある賄賂犯”のy染色体上の27点が、サンプルと一致することを発見した。つまりその賄賂犯はかの連続殺人犯の血族ということになる。

当局は家系検索や物理的条件などから蘭州市の成河村・高氏族に照準を合わせ、同氏族男性らに対して採血調査を行った結果、ついに容疑者として高が浮上した。一本の根を辿ってその木の幹を調べ、最終的に一枚の“葉”にようやくたどり着いたのである。

 

■物静かな男

高は1964年生まれ。白銀市街から車で40分程の距離にある蘭州市・青城町成河村の農家の出であった。

成河村は蘭州の「国立伝統村」として知られ、およそ2000人の村民たちが氏族文化を保存しながら農村観光産業を行う特別指定地域である。

高は逮捕の10日前にも親戚の子の入学祝いのために里帰りしていたとされる。とはいえ彼の生家はすでにないも同然だった。

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村人の話によれば、高は7人きょうだい(2男5女。他に幼いとき事故で亡くなった兄が一人いた)の末っ子で、中でも最も無口で引っ込み思案な性格だった。彼の父親は頑固者として知られており、高も厳しくしつけられたという。

少年時代、経済的困難から本売りの屋台を出すなどして家計を助けていた。姉たちが結婚して家を離れ、80年代半ばには両親を相次いで亡くした。父親は数年を半身不随で過ごし、高は付きっきりで介護をする孝行息子だった、と村人たちに記憶されている。夜中に往復60キロの道程を自転車で薬を買いに走ったという話も聞かれた。

大学進学は挫折し、その後パイロットを目指した時期もあったとされている。

 

村には長男が結婚して独立すると新たな家を建て、古い実家は次男が継ぐ習慣があった。高の兄も実家を出て家を建てたが、子育てのためにすぐ村を離れ、両親が亡くなると高がその新宅へ移り住んだ。古い実家は従兄弟が物置として使うようになり、建物は荒廃して誰も寄り付かなくなった。

 

事件後、高の姉は、兄弟の間には金銭的なトラブルがあったようだと話した。学費、家の賃料、財産分与…何が原因かは定かではないが、きょうだいたちは正月に挨拶回りに顔を見せ合う程度で集まることもなくなったと言い、高はそうした親戚付き合いさえもなく疎遠だったという。

高は86年に所帯を持つと、村に妻を残して銀山市などへ出稼ぎに出掛けるようになった。夫は頻繁に家を空け、親類からの援助もなかったため、身重の妻は糊口をしのぐために声を涸らして蒸し饅頭を売るしかなかった、と村人たちは話す。出産から2、3年は村に戻って農業などをしていた時期もあったが、村民とはほとんど交流を持たなかった。

やがて高も妻子とともに村を離れ、逮捕時には白銀市郊外の老朽化したアパートで暮らしていた。

 

■事件への反応

高が生まれ育った蘭州の農村部では、ID申請のための指紋登録は行われておらず、高自身はその後も指紋採取の機会を避けてきた。彼は帰村と出稼ぎを繰り返しながら、捜査の網を掻い潜るために定職に就かず所在を転々としていたと見ることもできる。

帰村したのも妻の出産のためというより、88年の“小白鞋”事件のほとぼりが冷めるのを待っていたように思われる。食料品店を営んでいた妻のもとに依頼があり、学内で購買店を始めたのも逮捕の1年前のことだった。

 

中国紙「新京報」の電話取材に対して、高の妻・張青峰さんは「夫は物静かで、頼りになり、正直な人だった。あんな残酷なことができる人とは思えない」と語った。彼女が家族の反対を押し切る形で結婚したのも、男の誠実さに惹かれたからだったという。

「長年落ち着いた生活を送ってきた」と語る一方で、逮捕前に血液採取を求められた日には「夕食時に手が震えているようだった」、過去に「寝苦しい日が続くこともあった」と述べた。

若い頃の夫は何日か、ときに一週間近く家を空けることもあった。帰宅するとポケットに数百元のまとまった金が入っていたことから、出稼ぎをしているのだと妻は長い間、信じていた。

j.people.com.cn

すでに“小白鞋”事件から28年が経ち、長官は6人が入れ替わるなど警察関係者の顔ぶれも様変わりしていた。無念と後悔のうちに退職したOBらは逮捕の報を受けて、積年の想いをメディアにぶつけ、遺族の中には咽び泣く者もいれば爆竹を鳴らして歓喜する者もあった。被害者・楊さんの義姉は、彼女に白銀市での仕事を紹介したことに罪悪感を感じて、何年も楊さんの実家に戻ることができなかったと打ち明けた。

 

中国ネチズンの多くは、逮捕の報に安堵するとともに、快楽殺人者が長年“善良な市民”の顔をして生活を送っていたことに脅威と恐怖を覚えた。2000年代の後半には、「毎日恐怖に打ち震えていたが、殺すたびに得られる喜びに抵抗できなかった」等と犯人の“なりすまし”がインターネット上で跋扈し、彼らの娯楽になったこともあったためだ。

 

その後、高の息子は「父が行ったことを事実と受け容れましたが、なぜそんなことをしたのかは理解できません」と率直な感想を述べた。

 

■悪人

逮捕後、高は容疑の白銀市での9件に加え、白銀市でもう1件と内モンゴル自治区・包頭市昆都区での1件、14年間で合わせて11件の強盗殺人、うち3件の強姦と3件の遺体損壊について自供した。

 

当初の目的は窃盗であった。貧困家庭に育った男は、結婚と出産によって更に経済状況が逼迫し、その場しのぎに町へ出て強盗を試みた。目撃情報を断つために行われた殺害は男に興奮の味を覚えさせ、当初の目的は失われて犯行はエスカレートしていった。

白銀署の捜査関係者は逮捕当初「高は冷静、冷酷な屈折した性格の持ち主で、赤い服を着た女性を見ると残酷性が表出し、鬱憤を爆発させて凶行に及ぶ性倒錯者だった可能性もある」と説明した。

しかし高はその後の供述で、「赤い服、ハイヒール、長い髪」といった標的の容姿に関する噂は誤りとし、「若くて見た目が良かったから」狙ったと説明した。手口について、一人歩きしている若い女性の後をつけ、帰宅してドアを開けた瞬間に室内に押し入って金を要求したと話した。

 

また98年から3度に渡って性器など遺体の一部を切除して持ち去ったことについて、激しく抵抗した相手に対する“復讐”的意味合いだと説明した(ネチズンの噂話には、レイプがうまくいかなかったために性的目的を果たすために切除したのではないかと囁かれていた)。この時期は“殺害への欲求”が昂ぶって、興奮して夜も寝つけなかったと告白している。

凶器には市内で購入したナイフとナイロンロープ、ときにはドライバーが使用され、遺体から得た“戦利品”とともに黄河に架かる橋から投げ捨てたと処理についても明かした。

 

2002年以降、連続的犯行を中断したことについて、高は犯行後の無力感を主な理由に挙げた。殺害衝動の減退、抵抗を受けた際に感じた自身の体力的な衰え、さらに高自身の二人の子どもが成長したこと等がその背景とされた。犯行を中断して以降は、蘭州と内モンゴルでの出稼ぎで子どもたちの学費を稼がねばならなかった。

検察官・王湖民氏は中国央视网(CCTV)の取材に対し「包括的な動機は複雑で、その目的も多様であると言わざるを得ない。強盗、レイプ、殺人のいずれもが彼の異常心理の中でつながっている」と述べている。

 

裁判の2日前には、拘置所内の壁に頭を打ち付けて自殺未遂をしたとも報じられた。

移送に付き添ったベテラン裁判官は「数えきれないほどの囚人を見てきたが、公判前に高被告ほど落ち着いている人物はいなかった」と凶悪犯の冷静沈着ぶりを強調し、その様子に抑えきれない恐怖心が募ったと語った。

 

その性格については、弁護を担当した朱愛軍も「感情的な変動が全くない」と驚きを持って話している。犯行の詳細について聞き取りをするときも「まるで他のだれかの話をしているようだった」という。彼の目に映ったそのシリアルキラーは、心理的忍耐力とともに、人並み以上の記憶力を備えた人物だった。すでに犯行から何年も経っているにもかかわらず犯行時刻や住所、被害者の戸籍番号といった詳細まで覚えていたという。

高の淡々と落ち着き払った態度は弁護士に苛立ちすら感じさせた。だが8歳の女児の事件に話が及ぶと感情的変化を見せ、「自分は悪人だと思う」「むしろ狂っている」と後悔を滲ませたという。犯行を終えた高は、そのとき喉に強い渇きを感じて現場で水を口にしている。

 

■スムーズな裁判

2016年11月24日、高承勇は起訴され、翌17年7月18日に白銀市中級人民法院(趙永吉裁判長)で民事裁判が開始された。

検察官は冒頭陳述で、「私たちが犠牲者に対してできることは、故人の魂が安らかに眠ることができるようにそれぞれの事件を詳らかにし、検証していくことである。被告は犯したこれらの罪について法的責任を負わなければならない」と宣言した。

 

高は11事件に関する起訴内容をすべて認め、裁判官の質問に淀みなく真剣に応対した。

遺族は数十万から数百万人民元の民事補償を求めていたが、男に支払い能力がないのは火を見るより明らかだった。すでに被害女性たちの親たちは高齢になっており、傍聴に出席できない者も多く、早くすべてが終結することだけを願う声も聞かれた。

高の親族によっておよそ100万元が補償されたが、男が遺族に与えた心的外傷の大きさの前では小さな慰めにしかならなかった。

19日午後の後半で、高は遺族らに対し、三礼して「对不起(申し訳ありませんでした)」と謝罪し、自らの臓器提供の意思と可能な限りの賠償を行うことを表明した。

 

公判はスムーズに執り行われたが、判決審だけは二転三転して延期された。

2018年3月30日10時、白銀中級人民法院は、高被告の強盗、強姦、殺人および遺体損壊について、死刑、生涯にわたる政治的権利の剥奪、全財産を没収する判決を下した。また判決発行日に犠牲者遺族には39,945元(約68万円)が支払われた。

 

  

 高は上訴を行わず、死刑が確定し、2019年1月3日朝、白銀区人民法院最高人民法院の承認のもと、高承勇を処刑した。

男は出稼ぎ生活が長かったこともあり、自身の子どもたちとも円満とはいえない家族関係だった。弁護士に「すべて自分が一人でやったこと。家族や子どもたちには関係ない」と語り、彼らの将来に影響がないことを願っていたという。

 

 

 

参考; 

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