鹿児島市女子高生死体遺棄事件

2019年8月、鹿児島市吉野町の山林で一部が白骨化した身元不明の遺体が発見される。その後、遺体は県内で13年前に行方不明になっていた(当時)高校3年生だった女子生徒と判明。

事件はすでに終結済みだが、毎年、数ある行方不明事案と事件との中間ともいえるケースとして振り返っておきたい。

 

■発見

2019年8月13日午後、鹿児島市吉野町磯地区の山中で作業をしていた男性から「人骨のようなものがある」と警察に通報が入る。

発見現場は、JR鹿児島中央駅から北東約5キロの山林内で、薩摩藩島津家別邸の名勝・仙巌園(せんがんえん)のすぐ近くであった。

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仙巌園錦江湾を大きな池に見立てて桜島を臨むことができる雄大な景色から「磯庭園」とも呼ばれ、島津斉彬が大砲鋳造のために設けた旧集成館反射炉などが「明治日本の産業革命遺産」のひとつとして2015年に世界文化遺産に登録されるなど、鹿児島を代表する歴史観光スポットとして知られる。

また2018年にはNHKで放映された大河ドラマ西郷どん(せご)』のロケ地としても登場しており、当時は特に脚光を浴びていた。一日数百から数千人もの拝観者があり、目の前を通る国道10号は鹿児島市から県東部、宮崎、大分までをつなぐ主要道路で交通量もある。海水浴場にも近く、周囲にコンビニや飲食チェーン店もいくつか存在する。

一方で周辺人口は少なく、発見現場は近隣住民でも滅多に立ち入らない山林であった(下の地図の駐車場北側)。不審車両の出入りがなかったかなど、周辺の防犯カメラ映像の解析が進められた。

 

 

 

 

その後、県警が捜索した結果、8月19日16時25分頃、一部が白骨化した残りの遺体を発見。大半が土に埋められていたことから死体遺棄事件と断定して殺人の可能性も視野に入れて捜査が進められた。

司法解剖の結果、目立った外傷はなく死因は特定されなかったが、発見時点で「死後1年は経過していない」と見られた。8月下旬には遺体着衣の一部のイラストを公開され、身元の特定が急がれた。

 

■特定

 9月25日、鹿児島県警は、遺体のDNA型鑑定、歯型の治療痕によって、2006年4月から志布志市で行方不明となっていたNさん(不明当時17歳)と判明したと発表。

行方不明から約13年ぶりの発見は、最悪の結末を迎えた。

しかし行方不明とされてからすぐに死亡した訳ではなく、10年以上の間、生存していたとみられることから、その間の彼女の足取りや、はたしてだれが遺棄したものか、様々な憶測を呼んだ。

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桜島の左手にあるマークが発見現場、右下が志布志市

志布志市から直通の電車こそ通っていないが、鹿児島市までおよそ80キロメートル、車であれば90分ほどの距離である。

たとえば自発的な家出のほか、誘拐犯による長期監禁や洗脳状態に置かれていた、あるいは暴力団などによる人身売買ルートに流された、などといったことも考えられた。

 

■行方不明

 Nさんは県立高校3年生だった2006年4月初旬に行方が分からなくなった。

当時、父、妹、弟との4人暮らしで、夜中に家から出て行く物音を家族が聞いていた。携帯電話や財布を持って出たことから、自発的に外出したものと考えられた。

しかし、翌日以降もNさんは帰宅せず、高校から「始業式に出席しなかった」と父親に連絡が入り、6日、志布志署に家出人捜索願を提出。犯罪に巻き込まれた可能性がある「特異家出人」として受理されていた。

しかしその後、家族に「元気でいる」という趣旨のメールが複数回届いており、内容の一部に家族だけが知る情報が含まれていたことから、本人が発信したものと考えられた。また離婚して別居した母親にも同様のメールがあったとされている。

 

そのため、家族はNさんが事件に巻き込まれたとは考えておらず「家出」として捉え、親族間で話題にすることは避けて過ごしてきたという。

2019年に発見された遺体がNさんと特定された際、遺族は代理人弁護士を通じ「事件のことを知り、驚きと深い悲しみに包まれています。捜査を見守っていきたい」とのコメントを出した。親族の女性は「おとなしく、勉強もできる子だった。どこかで誰かと一緒に生活していると思っていたのに。こういうことになって苦しい」と語った。

 

 

■時効 

2020年4月22日、鹿児島県警捜査1課は、Nさんの死体遺棄の疑いで、鹿児島市の30代・無職男性を鹿児島地検書類送検したと発表した。つまり被疑者は特定したが、逮捕をしないということである。

 それまで発覚を免れていたものの、死体遺棄事件となったことで捜査が本格化し、当時Nさんの知人だった男性が浮かび上がった。男性は「事実に間違いない。Nさんの家族に申し訳ない」と容疑を認めた。

殺人を含む凶悪犯罪については2010年に公訴時効は廃止されているが、「死体遺棄」であることから「3年」という時効が成立した格好である。無論、殺害についても捜査や任意の事情聴取は進められたと考えられ、その結果、男性は殺害に関与していない(殺人罪に問うことはできない)と判断されたことになる。

 

Nさんは家を出た2006年4月以前にインターネットを介して男性と知り合い、家を出てからすぐに男性が鹿児島市内に借りるアパートで一人で暮らすようになったという。

男性は10年ほどの間、Nさんが暮らすアパートを訪ね、食料や日用品などを届けていたが、2016年5月にアパート内で死亡しているのを発見。「家出人を匿っていたことがばれるのが怖かった」として、数日後、遺体を山林に遺棄したと話している。

県警はNさんの死因が特定できてはいないものの、他殺の可能性は低いとした上で、男性による監禁についても認められないとし、事件を終結させた。

Nさんの遺族は弁護士を通じて、「犯人が処罰されないことは残念としか言いようがありません。今はただそっとしておいてほしいと思います」とコメントを出している。

 

 

 ■“出会い系”からSNS

Nさんと男性がどのようなサイトを通じて知り合ったのか、家出以前に面識はあったのかといったことは明らかにされていない。

ここでは簡単に当時の若者のインターネット事情を確認しておきたい。1999年以降、NTTDoCoMoが提供した携帯電話サービス“iモード”によって、若年層のインターネット利用が爆発的に増加。『魔法のiランド』『スタービーチ』などいわゆる“出会い系”サイトが乱立し、売買春やわいせつ被害の低年齢化が大きく問題となった。2003(平成15)年にはいわゆる出会い系サイト規制法が成立したが、下の表の青線を見ても分かるように青少年の利用状況に大きな影響を与えなかった(出会い系サイトは08年の規制強化で大きく減少に転じている)。若者たちは携帯での出会いを積極的に求め続けていたのである。

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規制強化の流れを受け、2004年には『前略プロフィール』『GREE』『mixi』といった交流サイトが立て続けにサービスを開始し、若い世代を中心に人気を博した。趣味や関心領域、ブログ等を介して、見知らぬ人と知り合うことが当たり前となった。また地域掲示板などを介して連絡を取り合ったり、イベントオフ会なども定着した。

同じ鹿児島県内で同年代の男女が知り合う、それも「家を出たい」という少女がいれば「助けになろう」という男性が現れることはなにも不思議なことではない。2010年代には「ネカフェ難民」や「家出少女」が社会問題化することを私たちは既に知っている。貧困や虐待、家庭内不和、あるいは自分の夢や目標を叶えるためといった様々な事情で家を出たいと考える若者はいつの時代にも一定数いた。

 

■事件について

母親は離婚して別居、弟妹がある家庭で家事の負担や将来への不安感から、一人になりたい、別の人生を歩みたいと考えたのかもしれない。多感な高校生の時期にネット上での協力者との出会いをきっかけに家出が実行されたと見られる。素直に想像するなら、10年間もの間、男性からの支援で生活してきたものの、病気か何かで亡くなってしまったというところだろうか。

男性に殺害の疑いを向けることもできるが、自身やNさんとの将来に向けて思うところもあったには違いないが、家出少女に10年間尽くしてきた男性が急に殺害に転じるとはやや考えにくいものがある。重病者に対してそのまま放置すれば命の危険があると判断できているにもかかわらず病院に連れて行かない保護責任者遺棄致死などの可能性も想像できなくはないが、ほとんど周囲の人も知らない関係性と思え、遺族の意向などもあって立件されなかったのかもしれない。

裁判はおろか逮捕すらされなかった死体遺棄事件であるため、公開されている情報は多くない。そのため穿った見方はいくらでもできてしまうが、これ以上の詮索は自重したい。

 

都会であれば、水商売など金をつくる手立ても探せば見つかる。不良であれば縁故や金になる犯罪への手引きも身近にあるかもしれない。だが田舎の普通の学生が、不意に家出を思い立ったとき、手近にあったのが携帯電話のSNSだった。幸運にも協力者が現れ、彼女は家出を決行し、切ない最期を遂げてしまった。

だがこうした「普通の」行方不明者というのは、もしかすると私たちが考えている以上に多く存在しているのかもしれない。若い内は大きな病気もせずに衣食住の心配だけで事足りるが、いざ病気に罹って働けなくなったり、協力者(人によっては交際相手、不倫相手など)との間に軋轢が生じたりすれば、すぐに行き場を失う弱い立場で生きている。

「家にいたくない」「お金が欲しい」といった素朴な感情は老若男女を問わず誰しも生じることもある。見ず知らずの他人に一宿を求める「家出少女」や多額の金銭を法外に得ようとする「パパ活女子」などSNS上で自らの隙を見せるような行為は、犯罪者を増長させかねない愚行である。「家出少女」を狙った栃木連続少女監禁(伊藤仁士)や「自殺志願者」を狙った座間連続殺人(白石隆浩)のようなケースにいつ巻き込まれてもおかしくない。どれほど切実に「神待ち」をしていても神の顔をした悪魔の方がはるかに巡り合う機会は多いだろう。

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 たとえばDV等で家出やシェルターでの保護によって救われる人生もある。家出して金のために始めた商売で努力して幸せをつかんだ人もいるだろう。そのまま家に留まっていれば幸福だったとは言わないし家出の判断を強く咎める気もないが、結果的に見ればNさんに必要だったのは「家出に協力してくれる人」ではなかった。いつでも駆け込めていつでも帰ることのできる友人や、住み込みの就労を支援したりといったものの方が生活基盤を整える意味では理に適っていたかもしれない。

悩みを相談できる「リア友」、受け入れてくれる親類縁者や親身になってくれる教師など「頼れる大人」はいなかったのか。若さゆえの無謀さ、あまりにも身近になった「メル友」に頼り過ぎたことで道を踏み外し、行き場を失った悲劇ともいえる。当初どういうつもりだったかは分からないが家出を支援し続けた知人男性にも大いに非はある。

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生活困窮やDV、ヤングケアラー(若年介護者)、トー横キッズなど、日本のこども、若者を取り巻く社会問題は山積している。保護者の問題、よその家の話、と片付けるには忍びないが、私たちが支援できることはそれほど多くないのも現実である。

だが、たとえば近所のこどもたちとの挨拶や他愛ない声掛け、お腹を空かせたこどもがいれば「こども食堂」の場所を教えたり、学校・警察・児相などの公的機関につないだりといった小さな「おせっかい」が彼らの窮地を救う命綱になるかもしれない。 「大人は信用できない」ではなく「信頼できる大人もいる」ことを示すだけでも、こどもたちの人生は大きく変わる可能性がある。こうした悲劇を生まないために大人たちが社会を変えていく必要があるだろう。

 

亡くなられたNさんのご冥福とご家族の心の安寧をお祈りいたします。