いつしかついて来た犬と浜辺にいる

気になる事件と考えごと

大分県日出町主婦失踪と2つの事件について

2011年9月、大分県日出町で主婦が白昼に自宅からいなくなったとされる不可解な事件である。発生当時、同じ町内で起きた2つの未解決事件(女児連れ去り、高齢夫婦殺害)との関連が噂され、注目を集めた。

警察は主婦失踪について事件性を認めず「自発的失踪」とし、2つの事件については決着を見たものの、その結末にはやはり多くの謎が残されているように筆者は感じている。

本稿では同時期・同地域に起きた3事案を取り上げ、関連やそれぞれの疑問などについて考えてみたい。

 

 

■概要

2011年9月12日(月)、主婦の光永マチ子さんは朝から体調がすぐれず支度が遅れてしまったため、こどもたちを車で学校に送った。

だが9時45分頃、長女の前歯がかけてしまったと小学校から連絡が入り、マチ子さんはすぐに車で娘を迎えに行き、最寄りの歯科医院へと連れて行った。治療を終えた後、一度スーパーに買い物に立ち寄った(11時20分頃の防犯カメラに2人の姿が映っている)。

11時半ごろに長女を再び小学校へと送り届けた際、「めまいがするから家で寝ている。終わったら電話して」と長女に伝え、そのまま消息を絶った(※)。

 

大分県日出町(ひじ)は別府湾を南方に臨む人口28000人ほどの小さな町である。日出町大神(おおが)にある一家の自宅は田畑に囲まれており、隣の家まで150メートル離れており、夫婦と長男(10)・長女(7)の4人で暮らしていた。町の中心部からはやや離れており、どこに出掛けるにせよ車がないと不便な土地柄である。

マチ子さんはとても慎重な性格だったため在宅中でも必ず戸締りする習慣があったが、15時頃、長女が歩いて帰宅したとき玄関の鍵は掛けられていなかった。自家用車は家に置かれており、長女を学校に送った後に一度は帰宅していたものと見られたが、家の中に母親の姿はなかった。

いつも帰宅時には家で待ってくれていた母親が不在で、心配になった長女は父親と祖母に電話を掛け、母親の不在を伝えた。

 

その日のマチ子さんはTシャツに7分丈のパンツといった普段通りの装いだった。家のものを確認したところ、マチ子さんの「バッグ」「財布」「(普段使用していた)モノトーン色のポーチ」「家と車の鍵」「健康保険証やクレジットカード」「白い花飾りのついたビーチサンダル」といった日常的に身に付けていたもののほか、(過去に家から持ち出したことのない)愛用していた「自身の枕」、さらに長女がタオルケット代わりに使っていたアニメキャラ(プリキュア)がプリントされた「バスタオル」が紛失していた。

携帯電話は布団の傍に置かれたままで、衣類などを持ちだした形跡はなく、失踪以後も保険証やキャッシュカード、クレジットカードの利用は確認されなかった。冷蔵庫にはその日スーパーで買ったものと思しき「ペットボトルのお茶」が飲みかけの状態で残されていた。

 (※マチ子さんは長女に「病院に行く」と話していたとする情報もあるが、「携帯電話が布団の傍に置かれていた」情報を正しいとすると、別れ際には「家で寝てるから~電話して」と伝えたのではないかと考えられる。「今から病院に行く」という断定的な伝言ではなく、歯科医院や車中で「調子悪いから病院行こうかな」等のニュアンスの会話が交わされていたのかもしれない。しかしその後病院で診察を受けた事実は確認されなかった。)

■その後 

夫はメディアの取材にも積極的に応じ、「妻が何かしらの事件に巻き込まれた、連れ去られたと思っています」と真相究明の訴えを続け、事件の周知と情報提供を求めて各種ブログ、SNSに窓口を開設していた。

9月12日(月)より妻のマチ子が行方不明になっています。
家を出て行かなければならない理由には思い当たらず、私達家族には連れ去られたとしか言えない状況です。
女性が家出をするのに、化粧道具はおろか、着替えの一枚も持たず、数千円程度の所持金で財布と家の鍵、今後乗らないであろう車の鍵の入ったバッグを肩から掛け、今まで持ち出したことのない枕を脇に抱え、ビーチサンダルの軽装でなど有り得るのでしょうか?
妻の行方に繋がる情報を集めたいと考えています。
皆様へご協力をお願い出来ませんでしょうか?
宜しくお願い致します。


マチ子ですが身長152~153㎝、体重43~45kgの小柄で痩せ型体型です。
髪は肩よりやや長めで天然パーマがやや強く、毛先がクルンと巻いた感じです。
9月12日(月)は非常に暑く、黒っぽい胸に白地で文字だかデザインだかが入ったTシャツでした。
かなりの寒がりですので、今現在、外出出来る環境にいるならば当然、換わっているとは思われます。
家族が一番の人ですから、子供にばかり目が向いているかもしれません。
全く何処かにみたいな心当たりが無いだけに何処をどう探せばイイのかと途方にくれている有り様です。
妻の非常事態に何も出来ない自分が悔しく、情けないばかりです。
皆様のご協力だけが頼りに成りつつある状況です。
宜しくお願い致します。

 

***

補足です。
声は年齢を下回る感じで、高めの声です。
普段は髪は後ろで一つに束ねていることが多いです。
行方不明当日も髪は纏めていました。

小中学校、高校と別府市ですし、就職も別府市内でしたから基本的には自分一人で県外へ行ったことがないといつか話をしていた記憶があります。
家族で出掛ける時も県外での一般道での運転は極力避ける方でした。
慎重な性格で石橋を叩いても渡るのを躊躇する位ですから、派手な行動などをしているとは考え辛いです。
実際、ここまで全く目撃情報がない以上、妻が表に出られる生活を送らせて貰っているか疑問です。
それでも、情報が寄せられることを期待しています。

***

妻のマチ子が行方不明になって6週間を経過してしまいました。
この6週間、妻マチ子の目撃情報すら出てきません。
マチ子は今、どのような状態でいるのでしょうか?
表に出られない状態なんでしょうか?

何処かで子供逹に会いたい気持ちと家に帰りたい気持ちを持ち続け、目の前の恐怖と戦っている妻をどう励まし、どうやって探し出してあげられるのか?
何も出来ない今の自分を責めるしか出来ません。
皆様の目を頼りに妻マチ子の情報を集めたいと思います。
どうかお願い致します。

友人達には子煩悩として知られており、失踪のつい3日前には仲間たちでカラオケで盛り上がり、そのときも不審な様子は見られていなかった。近々予定されていた小学校の運動会や親戚の結婚式、自分の誕生日などを楽しみにしていたと言い、急に居なくなる動機は見当がつかなかった。

自宅内の詳しい鑑識は行われなかったが、警察犬が一度動員されたと言い、玄関先から行方を見失ったとされる。失踪から約1か月後、自宅に女性の声で「助けて」とひとことだけ告げる電話がかかってきたことがあったが、マチ子さん本人によるものかイタズラによるものかははっきりしない。

 

 

 光永さん宅は周目に付きづらいことから居空きを狙った侵入者が現れたのか、あるいはこどもの帰りを待つ母親が一人在宅していることを前々から知っていた者による計画的な連れ去りとも考えられた。夫や知人たちは思い当たる節がないと訴えるものの、部屋が荒らされた様子もないことから、不倫相手との駆け落ちなども否応なく想像されてしまう。 

しかし警察は事件と断定するに足る証拠が見つからないことから、主婦の自発的失踪として対処した。

 

その後、夫の各ブログ投稿、一部アカウントは削除され、掲載されていたmps等の行方不明者捜索サイトからも名前が消されている。ブログには夫や妻マチ子さんへの誹謗中傷コメントが書き込まれ、地元でも様々な噂が流布したという。また削除前の記事には、警察の本格的捜索にもつながらずいつまでも現状のまま情報募集を続けてもいられない、妻の免許更新が行われないようであれば捜索アカウントを消す旨の告知があったとされる。

捜索を断念したとも捉えられる夫のカキコミ削除について、ネット上では「駆け落ちしていた」「すでに帰ってきた」等の匿名カキコミもいくつか存在しており「解決済み」とする噂もあるが、その真偽は定かではない。

 

 ■小さな町の大事件

マチ子さん失踪の翌日である9月13日13時45分頃、日出町川崎にあるスーパーで2歳女児の行方不明事件が発生している。

近隣に住む主婦(34)が駐車場に車を停めて僅か5分程の買い物(弁当を購入)の間に、車内に残していた女児(2歳10か月)がいなくなったとして店員らと近隣を捜索。「(女児は)眠っていて起きなかった。買い物で少し離れていただけなのに、どうしよう」と母親はうろたえた。14時頃には110番通報して娘の行方不明を訴えた。 

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女児は身長約90センチ、体重約12キロ、足は筋力不足で自立歩行ができなかった。そのため自力で車外に出ること、遠くに出歩くことは不可能だと母親は訴えた。

「カメラはありませんか」

白のワゴン車は店舗出入口から20メートルほど離れた一角に駐車されていた。店内には10台の防犯カメラがあったが、駐車場向きには設置されていなかった。母親はすぐに買い物を済ませるつもりでいたため、エンジンを掛けてエアコンが付いたままの状態でドアは施錠しておらず、後部座席に設置されたチャイルドシートのベルトはロックされていなかった。

スーパーは駅から約200メートルに位置し、交通量のある県道沿いの拓けた場所で、周辺には住宅や店舗なども多く「人目に付きやすい場所」といえた。母親が入店する際に行き違いに店を出たというタクシー運転手(43)は、当時駐車場には2,3台の車が停まっており、「1人が荷物を積んでいたが、変わった様子はなかった」と証言。警察が防犯カメラの映像を確認したところ、母親が店内にいたのは約3分ほどだった。

白昼堂々と街中で、ほんの短時間の僅かな隙を狙って誘拐する人間がいるのかと恐怖と疑念が人々の脳裏を交錯した。

 

同11年3月には熊本県熊本市のスーパーで3歳女児の連れ去り殺人が起きていたことも事件性を想起させた。買い物中の両親から女児が一人離れてトイレに向かったところを攫われた事件である。防犯カメラの解析と情報提供から失踪翌日に同市内に住む大学生の男(20)が逮捕されたが、同店トイレに女児を連れ込んで間もなく殺害。娘を捜索していた両親は店内トイレにも探しに行ったが、犯人の男が「使用中」だった。男は遺体をリュックに入れて持ちだし、約700メートル離れた人目に付かない水路脇に遺棄していた(なお2013年に無期懲役が確定している)。

一方で日出町の女児失踪について、誘拐にしてはあまりに手際が良すぎること、不審者や「乗車していた女児」の存在が確認されていないこと、母親の言動などに不信感を抱く声も少なくなかった。秋田児童連続殺害事件(2006年、畠山鈴香)の騒ぎを重ねて、母親による自演自作を疑う向きもあった。「乳幼児の不審死」の第一の嫌疑は保護者に向かうのが常道とされる。

 

9月15日、日出警察署は、身代金目的の可能性が低く、緊急性が高い事案として公開捜査に踏み切った。女児の服装は、ピンク色に大きなハートマークがあしらわれたTシャツ、黒字に赤白のチェック柄のスカートといういで立ちだった。

女児がいなくなったとされるスーパーはきしくも失踪した日にマチ子さん母娘が買い物に立ち寄っていた店と同じだったため、2日連続で起きた失踪に何か関連があるのではないかと注目が集まった。警察は関連性については「今のところ分からない」と濁し、マチ子さんの夫は「女児とは面識がない」と声明を出したが、女児の両親とマチ子さんの年代も近いことなどから様々な憶測が囁かれることとなった。

 

またマチ子さん失踪より2か月半前の6月27日には、農業を営む80代の高齢夫婦が自宅で不審死を遂げていた。日出駅から南東へ約1キロほど離れてはいるが、女児がいなくなったスーパーと同じ日出町川崎で発生した事案である。

28日に行われた司法解剖の結果、殺人事件と断定され、日出署は捜査本部を設置。夫(86)の死因は腹部1か所を内臓に届くほど深く刺されたことによる失血死、妻(84)は背中1か所に浅い刺し傷があったが死因は特定されず2人に抵抗した痕跡(防御創)はなかった。発見時にはすでに死後4日程が経過しており、おりしも連日30度近い猛暑が続いた影響で身元特定が困難なほど腐敗が進んでいた(後に歯型から住人夫婦と特定された)。

 

23日午後の時点で2人を目撃した人物が居り、生存が確認されている。その後、夫婦の姿が見えないことを不審に思った親類が連絡を取り、27日19時頃に付近に住む長男・長女・別の親族女性の3人が高齢夫婦宅を訪問。

玄関・勝手口とも施錠されており、1階周囲は雨よけの引き戸も閉められて室内が見えない状態だった。3人は敷地内にあった「置き鍵」を使用して勝手口から入室。室内の照明は点いておらず、男性は1階・書斎テーブルに寄り掛かるように、女性はテーブル脇の床にうつぶせで倒れている状態で発見された。

現場は2階高窓が解錠されていたが人が出入りした形跡などはなく、血痕は遺体のあった書斎以外で確認されなかった。2人の着衣は普段日中に着ているものと同じで、新聞受けには25日以降の新聞がたまっていたことから、24日の日中に殺害された可能性が高いとされた。

「とにかく真面目で人当たりの良い人」「トラブルの話は聞いたことがない」と近隣住民は首を傾げるも、現場に凶器はなく、室内が荒らされた様子もないことなどから、顔見知りによる犯行、怨恨による他殺の可能性を視野に入れて捜査が続けられていた。

この高齢夫婦の自宅は、マチ子さんが長女と治療に訪れた歯科医院の斜向かいにあった

 

6月24日頃・親類が高齢夫婦の安否を確認

6月27日19時頃・長男ら3名が高齢夫婦の遺体発見

6月28日・司法解剖で刺殺とされ、捜査本部立ち上げ

9月12日正午~15時頃・マチ子さん失踪(事件性なしとして半月公表されず)

9月13日14時前・2歳女児行方不明

→全国ニュースに大きく取り上げられる

日頃は平穏な小さな町の半径1.5キロという狭い範囲で3か月の間に立て続けに3件もの大事件が発生したことでマスコミは騒ぎ立てた。そのため「失踪した主婦が誘拐したのではないか」といった説や「犯人が主婦に目撃されたと思って攫ったのではないか」といった3事件を結び付ける様々な憶測が囁かれた。

高齢夫婦殺害、主婦失踪、幼児誘拐と三者三様の事件に、町民たちも何が起きているのか分からず不穏な空気に包まれた。 

 

■ いくつかの結末

・母親のウソ

女児失踪から約5か月後の2012年2月5日、女児の母親・江本優子(35)が夫に付き添われて出頭し、死体遺棄容疑で逮捕された。数日前から不眠や食欲不振などが続き、5日朝、夫から事情を問われて、遺棄を告白したという。

私は殺していない。娘が自宅で死んでいるのを発見し、動転して隠してしまった」

連れ去りの通報は虚偽と認め、供述によってスーパーから約3.5キロ、自宅から約3キロ離れた日出町大神(きしくもマチ子さん宅と同じ町内)の雑木林の地表近くで女児の骨が発見された。穴を掘って埋めた痕跡はなく落ち葉が被っただけでほとんど地表に露出した状態で、着衣や所持品は発見されなかった。

 

江本の夫はフェリー会社に勤務しており、業務で10日間ほど家を空けることもあった。女児失踪時にも仕事で家を空けており、その日の夜に帰ることになっていた。小学1年の長男は軽度の情緒障害(注意欠如多動症ADHDとみられる)を抱えており、学校への送迎や夫不在中の2児の世話は江本ひとりで行っていた。

ワイドショーなどでは、故郷の国東市から3年前に越してきたため周囲に相談相手がいなかった、育児の悩みや疲れを抱えていたのではないかとする論調もあった一方で、同じような障害児の保護者に苦労や不安を打ち明けることもあったと伝えた。知人女性は「お兄ちゃんは動き回るし、下の女の子はあまり動けないので、お母さんは大変だった」と証言している。

夫方の親類によれば、江本は医者に長男の障害も「だんだん良くなる」と言われており悲観はしていなかったという。車も子どもたちのために内装や後部チャイルドシートが確認しやすいように専用ミラーを装着するなど工夫を凝らし、長男の通う小学校のPTA役員を自ら引き受けるなど育児に熱心な様子もあり、周囲の人間も虐待や育児ノイローゼの兆候は見られなかったと話す。

江本の母親によれば、孫娘の脚の発育状況も「筋力が付けば大丈夫」と医者に言われており以前より成長も見られていたと言い、「育児も孤独も、普通の母親によくある程度ではないかと思います」と母親の立場から娘の状態を冷静に捉えていた。

江本の父親は「こどもが居らんようになったということはずっと信じとったから(自分には事故か事件かどういう訳なのか)何も分からんで、ただ(孫娘が)死んだっていうことだけ(しか分からない)」と娘の逮捕に驚きを隠さなかった。

 車で1時間ほどの距離に離れて暮らす夫の父親は「心細いからか(江本から)しょっちゅう電話がかかってきました」「私らがもっと面倒見てあげていたら」と後悔の色を滲ませ、「『じいじ、抱っこ』とよちよち歩きながら抱き着いてくる(孫娘の)仕草が今も思い出せる」と胸を痛めた。

 

f:id:sumiretanpopoaoibara:20210702105612j:plainChristian AbellaによるPixabayからの画像

 

2012年4月18日、大分地裁(真鍋秀永裁判長)で公判が開始された。発見された遺骨から死因の解明は困難とされ、殺害に関する目撃証言や物証も存在しないことから、検察側は死亡の経緯には触れず(事実上、殺人罪での起訴を見送り)、死体遺棄による懲役2年を求刑。江本は起訴事実を認め、弁護側は執行猶予を求め、即日結審した。

5月29日の判決審で、真鍋裁判長は「刑事責任は重いが、結果的に自白して家族に謝罪し、反省している」として被告に懲役2年・執行猶予3年の判決を言い渡した。

江本の証言によれば、9月13日の朝、自宅2階の寝室で毛布にくるまった状態で女児が死亡しており、「気が動転して」遺体をワゴン車に乗せ、長男を学校に送り届けた後、町内を走り回り墓地付近の雑木林に遺棄したとされる。

 

ワイドショー等の論調は基本的に「児童虐待」「育児ノイローゼ」を抱えた母親による犯行であろうとする見方で取り扱われた。だがはたして本当にそうだろうか。この事件はまた違った捉え方ができるように感じる。

スーパーの防犯ビデオ解析で江本の実際の行動が確認されるなど、女児行方不明の当初から警察は母親に相当な嫌疑を向けていた。任意の事情聴取とはいえ、江本は精神的プレッシャーや捜査員からの揺さぶりも受けていたに違いない。

しかし5か月もの間、うたわなかったのはなぜか。メンタルを崩していたとすればもっと早々に白状して楽になろうとするのではないか。遺棄された状況から考えても「絶対に見つからない自信があった」「隠し通そうとした」ようには到底思えない。

なぜ「私は殺していない」のに通報や病院へ連れていくなどせず遺棄する行動に出たのか。仮に江本の言う通り「私は殺していない」のが事実だとすれば、熱中症や睡眠中の呼吸困難などによる病死や事故死、それとも「別の人間が殺した」ということだろうか。江本が娘の死に際を目撃したかどうかは分からない。だが母親は娘の遺体を見たとき、咄嗟に“ある事故”を連想してしまったのではないか。

自ら遺棄し、娘がいなくなった理由を“連れ去り”かのように隠蔽工作した行動は、犯罪以外の何物でもない。しかし警察から自分が疑われていると察した母親は“娘の死”をどのように伝えるべきか迷った末に長く自白を拒んでいたようにも思える。

 

筆者には、遺体がどんな状況だったのか(眠ったように息をしていなかったのか、明らかな殺害の痕跡があったのか等)は分からないし、だれが殺害した可能性が高いというつもりもない。仮に“ある事故”が事実として起こり、江本が誰かを庇っていたとしても擁護するつもりもない。

江本が自らの過誤を覆い隠すために苦し紛れの言い訳をしたとも十分に考えられ、取調べに耐えた「5か月」は別の意味を持つのかもしれない。墓地付近に遺棄したことについては僅かばかりの弔いの意思とも捉えられ、地表付近に遺棄したのは焦りや計画性のなさを感じさせる。だが裏を返せば、衣服を着せていない点や獣害予防のために地中深くに埋めなかったことは遺体の風化や散逸、故人の特定困難を想定していたかのようにも見受けられる。

ネット上では、こどもたちの障害・生育の遅れも江本による捏造なのではないかとする非難めいた憶測も見られた。たしかに記事やニュースで得られる情報からは、病気の子どもを甲斐甲斐しく世話すること(ときにこどもの疾病を捏造して周囲に熱心に世話しているように見せること)で自らの心の安定を図る代理ミュンヒハウゼン症候群のように見えなくもない。

だが夫が帰ってくれば通報は免れず、通報されれば自分や残された我が子が疑われ一生が台無しになる、発覚を免れるにはどうすれば…気が動転して解離状態に陥り、そうした発想や行動に及ぶことも現実にありうるのではないかとも感じられる。

2歳女児への不憫さは残るものの、状況証拠だけで母親の殺人罪をも決めてかかる冤罪裁判にしなかった司法判断は「母親が殺害した確定的証拠が得られなかった」ことを示している。母親のウソと供述、裁判の“玉虫色の決着”をそれぞれどう捉えるべきかは各人の判断に委ねたい。

 

 ・密室と消えた凶器

高齢夫婦殺害の捜査本部は110人態勢で現場調査や人間関係の洗い出しなどに奔走したが、容疑者の特定は難航した。

2011年12月半ばに見つかっていない凶器の発見を目的として、夫婦宅の南側・東側にある2か所のため池(水深1~2メートル)の水を抜く大規模捜索を実施。農業用池のため農閑期まで捜索を控えていたもので、底泥を浚ったり、金属探知機をかける等して3日間に渡って捜索が続けられたものの、拾得物の大半は劣化した空き缶で凶器らしいものは発見されなかった。

 

はたして捜査本部は第三者による犯行の手掛かりをつかむことができず、事件そのものの見立てを180度転換させた。

・2階窓は解錠されてはいたが第三者による侵入の痕跡が認められず、夫婦宅は「密室」状態だったこと

・夫の傷の状況から失血死するまで数時間存命だった可能性があること

・死亡推定時刻に妻とは半日から数日程度のずれがある

 との見方を強め、夫が妻を殺害後に自殺した無理心中事件との見解に至ったのである。

 

捜査本部の見立てでは、動機として2011年3月に妻が大病を患って手術を受けており、夫が家事や介護を行っていたが、自らも重い病気を抱えており、介護疲れや先行きへの不安から無理心中に至ったのではないかと結論付けた。

凶器については傷の形状・深さなどから夫婦宅の台所にあった3本の包丁が使われた可能性が高いとしたが、断定はされていない。2013年4月23日に夫を容疑者死亡として大分地裁書類送検した。

 

警察の見立て通りとすれば、夫は書斎で妻を背後から切りつけて殺害したのち、自らの腹部を内臓に達する程に深く突き刺し、それら血液をルミノール反応が出ないほど丹念に洗ってから、その間も一滴の血も垂れないように書斎に戻り、息絶えたことになる。洗い流したとて水場や排水管には相当量の血液反応が検出されたはずであり、それをずっと見逃してきた、1年以上も気付けなかったというのであろうか。

腐敗状況が進んでいたことで司法解剖に「ぶれ」が生じてしまうことやある程度の「幅」のある見当が必要なのは理解できる。だが4日間ばかりで2つの遺体にそれほどの「死亡時刻のずれ」が生じるものなのであろうか。“刺されてから1時間程度は生きていた可能性がある”、“半日から数日の生存日数のずれがあったとしてもおかしくはない”、という個々の鑑定が誤りだと言いたい訳ではない。

発見当初に「殺人事件」と断定されたのは司法解剖の結果を受けての判断であった。傷口の状態から刺された向きや力の加減、刃物の形状が導かれ、該当する刃物が「密室」から発見されなかったために「他殺」と断定されたものではなかったのか。それまでの判断を一転させるかのような決着は、死亡状況を断定できないことを逆手にとって無理矢理に捻り出した結論に思える。

導き出される断定的事実は「他殺か自殺かも分からなかった」「凶器は発見できなかった」のである。警察の「無理心中」という結論は、どこか事件の決着を急いだような、捏造の可能性すら感じさせるもののように筆者は思う。

 

f:id:sumiretanpopoaoibara:20210702111302j:plainMichelle ScottによるPixabayからの画像

 

すでに「解決された」事件ではあるが、警察とは異なる見方は成り立つものなのか、本筋から脱線して「無理心中ではなかった」可能性を検討してみたい。 

地方の戸建て住宅などでは都市部やマンション世帯に比べて施錠率の低さが指摘されており、「置き鍵」自体もそれほど珍しい行為ではない。小学生くらいの子どもがいる家庭では鍵を忘れたり紛失したときなどに締め出されないように、戸外の目立たない場所に予備の鍵を隠し置くことはままある。だが高齢夫婦のこどもたちはとうに成人であり、なぜこの家に置き鍵が存在したのかはやや疑問に感じられる。

たとえば夫婦が農作業を行う際には紛失のおそれから鍵を携帯していなかったことが考えられるだろうか。もしかするとかつて締め出されてしまったなどの経験があって、忍ばせていたものかもしれない。高齢で物忘れや失くしものが増えており、念のために…といった事情も考えられる。

2011年6月30日の朝日新聞は、長男ら3人が訪れた「玄関も勝手口も施錠されていたため周辺を探したところ、勝手口を出た付近に置かれた机の引き出しから鍵が見つかったという」と伝えており、素直に読めば、こどもたちは「置き鍵」の存在や隠し場所を知らなかったことになる。しかし置き鍵がいつ誰によって置かれたものなのかは不明であり、もしかすると犯人が宅内で鍵を得て、勝手口から逃走の際に使用し、目についた机に放り込んで立ち去った等も考えられる。

 

「介護疲れ」「老老介護」「将来を悲観」などは今日的事件の動機とされるトピックとしてよく見かけられ、ある程度の説得力がある。しかし、高齢夫婦は他に身寄りがなかったわけではなく、周囲には日頃から安否を気に掛けてくれる親類が居り、長男、長女も遠くない地域で暮らしていた。

そうすると却って、そもそもなぜこどもたちは高齢夫婦宅の、彼らにとって「実家の鍵」を所持していなかったのかが不自然に思えてくる。2人暮らしで周囲にも親族らが暮らしていたとはいえ、ともに高齢で、妻は同年に手術を受けるなどしており不測の事態も十分に考えられ、同居できない事情があるにせよ直系家族が合鍵を管理しておくのが当然の備えとも思える。

また日頃夫婦は施錠する習慣が薄かった可能性もある。近隣住民や地元の親しい出入り業者(農業関係、金融機関、民生委員、医療介護関係者など)は施錠管理の甘さを知る機会は十分あったと考えられる。

 

いくつか説を挙げて考えてみよう。 

①強盗説。農作業などで外出している隙に夫婦宅に侵入するも、夫婦が帰宅して遭遇、殺害に及んだとするもの。矛盾点として、室内に荒らされた形跡がないことや、猛暑で人通りこそ少なかったかもしれないが夫婦宅の立地自体は人目に触れやすい場所だったこと等から盗みに入ったものではないと考えている。

②知人説。第一発見者とは異なる親族や地縁者などによる犯行。夫婦の在宅時に訪問し、事に及んだとするもの。

③家庭内トラブル説1。夫婦と親族との間に確執があり、怨恨なのか保険金・遺産目当てかは分からないが、殺害が計画されたのではないかとするもの。既述の通り、身内が3人揃って鍵を持っていなかったことには大きな疑問符が付く。保険金や遺産があったとすれば受取人と考えられるこどもたちは真っ先に関与が疑われるケースといえる。

だが警察も第一発見者のアリバイは入念に確認しているはずであるし、仮に保険金や遺産目的で殺害していれば好んで第一発見者にまでなる必要はない。筆者としては第一発見者3人は関与していないと考えている。

④家庭内トラブル説2。親族が嘱託殺人を行った(第三者に殺人を依頼した)とすればどうか。依頼者のアリバイの問題はなくなり、凶器も持ち出し処理ができる。さらに勝手口前にあった机を使って犯人から依頼者へ鍵の受け渡しをしたようにさえ思えてくる。

しかしここにも多くの矛盾が生じる。

ひとつは金目当てで請け負う人物がいたとして、殺害後にやはり金目のものに手を付けるのではないかという点。だがこれも親族らが気付かなかっただけで幾ばくか盗られていた可能性もないではない。

ふたつめは不確実な殺し方だという点。偶々相手を刺して倒れて動かなくなれば「殺してしまった」と思うだろうが、はじめから殺害目的であれば呼吸や脈、心音、瞳孔など死亡の確認まで行うものではないか。即死する程の致命傷を負わせた訳でもなければ、滅多刺しや殴打を繰り返したわけでもなく、妻に至っては背中に浅い刺し傷である。

みっつめは「密室」であった点。あえて施錠までする必要はなく、部屋を荒らしておけば「強盗殺人」にカモフラージュできていたであろうにそうしなかった。逆に端から「自殺」を偽装するのだとすれば刃物を処理する必要はなかった。「犯人」は確実に発覚をおそれて密室をつくっているのである。

 

さらに気に掛かるのは、「雨よけの引き戸」が閉じられていた点である。

参考までに隣接する杵築市の2011年6月の気象データから「日付/1日の合計雨量/最高気温/日照時間」だけを抜粋する。数値の違いこそあれ、日出町川崎も降雨状況や気温変化は概ね近しいのではないかと思う。梅雨時ということもあり15日から一週間の長雨が続いており、21日から急激に暑さが増して、23日、犯行があったと思われる24日はすっかり晴れている。

15日/9.5ミリ/23.0度/0.0時間

16日/95.0ミリ/19.0度/0.0時間

17日/4.0ミリ/24.8度/0.2時間

18日/29.0ミリ/22.2度/0.0時間

19日/53.5ミリ/21.4度/0.0時間

20日/93.0ミリ/24.6度/0.2時間

21日/8.0ミリ/29.1度/6.0時間

22日/3.0ミリ/29.4度/1.2時間

23日/0.0ミリ/33.2度/8.4時間

24日/0.0ミリ/31.0度/12.6時間

25日/14.5ミリ/31.1度/8.0時間

26日/3.0ミリ/29.8度/0.1時間

27日/5.0ミリ/29.1度/0.5時間

25日以降の新聞(おそらく朝刊)は新聞受けに残されていたこと(言い換えれば24日以前の新聞は室内に存在していたと見てよいのかと思う)、遺体の着衣が普段昼間に着ているものだったこと(詳細不明だが部屋着とは異なる作業着や割烹着等であろうか)から、24日午前から部屋着に着替えるまでの間に犯行が行われたことは確かであろう。

普通であれば30度を超える暑さで昼日中に引き戸を閉めたままにする家があるはずもない。高齢夫婦に引き戸を毎日開け閉めする習慣があったかは不明だが、おそらく24日の日中、引き戸は開いていたと見てよいのではないか。

三者が殺害の発覚をおそれて部屋のカーテンを閉めて目隠しにするのであれば分かるが、犯人はご丁寧に引き戸まで閉めて逃げたのであろうか。外部犯であれば引き戸で隠すという発想よりも逃げることが先決である。とすれば、警察の想定通り「心中」を発覚されまいとしてやはり高齢夫婦が閉めたものであろうか。

だが心中直前に(普段の習慣と言われてしまえばそれまでだが)新聞受けからその日の朝刊を抜いたり、わざわざ部屋着から着替えたりする必要はない。朝まではそうした日常行動を取りながら、なぜ心中しなければいけなかったのか。妻の殺害方法に関しても、背後から刃物で浅く切りつけるよりも就寝中に事を遂げる方が心理的な負担感もないだろう。

一部には、遺族に保険金を残す等の目的で“殺人”に見せかけて自殺を試みたという説も存在する。やったことがないので正確なところは分からないが、自分の腹を刺してから血がこぼれないように気を配りつつ刃物を丹念に洗って…という、可能かどうかも分からない命懸けの“無謀な賭け”に出るよりは、たとえば不慮の火災などを装う方が苦もなく確実な方法に思える。

 

最後に、匿名掲示板に書かれた不確定情報として⑤家庭内トラブル説3について触れておきたい。第一発見者ではない親族のひとりが遺体発見時に消息が掴めず、その後ほどなく(自殺か他殺かは不明だが2つの失踪事件より前に)亡くなったとするカキコミが存在する。

事実だとは思わないが、仮にそうした人物がいたとすれば、夫婦との接触が容易でトラブルは生じやすく、犯行は衝動的かつ不確実な形態となり、発覚への恐怖心から現場を過剰に「密室化」したことは充分に考えられる。その家の構造を以前からよく知る人物であれば引き戸で覆い隠そうとする行動にも納得がいくのである。また警察の見立てのように夫が刺された後も存命だったとしても身内であれば通報しようとしなかったことにも合点がいく。

諸説を挙げてきたがすでに無理心中の結論は覆るものではない。夫婦が高齢であったことからご遺族らも捜査を早々に終えてほしい等の要望があったのかもしれない。明確な時期は不明だが2013年時点ですでに老夫婦宅は取り壊されている。字義通り不審死としか言いようがない不可解さ・不透明さを感じさせる結末だが、詮索はここまでとする。

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マチ子さんが犯行現場を偶々目撃した説については、ないと考えている。

上の地図では各所の大体の位置関係を示している。郵便局は小学校のすぐそばにあり、スーパーや総合病院は日出駅近く、町役場などは陽谷駅の南にあり、駅北側は飲食店や小売店で栄えており、日用的な買い物などは両駅付近で事足りる。歯科医院周辺は住宅街となっており、その更に南方は農地や工場が点在する。

あくまで筆者の推論にすぎないが、マチ子さん宅から用もなく足を延ばすことは考えづらい位置関係と見ている。

 

筆者にはソースが発見できなかったが、幾つかのYoutubeチャンネルでは「マチ子さんは老夫婦の遺体が発見される3日前の6月24日に老夫婦宅前の歯科医院を訪れている」と説明している。もしマチ子さんのその日の来院が事実だとすれば目撃者説は真実味を帯びて感じられるかもしれない。

 だが6月24日から9月12日までの間、次にいつ来るかも分からない相手を殺害現場の目と鼻の先で連日見張り続ける犯人など現実的に居るだろうか。筆者であれば口止めなど考えずに一目散に高飛びするが、もしかするとそうした執念深い犯人もどこかにいるのかもしれない。

同時期に同じ町内で起きた高齢夫婦の不審死、主婦の失踪、2歳女児の失踪は、全く偶然に立て続けに起こった事案だと筆者は考えている。

 

 

■行方

主婦失踪に話を戻そう。

なかには夫に嘱託殺人の疑いを抱く者もいるが、夫が失踪に関わっているとすればホームビデオの公開や積極的なメディア出演など行うはずがなく、何年にもわたってブログやSNSで地道に捜索を続けることは考えられない。夫が失踪に関与していないことは決定的である。

こどもたちは母親の失踪後、祖父母宅へ移り転校し、夫一人がしばらく元の住居で妻の帰りを待ち続けた。こどもたちは手のかからない年代に成長していくが、だからこそ貴重なこども時代に傍で成長を見守ってやれない父親としての苦しみや不安があったであろうし、妻の帰りを切実に願いつつも捜索活動から撤退する、新たな家庭生活へと踏み出す決断をしたとしても何もおかしいものではないのである。

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いくつか仮説を取り上げた後、自説を述べて終わりとしたい。

① 自発的失踪・単身家出説・・・たとえばDVなど家庭内に問題を抱えており行方をくらませたとするもの。友人に一度も相談することなく、実家などにも連絡しない、預金も手付かずで健康保険証も使用しない、それほど強固な失踪をほとんど別府周辺から離れたことがない人間が単独で続けられるだろうか。また失踪日の動向からしても、長女の歯が欠けるという不測の事態で半日を費やした直後に決行するとはまず考えられない。

②自発的失踪・駆け落ち説・・・失踪のパートナーが存在したとすればどうか。相手に経済力や生活力があれば、偽名で全くの別人として生きていくことも可能かもしれない。だとすると携帯電話は追跡されることを嫌ってあえて置いていった可能性も出てくる。事件捜査されないことで携帯電話のデータ復元・解析などもされていないと考えられ、完全に否定することはできない。

③自発的失踪・疾病説・・・体調不良の原因が心身の抑圧からくるものだったと考えると解離性障害などの心神喪失に陥って、不測の行動をとることも考えられる。だがそうした状態で車を使用せず、忽然と姿を消すことは可能だろうか。 徒歩で移動していれば、警察犬が家の前で嗅ぎ失うとも考えづらい。

④計画的誘拐説・・・マチ子さんが昼間にひとりで在宅していることを知っている人間が誘拐したとするもの。ストーカーであればそれ以前に何かしらの兆候(嫌がらせなど)があると考えられ、周囲に相談していないことからその線は薄いように感じられる。となれば知人関係や近場の出入り業者などとなる。故郷である別府市もおよそ15キロ、車で30分程の距離にあるが、日出町大神の住所まで知っている旧知の人間はかなり限られる。周辺地域であればそれなりに人の注意も向くことから難しいとも思うがないとは言い切れない。

⑤偶発的誘拐・送迎説・・・体調不良によりマチ子さんが知人やタクシーに病院までの送迎を依頼し、相手が衝動的に誘拐したとするもの。「枕」「タオルケット代わりのバスタオル」が持ち去られた理由と絡めてよく挙がる説のひとつではある。

知人であれば、近距離に居り、平日日中に時間がつくれて、夫より頼みやすい人物ということになり、シンプルに考えれば第一に連絡を取りそうなのは親しくしているママ友かと思われる。だが普通のママ友であれば監禁場所などは所有していないと考えられ、多少の妬み嫉みこそあれ殺害遺棄するほどの動機があったとも考えづらい。

タクシー運転手が男性であれば強引な連れ去りも可能であり、独身者などであれば自宅に連れ込もうとしたかもしれない。地元タクシー会社などは夫も利用確認などしているものと考えられるが、警察の捜査に比べれば運行記録や車載カメラ確認といった強制力もなく、誤魔化されてしまう可能性もある。

しかし、いかに具合が悪いとはいえ「花飾りのついたサンダル」で病院に行こうとするだろうか。

⑥偶発的誘拐・強盗説・・・家の車があるにもかかわらず侵入したということは、居空き(在宅中の空き巣)をするつもりだったのか、女性ひとりと見て強盗できると踏んだのか。いずれにしても周囲にひと気のない場所で、侵入するには好都合に見えたのかもしれない。

 

筆者は⑥偶発的誘拐・強盗犯による連れ去りのように考えている。

「枕」「バスタオル」の持ち去りについて、それらを寝具として見るか、「血痕が付着した」などの証拠隠滅と取るか、あるいは犯人が捜査を攪乱するために…とまで考えを広げるかで事件の捉え方そのものの全体像が変わってくる。枕とバスタオルには本来とは別の用途があったのではないかと見て、猿ぐつわや目隠しの代用にしたと推論する。

体調不良の主婦が横になっていると、侵入者が現れる。

驚いた主婦は咄嗟に声を上げようとしたのではないか。

侵入者は主婦を押し倒すと傍らの枕で顔を塞ぎ込み、悲鳴を上げられないようにした。

「金はどこだ」

主婦は帰宅後そのままにしていたバッグを指さす。

しかし顔を見られた上ではこのまま置いていくわけにもいかない。

犯人は紐状のものを持参していたか、室内で適当に見つけたのか、主婦を後ろ手に縛り上げ、手近にあったバスタオルで顔に枕を縛り付けた。

「立て」

犯人はバッグひとつを抱えて主婦を玄関まで引っ張っていき、手っ取り早いサンダルを履かせて、車に押し込んだ。

 ネット上では「窓とカーテンが開いていた」とする情報も流れているが、筆者はそうした情報のソースに当たれていない。体調不良で仮眠していたとすれば、残暑厳しい時期(杵築の気象データによれば、2011年9月12日12時~15時にかけてほぼ晴天で気温は29~30度程度で推移)であるからそうしていてもおかしくないようにも思われる。眠っている間に先んじて拘束された可能性もある。

またマチ子さんの「とても慎重な性格」は平時においては防犯意識・戸締り行動となって現れたが、体調不良や日中だったこともあり窓を開けて寝るといったある種の油断を招いたかもしれず、もしかすると「万が一、娘からの電話に気付かず寝過ごしてしまったらどうしよう」と変に気を回して玄関を無施錠にして寝ていた可能性もあるのではないかと感じられた。

犯人像としては当時30~50前後の独身男性。肉体的に屈強なタイプではなく、脅迫には刃物などを見せたが、その場で暴行に及んでいないと見られることから比較的おとなしい気性の持ち主と考えられる。別府から大分界隈で窃盗や強盗などの前科・累犯があるかもしれない。 車で家に連れ去った後、監禁し、強姦や共同生活を強いているのではないか。

そのまま具合を悪くされたり、暴行や殺害の可能性もあるとは思う。だが過去のエントリーでいくつかの少女監禁事件について取り上げたこともあり、失踪から10年を経た現在でもマチ子さんはどこかで我々の思いも及ばぬかたちでご存命のように思え、命さえあれば逃走や解放もありうるのではないかと感じている。

 

失踪者のお体の無事と一日でも早い御帰還、ご家族の心の安寧をお祈りします。

 

 

■参考

【行方不明】光永マチ子さんを探しています。

大分の2歳女児不明、母親を死体遺棄容疑で逮捕: 日本経済新聞

逮捕の母親、夫に告白後に出頭 大分女児遺棄容疑: 日本経済新聞

大分女児死体遺棄事件の容疑者女 義父にSOSを出していた|NEWSポストセブン

大分女児遺棄事件 マスコミ報道される「原因に育児の悩み」は本当か |AERA dot. (アエラドット)

女児遺棄、母に猶予判決 大分地裁「責任重いが反省」: 日本経済新聞

民家に高齢男女の遺体、腹や背に刺し傷 大分・日出: 日本経済新聞