岡山県倉敷市老夫婦殺害放火事件について

1995年、岡山県倉敷市児島で起きた老夫婦殺害および放火事件について、風化阻止の目的で概要等を記す。また関連事項として死体損壊(いわゆるバラバラ殺人)や公訴時効についても触れる。

 

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■概要

1995年4月28日(金)未明、倉敷市児島上の町にある民家から火の手が上がり、木造2階建ての母屋など4棟が全焼。焼け跡となった母屋一階から、この家の住人で農業を営む角南(すなみ)春彦さん(70)と妻・翠さん(66)の遺体が発見された。

春彦さんは玄関付近、翠さんは台所付近で見つかっており、遺体には無数の刺し傷があり、腹部には凶器に使われた包丁や登山用ピッケルが刺さったままとなっていた。いずれも首から頭部が切断されて持ち去られていたこと、火災状況から灯油をまいて火を点けたとみられることなどから、岡山県警殺人・放火事件と断定し捜査を開始した。

 

岡山市大医学部による司法解剖の結果、春彦さんは左胸部と右わき腹に刺し傷があり死因は心臓損傷、翠さんは右胸部と腹部を刺されたことによる失血死。死亡推定時刻は27日17時から21時頃とされた。

 

児島地域は倉敷市南部に位置し、地形的には周囲を山と海に囲まれた小都市で、香川県とつながる瀬戸大橋の北端・交通の要所としても知られる。上の地図でも分かる通り、角南さん宅はJR上の町駅からそれほど離れていない。だが市街地からは外れており、敷地西側を山林に囲まれた閑静な立地といえ、県道268号白尾塩生線を東に進むと広い山地が広がる。

 

執拗な手口から「交友関係とのトラブル」との見方を強め捜査が進められた。自宅金庫は手付かずで、所有する付近の山林の境界問題、土地や金銭をめぐって数十件のトラブルを抱えていたとの情報があったものの、家屋の全焼によって得られる物証に乏しく、犯人に迫る有力な証拠は得られなかった。

事件発生から25年となる2020年4月の段階で延べ15万人ほどの捜査員が動員され、捜査本部に寄せられた情報は262件(2010年4月時点では230件。19年度の情報提供は僅かに2件だった)。現在も専従8人を含む19人態勢で過去に浮上した人物や他事件との関連といった情報の洗い直しを行っている。

 

■犯行について

以下、事件内容や犯行動機について検討していく。証拠がある訳ではないので筆者の妄想となってしまうが、被害者を冒涜する意図はないのでご了承願いたい。

事件について最も引っ掛かりを感じるのは、首の切断と持ち去りである。たとえば切断された頭部が現場に残っていれば、解体を途中で諦めた可能性なども出てくる訳だがそうしていない。合理的に考えれば、凶器を捨て置いてなぜ処分に手間のかかる頭部をわざわざ持ち去るリスクを負ったのかは疑問に感じられる。

死体を損壊する理由としては、次のようなものが挙げられる。

・防衛的動機

①遺棄・隠蔽のため(井の頭公園江東区マンション)

②運搬のため(玉の井、大阪民泊女性)

③身元の特定を遅らせるため(江戸川区篠崎ポンプ所)

・攻撃的動機

④強い怨恨(練馬一家)

⑤報復・見せしめ(マフィア、過激派などによる組織犯罪)

 ・猟奇的・倒錯的とみなされる動機

⑥自己顕示・挑発(東京・埼玉連続幼女誘拐、神戸連続児童殺傷)

⑦食人(臀肉、パリ人肉)

⑧性愛(若松湯ホルマリン漬け、阿部定

⑨関心・その他(佐世保高校生、会津若松母親)

 欧米ではバラバラ殺人はシリアルキラーによる異常犯罪とみなされる傾向が強いが、日本の場合、住環境や生活環境のちがいなどから防衛型①~③の動機がその9割以上を占めるとされる。DNA型鑑定法が普及する以前は身元不明の故人の特定に指紋や歯型の治療痕が用いられることもあった。だが本件では胴体はそのまま残しており、被害者はその家の家人であるため、防衛型に当てはまらない。④は殺害の動機にはなるが損壊そのものの動機とはいいづらいかもしれない。⑤は組織の制裁や武力誇示として特定の人物や対立集団などに向けられたメッセージ的意味合いが強い。

国内では⑥~⑨は数としてはやや希少なケースであり、重複する場合もある。⑥は社会に向けた自己顕示といった意味での分類でいわゆる「劇場型」犯罪者にみられる傾向だが、本件ではいまだ頭部が発見されないことから除外される。⑦については(野口男三郎などは目玉をくりぬいたとされるが)「脳みそ」目的であれば話は別だが、口に運びづら可食部が少ない頭部を食用とするのはやや考えづらい。⑧については本件では二体とも持ち去られているため除外してよいかと思う。⑨興味殺人の一環として解剖・解体にまで及んだ、あるいはエド・ゲインのように人体の一部を創作に用いたケースもある。単なる骨片ではなく頭蓋骨という象徴的部位であることからも考えられなくはない。


殺害した上での“放火”については、当然、証拠隠滅の狙いがあったと考えられる。また頭部切断の上に放火という執拗さは恨みの強さを感じさせる。事件前後の邸宅の様子などが分からないので憶測にはなるが、撒かれた灯油や付け火が母屋以外にも及んでいたとすればより多くの注目を集めるための“見せしめ”だった可能性が強くなる。

凶器にしても、製品についての公開情報はないため、どこまで絞り込みができているのか分からないが、購入が容易でどこの家にもある「包丁」、冬場であればほとんどの家に備蓄されており足の付きにくい「灯油」に対し、雪山登山で用いる「ピッケル」は利用者・購入者が特定されやすい代物に思われる。身内に聞けば角南さんの所持品だったのか否かはすぐに判明しているだろう。もし凶器のつもりで持ち込むのであれば、特定を避ける意味でバールなどの工具の方が向いているように思われる。登山に全く関係のない犯人がかく乱を狙って残していった可能性も否定できないが、もし角南さん宅の物でなかったとすれば犯人個人の属性を示すアイテムとして現場にあえて残された、やはり周囲に対する“見せしめ”だった可能性を感じさせるのである。

 

部外者の一仮説、こじつけにすぎないが、たとえば土地関係で揉めた暴力組織あるいは地元有力者が実行犯1・2名に依頼した犯行と考えることはできまいか。殺害の証拠としては手指や耳など切断しやすそうな部位を持ち去ればよい気もするが、「首」を求めたとすればそれだけ強い恨み・怒りだったのかもしれない。そうした“見せしめ”が功を奏するかたちで周囲の人間も“報復”を恐れて捜査協力におよび腰となり、追及が難しいのではないか。

 

■公訴時効とのたたかい

“公訴時効”は、時間的経過による証拠の散逸(不確かさ)により事実認定が困難になることや社会的な処罰感情の希薄化などを理由として、一定期間を過ぎると起訴できなくなる訴訟法上の概念である。国によって採用・運用の状況は異なるが、日本の刑法205条では法定刑上限(罪の軽重)によって時効の期間は区切られている。

 

2004年、刑法改正により法定刑の重罰化が行われ、付随して刑事訴訟法の公訴時効期間についても見直されて時効の延長が行われた。

2009年、殺人事件被害者遺族らによる“宙の会”が結成され「遺族の被害感情は時間の経過によって薄れることがない」とする意見表明などによって公訴時効制度の見直しを後押しした。

2010年4月27日に公布・施行された改正刑事訴訟法により、重大犯罪に関する公訴時効期間の延長と一部撤廃が実現し、1995年4月27日に起きた本件も時効撤廃が適用された(改正前は25年で時効とされていた)。こうした時効見直しの動きはDNA鑑定など捜査技術の進歩による証拠能力の向上などを踏まえたものだが、関係者の記憶やあらゆる証拠が保全されるわけでもなく、改正前の旧時効を過ぎてから容疑者が摘発された例はあまり多くない。

岡山大法学部の原田和往教授は「改正法の趣旨は時効成立後に犯人が判明した際、立件できない事態を回避するためで、未解決は仕方がない面もある」と解説。「現実的に解決が難しい事件はあるし、その一方で未解決という現実に納得できない遺族もいる。これにどう折り合いを付けるか。今後、捜査当局は難しい判断を迫られることになる」と指摘する(山陽新聞)。

 

公訴時効撤廃後に逮捕されたケースには、1997年に起きた三重県上野市(現伊賀市)のホテル従業員が刺殺され売上金約160万円が奪われた強盗殺人事件などがある。この事件は、発生から16年後の2013年2月、DNAの再鑑定から現場となったホテルの元従業員・久木野信寛容疑者が逮捕された。裁判では、時効撤廃について憲法第39条・遡及処罰の禁止をめぐって争われた(改正前であれば15年で時効とされていた)が、2015年12月、最高裁桜井龍子裁判長)は「容疑者や被告になる可能性のある人物の、すでに生じていた法律上の地位を著しく不安定にする改正ではない」として上告棄却。1審津地裁,2審名古屋高裁の判決を支持し、被告の無期懲役が確定した。

 

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検挙されたが罪に問われなかったケースもある。1999年に福岡県田川市で発生した建設作業員男性水死事件では、2014年に情報提供があり、白骨遺体が発見されたことから捜査が進展。翌15年、建設会社役員、従業員ら3名が殺人罪の容疑で逮捕され、当時「しつけ」と称して被害男性に体罰・暴力行為が日常的に行われていた事実が判明。当初は3人が彦山川に突き落として溺死させ、遺体を川崎町の池沼に運んだものと報道された。

だが17年、福岡地裁で行われた裁判(足立勉裁判長)では、加害者が突き落としたのではなく高さ1~2メートルのコンクリート護岸から「入水を迫った」ことが明らかにされ、3人の「明確な殺意の有無」が最大の争点となった。入水の強要に被害者は抵抗できなかったこととそれに起因する溺死は明らかだが、当時の懲罰行為の一環として行われていたこと、被害者が泳ぐことができないことを認識していなかった可能性もあること、被害者の転落後に捜索を試みたことなどから被告人らの殺意は認定されず、「傷害致死罪」が適用された。2004年以前の事件については改正前の刑訴法が適用され、当時の公訴時効が10年のため、本件の公訴提起が行われた2015年10月30日時点ですでに時効が成立していたとして「免訴」が言い渡されている。

 

 

■所感

上述の2010年4月27日の改正刑事訴訟法可決は、本件が“時効成立”を迎えようとするわずか半日前だった。筆者の期待的憶測では、異例ともいえる同改正法が即日施行された背景には、本件の時効撤廃を求める警察や地元関係者からの後押しがあったのではないかと考えている。捜査幹部の「容疑者を逮捕してもこれだけ時間がたつと証拠を固めるのが難しい」(共同通信社)との声も報じられたが、裏を返せば、検挙に結びつく確証を抑えられていないがすでに目星はついているという意味にも捉えられる。上で見立てたように、暴力組織や地元有力者といった首謀者が健在であれば事件は容易に進展しないかもしれないが、事件からすでに20年が経ち関係者も高齢となっていようことからも、いつどんなかたちでリークがあるかも分からない。凶悪な未解決事件がひとつでも減ることを、首謀者の息があるうちにその時が来ることを祈っている。

 

 

■参考:

山陽新聞(2020年4月26日)時効廃止10年、解決糸口見えず

https://www.sanyonews.jp/article/1007275

警察庁/公訴時効制度の見直しについて

https://www.npa.go.jp/hanzaihigai/whitepaper/w-2011/html/zenbun/part2/s2_3_1c5.html

・国会国立図書館『調査と情報』No.679/越田崇夫、公訴時効の見直し(2010年4月22日)

https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_3050383_po_0679.pdf?contentNo=1