いつしかついて来た犬と浜辺にいる

気になる事件と考えごと

福井市孫娘殺害事件と認知症について

2020年9月に福井県福井市で起きた高齢者による孫娘殺しについて事件の概要、所感等を記す。高校生の孫は祖父の介護のために同居しており、祖父には認知症の疑いがあったとされる。

〔追記〕2022年6月1日、福井地裁は懲役4年6か月を言い渡した。

 

*****

 

■概要

9月10日、福井市黒丸城町の住宅で、この家で暮らす高校2年生・冨澤友美さん(16)が死亡しているのが見つかった。警察は関与の疑いが強まったことから同居していた祖父・冨澤進(86)を同日深夜、殺人容疑で逮捕した。

9日の深夜、冨澤が息子である友美さんの父に電話で「喧嘩をしていたら動かなくなった」と伝えていた。連絡を受けて市内で別居している友美さんの父親が駆け付け、2階建て住宅の1階で倒れている友美さんを発見し、10日午前0時10分ごろ「娘が倒れていて動かない」と110番通報した。

[10日午後の現場捜査の様子/福井新聞

https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/gallery/1171832

11日、友美さんの父親は県警を通じて、「大切な娘を突然の事件で失い、その死を現実のものとして受け入れることができません。今はただ、娘との最後の時間を家族で静かに過ごしたいと思います」とのコメントを出した。

冨澤は「口論になりカッとなってやった」「孫にきつく当たられて腹が立った」と容疑を認めており(9月13日読売新聞オンライン)、事件当時飲酒していたとみられることから県警は衝動的に襲った可能性もあるとみて詳しい経緯を調べている。

友美さんは部屋着姿で、刺し傷のほかに目立った外傷や着衣の乱れはなかった。発見現場では、寝室など複数箇所で血痕が見つかっており、友美さんは台所で倒れたとみられている。争った形跡や外部からの侵入、荒らされた形跡等はなく、遺体近くで凶器とみられる包丁、台所で日本酒の紙パックが発見されている。

友美さんは上半身前面に鋭利な刃物による数か所の刺し傷があり、抵抗した際にできる傷(防御創)などはなかった、司法解剖の結果、死因は出血性ショックと判明。冨澤に目立った外傷はなかった。

 

■周囲の証言など

春に妻が脳梗塞で入院したため一人暮らしになった冨澤の元を以前から友美さんとその両親らが時々訪れ、食事をつくるなど世話をしていた。

7月ごろから友美さんが同居するようになり、家から友美さんの笑い声が聞こえることも度々あった。「きちんと挨拶をするやさしい子だった」と近隣住民は語っている。

知人によると友美さんは「両親がけんかばかりするから(祖父の家に)来た」と周囲に話していた。(9月10日,日刊スポーツ)

9日夜は少なくとも20時ごろまでは物音や言い争う声はなかった。

 

友美さんが通っていた福井市にある私立啓新高校の荻原昭人校長は、「友美さんは入学時から普通科進学コースに通い2年生になってからも事件の前日9日まで休みなく登校していました。夏休みに行った保護者との面談では、父親から『家族の都合で親せきの家で暮らしている』と報告を受けていました」と説明。

「例えば授業中とか、色んな生徒の発言をフォローしたり、常に人を思いやるような生徒」(TBS NEWS)、「学校の先生になるのが夢で勉学に励んでいました。控えめで明るく朗らかな生徒で、特に悩んでいるという話は聞いていなかった。担任が見ている中でもそうした気配もありませんでした」と話している。(9月11日NHK NEWS WEB)

 

冨澤の人柄について「優しい人でいつもにこにこしていた。孫娘を可愛がっており、幼少時は手をつないで歩いている姿をよく見かけた」(60代男性)

近くの男性は、冨澤が毎日のように自宅敷地内を歩く姿を見掛けており、数日前の夕方に立ち話をしていたところ、友美さんが家から出てきて頭を下げて挨拶をし、「じいちゃん、ご飯」と声を掛けていたと語る。冨澤の様子について「温厚な性格。その時も変わった様子はなく、まさかこんなことになるなんて思いもしなかった」と証言。(毎日新聞)

f:id:sumiretanpopoaoibara:20200609153939j:plain

                                                             by Candid Shots, via Pixabay

冨澤が86歳の高齢者であったこと等から “認知症”に言及した報道も見られた。

認知症の症状があった。町内会の集まりを忘れたり、受け答えがままならないこともあった」(ANN NEWS)

「9月10日午前0時過ぎ、普段なら電気が消えている時間帯なのに1階が明るく、妙に思った。物音は全くしなかった」(近くに住む女性)「自宅前でぼうっとしていた。よくある光景なので気にも留めなかった」(9日夕方に姿を見たという住民)(9月12日福井新聞ONLINE)

「福井南署の警察官が現場に着いた時、祖父は一階にしゃがみ込み、呆然としていた。かわいい孫を殺してしまい、何が起きたのか分からない様子でした。『自分がやった』とも言わず、会話にならなかったそうです」

「通院歴は確認されていないが、86歳と高齢ですから認知症がなかったとは言い切れません。ゼロではないと考え、体調面を気遣いながら捜査を進めている」(捜査事情通)

「進さんも20年ほど前に脳梗塞を患い、その影響で口の動きが悪くなって、口を開けるのに苦労していました。もう86歳ですから、ぼけてないとは言えません。カッとなったのかどうかは分かりませんが、進さんは若いときから他人の言いなりにはならず、おとなしい方ではなかった。孫娘は食事の世話などをしていたようですが、気が強いところがあって、自分の考えをはっきり口にするタイプでした」(一家を昔から知る近隣住民)

友美さん家族も10年ほど前まで、祖父宅で3世代で同居していた。祖父は元々農業をしていたが、その後、鯖江市が近いこともあり、眼鏡関連の仕事についていた。(9月13日日刊ゲンダイデジタル) 

 

「2人の間にトラブルは聞いたことがない」「(冨澤は)孫に優しく、一緒に買い物に行くと何でも買ってあげていたし、お小遣いもあげていた。まさかこんなことになるなんて…」(60代女性)

「(冨澤は)町内会の飲み会に参加したときは、みんなと楽しそうに語らっていた」(60代男性)

「最近は、物忘れやろれつが回らないことが増え、家の前でぼうっとしていることもあった」(別の男性)

ある高齢女性は10日ほど前に友美さんと会ったと言い、「これからはおじいちゃんと暮らす。高校までは自転車で通えるし、冬はバス通学する」と話していた。

7月下旬に冨澤と会った近所の男性「『孫が両親とうまくいかず、こっちに来た』と話していた」と振り返り、同居を喜んでいた様子だったという(9月13日読売新聞オンライン)。

また週刊文春2020年9月24日号の伝えるところでは、眼鏡会社の下請けを担う職人だった冨澤の仕事を息子(のちの友美さんの父親)が手伝っていたが、独身のまま四十代となったことに気を揉んで、お見合いまで世話をして結婚に至ったとされ、結婚の翌年に友美さんが誕生したとされる。

後述するご両親の関係が不調だったことの背景として、はじめから結婚についてやや打算的な側面があったのではないかと感じてしまうのは筆者だけであろうか。

 

 ■「楽しかった中学生‼」

友美さんのSNS等には、学校の部活やスマホゲーム、欅坂やYouTuberに関する投稿などが挙げられており、非行とは無縁の健全な十代という印象を受ける。気になった点と言えば、2020年に入ってfacebook, twitterの投稿を辞めていること、2019年5月に卒業DVDの一部らしい画像を貼って「高校生活、下校中イヤホンで音楽聞いて帰ってるのが一番楽しい気がする 楽しかった中学生‼」という文言、2019年4月と6月、2018年3月の投稿に「大好きな塾の先生」が登場している点だ。

元々SNSへの投稿頻度が多かったわけではないため、単に飽きた、友人たちとの交遊がtiktok等の他アプリに移行したともいえるが、高校進学以降、中学までの付き合いが希薄になったためとも捉えられる。

 

中学時代の友美さんは女子バスケ部で球技大会に熱く打ち込んでおり、高校入学当初は他の球技系を選択するつもりだった様子(高校で部活動に関する具体的なつぶやきなどもなくドラッグストアのバイトをしていたことから帰宅部を選択したのかもしれない)。高校入学当初は、(嫌な思い出でもなければ)中学の頃はよかったなぁ等と感傷に浸ることは多くの人に間々あることであるし、彼女の投稿は「高校つまんない、辞めたい」といった反抗的ニュアンスや具体的な不満が述べられてはいない。絵文字などもあってそれほど悲嘆に暮れている様子とも見受けられない。

だが同じ2019年4月「楽しいゲームない?」、5月「お姉ちゃん欲しい」といった短文投稿からも、高校入学仕立ての時期は何か物足りなさを感じていた節があり、中学時代に比べるとあまり充実していなかった様子も窺わせる。

友美さんには3つ下の妹がいるため、物心ついたときから「お姉ちゃん」として育ったことから、自分が困ったときに頼りになる相手・助けになる存在が欲しかったのかもしれない。「大好きな塾の先生」とは中学卒業のタイミングで離れているが、高校進学後も誕生日にLINEで私信を送るなど親しかった関係性をうかがわせ、恋愛感情は抜きにしても、学業以外の話を聞いてくれる家族でも学友でもない貴重な存在だったのかもしれない。身近に頼れる塾の先生がいたことも「楽しかった中学時代」の一因なのであろう。

祖父との同居について、SNS上では一切触れておらず、きっかけは友美さんの言う「親がけんかばかり」でなのか、冨澤が語っていた「孫が両親とうまくいかず」でなのかは判然としない。理由や期間は明確ではないが、両者の言い分から夫婦間・親子間に何がしかの不和が起きていたことは事実と見てよいかと思う。彼女が懐かしむように振り返る中学時代は、「まだ家庭の状況が今ほど深刻ではなかった頃」といった回顧のニュアンスも含まれていたのかもしれない。

 

■どのような事件なのか

「家庭内不和」の原因として考えられるのは、経済状況、性格的不一致、不倫、DV、健康上の問題、親戚関係、こどもの教育や進路、非行などであろうか。憶測にはなるが、「祖母の入院」、「友美さんと妹さんの学費」といった複数年にわたって継続される経済負担に加え、「祖父の認知症」という介護負担が重なって、家庭内不和が噴出したのではないかと筆者は考えている。

まだ友美さんが幼いとき(およそ10年前)に家族が祖父母の元を離れたことから、両親は祖父母との同居生活に満足していなかった、円満な関係ではなかった可能性も考えられる。もしかすると祖父母の世話について諍いを繰り返す親の姿に嫌気がさし、友美さんが単身で同居を決めたのかもしれない。

 

親との同居や介護、終末医療に係る負担をきっかけに不和が生じるのは珍しいことではないし、子や兄弟ではなく孫が祖父母の生活支援や介護を行う事例も今やレアケースというほどではなく近年は「ヤングケアラー」という新語も生まれ、社会問題のひとつとして認識されつつある。

ヤングケアラーは主に「同居する家族に高齢者や障碍者がおり介護支援などをする未成年者」を対象に用いられ、友美さんのように単身で高齢者の世話をするケースはそれほど多くはないが、広義には共働きや一親世帯などで乳幼児の弟妹の世話をする児童らも含まれると考えてよい。

公的福祉支援の認知不足、家庭の経済状況から支援活用がなされていない、「家庭の問題」として対処しようとする等の原因が考えられ、そうした皺寄せがこどもの学業停滞や進学の断念などにつながっている。保護者や児童側からそうした家庭状況について学校側に説明されることも少ないため、全容を把握し対応することの難しさもある。長期的に見れば児童本人や家庭にとっても大きな負担となってしまうことが懸念されている。

www.mhlw.go.jp

 

冨澤の供述と当日とったとみられている行動には辻褄が合わない点もあり、通報から逮捕まで丸一日を費やしていることからも自供は得られたが取調べは捗っていない印象を受ける(耳が遠いとの報道もある)。

遺体の損傷や現場状況から考えて、無防備な寝込みに襲い掛かり、起き上がって逃げようとする友美さんを刃物で繰り返し刺したとみられる。「喧嘩をしていたら動かなくなった」事案ではないことは明らかで、日頃の鬱憤と酒癖の悪さがそうさせたのか、激しいせん妄状態(*)にあり孫娘を泥棒かなにかと勘違いして襲ったのかは定かではない。

認知症というだけならば、この事件にあるような残忍なほどの危害を加えるケースは決して多くないが、怒りのきっかけが分からづらく、「急に怒鳴る」「物で叩く」程度のことは起こりうる。冨澤の場合、認知症+急激な環境変化(妻の不在、孫の同居)による精神的負荷(ストレス)+深夜のアルコール習慣という様々な要因が絡んでいると見られ、せん妄の因子としては充分のようにも見受けられる。

たとえば規則正しい生活をさせていれば防げた可能性は大いにあるが、家族介護、しかも専門知識のない高校生にそれを要求するのは酷である。もし仮に冨澤に認知症やせん妄があるとすれば、その口から語られる「事実」は「嘘」ではないが真実ともいえないだろう。

(*せん妄とは、一過性の意識障害で、認知機能の低下、見当識の混乱など認知症に近い低活動型、幻聴や幻覚、錯乱や興奮といったパニック症状のある過活動型がある。)

 

認知症は脳障害の一種で、記憶障害や見当識障害、判断力の低下などが主な症状で、なかでも調子の波が大きいものを「まだら認知症」と呼び、朝できていたことが昼できなくなって夜またできるようになったり、難しい作業はできても買い物がうまくできない(毎回同じ品物を買ってしまう等)といった可能領域の偏りが生じるなどして、周囲から症状の理解が得られにくい(誤解されやすい)ものとされる。

自分の過ちに対する“取り繕い”もよく見られる症状であり、例えば貴重品を紛失して「泥棒に入られたのかも」といった口実を並べ立て、後になって自分が別の場所に保管していたことに気付くことはよくある。何も記憶していないものの愛する孫を殺めてしまったことに何か「自分の納得のいく」理由を付けようとしているのではないか。そうした“取り繕い”が取調べを難しくしているとも考えられる。

さらにこの事件に限ったものではないが、付き合いのあった周囲の人間がほとんど高齢者といった偏りがあれば「周囲への聞き込み」もその信ぴょう性・中立性に留意が必要な場合もあるだろう(年寄りはあまねく認知症が疑わしい等といった暴論ではない)。高齢者の場合、「小さい頃は良い子だった」印象が10年後も「思い込み」として残っていたりする。孫に優しいおじいちゃんが、10年後には暴飲や脳機能の変異、情緒の乱れによってDV加害者になることもありえなくはない。

認知症は症状が変化しながら、原因によってはゆるやかな下りカーブ状に、あるいは下り階段のようにあるタイミングでガクッと障害範囲が広がるおそれもあるため、周囲の人間は観察や保護を続けなければいけない懸念が常に付きまとう。冨澤は独力での食事の支度が困難だったことからも、同居による家族介護か、施設入居型介護が必要な段階だったと見て差し支えないだろう。認知症は誰にでも起こりうる障害であり、たとえ認知症でなくとも親の介護や看取りはほとんど全ての人に係る問題だ。はたして超高齢社会の現実を見せつけられたような事件である。

 

最後になりましたが、友美さんのご冥福をお祈りいたします。

 

*************

(2020年9月18日追記)

事件に関する続報があったため、以下追記する。

捜査関係者によると冨澤疑容疑者は、逮捕前の任意の調べの際、身に付けていた下着の中にひもを隠し持っていて、これを見つけた警察官に対して「自殺するためのひもだった」との趣旨の供述をしていた。

冨澤容疑者は現在、落ち着いて調べに応じているということだが、事件に関する供述は二転三転して曖昧なうえ、「覚えていない」とも話している。 (9月16日,FNNプライムオンライン福井テレビ)

 進さんが自殺を謀ろうとしていた供述、事件に関する供述が二転三転して取調べがスムーズにはいかないことを伝えている。個人的な意見にはなるが、この点に関しては本当に自殺を試みたか(そのような意思があったか)については甚だ疑問がある。愛孫を殺めてしまったことに対してひどく動揺し、責任を感じて自殺を考えるという流れは論理的におかしくはないが、認知症の症状として「判断力の低下」が疑われるからである。

認知症の初期診断では「野菜」「動物」といった種目で画像などを見ないで思いつくだけ名称を挙げるテストなどが用いられる。日常会話であればそれほど不自由がなさそうな人でも、いざ診断の質問となると単語が頭に浮かんでこないという。また思考・判断力の低下によって「AかBかどちらか」といった質問を投げかけても比較することが困難で意思決定ができないため、相手の促すままに「はぁ」「どちらでも」「多分」「そうかもしれません」といった曖昧な(質問に合致しない)対応を取ることが多い。

そうした傾向から、認知症の方は信用している人間の意見に非常に流されやすくなってしまう(いわゆる“オレオレ詐欺”被害にもつながりやすい)。自分で判断を下すことが難しかったり、自分の判断に自信がなかったりすれば、家族や自分に親身になってくれる知人、銀行や病院、公的機関のように比較的信頼のおける第三者の意見に従う傾向が強く、無論、取調べを行う「警察」もそれに当てはまる。

「この紐でお孫さんを絞め殺そうとした?」「お孫さんを殺すつもりじゃなかったなら何に使うつもりだったの?」「じゃあ、自分で死のうとしたの?」といった質問を浴びせられれば、本心では孫を殺したくはなかった(後悔している)ことによって判断に混濁が入り、事実とは異なる証言・承認に転じている可能性は考えられる。

記事によれば「自殺するため」という供述は逮捕前(=10日)のもので、警察では当初から認知症に理解のある取調べが行えていたのか不明である。事件直後に(進さんが認知症である可能性を踏まえず通常の取り調べ方式で)矢継ぎ早に質問を投げかけた結果、冨澤の頭の中で事実とは異なる“ストーリー”が生じてしまった可能性も危惧される。

そうした認知力の低下を悪用して、たとえば友美さんを殺害した身内によってがうまく言いくるめられて身代わりに犯人になったということも考えられるが、おそらく逮捕前の警察の捜査で家族にも取調べを行い、そうした可能性は消えたのであろう。

調べに対し容疑を認める趣旨の供述をする一方、当時の状況などに関してはあいまいな部分も多いという。複数の関係者によると、認知症の治療を受けていたとみられ、症状の進行を抑えるパッチ剤(貼り薬)を使用していた。

捜査関係者によると、知人とのやりとりから女子生徒が9日22時ごろまで生存していたことが確認できており、県警は同日23時台の犯行とみて調べている。(9月17日,福井新聞)

 冨澤が認知症の治療を受けていた事実と、友美さんが22時頃まで起きていたことが発表された。通院歴などについては事件直後から確認されていたとも思われ、友美さんの「知人とのやり取り」はおそらく携帯電話からの通信履歴などが確認されたと考えられる。

この事件の痛ましさは、逮捕や裁判で決着できないことである。筆者の考えでは、進さんに心から殺してやりたいほどの憎しみが募っていたとは思えず、一時の乱心に近い凶行だったと推測される。自分の親やあるいは自分自身にも同じような災禍が起こるとも限らない、ある種の社会問題なのだ。

友美さんのご両親にしても、我が子を失った悲しみや自分たちが二人の同居のきっかけになってしまった悔しさを、責任能力があるとはいえない父親に対して正面からぶつけることもできない、文字通り“やり場のない”思いにさせられる事件である。

 

 

*****

(2021年3月12日追記)

3月11日、福井南署が逮捕・送検していた祖父・冨澤進(87)を殺人罪で起訴した。起訴内容は「概要」以下に同じ。公判は裁判員裁判で行われ、事件当時の精神状態が争点になるとみられる。

 *****

 

(追記)

2021年5月25日、大阪市鶴見区諸口で本事件とどこか似たような状況を彷彿とさせる事案が発生していたので追記する。

www.sankei.com

25日11時半頃、自宅2階リビングで寝ていた孫娘(25)に祖母・森範子容疑者(84)が熱湯をかけ、金槌で頭を数回殴打して殺害しようとして金槌で頭を数回殴打したとして、殺人未遂の疑いで逮捕された事件である。

鶴見署の調べによれば、一家は森容疑者のほか娘夫妻や孫娘ら5人暮らしで、当時は家に森と孫娘の2人きりだった。孫娘は両腕や胸に火傷を負うなどしたが命に別状はなく、近くの交番に被害を申告。

「金づちで殴ったが、熱湯ではなくお湯をかけただけで、殺すつもりはなかった」と殺意を否認した。 

その後、犯行に及んだ背景や動機など詳しいことは報じられていない。

 

*****

 

〔2022年5月追記〕

2022年5月19日、福井地裁(河村宜信裁判長)で裁判員裁判が開始された。88歳となった被告は起訴内容について「殺意があって殺した、というのは間違い」と述べた。

起訴状によると、殺害時刻は20年9月9日21時55分頃から23時40分頃の間。

被告は「刺した記憶はなく、台所に孫が倒れているのと血の付いた包丁があったのは覚えている」とした上で、犯行時の心境などについて「覚えていない」などと述べた。

孫娘の殺害について「すまないなと思う」と反省の態度を示したが、検察側から現在の心境について問われると、「意識がなく、殺そうと思ってないのに事件が起きた。交通事故のような状態」と答えた。

 

検察側は、冒頭陳述で「被告は被害者に対して殺害の動機となる怒りやストレスがあり、犯行後も一定の記憶を保持していた」等と述べ、善悪の判断や行動の制御能力は著しく低下していたながらも残っていた、刑事責任能力に問える「心神耗弱」状態にあったと主張。

対する弁護側は、当時認知症や飲酒などの影響で「心神喪失」状態であったとし、刑事責任を問えないとして無罪を主張した。

 

24日、被告の精神鑑定を行った中川博幾医師への証人尋問が行われ、カルテ等によれば徘徊などの行動障害を伴わないアルツハイマー認知症だと診断した上で、「被告の認知症が犯行に影響を与えたとは考えにくい」と説明。アルコール検査などから犯行当日は普段より多量の飲酒があったと見られており、「(記憶障害や衝動的になる)複雑酩酊や(意識障害などが起きる)せん妄の状態が影響した」「抑制力が欠如して興奮が抑えきれず、衝動的に犯行に至ったと推察される」との考えを述べた。

被告には友美さんと喧嘩をする等して犯行の動機が認められ、首元を刺すなどの行為に一貫した合目的性があると指摘している。

5月31日、被告の刑事責任能力を認め、懲役4年6か月(求刑8年)を言い渡した。