赤城神社主婦失踪事件について

1998年5月3日、群馬県宮城村(現・前橋市)三夜沢の赤城神社に訪れていた主婦が忽然と姿を消した“平成の神隠し”とも言われる未解決事件のひとつである。

 

■概要

1998年5月2日(土)、千葉県白井市に住む主婦・志塚法子さん(48)は夫と娘、産まれたばかりの孫の4人で、ゴールデンウィークを利用して夫の実家である群馬県新田郡新田町(現太田市新田)を訪れていた。

翌5月3日午前、夫方親族を含む7名(夫・法子さん・娘・孫・叔父・叔母・義母)は車2台に分乗して、一緒に買い物に出た。その際、義母の思いつきで「見頃だから」と、赤城山中腹の南方に位置する宮城村(現前橋市)の三夜沢赤城神社ツツジを見に行くこととなった。

三夜沢赤城神社は関東を中心に約300ある赤城神社の本宮とされる中のひとつ。神社へと向かう参道には松並木や約4000本のヤマツツジがあり、境内には湧水があることでも知られる。新田から三夜沢までは約25キロ、車で40~50分ほどの距離である。


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11時半ごろに到着すると現地はあいにくの雨。女性ら5人は出歩くことを躊躇して車で待機し、夫と叔父だけが参拝に向かった。すると後になって法子さんが「折角来たのだからお参りしてくる」とカバンや財布は持たず、お賽銭用に101円だけを持って、遅れて車を出た。

 

その後、赤ん坊がぐずったため娘が車外であやしていたところ、境内から数十メートル外れた別の方角に佇む母親らしき姿を見掛けている。どうしてあんなところにいるのかなと感じたが、数十秒ほど目を離すと姿は見えなくなっていた。

 

駐車場から拝殿までは杉林と境内を抜ければ3分もかからない近距離に位置し、雨降りとはいえ明るい時間帯に迷うような場所ではない。しかし参拝と水汲みを終えて戻ってきた夫と叔父は、法子さんを見掛けなかったと家族に告げた。

当時、駐車場には20台程度が止まっていて人出は多く、翌日は祭りが予定されていたため準備などで普段より人の出入りも多かった。とはいえ人ごみに紛れてしまうような大混雑ではなく、そう広くもない境内で行き違いになるとも考えづらかった。

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娘は心配になり、法子さんが車を出てから約6分後に探しに出たが姿はなかった。そのとき帽子を目深にかぶった3人組とすれ違ったと証言している。その後、家族総出で捜索したが発見できず。

13時半ごろ、大胡警察署に捜索願が出され、その日の16時頃には招集された警察・消防ら80人体制で周辺を捜索。山狩りや警察犬による追跡も行われたが、警察犬は雨の影響もあってか車通りのある付近で追跡をやめてしまった。その後、10日間で延べ100人を動員して捜索や周辺への聞き込みが続けられ、上空からヘリによる捜索も行われたが手掛かりは得られなかった。

失踪翌日の4日、三夜沢赤城神社から北へ3キロほどに位置する「赤城不動大滝」周辺の林道で似た人を見掛けたという情報もあったが、真偽は定かではない。

 

法子さんは身長156センチ体重54キロで、眼鏡をかけており、失踪時は「赤い傘」、「ピンクのシャツ」に「黒いスカート」、「ハイビスカスの飾りが付いた青いサンダル」と比較的目立ついでたちをしていたが、寄せられた情報は20件ばかりと少なく発見には直接結びつかなかった。

 

■その後

失踪から7か月後、テレビ局に寄せられた同日同時刻帯の境内を撮影したホームビデオに写っていた「赤い傘の女性」について、家族は「違う」と証言。また更に映像を確認した結果、杉林の奥にも「誰かに傘を差し伸べるような動きをする別の女性らしき姿」が僅かに写り込んでいたが特定には至らなかった。

また失踪後に千葉県の自宅に無言電話がかかってきたことがあり、ナンバーディスプレイに表示された局番からは鳥取県米子と大阪方面と推測されているが、法子さんとの関係は不明である。

 

2006年、テレビ朝日系列の公開捜査番組『奇跡の扉 テレビのチカラ』で特集され、サイキック捜査で知られるゲイル・セントジョーン氏による透視が行われたことで(その筋では)知られている。

氏は、参道から外れた場所で男性に「手を貸してほしい」と助けを求められ、車に乗せられたとする暴行目的の連れ去り説を主張。付近の山中で解放されたものの、意識が朦朧とするなか森で遭難してしまい、すでに亡くなっているとする透視結果を示したが、遺体や有力な手掛かりになる物証などは発見されなかった。

 

懸念材料として、法子さんは右耳に持病を抱えており、低気圧になると激しい眩暈に襲われて立てなくなることもあった。普段は補聴器を使用していたものの、このときはカバンの中に置いたままで装着していなかった。

自宅から150キロほど離れており周囲の土地勘もあまりなく、ほとんど何も所持していない状態だったため安否が気遣われた。

しかし家族の番組での呼びかけや県警らによるビラ配りの甲斐もなく、失踪から10年後の2008年6月に失踪宣告の手続きが為され、捜索は打ち切られている。

 

■地理的条件など

法子さんは過去にも三夜沢赤城神社に何度か訪れたことがあったとされ、第一駐車場(下地図ピンク部分)から正面鳥居へは向かわず、杉林の中を通る抜け道から拝殿方面へ向かったものと考えられている(下図の緑色ルート)。

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下のGoogleマップ右手に見える鳥居の奥に階段があり、真っすぐ上っていくと拝殿がある。中央に覗く赤い屋根は集会所、その裏手にトイレがあり、左手の道を進むと一家が車を停めていた第一駐車場がある(上図のピンク色エリア)。

また自動販売機もこの交差路にあるため、社殿に向かわずトイレや飲み物の調達などに立ち寄ったとしても迷うことは考えにくい。

降水状況については、夫と叔父は傘を差さずに出ていることから本降りだった訳ではなく、小降り程度だったと考えられる。

女性らが境内に向かわなかった理由としては、神社までの参道で花見は堪能していたこと、孫が赤ん坊で抱っこしていなければならない(濡らしたくないし、抱っこしていると傘が差せない)こと、あるいは人数分の傘がなかった等が思いつく。

 

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拝殿から奥には散策路があり、キャンプ場や山中へとつながっており、その途中には周辺観光スポットのひとつとして「櫃石(ひついし)」がある。長径4.7m 、短径2.7m、高さ2.8m、周囲12.2mの巨石で、古墳時代中期の祭祀に使われた磐座(いわくら)とみられる遺跡である。

地形としては、社殿に向けて緩やかな上り斜面で、社殿の奥からはより傾斜がきつくなる。神社地点から櫃石までのルートは約1500メートル、標高約560~約870メートル(片道約50分)であるから、整備されているとはいえ「山登り」と言ってよい。

サンダル履きで雨降りのなか、櫃石を目当てに山中に入っていくことは現実的には考えづらい。(途中の分岐で「櫃石左へ千三百米」と標識があるため、仮に「見てみようかな」と軽い気持ちで入山したとしてもここで引き返すだろう)

 

下の地図の赤色ピンが「赤城神社拝殿」、青色ピンが「櫃石」、紫色ピンが失踪翌日に目撃情報があった付近の「赤城不動大滝」を示している。

神社から不動大滝まで一日あれば歩けない距離ではないが、この県道16号(大胡赤城線)は冬季には封鎖されるほどの急こう配の道である。車通りが多いとは思えないが、この山中の一本道を何時間も歩いていれば、さすがにもっと目撃情報があってもおかしくない。また道中には温泉旅館、ホテルが数軒あるため、遭難や心身の不調があれば救助を求めるなり電話を借りるなりするのではないか。

筆者としては、近辺の宿泊者や写真撮影などのために車を降りた人物を誤認した情報ではないかと推測する。

 

10日間で捜査員延べ100人と聞くと少ないように感じられるが、駐車場から神社敷地にかけては手入れが行き届いており、決して広くはない。山の中腹に位置するとはいえ遭難の危険性は低いと判断されたためと捉えることもできる。

山歩きの経験がある人は分かると思うが、サンダル履きでは平坦な舗装路と違ってすぐに脱げてしまい、しかも雨降りとなれば山道を進むことは考えられない。また正規ルートから外れた場合、足元は枝葉でぶかぶかに緩み、たとえ登山靴であっても進行は困難である。

単独事故説にしても、すでに何度か来訪したことがある場所で山道へ迷い込む可能性は低く、遺留品もなく遭難したり、転落したりする可能性は更に低い(傘、眼鏡、サンダル、101円の小銭などは落下しそうなものである)。

 

また神社前にはバス停があるものの便数や利用者は限られており、失踪当日のバスドライバーや周辺のタクシー業者くらいは警察も抜かりなく聴取していると考えられる。

 

■諸説

◆自発的失踪

不倫駆け落ち説・・・かねてより不倫していた相手と示し合わせて失踪したとするものだが、1時間ほど前に義母が思いついた場所で待ち合わせ、駆け落ちしようとすることは不可能と見てよいだろう。

仮に不倫相手がいたとすれば住んでいた千葉県白井市近郊の人物と考えられる。白井市から赤城神社まで車で約2時間半の距離であり、呼び出されてすぐに駆け付けられる距離ではない。

仮に駆け落ちだとすれば、法子さんが夫の実家に行くのに合わせて、こっそり現地まで同行していたことになる。日頃地元で不倫していたとして、わざわざこのタイミングを選んで駆け落ちを試みるチャレンジャーはなかなかいないのではないか。

 

親族トラブル説・・・夫親族と折り合いが悪く、衝動的に失踪したとする説。一般に嫁姑トラブルや「家」は嫁にとってストレスの原因となりやすく、親族中からイジメを受けるといった環境であれば失踪する動機になるであろう。世間体や捜査の追及をおそれて家族らが事実を一部歪曲して証言している可能性もなくはないように思われる。

 

夫DV説・・・夫からDVを受けるなどして前々から家出を考えていたとする説。これも主婦失踪ではすぐに挙げられる動機の一つである。

出先で拘束が弱まったことや地元よりも顔が差さないこと等からあえてこのタイミングを利用して逃走したと考えることもできる。

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◆事件

失踪捏造説・・・DVや親族トラブルで身内が法子さんを殺害してしまい、その発覚を免れるため失踪を捏造した(そもそも神社には来ていなかった)とする説。

捜査の目をごまかすために出先で失踪を届け出、夫も娘も夫親族も口裏を合わせて「殺害の隠蔽」を行っている、もしかするとそういう陰険な家や悲惨な境遇もありうるかもしれない、と考えると悪寒が走る。

例えば1994年に起きたつくば母子殺人事件(野本岩男)のように家出を偽装するために捜索届を提出するケースや、失踪直後に地元新聞など最小限の取材に応じる程度であれば理解できる。

 

誘拐説・・・その場で目を付けられて連れ去られたとする説。白昼堂々、人出のある神社で誘拐するとは通常ではやや考えづらい。

それならば1978年に起きた織田作之介ちゃん轢き逃げ連れ去り事件のように偶発的な事故から連れ去りに発展というケース(事故誘拐説)はありうるだろうか。折しもお昼時で出入りの多かった駐車場などでは交通事故の可能性は高まる。耳に不安のある法子さんであれば、山の高低差や天候による気圧の変化、旅先での注意力散漫、周囲の往来などによって、車の接近に気付きづらい条件もあったかもしれない。

しかし駐車場内であれば悲鳴や衝撃音、血痕など、目撃者がいなくとも何かしらの異変が察知されていそうなものである。たとえば出血を伴わない軽度の衝突で法子さんを転倒・昏睡させてしまい、慌ててそのまま運び去った可能性はゼロとはいえない。

 

特定失踪者説・・・いわゆる北朝鮮による拉致被害を疑う説。過去に各地で多くの拉致被害が存在すること、米子、大阪方面からの無言電話や娘が目撃した「帽子を目深にかぶった三人組」などから想起されたものと考えられる。

たしかに海沿いでの発生が多いとされるが内陸地であっても特定失踪の疑いはあるとされており、群馬県でも「北朝鮮に拉致された疑いを否定できない失踪者」の事案は極少数存在している。拉致のプロによる犯行であれば悲鳴や証拠を残さずに連れ去ることも可能かもしれない。

しかし筆者は詳しくないため完全に否定するつもりはないが、工作員と言うのは、山の中腹の、ゴールデンウィークで賑わう神社で真昼間から拉致の機会を窺っているものなのだろうか。

 

■展開

本件について出回る情報の多くは、当時同行していた夫親族らが番組出演して公になったものである。『テレビのチカラ』は失踪から8年後の2006年に放映されており、殺人であれば当時は「時効前」。殺人犯が時効前にわざわざ公に話題を蒸し返すはずがなく、失踪者家族は断じて犯人ではない

またDVや親族トラブルが原因と考えられれば、やはり捜索に消極的になる動機としてはたらく(目立ちたくない、蒸し返したくない)と考えられる。

失踪者家族は切に法子さんの発見を望み、周知による情報提供に一縷の望みを託して番組出演に踏み切ったのだと筆者は思う。

 

番組で取り上げた最大のポイントは「失踪から7か月後」に局に送付されたホームビデオ映像だが、その信憑性については些かあやふやだ。

①ホームビデオそのものが番組側の「仕込み」の可能性、②ホームビデオが送付されてきたのは事実だが番組の都合により一部に手を加えた可能性(たとえば「誰かに傘を差しだしている女性」らしき映像を差し込むなど)、③「赤い傘の可能性が高い」という鑑定結果などである。

仮にこのホームビデオ映像がなければ、ほとんど目撃情報もない失踪であり、番組で取り上げられたとしてもここまで周知されることはなかっただろう。なぜ警察ではなくテレビ局に映像を送る気になったのか等疑問は膨らむが、いずれにせよ映像に写り込んでいた人物がだれであろうと法子さん発見に結びつく類のものではない。

 

自発的失踪の異形として、突発的な記憶障害や解離性障害への疑いがある。ショックな出来事や過度のストレスによって、部分的に記憶や人格を失ってしまい、その間、それまでとは別の人間であるかのような心神喪失状態に陥って行動したのではという見方も散見される。

しかし、自分が誰なのか分からない、なぜその場にいるのか分からない状態だったとすれば、101円しか手元になく移動手段もない人間がどこに行けるだろうか。

周囲の人間に話をして警察や病院に連れて行ってもらうか、近隣の民家に救助を求めるか、その場で困惑して助けを待つ状況になるだろう。いずれにしても周囲の人間が救いの手を差し伸べれば、公的保護や支援の対象となり、すぐに確認・発見されていると考えられる。

 

法子さんの持病は公表されていないが、耳の不調、眩暈の症状などからメニエール病ではないかと推察されており、事故説に結び付けられる場合が多い。

だがメニエール病の発作など心身の不調に陥った場合、たとえば平衡感覚を失っていたとして山道をぐんぐん登っていくことはまず考えられない。へたり込んで助けを求めたり、その場に倒れ込むなど身動きが取れなくなる状態が予想される。

 

お賽銭のために持っていったという「101円」という金額について、とくに意味はないと考えている。財布にあまり小銭がなく、1円ではさすがに足りなく思うし、100円だと偶数になってしまうので「101円」になった等の些細な理由ではないか。家族が「101円」を記憶していたことについても「あら、百円玉しかないや」「だれか小銭持ってる?」等といったやりとりがあったと推測する。

なかには「101円」に様々な意味付けをする考察もあると聞くが、多くの人が「101円」を印象的に・不可解に感じるのは「一般的にその金額をお賽銭にしないから」である。身内にだけ伝わる特殊な意味、暗号だったとすれば、宗教説も真実味を帯びてくる(だがそうは思わない)。

 

娘が最後に目撃した林間に「佇んでいた母」について、筆者は誤認の可能性も十分あると考えている。赤ん坊の相手をしながら100メートル程先の木立の隙間に見えた「佇む女性」をパッと見て母親だと認識するにはそれという「材料」があったはずである。

感覚的なものなので「間違いなく母親だった」と言われてしまえばそれまでだが、多くの人は親や知り合いだと思って声を掛けようとしたら別人だったといった経験が一度や二度はあるのではないだろうか。人間の感覚は非常に繊細な反面、常に精密とは限らない。

娘が嘘をついていると言いたい訳ではなく、「赤い傘を差した女性」や「遠目に似たような体格でピンクのシャツを着た人」が視界に入ればはっきりと顔を認識することなく先入観で「お母さん」と思ったとしても不思議はないように思うのだ。「赤い傘」や「ピンクのシャツ」は妙齢の女性が身に付けるには決して珍しい色ではない。

f:id:sumiretanpopoaoibara:20210625161439j:plainRoberto Lee CortesによるPixabayからの画像

同様に、失踪初期に目撃したという「帽子を目深にかぶった三人組」についても、それと聞けばいかにも不審な輩を思い浮かべがちだが、帽子以外の特徴、性別や年代が示されていないことを考えても、それほど強烈な印象もなく視界を通り過ぎたのであろう。

たとえば「傘を忘れてきた3人家族」や「神社とのやりとりで出入りしていた祭関係者」が雨を避けるために頭を覆って足早に過ぎ去ってもさほど違和感はないシチュエーションなのである。

 

■再考

筆者としては、第三者によって連れ去られた誘拐のケースを再考(妄想)してみたい。

 

テレビのチカラ』に登場したセントジョーン氏の透視・推理した強姦目的の複数犯による連れ去りは、例えば下の美浦村女子大生事件など略取誘拐の典型例のひとつである。

sumiretanpopoaoibara.hatenablog.com

 複数犯による強姦目的の連れ去りは、比較的若い男性らが若い女性を狙う場合が多い。無論、年配であっても強姦に及ぶ異常性欲者はおり、若者であっても年配者を好む性癖はなくはない。

だが「複数犯」で中年女性をターゲットにするということはそうそう考えられず、仮に中年女性を狙う計画があったにしても山中のこうした場所よりかは平地や市街地で物色する方が悪目立ちしないだろう(当時は市街地でも現在ほど監視カメラは多くなかった)。

 

人出のある神社で白昼堂々の誘拐を計画していたとは考えづらく、あるとすればかなり衝動的・突発的な犯行ではないか。たまたま神社を訪れていて、法子さんに心奪われてしまうとすればどのような人物が考えられるのか。

 

当時は「パワースポット」や「御朱印」も今ほど注目されておらず、寺社を巡るような若い人の比率は極端に低かった。しかも京都や鎌倉の古刹、日光のようなメジャーどころと比べれば周辺も目立って観光地化されてはおらず、地元人向けないし知る人ぞ知るスポットという感がある。

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その人物もおそらくは近場に住み、見頃のヤマツツジをお目当てに神社参道を訪れた。ファインダー越しに見える雨露の滴る赤や橙の輝きに幾ばくかの気分の高まりがあった。

休憩がてら神社境内を訪れ、杉林などを撮影するも物足りなく感じたのか、道行く赤い傘の女性に声を掛けた。昔の連れ合いや母親に似た面影でもあったのかもしれない。

「すいません、ちょっと…」

会話を交わし、被写体になってほしいとお願いして、参拝者の邪魔にならないように少し脇道に入った。近づいてはっきりと喋りかけないと女性は耳が聞こえづらいらしかった。雨の木立に映える赤い傘、素朴で気取らない柔和な表情、ぎこちなくもどこか愛らしいポーズ。

何とかして彼女との会話を続けたいと思った。しかし女性には連れがいるらしく、参拝に戻りたい素振りを見せる。

 「現像できたら送ります」

ペンと紙がないのを口実に半ば強引に駐車場まで連れていき、女性に名前や住所をメモ書きしてもらう。

彼女は他のだれかのもの。連絡先を聞いたところで会いに行く勇気もない、そんなことは自分自身が一番よく分かっていた。

(ならばいっそ…)

そう思ったときにはメモに集中していた彼女を車に押し込んでドアをロックし、運転席に飛び乗ると、男は後戻りのできない道へと発進していた…

 

 

群馬県及び隣県に住む40代から60代後半、旅行やカメラを趣味とする普段は物静かな独身男性による単独誘拐という(乱暴な)妄想である。

出入りの多い駐車場は、事故の危険もあるが「死角」も多い。真横の車に人が乗っているかどうかは見えても、数台向こうの車中では何が起きているかも分からない。

例えば具合を悪くしていたところ介助の素振りで車中に連れ込まれるといった状況も想像できる。意識の混濁など症状によっては悲鳴を上げたり抵抗することも難しかったかもしれない。

それこそ記憶障害になってどこかで別人としての人生を歩んでいたり、あるいは東京豊島区女子高生誘拐こと【籠の鳥事件】のように犯人との共生関係に置かれていたとしても無事に生き抜いていてほしいと願う。

 

失踪者の御帰還と関係者のみなさんの心の安寧をお祈りいたします。