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気になる事件と考えごと

NHKスペシャル未解決事件『尼崎殺人死体遺棄事件』について

2013年にNHKで放映されたNHKスペシャル未解決事件『尼崎殺人死体遺棄事件』の感想など。

 

この番組はNHKで2011年から放映開始した大型シリーズプロジェクトの第3弾であり、どうして事件は起きてしまったのか、なぜ防ぐことができなかったのかという側面をテーマにしている。

内容は主に、作家高村薫さんによる尼崎での取材リポート、関係者の証言、再現ドラマVTRといったパートで構成されている。

 

www.nhk.or.jp

 

尼崎殺人死体遺棄事件(通称・尼崎連続変死事件、尼崎事件)を簡潔に説明することは難しいが、1980年代後半から2012年にかけて兵庫県尼崎市および香川県高松市で起きた複数家族の傷害致死死体遺棄事件であり、そのすべてに角田美代子(逮捕当時64歳)が主犯格として関わったとされる。

2011年11月事件が発覚し、逮捕。しかし翌2012年、美代子は多くを語らないまま兵庫県警留置所内で自殺し、余罪などの全容解明は困難となっている。

 

■人物関係 

逮捕者は、美代子のほか、

角田正則(美代子の戸籍上の従兄弟)

角田三枝子(美代子の義妹)

角田瑠衣(美代子の義子、仲島茉莉子さんの妹)

角田健太郎(美代子の義子、I家四男の息子)

角田優太郎被告(美代子の義子、三枝子が出産したとされる)

東頼太郎(美代子の内縁の夫)ら。

  

事件の特殊性として、美代子が被害者家族を恫喝し、家庭内で虐待を行わせていたことが挙げられる。

逮捕者には、健太郎、瑠衣ら傷害や死体遺棄等に加担した元被害者家族も含まれており、被害者/加害者の単純な線引きが難しく、本文では追及の必要はないため一部だけを明記する。

 

死亡者は、

大江和子さん(尼崎貸倉庫でコンクリート詰めドラム缶で遺棄)

仲島茉莉子さん(瑠衣の実姉、尼崎の住宅床下に遺棄)

谷本隆さん(瑠衣の伯父、尼崎の住宅床下に遺棄)

安藤みつゑさん(尼崎の住宅床下に遺棄)

橋本次郎さん(岡山県沖にコンクリート詰めドラム缶で遺棄)

皆吉ノリさん(茉莉子さんの祖母、高松市の小屋下に遺棄)

その他、角田久芳さん(三枝子の夫)ら、関連するとみられる不審死や失踪も多く起こっている。

 

美代子は、養子縁組や姻戚関係などで戸籍上の家族関係を次々と結んでいる。苗字の変更や複数の家族が関わることによって人間関係が字面上理解しづらくなっている。

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■手口

再現ドラマでは、2000年代に関係を持った谷本家、遠縁にあたり1990年代後半に取り入った門脇家(仮名)・横地家(仮名)(下の相関図における「I家」にあたる)に焦点を当てており、標的となる家族になにがしかの因縁をつけて家庭内に混乱を引き起こして、さも自らが仲裁者であるかのように介入していく様子を描いている。

 

美代子元被告は、暴力団関係者らしき“得体の知れない存在”の影をちらつかせがら「落とし前を付けろ」と因縁をつけて“家族会議”をさせ、家庭内にある各人の不満や綻びをあぶりだす。

恫喝の一方で、ある者に借金があると聞けば「肩代わりしてやる、自分に任せておけ」といった“アメとムチ”を使い分け、次第に家庭内の実権を掌握し、一家全体を主従関係へと導いていった。

 

大人に対しては恫喝で冷静な思考判断を奪い、親子関係・夫婦関係を破綻させていき、こどもは自分の手許に置いて手なずけることで人質にした。

自らの手を汚さず、逆らう者を家族に虐待させること、自分や身内を“加害者”に仕立て上げることで逃走や告発を困難にさせた。逃亡すれば何度でも連れ戻されて見せしめに懲罰を加え、被害者らは抵抗する意欲を一層萎縮させていった。最終的に家族の全資産を収奪し、一家離散へと追い込む一連のながれはどの被害家族にも共通していたとみられている。

家庭内に取り入り、家族同士で虐待し合うよう仕向ける、いわばマインドコントロールともいえる手法から“北九州監禁殺人事件”との類似性を指摘する声もある。

 

■生い立ちとながれ 

美代子元被告の生い立ち、事件の順序を大まかに整理しておく。

・小学生時代に両親は離婚、父母や親戚間を行き来した

・父は手配師(人材斡旋業)で金回りはよく、人心掌握に長じていた

・10代から尼崎でスナックを経営。番組では店の2階で売春斡旋、ヤクザ者にケツモチをさせていたと紹介

・23歳で結婚、20代半ばで離婚し、横浜に移り住む。幼少期から付き合いのあった三枝子とラウンジ(飲食業)や輸入代行業を共同経営

・20代で内縁関係となる東頼太郎と知り合う

・事業に失敗し、1981年、33歳のとき尼崎に戻る。当初は内縁の東、三枝子と3人暮らし。その後、マンションの部屋を増やして10人ほどのとりまきを住まわせていた。

・近隣住民からは、因縁をつけるクレーマー気質・トラブルメイカーとして知られ、とりまきを連れた威圧的な素行や態度から「関わり合いになりたくない」人物と思われていた

 

・1980年代半ばには橋本家に関与

・1998年ごろ、I家に関与

・1998年、三枝子が美代子の母と養子縁組(姉妹となる)

・2001年ごろ、皆吉家、谷本家に関与

・2004年、正則が美代子の叔父と養子縁組(従兄弟となる)

・2007年、優太郎・瑠衣が結婚(瑠衣が義理の娘となる)

・2009年、大江家らに関与

・2011年、大江家長女が大阪府警に出頭。三枝子・瑠衣の供述により事件が大きく明るみとなり逮捕。

・2012年、美代子が留置所内で自殺

 

 

 番組では、美代子元被告の元夫が登場。中学卒業後10年生活を共にし(入籍は23歳、ほどなくして離婚)、子はいなかった。

「気の弱い、腹立ったら怒りよるし、泣くときには泣きよる」

「駅で迷子になって泣いたりする」

元夫から見れば、結婚当時は普通の女性だったと振り返った。

現在の写真の人相を見て、「(一目で当人とは)わからなかった」「鬼になっとる」と自分の記憶とは大きく異なる印象を淋しげに語った。

 

また自殺直前の2週間、同じ留置所で生活した人物が登場。美代子は、あとに入所してきた人物が“子殺し”の犯人だと知ると「あの人と喋ったらあかんで。子ども殺すなんて信じられない」と話しており、彼女の事件をあとで知って驚いたという。

 

インタビューした高村薫さんは、美代子の人物像について「ひとにいえないような罪をやって隠している自分の中に、寂しがり屋の普通の女の子だった自分も残っている。だからあえて切り離して、もう一人の何の心も動かなくなった自分がいたと思う」と語っている。

 

■所感 

美代子の犯行は凶悪だが、自らの手で暴力を加えたり、血を好む、死体を好むといった性格ではなく、もちろん金銭がその目的にはあるが、「よその家族を崩壊させること」を何より好んでいたような印象を受けた。

普段の生活でほとんど意識することはないが、生い立ちや人間関係や法律、社会的続柄といったものが抑制装置・ブレーキとなって、その人を社会的なエラーに至らぬように大体制御してくれている(だから滅多なことで人殺しはしないし、殺してはいけないと思って生きていられる)。

社会契約論ではないが、犯罪行為に身を染めず日常生活を送れているのは多くの人間関係と社会通念が私を束縛してくれているため“暴走”せずに済んでいる。だが彼女について思い巡らせると、親兄弟も友人も恋人も生い立ちも環境も、周囲からのブレーキ効果がなさすぎるあまり、加速し続け、そのまま止まれずに奈落の底まで行ってしまったようではないか。

 

美代子元被告がひとえに執着していたのは「家族」である。

自らが大黒柱とでも言わんばかりにとりまきを引き連れ、標的になる家族を乗っ取って破綻させ、他人と法的な家族になることを喜んだ。だが不幸なことに、理想の家族を夢見た女の子は本物の家族を知らず、自分のいいなりにしかならない“疑似家族”という犯罪集団共同体を生んだのだった。(彼女の父・母の生涯も非常に興味が湧く)

たとえば元夫や内縁の夫との間に子どもを授かっていたとしたら、離婚したり事業に失敗したとしても、我が子を前にしてこんなアホなオカンになる選択肢は選ばなかった(明示されてはいないが肉体的に出産できなかった可能性もある)。

のべ五十件以上の近隣住民からの苦情に対して、警察が“民事不介入”の重すぎる腰を何回か上げていたら、ここまで犠牲者は増えなかった。尼崎という土地柄も、警察の介入や周囲からの“救い”が乏しかった背景の一つである。

もちろん彼女たちが犯した数多くの罪は情状の余地もなく到底許されるものではない。だが同時に、友人や恋人に美代子元被告の“普通の女の子”としての苦しみを親身に分かち合える人物が一人でもいたならば、彼女にとっての悲劇だけで終わらせられたのではないか、とその不幸を哀れまずにはいられない。

 

 

最後に、再現ドラマの角田元被告役・烏丸せつこさんの演技は鬼気迫るものがあり、震え上がるほどの圧倒的存在感だった。他の出演作をググったら、NHKの朝ドラ『スカーレット』で主人公・喜美子を応援する美魔女(失礼!元・女優の)小池アンリ役をなさっているとのこと。機会があれば凶悪事件フリークのみならず、スカーレットファンの方にも是非烏丸さんの熱演をご覧いただきた(?)…いや、胸糞悪い事件なので興味がなければ見ない方がいいと思います、多分。