いつしかついて来た犬と浜辺にいる

気になる事件と考えごと

ブタを積んだトラック――アイオワ州運送業男性行方不明事件

畑に囲まれた田舎道の真ん中に大型トラックが乗り捨てられ、後部コンテナには大量の仔ブタが生きたまま取り残されていた。ドライバーは一体どこへ消えたのか。

 

概要

2023年11月21日(火)の未明、アメリカ中西部アイオワ州ウォールレイク在住のトラック運送業デビッド・シュルツさん(53歳)が仕事中に行方が分からなくなったと家族から捜索願が出された。当然、交通事故が真っ先に懸念されたであろうが、周辺で該当する事故の報告はなかった。

その日の午後になって、デビッドさんの携帯電話から妻の元に電話が入った。彼女は前夜からすでに30回は電話を掛け続けていた。

「ああ、ようやく」と思って、応答すると、相手は聞きなれない女性の声。

ダグラス近郊の住民から「無人のトラックが早朝からずっと停めっぱなしになっている」との通報が入り、トラックを確認しにきた女性警官だった。

デビッドさんのトラックが見つかったのは州間ハイウェイ20号線から北に逸れた畑に囲まれた田舎道。コンテナには搬送途中の多数の仔ブタ、携帯電話など僅かな遺留品が残されていたが、本人の行方はその後も分からなかった。

行方不明となったデビッド・シュルツさん

トラックのドアは無施錠で、車内には財布、現金、携帯電話、カギ類が残されており、血痕や争った形跡は見当たらなかった。近くの側溝から彼の冬用ジャケットも発見され、中には軽業務で使うポケットナイフ、イヤフォン、ぼろ布などの私物が残されていた。

捜査機関は遺留品に第三者の痕跡が残されていないかなどを調べるため、DCI犯罪研究所に遺留品の鑑定を依頼したが何も検出できなかった。

 

日本で50歳代男性の行方不明といえば、金銭トラブル、家庭不和、病気などを動機とする自発的失踪ないしは自殺が疑われるケースが多い。しかしデビッドさんの妻サラさんは、彼が自殺や失踪する動機はなく「荷を残したままにして居なくなるなんて、彼の職業倫理から見ても絶対にありえない」として、事件性を強く疑っている。

サック郡保安官事務所と捜索救助の非営利団体ケイジャン連合海軍」ら数百名のボランティアの協力を得て、近郊数十キロの範囲を一斉捜索し、12月までに地域一帯の潜在可能な範囲の捜索はすべて完了したと報告された。上空捜索やドローン、警察犬なども導入されたが大きな成果はなかった。

行方不明から100日以上が経った現在も、デビッドさんの消息は分かっておらず、発見につながる有力情報や新たな手掛かりも得られていない。

 

時系列と地図

11月20日(月)夜7時にウォールレイクの自宅を出発したデビッドさんはイーグル・グローブの現場に向かった。自宅からおよそ90マイル、休憩なしで車で片道およそ1時間半の距離である。彼はここで大量の仔ブタが収容されたコンテナをトラック後部に積載した。

10時30分頃にイーグル・グローブの現場に入り、10時50分頃に現場を発った。来た道をほぼ引き返すような格好で、届け先の農家があるサック・シティ方面へと向かったはずだ。

下のマップはイーグル・グローブから届け先までのおおよその予想ルートを示す。イーグル・グローブから南下したトラックは、州間ハイウェイ20号線を西に進んだとみられる。

程なく午後11時15分、フォート・ドッジ近郊の道路カメラが側道の休憩帯で停車中の彼のトラックを捉えていたとされる。画像公開はなくカメラの位置は分からないが、20号のロードサイドは下のストリートビューで分かる通り、延々と畑が続く一本道で店や自販機も見当たらない。

深夜にこんな場所でヒッチハイクがあったとも思えず、事故などがあれば何らかの痕跡が残されていたはずだ。考えられるとすれば、電話応答、便意、何かトラブルを察知したのか、不意な用事のために停車したと考えるべきだろう。

 

本来ならそこから1時間もあれば届け先に到着できたはずだが、彼のトラックは一向に到着せず、電話をしても応答がない。心配した家族が警察に通報したのが21日午前2時23分だった。

しかし見つかったトラックは、目的地から7~8マイル、車で10分程の位置に乗り捨てられていた。下のストリートビューはトラック発見現場とされる交差点付近。車体は「路肩」ではなく「走行車線上」に停まっていたという。

またジャケットが見つかった「溝」の位置ははっきりしないが、日本でしばしば自転車の転落事故や高齢者の転落死などが聞かれるような「コンクリート護岸の大きな用水路」は見当たらない。おそらくは幅40センチほどの細いコンクリート用水路か、土岸の溝を示すものと思われ、デビッドさんが転落して埋もれたり流されたシチュエーションは考えにくい。

 

 下の地図は、届け先の農家があったサック・シティと車両が発見されたダグラスのおおよその位置関係。サック・シティから更に16マイルほど南進したウォールレイクに自宅があった。なぜトラックは20号線から目的地のある「南」に向かわず、「北」に進路を取ったのか。地元出身の彼が道を誤ったとは到底考えられない。

 

GPSの照会により、20号線から「北」へ向かった時刻は「午前0時18分」、交差点付近で停車したのは「午前0時40分」とされている。この予期せぬ動きは、やはり何かしらの事件性を疑わないことには説明がつかない。

 

もうひとりの失踪者

デビッドさん失踪の3週間前、アイオワ州カルフーン郡の中心部ロックウェルシティ在住のマーク・リーズバーグさん(54歳)が消息を絶っていた。警察は両事件の関係性を否定しているが、地理や二人の年代が近いことからも当初何かしらの関連があるのではないかと注目された。

下の地図で右上の☆がイーグル・グローブ、青◎がデビットさんのトラック発見現場、その下の二つの☆がサックシティと彼の自宅があったウォールレイクの位置関係である。

赤で囲まれた地域がカルフーン郡〔google map〕

リーズバーグさんは10月28日から勤めに姿を見せなくなり、同僚たちが自宅を訪ねたが彼の姿は見当たらず、11月1日、勤務していた医療機器メーカー「エッセンシア」から行方不明の届け出が出された。ハイウェイ20号沿いの自宅には財布と携帯電話が残されていたが、自家用車のクライスラーPTクルーザーが車庫からなくなっていたため自発的失踪と考えられた。

連絡を受けて駆けつけた妹のメアリー・ブラウンさんは「兄が仕事を放り出していなくなるとは考えられない」と述べ、財布や携帯電話を残して車だけがなくなっている状況について記者から問われると「たとえば夜中に誰かが玄関で助けを求め、それに応対しようと思って、何も持たずに外に出たのかもしれません…なぜ車がないのか、彼が見つからないのか、理由は私にもわかりません」と困惑した様子で答えた。

 

3週間後のデビッドさん失踪を受けて、アイオワ州捜査当局も捜索に本腰を入れ、「ケイジャン連合海軍」の協力により一帯の合同捜索に乗り出した。

12月1日午後、カルフーン郡の「木々に覆われた放棄地」の奥でリーズバーグさんのPTクルーザーが発見された。車内からリーズバーグさんの遺体が見つかり、「一発の銃創」を死因とする予備調査の結果が報告された。

不正行為(犯罪の証拠)は確認されておらず、遺体は検視局に送られたが事後報告がないことから自死と断定されたものと思われる。

 

検討

デビッド・シュルツさんの妻サラさんによれば、夫は「きみは僕の妻、僕の人生そのものだ」といつも愛情を注いでくれる家庭人で、家族を捨てて自ら失踪したとは思えないと語る。また泊りや遅くなるような時は必ず家に連絡を入れていたと言い、逆説的に電話が掛けられない状況に置かれていたのではないかと危惧している。

夫婦関係、家族仲は円満だったという

運送業という職業柄、遠方や地方では現金支払いが必要とされる場面が多く、彼は日頃から千ドル以上のまとまった現金を持ち歩いていた。一週間分の現金をまとめて財布に入れておく習慣があり、「月曜日に入れた分」が手つかずで残されていたという。

また自発的失踪説を遠ざける根拠として、デビッドさんは新しいトラックを購入したばかりで乗り換えのための整備に励んでいる最中だった。根っからの「トラック野郎」だった彼が、新車に乗らずにいなくなるなんて考えられないと妻は語る。

 

アイオワ州は人口約320万人でその85%を白人種が占め、ヒスパニック6.8%、アフリカ系5.2%、アジア系3.0%、ネイティブアメリカン1.4%と続く(2020年国勢調査)。州としては製造業、バイオテクノロジー、金融保険サービスなどの経済活動に優れ、失業率も平均より大幅に低い4%前後である。またブタ、牛、卵、トウモロコシ(エタノール)、大豆の生産も国内最大規模である。

行方不明となった周辺エリアは豊かな自然に囲まれた酪農や牧畜業が盛んな一帯で、皆無ではないだろうがおよそ犯罪には似つかわしくない土地に思える。

仮に自発的失踪をするのであれば、空港や駅など交通アクセスのよい場所まで出向いたり、残金もあることから愛車で遠方まで行くこともできたはずである。

また氷点下にもなる11月の深夜、上着を脱ぎ棄てての失踪というのも理解しがたい。にもかかわらず「凍死」という結果も報告されていない。能動的な失踪であれば、財布や携帯電話のように車内に置いていってもよいものを、なぜかトラックの近くで落としていった。それが本人によるものか第三者によるものかは断定しえないが、どこか作為的な印象を受ける。

仮に自死を想定したとて、自宅から30分程の何の変哲もない農道脇で決行する理由がない。仕事の合間、しかも生き物を放置したままにしてというのはあまりに不釣り合いな状況に思われる。最後の仕事を完遂してよきタイミングを見計らうか、トラック野郎として最期を車中で迎えるというのならばまだしも、深夜に畑の真ん中から一体どこへ姿を消したというのか。

失踪時の愛車は赤白ストライプ。新車は黄色だった

失踪当初、サラさんが絶望に駆られる中、彼女の弟は、ひょっとすると心臓発作か何かで病院に向かおうとしたのかもとアイデアをくれたが、救急搬送は記録されていなかった。デビッドさんの性格を知るトラック仲間は、もし車にトラブルがあって緊急避難させたのだとしたら、彼は積載していたカラーコーンを車両の周りに並べて周囲に異常を知らせるだろうと予測した。だがカラーコーンは置かれておらず、車体のトラブルも確認されていない。

サラさんは状況の不自然さから、トラックを放置したのは夫ではなかったのではないかと捉えており、彼はだれかに連れ去られたのであろうと主張する。「彼は素早いし屈強だし愚かではないので難しいとは思うけれど」と前置きしたうえで、どこかでちょっとした休憩をした際に「彼は何か見てはならないものを目撃して、相手に脅されて連れて行かれた」か、「ひょっとすると優秀なドライバーを必要としていた集団に拉致されているのではないか」とも口にしている。

いずれにしても危険な状況に置かれているように思われるが、彼女は夫の生存を固く信じている。きっと家族に安否を知らせたがっているに違いないが、それができない状況に置かれているか、相手に家族の居場所が知られることを恐れて「家族を守るために」あえて連絡してこないのかもしれない、と。

 

サラさんのアイデアから想像されるのは、デビッドさんがイーグル・グローブから南下して20号線に入るまでの区間ですでに運転者が入れ替わっていた可能性である。

夜7時に自宅を出てから、真っ直ぐ行けば片道1時間半のところ、荷積みの現場に到着した時刻は「10時半」とあまりに遅い。用事があったのか、食事でもしていたのか、寄り道した場所があったのかは明らかになってはいないが、「行き」の道中ですでに何らかのトラブルに遭っていたのではないか。しかしデビッドさんは何とか現場にたどり着き、荷積みを終えて、再出発したところをすぐに見つかって襲われた、と筆者は考えている。

 

ハイウェイ20号線・フォート・ドッジ近郊の道路カメラが午後11時15分に「停車中のトラック」を捉えていたとされているが、その運転手が誰だったのかまでは言及されていない(公表されていない)。このときすでに入れ替わっており、停車したのは、仲間と連絡を取り合っていたか、後方からくる仲間の遅れを待っていたのではないかと推測する。

運転技術に長けたベテランドライバーのデビッドさんならば仮に方角を誤ったとしても切り返すことは容易である。畑に囲まれた道にトラックが残されていた状況は、犯人がひと気のない場所まで運転して、文字通り「乗り捨て」、追尾してきたか呼び出したかした仲間の車に乗り込んで去っていったようにしか思えない。

読めないのはその発端と、動機の部分である。たとえば貨物窃盗団のようなグループに目を付けられて、デビッドさんが降車させられたとしても、コンテナの中味が大量の仔ブタというのはすぐに分かりそうなものである。また強盗団が相手であれば、財布や現金に手を付けないというのもどこか腑に落ちない。

地理的に見て、よそからやってきた「流れ者」による犯行の可能性はやや薄いだろう。彼は地元出身者であることから、長年の内に仲違いやトラブルになった相手も周囲に少なからずいたと考えられる。だが仮に恨みを持つ相手がいて付け狙われたとしても、連絡を取り合う「業務中」を狙った犯行は賢明な判断とは思えない。逆説的に、地元民かもしれないが旧知ではない相手という見方ができる。長きにわたって恨みを買うような相手であれば、聞き込みからも浮上しそうなものである。

最も当てはまりやすいのは、煽り運転や迷惑駐車などの交通トラブル、あるいは薬物取引や強引なナンパ行為などをデビッドさんから注意されて報復に及んで拉致したケースである。トラックの運転に第三者が介入したとすれば、不可解な発見場所の説明や、側溝で見つかったジャケットは偽装工作という解釈も成り立つ。しかしおそらく近郊の素行不良者もその数は限られており、案外、普段は問題行動の目立たない社会適応性の高い人物や中高年者かもしれない。

自発的失踪や自死、殺害の可能性さえ見極めにくい不可解な事案である。

 

家族

夫が失踪して1か月もするとクリスマスがやってきて、子どもたちは捜索活動の支援者や心配してくれた人たちから山のようにプレゼントをもらった、とサラさんは振り返る。例年とは全く違ってしまったクリスマスは彼女に夫の不在を一層強く感じさせた。それは思いがけないかたちでたくさんの贈り物に囲まれた子どもたちにとっても同じ気持ちだったであろう。

そんな子どもたちを見守るサラさんの複雑な心中を察したのか、支援者のひとりが「あなたにはティディベアをつくってあげる」と提案した。彼女はテディベア制作の素材として、デビッドさんのお気に入りだったトラックメーカー「ピータービルト社」のワッペンが入ったキャップやいくつかの古着を提供したという。

「それは私にとって、たった一つの、最高のプレゼントになるに違いありません。だって、お父さんだと思って、いつでもハグできるでしょう」

www.youtube.com

サラさんはフェイスブックで頻繁に近況を報告している。事態に進展があれば警察から連絡してもらうことにはなっているが、身元不明男性の遺体発見のニュースが耳に入ると、いてもたってもいられず自ら当局に確認してしまうと綴っている。自分の夫ではないことが確認されると、そうした見ず知らずの死者に対しても居たたまれず、日々祈りを捧げているのだという。

サラさんたちは定期的にメンタルセラピーを受けながら警察や弁護士らとのやりとり、情報発信や取材対応をされている。記事を読むと、家族にできることは限られていることが実感され、悶々と悩み、悲しみ、それでも子どもの成長と家族を支えて生きる姿に胸を打たれる。

https://www.facebook.com/sarah.bogue.96

地元サック郡防犯協会の出資と支援者からの寄付により、発見につながる情報提供には最大で28,000ドル近い懸賞金が設定されている(2024年2月末現在)。懸賞金の額がどれだけ情報提供や犯人逮捕につながるのか具体的には分からないが、事件の周知や風化阻止のためには有効な手段である。

一方で一家の大黒柱を失ったシュルツ家には小学生の子どももおり、事態の長期化により財政状況の逼迫が懸念される。捜索活動の継続に向けて以下のリンクからドネーションを受け付けている。

www.gofundme.com

 

家族の思いがデビッドさんの元に届いていること、一日でも早く家族が再会できる日が来ることを祈ってやまない。