いつしかついて来た犬と浜辺にいる

気になる事件と考えごと

茂原女子高生行方不明について

2013年(平成25年)、千葉県茂原市で高校3年生の女子生徒がおよそ2か月半にわたって行方不明となった。大量のトマトを抱えたまま最寄駅から消息を絶っていたが、その後、自宅近くの神社で発見され、無事保護された。

事件性なしとされ、女子生徒は家族の元に戻ったとされているものの、行方不明の詳しい経緯は報じられず、家族の対応や長期にわたってどのように生還したのか、なぜ家のすぐ近くで野宿して過ごしたのかなど不可解な点が多く、原因に家族の宗教問題、今でいう「宗教2世」問題が絡んでいたのではないかとみられている。

 

■概要

2013年7月11日(木)、千葉県茂原市に住む県立岬高校3年生・中川沙弥香さん(17)が下校途中に行方不明となった。

その日は学校のテスト返却があり、普段より早い14時過ぎに授業が終わった。中川さんは外房線の電車で通学しており、高校から最寄りの長者橋駅で14時40分頃に乗車。15時15分頃、自宅から約2キロ離れた最寄りの本納駅で防犯カメラに映ったのを最後に消息が途絶えた。

失踪当時は制服姿で、白い丸襟のシャツに紺と白のチェック柄スカート姿、ローファー靴を履いて通学用のカバン所持金は1500円程とみられており、交通ICカードを所持していたが、本納駅を下車後に使用された形跡はなかった。

当日は家族から携帯電話に架電できていたが一度も応答はなく、2日後には電源が切れたのか呼び出し音も鳴らなくなったという。

 

失踪翌日の12日(金)、親は学校に「休む」と連絡を入れたが、欠席理由は特に告げられなかったという。家族は13日(土)になって警察に捜索願を提出した。

2週間後の7月27日になって自宅で鑑識捜査が行われたが、家出の書き置きや行き先などの情報は得られなかった。

その後、親の要請を受けて行方不明から約1か月後の8月6日(火)に公開捜査となり、駅からの通学路などで聞き込み捜査が行われた。だがテレビ取材に対して家族は「我が家では家出だと思っているんですけど」とどこか煮え切らない様子で答えており、視聴者からの不信を招いた。

8月7~9日にかけて31~45人体制で付近の山林などで大規模捜索が行われたが当時の所持品などの手がかりも見つからず、両親は駅前でビラ配りなどをしたが発見につながる有力な情報は得られなかった。酷暑の続く時期でもあり、少女の安否が気遣われた。

 

■大量のトマト

新聞、テレビなどでその名が報じられたのは8月の公開捜査以降のことである。

所持金をほとんど持たないとはいえ、意思のある17歳という年齢だけを見れば、自発的な「家出」の線は除外できなかった。他の同年代の事案と合わせてみれば、SNSや「出会い系」サイトなどを介して家族や友人も知らない人物とコンタクトを取って、交際したり、別の場所で暮らしていることも充分に考えられた。

周辺は農村部で自動車が生活の必需品となるため、18歳になってすぐに免許を取る同級生や頼めるような先輩がいてもおかしくない。恋愛関係などでなくとも、千葉県から都心部などへ車で連れ出して、家出を手引きする人物がいた可能性もある。

しかしネット市民のそうした推理の前に立ちはだかった最大の疑問が、彼女の最後の消息となった「最寄り駅の防犯カメラ映像」であった。彼女は通学カバンのほかに、数十個のトマトの入った袋を抱えていた。

彼女の通う園芸科ではトマトの栽培をしており、失踪当日、クラスメイト達と「おいしそう」と話しながらその収穫を喜んでいたという。学校から自宅最寄り駅まで来ていたことからも、「自宅に帰る意思があった」ように捉えることができる。

駅から自宅方面にかけて、小さな商店街があるものの昼間でも人通りはほとんどなく、駅近くの住宅街を抜けると田畑や林に囲まれた長閑な農村部の景色が広がる。しかしトマトを捨てたような痕跡も見当たらなかった。

 

■家族

8月、FNS系ワイドショーの取材に応じた中川さんの兄は、彼女が高校1年生のときに「体育祭を休みたい」という理由で家出をし、最寄り駅からひとつ隣の永田駅近くの公園に一人でいるところを両親に発見された過去があったと話した。

また「1か月前頃から進路問題で悩んでいた」「(失踪の)1日、2日前ごろには険しい顔つきをしていた」という。そのため家族内では当初「また家出したのではないか」という見方だったのだという。だが行方不明からすでに1か月が経過したこともあり、「連れ去られたんじゃないかと思っている」と話し、彼女の安否を危惧した。

 

しかしながら高校生の家出理由として「体育祭を休みたい」という中川さんの過去の動機にもどこか不自然さが感じられる。中川さんが家族にそう説明したのが事実だったにせよ、たとえば恋愛や自殺未遂など、何か別の理由で家を出たはいいが、結局家族にも本心を明かせなかった可能性はある。

また外泊の習慣や非行歴があった訳でもない17歳の女性が戻らないとなれば、その日の内に学校や警察に救援を求めるのが一般的な親心というものである。すぐに学校に相談することもなく、警察に通報しても1か月もの長期にわたって公開捜査を躊躇してきた理由があるのではないか。実は家族は失踪の事情を詳しく知っているのではないか、とする見方が生じるのもおかしなことではない。

学校でも問題行動は確認されておらず、テスト返却後も変わった様子はなかったとクラスメイトは証言する。家出とすれば夏休み目前というタイミングのこの時期に強行する必要はあまり感じられない。せめて一度帰宅して荷物を整理してから出立する訳に行かなかったのか。精神的に何か不安を抱えていたとしても、金や衣服も準備せず突発的に家出するとは無謀にも程がある。

しかし自発的失踪か、事件に巻き込まれたのかも不明のまま捜索活動は打ち切られた。

 

■発見

失踪から2か月半後の9月26日正午過ぎ、茂原市の自宅から400メートル程の場所にある「日枝神社」の境内で中川さんが発見された。

失踪時と同じ制服はすでにボロボロになっており、境内には紺色のスクールバッグが置いてあった。救急隊員に両脇を抱えられながらも自力で歩行し、病院に搬送されたが目立った外傷はなく、軽い脱水症状と衰弱はあったが命に別状はなかった。

その日の内に母親が面会し、本人確認を行った。

社は高さ・奥行きとも数メートルの小型なもので、室内は約3畳の板張り。すぐ近くに民家や小さな公園もあるが、道路からはやや高台に位置するため、社へお参りに来た人でなければよもや中に人がいるとは気づかない。

第一発見者の70歳代男性は、「(神社の中に)お供えものが置いてあるんです。お餅。もしかしたら、もうなくなっているかなと思って、(社の中を)見たら、その時に高校生らしき人の姿がうずくまっていたので...」と語った。

また男性は「チビタ」という名の柴犬を飼っており、女性週刊誌の取材に対して「8月下旬ごろから、チビタと社の前を通りかかると唸り始め、ワンワンと吠えていた」「普段は吠えない犬だからおかしいなとは思っていたが、今思えばチビタが第一発見者ですよ」と語っている。

保護された際、この女子高生は、警察官から「連れ去られたり、被害に遭ったりしたのか」と問われると、首を横に振り、「社を出入りしていたのか」との問いに対して首を縦に振ったという。しかし、そのほかに警察官が語りかけても無言で、具体的な話は出なかった。

兄は「つらいこともあったと思うので、いろいろと彼女の話を聞いてあげたい」とコメントした。だがネット上では、2か月半ぶりの保護にもかかわらず再会の喜びなどが少ないと訝しむ声は止まなかった。

 

9月27日の『夕刊フジ』で続報が伝えられた。

発見された社は「普段は立ち寄る人もほとんどいない」というひっそりした場所で、4日前に近隣住民が訪れた際に生徒の姿は見られなかった。周囲は野菜畑があり、捜査員の「野菜を食べていたのか」との問いかけに生徒はうなずいたという。体重は失踪時の45キロから30キロ近くにまで減少していたとされる。

さらに県警は「事件に巻き込まれた可能性は低いとみている」とも伝えている。

しかし2か月半後に自宅付近での発見という、家出らしからぬ家出は人々に強い疑念を抱かせ、発見によって人々の興味・関心はその真相へと移った。インタビューの様子などから、一部のネット市民には、家庭内での虐待を疑う向きや兄妹間によからぬ問題があったのでは、といった声も挙がっていた。

 

カルト集団・宗教・スピリチュアル産業の社会問題をいじるWebニュースサイト「やや日刊カルト新聞」では、家出の原因を彼女の家庭の「宗教問題」だとしている。

国内の統一教会(現・世界平和統一家庭連合)信者による内部告発や不正の刷新を求めるブログ「目安箱」では、発見当日の9月26日記事に「(彼女は日韓家庭6500双の二世)」と記述していた。つまり発見された少女が、合同結婚式で結ばれたいわゆる“祝福”夫婦の二世信者であることを伝えていた。

 

統一教会問題について長年追及してきたジャーナリスト・有田芳生氏も、自身のFacebook上で事件について次のように発信している。

2013年9月28日  ·

 9月28日(土)秋風が吹くようになった。千葉県茂原市で7月から行方不明だった17歳の女子高生が見つかった。彼女は1988年に行われた統一教会合同結婚式(6500組)に参加した日韓家庭の二世だという。統一教会では「祝福二世」と言われていて、「原罪のない子供」だとされる。ただし人それぞれ。生まれたときから信者として育てられ、悩んできた者も多い。私が知っている二世は高校を出るころに親から離れて自立を求めていた。繊細な年ごろにどんな思いを抱いていたのだろうか。彼ももう30歳を超えた。消息は途絶えたが、いまでもときどき気になっている。統一教会だけではなく信仰家庭の二世問題には外からはなかなか伺い知ることのできない重いものがある。

 

■宿題と現在地

2022年の安倍元首相銃殺事件で犯人に統一教会への深い怨恨が動機になったことが明らかにされて以降、教団の二世信者育成システムの構造的歪み、「虐待」ともいうべき養育実態は被害当事者らによって糾弾されてきたことは本稿で繰り返すまでもない。

当時の中川さんの身に何が起きていたのか、具体的なことは明らかにはされていない。だが宗教二世として自らの生い立ちなどを公表した小川さゆりさん(仮名)の証言と照らしても、年齢からして自我が確立されて、教会への信仰や家庭での養育方針に疑念を抱いていたことは容易に想像される。

自宅からそれほど遠くないながらも、教会信者が忌む「神社」という場所で過ごしていた点から見ても、信仰への抵抗感が動機の根底にあったと見ることができる。たとえば進路や恋愛、結婚など将来について家族間で意見の衝突となったことで、家を追い出された、着の身着のまま家を飛び出したような状況が当てはまるのではないか。

中川さんは自宅に帰されたとみられるがその後どうして過ごしているのか。他の家庭の事情に介入すべきではないが、こうした事例は表沙汰にされないだけで家庭内殺人や行方不明、虐待事案にも深く係わる問題を孕んでいる。

 

2022年9月5日、NHKで放映された「クローズアップ現代」ではフランスの新興宗教トラブルでの対策について伝えている。

フランスでは1970年代から新興宗教絡みのトラブルが相次ぎ、95年に「セクト(カルト)団体」を指定して公表。しかし一部の教団を法的に規制するとなれば、政治による宗教介入にほかならず、個人の信仰の自由を脅かすことにつながりかねないと問題視され、撤回を余儀なくされた。

議論の末、特定の団体を取り締まり対象とするのではなく、人権や自由を侵害する行為を明文化し、それを侵害するセクト的運動を規制するセクトが2001年6月に成立する。以下に上げる違反について、刑事上の有罪判決を複数回宣告された場合は解散宣告をすることができるものと規定した。

生命侵害

人の身体的・精神的完全性に対する侵害

人を危険に晒させる行為

無知と脆弱な状態に付け込む不法侵害

略取及び監禁

売春斡旋

人間の尊厳に反する労働

死体に対する侵害

差別

人格に対する侵害

未成年者及び家族に対する侵害

盗取、強要、詐欺、背信、財産の法的状況の詐称

不法な医師・歯科医・助産婦専門行為

不法な薬剤処方

虚偽広告

詐欺

食物・医薬品についての虚偽並びに不法売買

教義・思想・信条を対象とする規制ではなく、反社会的行動が組織的に行われた場合にその対象となる。2020年段階で実際に法人の解散命令が出たケースはないという。

小川さんらは自らの被害を明るみにすることで「教団の解散」を強く訴えてきたが、その後の報道などを見るに、旧統一教会問題は安倍晋太郎以来の「政治と教団の癒着」へと焦点が移ってしまった感がある。
「信教の自由」を建前に、市民の生活を脅かすカルト教団は旧統一教会に限ったものではない。オウム真理教事件以後もやり残してきた宿題を国会はどう処理し、今後もそうした被害の芽を潰していけるのか。法規制がなされたとて、実際に家庭に介入することになるのは、警察、教育現場の人びとや児童相談所などの保護施設の役割となる。今も苦しむ宗教二世、三世世代が解放されるのはいつになるのか。