いつしかついて来た犬と浜辺にいる

気になる事件と考えごと

【The Watcher】ウェストフィールドの「監視者」

2014年、アメリカ・ニュージャージー州で夢のマイホームを手に入れた一家のもとに“The Watcher”を名乗る不吉な手紙が届けられ、彼らを恐怖に陥れた。

 

2018年11月にニューヨークマガジン社から『The Watcher』として出版され、22年に公開されたネットフリックス限定ドラマシリーズのベースストーリーとされた。

https://www.netflix.com/jp/title/81380441

興味深い内容だったため、『New York magazine』掲載のGerald Slota氏による記事の一部を翻訳・意訳して紹介する。章立て、文字の強調、構成などについて変更を加えた。

www.thecut.com

geraldslota.com

 

■夢のマイホーム

2014年6月のこと、デレク・ブローダス氏とその家族は、ニュージャージー州ウェストフィールドの「大通り657番地」に6つのベッドルームを持つ憧れの新居を購入した。

(*Boulevard657について、適当な日本語がないため本稿では「大通り657番地」と訳する。)

ウェストフィールドは世帯数およそ1万、人口3万人余と規模こそ大きくはない街だが、ニューヨーク・マンハッタンの南西16マイル、車で40分ほどの場所に位置する郊外の高級住宅地である。人口の85%以上を白人が占め、銀行家や証券マンなど富裕層が多く暮らし、治安の保たれている地域としても知られている。

若い単身者にはのどかすぎるかもしれないがリッチな子育て層には人気が高い。昔ながらのホームドラマのように「わが町へようこそ」と隣人たちの歓迎を期待して、人々はこの町での暮らしを選ぶ。日の当たる大通り、「大通り657番地」に100年以上前から建つこの家は地区で最も立派な邸宅のひとつだった。

夫デレクはメイン州の労働者階級で育ち、マンハッタンの保険会社でキャリアアップし、40歳で上級副社長となったいわば「成功者」。妻マリアは数ブロック離れた場所で幼少期を過ごしたことからこの町に強い思い入れがあった。一家が内見に訪れた際、5歳、8歳、10歳の3人の子どもたちは、早くも家の中のどの暖炉にサンタクロースが到来するかについて語り合った。

入居前に改装工事を必要としたため、デレクは業者と連日作業に当たっていた。

その日の作業を一段落させたデレクは、屋外の郵便受けに郵送物を確かめに出た。中には予期されていた請求書の束と、表に"The New Owner "とだけ書かれた珍しいカード型の封筒が入っていた。

宛名は手書きで、中にはタイプされたメモがあった。

「どうしてここに来た?」

「大通り657番地の力がお前を呼びよせたのか?」

 

■物語の始まり

その手紙の主は、不可解な物語を始めた。

大通り657番地は、もう何十年も私の家族のテーマであり、私は110周年を迎えるそのときを待ち続け、見守る役割を担わされている。

1920年代には祖父が、1960年代には父がこの家を見守ってきた。そして今、私の番だ。

この家の歴史を知っているか?大通り657番地の壁の中にあるものを知っているか?お前はなぜここにいる?じきに分かることだ。

手紙にはなぜか改築のために雇った作業員の様子が書かれていた。

この家を破壊するためか、大通り657番地を業者だらけにしてしまったようだな。チッ、チッ、チッ......悪あがきだ。お前だって大通り657番地を不幸にしたくはないのだろう

その週のはじめ、デレクとマリアは子どもたちを連れて新しい隣人に挨拶に出向いていた。子どもたちは隣人宅の傍で遊びながら待っていた。手紙の主はすでにその時点で新たな入居者の存在に気づいていたようだ。

お前らには子どもがいるな。やつらを目にしたよ。見たところ3人は数えた。これからもっと増えるのか?

私の希望通り、若人で家を満たしたいのか?私にとってはその方がいい。

お前の古い家は、育ち盛りたちには狭すぎたか?それとも、子どもたちまでここに連れてきたのはお前の強欲の故か?

名前が分かったら、呼びかけて、私のもとに連れてきてやろう

 

Who am I?(わたしはだあれ?)”

手紙の主は問う。

家の前を何百台何千台と毎日車が通りすぎる。

もしかするとその中に私もいるかもしれない。

大通り657番地にあるたくさんの窓から毎日道行く人々を見てみろ。

もしかしたら私もその中の一人かもしれない

手紙の主はこれが単なる脅迫状ではなく「パーティーを始めよう」と文通の始まりに過ぎないことを記し、最後に筆記体で"TheWatcher(監視者)"と署名していた。

 

時計は22時を回っており、新居にはデレク一人きりだった。彼は慌てて家中を駆け回り、外から中の様子が見えないように邸中の灯りを消し、ウェストフィールド警察に通報した。警官が家を訪ね、デレクから手紙を渡されると思わず「これは何だ?」と驚いた。彼はデレクに仕事やプライベートで敵対者に該当する人物がいるかを確認し、「監視者」による窓からの攻撃に備えて、裏口の建設機械を移動させるように勧めた。

デレクは急いで妻子のもとに戻った。妻子はウェストフィールドの別のセクションにある古い家に住んでいた。その夜、デレクとマリアは大通り657番地の前オーナーであるジョンとアンドレア・ウッズ夫婦にメールを送り、「監視者」に心当たりがないか確認を求めた。手紙には「ウッズに若人を連れてくるように頼んだら、その通りになったようだ」とウッズ氏の名も書かれていたからである。

 

翌朝、アンドレア・ウッズから返信があった。

引っ越しの前、ウッズ夫妻も「監視者」からの手紙を一度受け取っていたという。その手紙は「奇妙」であり、「監視者」の家族がこの家を観察しているというようなことが書かれていたが、その家で23年間暮らしてきて似たような経験や心当たりがなかったので、あまり考えずにその手紙を捨ててしまったという。

その日、妻マリアはウッズ夫妻を伴って警察署へ相談に訪れたが、レナード・ルゴー刑事から、手紙のことは周囲に他言せぬようにと釘を刺された。

 

■新たな生活

ブローダス家は、その後数週間、厳戒態勢で過ごすことを強いられた。

デレクは出張の予定をキャンセルし、マリアはわんぱく盛りの子どもを外に連れていくとき、常に声を荒げて制御しなければならなくなった。

手紙から一週間後、ブローダス一家は自分たちと同じように新しく越してきた家族を歓迎するバーベキュー会に参加したが、「監視者」のことは内密にしたまま住民たちとのやりとりを交わさねばならなかった。「容疑者候補」たちの間を無警戒に飛び回る子どもたちを叫ぶように制止させながら。

「みんな私たちの頭がおかしいと思ったに違いない」

近所の夫婦に挨拶したデレクは、婦人から何気なしに「近所に若い人が来てくれると助かるわ」と言われただけで肝を冷やした。またある朝、建設業者が新居を訪れると、前庭に打ち付けておいた重い看板が一夜のうちに剥がされていたこともあった。

最初の手紙が届いてから2週間後、マリアはペンキのサンプルを見るため新居に立ち寄り、郵便物を確かめた。

ようこそおかえりなさい、大通り657番地の新居へ

彼女はカード型の封筒に書かれた黒い太い文字に気付き、警察に通報した。

業者は忙しそうだな。お前が車一杯に積んだ私物を降ろすのを見ていたんだ。ゴミ箱はいい感じだな。

壁の中にあるものはもう見つかったのか?そのうち見つかるだろう。

今回、「監視者」はデレクとマリアに直接語りかけ、彼らの名前を「ブラダス夫妻」と綴りを間違えていた。「監視者」は請負業者がブローダス夫妻と話すのを聞いていたというのだろうか?

この数週間で家族のこと、とりわけ子どもたちについて多くを学んだと満足げに語る。手紙には、3人の出生順やマリアが叫んでいたニックネームが記されていた。

「お前らと、連れてきた若人の名前を知れて、うれしいよ」

「その子の名前を何度も呼んでいたな」

手紙の主は、その子が囲いのあるポーチでイーゼルを使っているのを見ていたらしく「彼女は一家の芸術家なのかい?」とおちょくった。

 

大通り657番地は、お前たちの入居を心待ちにしている。若人らがこの家の廊下を支配して以来、何年も何年も経っているのだ。お前はもうその家のすべての秘密を見つけたのか?

若人たちは地下室で遊ぶだろうか?それとも、怖くて一人では降りられないかもしれない。私がやつらならビビるだろうな。家のどの場所からも遠く隔てられているのだから。もしお前が2階にいれば、その叫び声に気づくこともない。
やつらは屋根裏で寝るだろうか?それとも全員2階で寝るのか?通りに面した寝室は誰が使うのか?引っ越してくればすぐに分かる。誰がどの部屋にいるか分かればこちらとしても計画を練るのに都合がいい。
大通り657番地の窓とドアを通じて、お前が家のどこにいるかを監視し、追跡することが可能だ。

Who am I?I am the Watcher. 

20年以上前から その場所を管理をしてきたウッズ家がお前たちに譲り渡した。去りどきだった。親切にも私が頼んでお前らに売るようにしてやったんだ。
一日に何度も大通り657番地を通る。それは私の仕事であり、人生であり、執念に他ならない。そして今、お前もブラダス家の一員だ。強欲さの産物へようこそ!その強欲さこそが過去3つの家族を大通り657番地に誘ってきたのだ。そして今、お前たちが私のもとにやってきた。

引っ越しの日をお楽しみに。こちらは全てお見通しだからな。

デレクとマリアは、この家に子どもたちを連れてくるのをやめた。いつ引っ越すか、いつ引っ越せるときがくるのかはもはや分かりかねた。

数週間後、3通目の手紙が届いた。

「どこに行ってしまったんだ?」

「大通り657番地はお前らがいなくてさびしがっているぞ」

 

■疑い

家を売りに出したとき、ウッズ夫妻のもとには希望額を上回る複数のオファーが入り、最終的にはブローダス一家と契約を結んだ。そのためウッズ氏は、当初「監視者」が家を購入できなかったことを逆恨みしている他の購入希望者の嫌がらせではないかと考えた。しかし希望者の一人は病気の悪化で入札を途中で辞退し、別の者らは皆すでに別の新居を見つけていた。

ウッズ夫妻のもとにはじめて届いた「監視者」の手紙を調査すると、ニュージャージー州北部カーニーの配送センターで処理されたものと分かった。まだ売却について仲介業者と一度打ち合わせをしただけで「FOR SELL」の看板すら出していない6月4日の消印だったことが分かった。

 

アンドレア・ウッズ氏はデレク夫妻の話を聞いて、「業者や君らの会話を耳にしているのならば、近隣住民の仕業ではないか」と話した。

デレクたちの工事もほとんどは内装作業で、周囲の住民も振動や機械音などに気づいていた様子もない。刑事に頼んで、ポーチの中にあるイーゼルが見える位置を確認してもらったが、家のすぐ裏か隣りにまで近づかないと見えないことが分かった。

 

あるときデレクは2軒隣のジョン・シュミット氏と会話を交わし、隣に住むラングフォード家について教えてもらった。

ペギー・ラングフォードは90余歳で、一緒に60歳代の子どもたちが何人か暮らしているという。シュミット氏は「ちょっと風変わりな家だが、害はない」と言い、マイケル・ラングフォードは定職に就かず無精ひげをたくわえ、古典小説に登場する隠遁者のような性格だと評した。

デレクはこの事件は解決したと思った。ラングフォードの家はイーゼルを置いていたポーチのすぐ隣に位置している。「監視者」の手紙には、父親が大通り657番地を観察し始めたのは1960年代、と書かれていた。家長のリチャード・ラングフォードは12年前に亡くなっており、現在の「監視者」は「20年近くはこの仕事をしている」と主張している。

 

ブローダス夫妻がその話をルーゴ刑事の耳に入れると、彼はすでに知っていたと言い、最初の手紙が届いた1週間後にマイケル・ラングフォードを連行して事情聴取をしていたのだという。

ルーゴ刑事によると、手紙にあった「物語」との符合について指摘したが、マイケルは手紙について何も知らないと否定したという。刑事は重ねて「現実のウェストフィールドは刑事ドラマのように一筋縄にはいかないんだ 」と話した。

確たる証拠は何も出ず、数週間後、警察署長は、自白がなければ署としてできることはあまりない、とブローダス夫妻に伝えた。

 

「私の子を脅した人がいるのに警察は "多分何も起こらないだろう "と言っているのです」

デレクは繰り返した。「“多分”では済まされないんだ」。

2通目の手紙の後、デレクは警察に、このままでは違う種類の事件を起こすことになると告げた。「こいつは私の家族を攻撃したんだ。私の故郷では、そんなことをすれば尻を鞭で打たれる」。
それからのデレクは取り憑かれたようだった。自宅にウェブカメラを設置し、夜な夜な暗闇の中でしゃがみ込み、至近距離からこの家を監視している者がいないかどうか自ら警戒に及ぶこともあった。探偵を雇い、近隣住民たちの身辺調査を行い、どの家にだれがいつから住んでいるのかを地図に記していった。家庭環境が手紙の内容と合致する家を調べ上げたが、60年代から暮らしているのはラングフォード夫妻だけ、条件に近い家でもほんの数軒しか該当しなかった。

「マリアには頭がおかしいと思われたよ」とデレクは当時を振り返る。

 

伝手をたどり、元FBI捜査官のロバート・レネハン氏とコンタクトを取り、調査資料を見せてその「脅威」に関する評価を請うた。レネハンは手紙の書法に見られる古風な特徴から書き手は年配者だとし、文学的素養が窺えるとした。

また怒りの度合いに比して驚くほど冒涜的な表現がないことから「マッチョではない」志向と言えた。もしかするとキアヌ・リーブス演じる連続殺人犯が刑事に付きまといを行う映画『The Watcher』を見ていたかもしれないとも考えた。

レネハンは「監視者」が脅迫を実行する可能性はないと考えたが、手紙には誤字や脱字が多く、ある種の不規則性を示唆していた。また、特に富裕層に向けられた「煮え切らない怒り」があった。手紙の主は「お前もウェストフィールドをダメにしているホーボーケン移民の一味か」など他所から町に移り住んでくるニュー・リッチたちを目の敵にする節があった。

夫妻の比較的控えめな改築にも憤慨していた。

家が傷んで泣いているじゃないか。お前らはド派手におかしく変えちまった。お前たちはこの家の歴史を掠め取っているのだ。この家は美しき過去と在りし日の姿を憂いて涙している。

1960年代は、大通り657番地にとって良い時代だった。私は部屋から部屋へと走り回り、そこに住む金持ちたちとの生活を想像していた。この家は活気に満ち、若い血が流れていた。それがだんだんと古びていき、私の父もそうなっていった。しかし、父は最期のそのときまで見続けていた。そして今、私は若い血が再び私のものになる日を見守り、待ち続けている。

 

■夢

レネハン氏は、元家政婦やその子孫を調べることを勧めた。おそらく「監視者」の動機は、自分では到底手の届かない邸宅を手に入れたブローダス家に対する嫉妬であろう、と見解を述べた。
しかし、依然として焦点はラングフォード家に絞られたままだった。ブローダス夫妻は警察と協力して、ラングフォード家に「家を取り壊す計画」を通知して揺さぶりをかけた。ルゴー刑事はマイケルに 2度目の事情聴取をしたが埒があかず、彼の妹アビーは警察が家族に嫌がらせをしていると糾弾した。

結局、ブローダス家はラングフォード家とのやりとりのために弁護士リー・レヴィット氏を雇った。相手方に、「監視者」の手紙と、彼らの家が「監視」に適していると判断するに足る資料を見てもらった。レヴィット氏によると、会談は緊迫したものになり、ラングフォード家はマイケルの無実を主張した。ある夜、デレクはラングフォード家の長女ペギーと対面し、家の間に8フィートの塀を作るよう要求する「夢」を見たという。

 

マリアもマリアでまた別の「夢」を見た。ある晩、彼女は「近くに住む何者か」の鮮烈な夢によって目を覚ました。「男は長靴を履き、熊手を持って、子どもたちを呼んで連れて行こうとしているのだけれど、私は間に合いませんでした」。

彼女はだれに対しても疑いの目を向けねばならなくなっていたため、日常生活が恐るべき迷宮の中を進んでいるかのように感じられた。買い物をしている人が自分の子どもたちを変な目で見ていないかどうか、顔色を窺いながら怪しいと感じた人物は何時間もかけてネットで検索して確認した。

だがラングフォード家以外の容疑者についても考慮すべき理由もあった。ひとつには、警察が初期段階でマイケルを聴取していたにも拘らず、その後、更にもう2通送りつけるというのはあまりに無謀としか思えない。

また他の近隣住民にも疑惑の芽がない訳ではなかった。私立探偵は、数ブロック以内に2人の児童性犯罪者を発見していた。裏に住む夫婦は、ブローダス家の敷地に妙に近い位置に庭用チェアを置いていた。ある日、窓から外を見たら、年配の男がその椅子に座っており、自宅ではなく、ブローダス家の方を向いていたという。

 

しかし、2014年の終わりには捜査は行き詰まった。

「監視者」はデジタル痕跡も指紋も一切残していない。ニュージャージー州北部の郵便箱から投函された可能性があるというだけでは捜査員を配置する術もなかった。手紙を読み取って手がかりを解析するか、あるいは社会病質者の無意味な戯言として片付けるか否か。

「干し草の山から針を探すようなものだ」と、捜査に携わったユニオン郡検察庁スコット・クラウス氏は言った。12月、警察はブローダス夫妻に、もう打つ手はないと告げた。デレクは神父に手紙を見せて相談したところ、邸で祈祷を捧げてくれた。

 

大通り657番地の改装は警報機の設置を含め、数か月で完了した。だが、いざ引っ越しを考えると、夫妻は不安にさいなまれた。子どもたちを外で遊ばせたり、友人たちを招くことができるだろうか。デレクは調教済みのジャーマンシェパードを飼うことを検討し、退役軍人向けウェブサイトに「毎日裏庭で体を鍛えるだけ」という求人さえ掲載した。

「私たちは要塞に閉じこもるためにあの家を買ったわけじゃない」とマリアは嘆いた。ときにデレクは警報に対応したり、用心のため夜中にナイフを手許に置くこともあった。「念願のマイホームに大喜びしていたのに、数日のうちに茫然自失になってしまったようでした」と出入りの塗装工ビル・ウッドワードは話した。「マリアさんは見ず知らずの私に助けを求めて泣きすがることもあった」。

一家の動揺が「監視者」にも伝わるのは無理もないことだった。

大通り657番地は私に敵対している。私を追いかけてくる。なぜなのか分からない、どんな魔法をかけたんだ?昨日の友が今日の敵になっちまった。

大通り657番地は私の持ち場だ。私は悪を退け、善に戻るのを待つ。それは私を罰することはない。私は再び立ち上がる。辛抱強く待つ、お前たちが若人たちを私のそばへ戻してくれるのを。

大通り657番地は若い血を必要としている。お前たちが必要なのだ。戻ってこい。かつての私のように、子どもたちをまた自由に遊ばせろ。大通り657番地で若人たちに眠りを与えよ。そのまま邸に手を加えずに、放っておいてくれ。

 

■決断

ブローダス夫妻は以前住んでいた家を売却したため、マリアの両親と一緒に住みながら、大通り657番地の住宅ローンと固定資産税を払い続けていた。

「想像してみてください。朝5時に行って、帰ってきて、また義父母の家で同じことを繰り返すのです」

雪が積もればデレクは両親の家とだれもいない新居の2軒分の雪かきに追われた。

2人は手紙のことをごく限られた友人にしか話さなかったので、他の人はなぜ早く新居へ越さないのかと尋ねた。ある者は「法的な問題だ」と言い、離婚を疑う者もあった。

「私は落ち込んでいました」とデレクは告白する。事実二人の間には喧嘩が絶えなくなり、寝入るために睡眠薬を必要とした。マリアは定期健診で医師が発する「お元気ですか?」という定型的な質問で涙を流し、セラピストに診てもらうことになった。事情を聞いたセラピストは彼女が心的外傷後ストレスに苦しんでおり、家を処分するまでは治らないだろうと言った。

 

半年後、一家はようやく手に入れ、リフォームまで終えたその家を手放す決意をする。当初は改装費用も含めた価格設定にしようとしたが、ニュージャージー郊外の不動産にはゴシップが付きまとう。なぜ買ったばかりの新居を改装までしてほとんど住むこともなく手放そうとしているのか。「訳アリ物件」の噂が既に広まりつつあったのである。

「物件を気に入っている」とある仲介業者はメールで連絡を寄越したが、「性犯罪者からストーカーまで根拠のない噂が飛び交っている」ため事情を聴きたいと要望を書き添えてきた。一家は経済的な打撃を回避する必要があったが、購入につながりそうな相手に対しては手紙の存在を明かし、契約者にのみ全文を公開する意向を不動産会社に伝えた。不動産会社は難色を示したが、当のデレクは言う。

「私たちは生き延びるためにするべきことを考え、できるかぎりのことをやった。だれもが同じように対応できるかといえば、私には分かりません」

 

夫婦は、もし前所有者のウッズ夫妻から「監視者」の手紙のことを聞かされていたら自分たちはどうしただろうかと考えた。ウッズ氏は脅迫ではなく「奇妙な」手紙という印象を持っており、家の面倒を見てくれてありがとうといった内容と記憶していた。また明らかに監視されているといった感覚もなく、その家で暮らした20年以上もの間、ドアに鍵を掛けることさえほとんどなかったという。

しかし、ブローダス夫妻は、その名を聞くだけでも忌まわしい手紙の主の存在について、懸案事項として「新しい入居者に告知されるべきだった」との考えに至る。邸宅購入から1年後の2015年6月2日、ウッズ家に対して「監視者」の手紙についても開示すべきだったとして民事訴訟を起こした。
ブローダス夫妻は「静かな和解を望んでいた」と言う。子どもたちもまだ「監視者」の存在を知らないし、弁護士もせいぜい小さな法律関係のニュースワイヤーが話題にする程度だろうと断言した。
 
そんな希望的観測は見事に裏切られ、テレビ番組がこの忌まわしき裁判について取り上げると、瞬く間にメディアスクラムが組まれ「大通り657番地」を囲い込み、300余の取材希望を受けた。危機コンサルタントの助言により、家族は子どもたちへの注目が集まるのを避けるため、公の場での発言は控え、知人のビーチハウスに退避を余儀なくされる。しかしそこでも家族や友人の健康不安などに見舞われ、平穏は得られなかった。
引っ越しを楽しみにしていた子どもたちにも新居を手離す理由を説明しておかなければならなくなった。だが「監視者とは誰なのか」「どこに住んでいるのか」「なぜ一家に対して怒っているのか」といった子どもたちの質問に対し、夫妻はほとんど答えを持ち合わせていなかった。
「ぼくらの住む町は思っているほど安全ではない、きみに夢中になっているブギーマンがいるんだ」
 

■反応

「監視者」という実在する、リアルな謎を安全な距離をもって解明する必要がある。
この話を報じたニュージャージー州周辺部のニュースwebサイト『nj.com』のコメント欄には、「監視者」が主張する「壁の中にあるもの」を見つけるために、地中レーダーでの探査を提案した人がいた。だが実際には施工業者がすでに検査確認済みで、問題として認められたのは「断熱材の不足」だけだった。
SNS掲示板「Reddit」のユーザーグループは、Googleマップストリートビューに執着した。657番地の前に駐車している車を見たあるユーザーは、「運転席にカメラを構えている男がいる」と思った。想像された容疑者候補は、裏切られた愛人、失敗した不動産業者、地元の高校生の創作プロジェクト、ホラー映画のゲリラ・マーケティング、若い愉快犯の暇つぶし、など多岐にわたった。
強気なネチズンの中には、なかなか引っ越しの決断に踏み切らなかったブローダス夫妻を弱虫だと思う人もいた。
「こんな病人(「監視者」)なんかに転入を阻止されるだなんて絶対にありえない。テロリストの要求に決して屈してはならない」
こうした言葉は一家を更に苛立たせた。デレクは言う。
「この人たちは誰も手紙を読んでいないし、自分の子どもが知らない誰かに脅かされたこともない」「こいつが手紙を書くだけで実際に攻撃を仕掛けてこないぼんくらなのか、どうやって判断する?もし何かが起こったらどうするんだ?」
 

「監視者」についてブローダス夫妻も警官も周辺住民に伝えてはいなかったため、近隣では不安が広がり、657番地の裏手でピアノを教えるローリー・クランシーさんは、「女子生徒の一人が怖がって大通りを歩けなくなってしまった」と嘆いた。

手紙の存在が公開された一週間後、ウェストフィールド町議会ではアンディ・スキビトクシー首長が説明責任を求められていた。「監視者の被害は1年間報告されていない」と話し、未解決であるにもかかわらず「警察は徹底的に捜査した」ことを強調して国民に不安の解消を訴えた。

何人かは地元紙に「近隣住民全体に何も明かすことなく徹底的な調査を行うというやり方に疑問を感じる」といった声を寄せた。

 

■捜査

国民的注目が集まる渦中で、ウェストフィールド警察のベテラン捜査官バロン・チャンブリスが捜査を引き継ぐことになった。前任者がマイケル・ラングフォードをマークしていたことももちろん知らされていた。

兄サンディによれば、マイケルは若い頃に統合失調症と診断され、他家の裏庭に入り込んだり、窓の中を覗き見たりする奇行で新規住民を驚かせることがあったとされる。だが旧知の住民は彼の奇行の大半は隣人への優しさだと語る。隣人ジョン・シュミットは「彼は毎朝わざわざ僕のために新聞を持ってきてくれるんだ」と話した。古くからの知人たちは彼が手紙を書くことができるとは思わなかったと語る。

 

チャンブリス捜査官は、封筒から検出されたDNA型が女性のものであったことから、マイケルの妹アビー・ラングフォードに注意を向けた。彼女が不動産業者として働いていたことも気がかりだったが密かに採取した彼女のDNA試料は封筒のものとは不一致だった。

それから程なくして検察局はラングフォード家への嫌疑は晴れたとする通知をブローダス家に送り、夫妻を驚嘆させた。彼らは検察局に近々ラングフォード家に対する民事訴訟を準備していると伝えていたため、訴訟を断念させるために捜査機関が嘘をついているのではないかと疑った。

サンディ・ラングフォード氏はその後メディアに対して、「私は1961年からここに暮らして以来、ひとつも問題など起こしてこなかった。それがこの男のせいで突然、人騒がせなことになってしまったんだ」と述べている。

 

疑惑を残したままブローダス夫妻は個人的な調査を再開させた。クリスマスカードの文字などで気づくかもしれないと期待し、「監視者」の手書きの封筒の写真を持って街を歩き回ったが、目ぼしい情報にはつながらなかった。通りの向かいの隣人がセキュリティ会社のCEOだったので、夫妻はその会社に筆跡の検索を依頼したが、何も見つからなかった。

さらに、有名な法言語学者ロバート・レナードを雇い、地元のオンラインフォーラムで類似する書き込みを調べたところ、目立った重複は見つからなかった。だが手紙の書き手は、領土を守る「壁」やその「守護者」たちが登場するファンタジー小説・ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』を見ているかもしれないと思ったという。

 

チャンブリス捜査官とウェストフィールド警察の調査もまた振り出しに戻った。警察はアンドレア・ウッズにDNAサンプルを要求し、21歳の息子に事情聴取したが、突然容疑者になったようで驚いていた。事件から1年経っても目新しい手がかりはなかなか見つからず、当初の警察の見立ても重要な手がかりを見逃すほど節穴であったことが判明する。

ブローダス夫妻が最初の手紙を受け取ったのと同じ頃、大通りに住む別の家族にも「監視者」から同じような手紙が届いていた。家主夫妻は長年その地に暮らしており、子どもも大きくなっていたことからそれほど脅威に思わず、ウッズ一家と同じように手紙を捨ててしまった。

しかし、ブローダス家のニュースが流れた後、彼らの子どもの一人がFacebookにそのことを投稿した。捜査当局がその家族に話を聞くと、ブローダス夫妻が受け取ったものと同類の手紙だったことが確認された。しかしその存在は事件をより混乱させるだけだった。「それ以上のことは特に分かりませんでした」とチャンブリス捜査官は言う。

 

ある夜、チャンブリス捜査官は相棒と一緒に大通りに停めたバンの荷台に座り、双眼鏡でこの家を観察していた。23時頃、家の前に一台の不審車両が停まった。追跡すると、657号と同じブロックにボーイフレンドが住んでいる近くの町の若い女性に行き着いた。女性に詳しく話を聞くと、ボーイフレンドは「本当に暗いビデオゲーム」にハマっていた、という。

チャンブリス捜査官は、封筒から検出した女性のDNA型について、犯人の恋人か協力者のものと考えていた。ボーイフレンドはすでに別の場所に住んでいたが、2回に分けて任意聴取を行うこととなった。しかし、彼は2回とも来なかった。彼を強制的に出廷させるだけの証拠がなく、メディアの注目も薄れたためこの事件を取り下げ、次のステップに進んだ。

 

■疑惑

ブローダス夫妻がストレスと恐怖に苛まれる一方で、ウェストフィールド周辺住民の多くにとっては、この話は不気味な都市伝説に過ぎず、勇気があればハロウィンの日に通りかかることができる家という程度に過ぎなかった。ウッズ家以前に住んでいた人たちは、誰もこの家のことを思い出せず、のどかなこの街に不吉なことが起こるとは想像もつかなかった。

近くに住むある女性は、このニュースが流れた後、10人ほどの近所の人たちと一緒に通りに出て、誰が手紙を出したのか謎を解いたという。そして結局、意見は次のように一致した。ブローダス夫妻が自分宛てに手紙を送ったのではないか?

 

ブローダス夫妻が購入してから後悔に悩まされたか、資金不足と売却逃れのために手の込んだ計画を練ったというのが「自作自演」説の中では有力視されている。あるいは、デレクが保険金詐欺を企てたか。あるいは事前に映画の話を持ちかけていたのかもしれない。(夫妻は『The Watcher』という映画を公開したLifetime社に対して、映画の内容に事件と酷似した部分があるとして中止勧告の文書を送付した)。地元民の中には、夫妻が10年の間に31万5千ドルの家から77万ドルの家、130万ドルの家へとグレードアップし、住宅ローンの借り換えをしたことを注目する人もいた。

この手紙が公開された数週間後、Westfield Leader紙が匿名の隣人を引用して、なぜブローダス家は引っ越してもいない家の改装を続けるのか、あるいは本当にそれだけの改装をしたのか、という疑問を投げかける記事を掲載した。さらにLeader紙は、マリアが子どもの写真を載せたFacebookページを公開していることを根拠に挙げ、家族の安全に対するコミットメントにさえ疑問を投げかけている。同紙は、警察がマリアのDNAを検査した結果、一致しなかったとも書いている。

 

どの理論も事件を立証するものではなかったがブローダス家はあらゆる疑問に答えていた。「30万ドルの家を10年で130万ドルにする方法とは?」と問うた記者にデレクは言った。「それがアメリカだ!」と。

だがそうした反論を表には出さず、彼らは心ない噂に晒され続けた。大通りのある住人は、「ウッズ家から何百万ドルもだまし取ろうという手の込んだ計画が進行中だ」と主張する手紙を編集者に書いた。ウェストフィールドの警官の中にも、この説を信じた者がいたとチャンブリス捜査官は言っている。ネット上では、さらに懐疑的な意見もあった。

「私は隣町に住んでいます。このような手紙がしばらく続いているのなら、もっと前に公表されているはずだ」とLordFlufferNutterはReddit上で述べた。購入した後になって前オーナーに補償を求める夫妻に対して「これは詐欺としか言いようがない」と責め立てた。

 

ブローダス夫妻は近隣住民が「監視者」のニュースにどう反応するか想像もしてなかったが、彼ら自身も10年間この地域に住んでおり、マリアの家族はもっと長い間このコミュニティの一員であったため、自分たちが詐欺師扱いされることは衝撃的だった。

デレクにとって、ウェストフィールドの人たちは、自分たちの住む町が危険であるかどうかを考えるよりも、陰謀論に傾倒しているように思えた。

「『35年もここに住んでいるんだから、何もないだろう』と言うのが自然な流れだ」と、デレクは言った。

「私の家族に起こったことは、自分たちは安全だ、自分たちの地域には精神病など存在しない、という彼らの主張に対する冒涜です。ウェストフィールドでこんなことが起こるなんて、みんな信じたくはないんだ」。

マリアは幼少期を懐かしく振り返るが、彼女が生まれたのは同地でジョン・リストによる悪名高い事件(*)を起こした後で、子どもの頃は町を走る奇妙なバンに注意するよう警告されていた時期も覚えているという。

「母はいつも私に、油断しないで、と言っていました。悪いことがいつも起こっているのではなく、悪いことはどこにでも起こるのだと。ここはメイベリー(**)なんだと思われたくなかったのでしょう」。

(*ジョン・エミル・リストは1971年11月に自宅で妻、母、3人の子どもを銃殺。牧師あての手紙に「世界にあまりにも多くの悪を見たので、魂を救うために家族を殺した」と記して消息を絶った。約18年後、公開捜査番組での人相再現などがきっかけとなり逮捕。5期の終身刑が課され、08年に収監先の医療機関で死亡。)

(**アンディ・グリフィス主演の60年代コメディドラマ『メイベリー110番』の舞台となったノースカロライナ近郊の架空の町。)

 

しかし、地元住民たちは、全国紙がウェストフィールドの評判を落とすことを心配しているようだ。放火や破壊行為、ブローダス夫妻が芝生の手入れをするかどうかなどを心配している人もいた。同市議会の近隣代表マーク・ログリッポ氏は、住民から聞いた声では「資産価値と近隣の汚名」が一番の関心事だったと語る。

ブローダス夫妻は、突然、家だけでなく町からも追放されたのだ。デレクはその土地を離れようとしたが、マリアは子どもたちを引き離すわけにはいかないと主張した。

「こいつは私たちから多くのものを奪ったのよ」とマリアは言った。「これ以上奪われたくないわ」。

「監視者」からの最初の手紙が届いてから2年後、ブローダス夫妻は家族からお金を借りて、町内にセカンドハウスを購入した。しかし、この町にいることはストレスになった。マリアは初めて娘を友達とプールに行かせた時、娘のiPhoneのトラッカーをずっと見つめていた。

国語の授業中、教師が小説に登場する家族がウェストフィールドに引っ越すべきかどうかという議論を生徒たちにもちかけた。生徒の多くは、治安の良さもあるためこの町で暮らすべきだと考えた。その後、ある生徒がブローダス家の子どもに、「あなたの家族が何と言おうと、ウェストフィールドは安全だと親が言っていたよ 」と発言したという。

 

■分譲計画

ブローダス夫妻は依然として大通り657番地をどうするかという問題に悩まされた。

州によっては、殺人事件や幽霊が出るような「一過性の社会情勢」を売り手に開示することを義務づけている。1991年、幽霊が出たという家に関する裁判で、ニューヨークの裁判所は「法律上、この家は幽霊が出る」と判決を下し話題となった(後に却下)が、ニュージャージー州にはそうした規制はない。

デレクはこの家を退役軍人省や特老ホームを手掛ける会社に貸すことさえ検討したが、2016年春、大通り657番地を再び市場に出すことにした。手紙の公開で注目されたことで以前よりも関心を集めるかもしれないと一縷の望みにかけたのである。

夫妻はオープンハウスを開催し、その後、署名したすべての人を調べ、その筆跡を「監視者」のものと比較するのに時間も費やした。だが購入希望者たちは興味を示しても夫妻の弁護士からその手紙を見せられるたびに手を引いた。

スタテン島から来た生意気な男が「"くそったれ、もっとまけろ "と言ったんだ」とデレクは回想する。「彼は手紙を読むと、それっきり音沙汰がなくなった」。

万策尽きたと思ったブローダス夫妻は、不動産関係の弁護士からある提案をされた。この家をデベロッパーに売り、そのデベロッパーが家を取り壊して、売れる家2軒に分割すればいいのだ。土地は100万ドルで売れるという。ウエストフィールドではそうした分譲地化はよくあることで、昔からの地元住民たちは不満に思っていた。それでも分割するには、地元の計画委員会が例外を認めなければならない。分割の見積もりを出すと2つの土地は、幅が67.4フィートと67.6フィートで、70フィート以上とする規定には僅かに及ばないことが分かった。

 

この提案が公にされたとき、ウェストフィールドのFacebookグループは大いに盛り上がった。ブローダス夫妻に同情する声もあれば、不動産は常にギャンブルであると指摘する声もあった。また、これは長い間の詐欺の集大成だと確信する派もいた。「この詐欺師の話の中で、この動きほど不穏なものはない」と地元の女性は言った。ブローダス家の息子のフットボールコーチは、「彼らは、初日からお手上げ状態だった」と書いている。

訴訟騒ぎで「監視者」を知った近隣住民たちは、警察からの命令に従って子どもたちを保護しようとしていることがブローダス夫妻に理解されていないと感じ、情報を共有しようとしない夫妻の態度を不思議に思った。

 

Facebook上ではしばしば次のようなやりとりが交わされた。

「"監視者"っつーのは、策略だったみたいね」

「オーナーは善人だ。そんなことはない」

「オーケー、知らんけど」

ブローダス夫妻の友人クリスティン・ケンプ氏は、あるFacebook掲示板で彼らを擁護しようとした。すると誰かが「"どうしてあなたに「監視者」の手紙は夫妻の自作自演ではないとわかるのですか "と尋ねたのです」とケンプは言う。

 

2017年1月、分譲の申請を決定するために開かれた計画委員会は、すでにこの問題に3時間のヒアリングを割いていた。100人以上の住民が集まった。そのうちの1人は、通りの向かいに住み、ブローダス家の子と同学年の娘がいて、この提案に対抗するために弁護士を雇っていた。(ここで新たな容疑者が浮上した。「監視者」以外の誰が、この家を守るために弁護士を雇うというのだろうか?)

ブローダス夫妻の弁護士ジェームス・フォアストは、3フィートの免除幅は、地図を掲示しているイーゼルほど狭かったと説明した。その地図には、このブロックにあるいくつかの土地が規定よりも現に小さすぎることが示されていた。

近隣住民は、この計画では木を切り倒さなければならないかもしれない、新しい家には美観上好ましくない正面向きの車庫ができるかもしれない、と懸念を表明した。フォアストは代替案として特老ホームの計画を何度もちらつかせながら、近隣住民に分譲化への理解を迫った。

 

弁護士による審議の後、近隣住民が次々と発言した。通りの向かいに住むグレン・デュモンさんは、この提案は「私たちが知っている大通りの600ブロックに終わりを告げるものだ」と言った。ブローダス夫妻の旧宅で誕生日パーティーをしたことのある女性は、大通り657番地をウェストフィールドのアラモ(傑出)と紹介した。

「私たちの住む地域は、芝生、照明、駐車場など、あらゆるものから常に攻撃を受けているのです。大通りで抵抗できないのなら、どこで抵抗すればいいのか」。アビー・ラングフォードさんは、「60年近く立派で美しい家を見てきた」「私道を眺めるのは嫌だ」と席を立った。

公聴会は4時間続いたが、その間、「ブローダス夫妻が夢の家を取り壊すに至った理由については、ほとんど議論されなかった」と向かいの住人トム・ヒギンズさんは言う。それでもヒギンズさんは「監視者」が新しい2軒の家に手紙を送らないという保証はないと指摘し、美観を優先させるべきだと主張した。

近隣の住民の中には同情的な人もいたが、彼らの関心は、ブローダス夫妻が経済的に何を得るか、そして自分たちが何を失うか、ということに終始していた。

23時半、理事会は満場一致でこの提案を否決した。

デレクとマリアは、「たとえ計画が通ったとしても、経済的な破綻を食い止めるだけだろう。住宅ローンと改築に加え、ウェストフィールドの固定資産税約10万ドル(町は救済要求を却下)を支払い、雨どいの掃除はもちろん、『監視者』の調査や家の処理方法の検討に少なくともその額は費やされた。夫妻は大通り657番地が美麗な通りに面した美しい家で維持する価値があることを認識していたが、隣人がこの状況のユニークさに気づかないことに驚いている。

「ここは私の街よ」と、マリアは言う。「私はここで育った。私はここで育ったし、戻ってきたし、子どももここで育てることにした。私たちがどんな目に遭ってきたか知っているはずです。あなたには、悪夢の2年半を、少しでも良くする力があった。でも、あなたはこの家が私たちよりも大切だと決めた。本当にそんな感じだった」。

この家を祝福祈祷したマイケル・サポリート神父は、計画委員会の会合に出席し、「この家はデマだと思う」と言う人が何人もいて驚いたと言った。「この話の人間的な要素は、近所の人たちにはちょっと伝わらなかったと思う」。

「監視者」は古く美しいその邸宅を、麗しき大通りをその変化から守ろうと表明していたが、思いとは裏腹に大通りの人びとは関係性を引き裂かれたのである。

 

■勝利宣言

計画委員会の分譲否決から間もなくして、ブローダス夫妻に朗報がもたらされた。大通り657番地を、成人した子どもと2匹の大型犬を連れた家族が借り受けることになったのだ。この賃借人は、Star-Ledger紙に「監視者」のことは心配していないと語ったが、契約書には新たに手紙が来た場合には出て行けるという条項があった。

2週間後、デレクは屋根に住み着いたリスを処理するために657番地に行った。賃借人から届いたばかりの封筒を渡された。

激しい風と厳しい寒さ

卑劣なデレクとその妻マリアへ。

この手紙は「監視者」が現れてから2年半後、突然やってきた。日付は2月13日、ブローダス夫妻がウッズ夫妻に対する訴訟で宣誓証言を行った日である。

「『監視者』は誰かしらだと?馬鹿者ども、こっちを向け」と書かれていた。

「『監視者』が誰だか知りませんか」と隣人の一人である私にさえ話したことがあったかもしれないな。あるいは、お前も知ったうえで、怖くて誰にも言えないのかもしれない。いいぞ、その調子だ。

他の手紙に比べてスタイリッシュではなく、怒りに満ちていて、書き手はこれまでの経緯を把握しているようだった。手紙の内容からは、地区一帯を占拠したマスコミの報道、これまでのデレクの密かな調査活動、そして家を取り壊そうとする試みも全て見てきたものとして書き出されていた。

大通り657番地は門を阻む賛同者の兵たちが立ち塞がり、お前たちの襲撃を耐え抜いた。

大通りの兵士たちは、私の命令に忠実に任務を遂行し、大通り657番地の魂を救ってくれたのだ。監視者、万歳!!

賃借人のことも書かれていた。彼はおびえながらも、ブローダス夫妻が家の周りにカメラを設置するならば留まることに同意した。そして手紙には、復讐には様々なかたちがあることが示されていた。

交通事故かもしれない。火事かもしれない。もしかしたら一向に治る気配がないのに、体調を崩しがちになるような軽い病気のようなものか。ペットの不審死。大切な人の予期せぬ死。飛行機や車や自転車の追突…

 

「まるで初心に帰ったような気分でした」とマリアは言った。しかし、それは同時に、捜査を活性化させる新たな証拠でもあった。デレクはその手紙を警察本部に持っていった。そこで刑事は近所の地図を見て、家を中心に直径300ヤードの円を描き、「監視者」がこの家のどこかにいるはずだと示唆した。デレクは円の中にさらに小さな円を描いた。「私の考えでは、この家は世界に10軒しかないうちの1軒だ 」。

ブローダス夫妻は事件を訴え続けたが、警察にはまだ証拠がなく、通りを見渡せば、誰の中にも「監視者」がいることが分かった。住人の話によると、父親がこの辺りで育ったティーンエイジャーや、時々フルートを吹いて近所を歩いている男性もいたそうだ。裏の老夫婦は47年前から住んでいる。ご主人は芝生に座ってブローダス家を眺めていた人物だった。彼らの娘の一人は、よりによって同じ区画で育った男と結婚していた。

しかし、これらの情報は、見方によって、すべてを意味することもあれば、何も意味しないこともあるような断片的なものだった。ブローダス夫妻は、何か変なものを見つけるたびに新しい名前を調査員に送っていたが、彼らが最も恐れていたのは、「監視者」が自分たちが疑いもしなかった人物である可能性であった。

 

■転移

デレクとマリアはその後、できる限りこの657番地の前を通らないようにしている。「美しい木々、美しい家々。でも、感じるのは不安だけなんだ」とデレクは言った。「夜中に目が覚めて、もしこんなことが起こらなかったら、私の人生はどうなっていただろう、と考えることもある。クリスマスを何度か失いました。5歳の子どもとのクリスマスはもう取り戻せないのです」。

ブローダス夫妻は、もう「監視者」にいつ襲われるかわからない恐怖におびえながら暮らすことはないが、手紙の余韻に浸ることは続けている。657番地には新しい借主が入居したが家賃収入だけでは住宅ローンをまかないきれない。子どもたちは時々、学校でからかわれる。噂は絶えない。しかし郊外に住んでいると、そう構ってもいられない。

サッカー場や駅でそれらしい人物を見かけると、ホッケーをしていて喧嘩になりそうなときと同じように心臓がドキドキするんだ」とデレクは言う。マリアは地域活動で計画委員会の責任者と顔を合わせ、終わった後で彼に言った。「あなたは毎日、私の家族を傷つけ続けているのよ」。

その後、計画委員会は、大通り657番地よりもさらに大きな特例措置を必要とする土地の分割を承認した。

 

ウェストフィールドに住むほとんどの人が、「監視者」についてもうほとんど関心を失ったとされる。不動産市場は好調で、多くの人がブローダス夫妻がまだ問題に対処していると知ると驚きを見せる。後知恵で、デレクとマリアは、早いうちに家を損切りして売っておくべきだったのではないかと考えた。数年間、何事もなく賃貸を続ければ売却先も現れるのではないかと期待している。検察庁は捜査を打ち切ってはいないが、「監視者」が発見される公算もなければ、万にひとつ逮捕できてもそれほど大きな罪には問えないだろう。

またウェストフィールドで匿名の手紙を送ってくるのは、もはや「監視者」だけではなくなっていた。2021年のクリスマスイブ、いくつかの家庭の郵便受けに封筒が入った。それはネット上でブローダス家を最も声高に批判していた人々の家に手渡しで届けられたものだった。

記者は何人かと接触し、数ブロック先の大通り沿いに住んでいた一人は、以前Facebookにこう書き込んでいた。「タールと羽毛の時代(***)に戻りたいよ。ちょうどいい夫婦がいるんだ!」と。(***タールと羽毛刑は、中世ヨーロッパから20世紀初頭まで多く見られた見せしめ刑)

手紙を受け取った別の家族は、「監視者」による手紙と同様に「奇妙な詩的さ」があったと言い、ブローダス家について不正確な憶測をしていると非難する内容だった、と明かした。タイプされた手紙には「ブローダス家の友人 」という署名があった。

 

手紙を書いた人物は「監視者」が匿名を好むだけでなく、煮え切らない恨みにも感染していることを明らかに認識していた。手紙を受け取った人たちは、誰が送り付けたのか分からないと話したが、記者はその文体になじみがあった。

記者はデレク・ブローダス氏にあなたが書いたものかと尋ねると、彼はしばらく間をおいて、書いたと認めた。妻にも伏せて自らの意志で書いたと。

家族にいわれなき非難を浴びせられるのを黙って見過ごすのは限界だったのであろう(手紙を受け取った人の一人は、夫妻に会ったこともないし、会う気もないと言っていた)。

「監視者」は657番地に取り憑かれ、デレクは「監視者」に取り憑かれ、あの手紙が引き起こしたすべてのことに取り憑かれるようになった。

「ガンのようなものだ」と彼は言った。「毎日考えているんだ」。

 

4通目の手紙にはこう書いてあった。

お前は家から軽蔑されているんだ

そして監視者は勝った