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気になる事件と考えごと

埼玉・飯能市親子3人殺害放火事件

2022年、クリスマスの朝、飯能市の住宅街を襲った惨劇について記す。

 

■概要

12月25日朝7時15分頃、埼玉県飯能市美杉台の住宅街で「大声を出して男が騒いでいる」「人が殴られて倒れている」「2階から火が出ている」など複数の通報があった。2階建て住宅の敷地内で男性1人、女性2人の三人が顔や上半身を殴打されて死亡しているのを駆け付けた警官が発見した。

被害者は、その家に住む米国籍のビショップ・ウィリアム・ロス・ジュニアさん(69)と妻の森田泉さん(68)、離れて暮らしていた夫妻の長女・森田ソフィアナ恵さん(32)の家族3人と確認された。恵さんは東京都渋谷区神宮寺で暮らしていたが、この日はクリスマスを祝うため両親の住む飯能市の家を訪れていたとみられる。

2階居室と1階リビングから火が出ており、計30平米を焼いたがまもなく鎮火された。現場からは溶けたポリタンク容器が見つかっており、部屋に油成分が検出されている。

 

周辺は西武池袋線飯能駅から西に入間川を挟んで約2km、1990年頃から分譲が開始された「美杉台ニュータウン」と呼ばれる新興住宅地で、現場となった住宅はその中心部に位置する。

女性の悲鳴を聞いて慌てて外に出た近くの住民は、ショルダーバッグを下げた黒いマスク姿の男が凶器を手に庭先で女性を追いかけ回す姿を目にしたという。「棒は長くて先がキラッと光った」と話した。クリスマスの朝、閑静な住宅街に「ハンマーを持った不審者が逃走中です」と防災無線が響き渡り、周辺に規制線が張られて警戒態勢が取られた。

 

住宅の入り口付近にあった防犯カメラが敷地に入っていく侵入者の姿を捉えており、同25日22時過ぎ、近所に住む斎藤淳容疑者(40)を殺人未遂の容疑で逮捕。その後、殺人容疑に切り替えて捜査が続けられ、27日に送検された。

 

ビショップさん夫妻は自宅の門や車を傷つけられたとして2021年8月中旬から12月にかけて6度に渡って被害届を提出していた。車は「刃物かドライバー様のもので抉られるような傷が全面に付けられ、修理に100万円かかった」と近隣住民は聞かされたという。ビショップさんは自宅に防犯カメラを設置し、警察も見回りなどを強化して警戒していた。

2022年1月、斎藤容疑者は器物破損の現場を認められて現行犯逮捕。余罪が特定されて3回逮捕されたが本人はいずれも否認。ビショップさん夫妻も「容疑者のことを知らない」と話し、示談が成立して不起訴となっていた。以後9か月間は警察にトラブルの相談なども入っていなかった。

現場に駆け付けた警官も以前器物破損の被害に遭った家だと気づき、容疑者宅のインターフォンをすぐに押したが、直後には応答がなかったという。また近隣住民も現場から自宅方向へ立ち去る姿を目撃していた。騒ぎを聞いて外に出た住民が現場方向から向かってくる男に対して「お前か?」と尋ねたが、男は興奮したり息を荒げる様子もなく無視して歩き去ったと話す。

だが防犯カメラや警察犬の反応から、男は犯行直後から自宅で不在を装い、潜伏していたとみられる。2階の部屋に立てこもって内側に物を置いてドアが開かないようにし、警察の捜索にも10分程度抵抗していたとされる。その後の調べにより、容疑者は玄関から襲撃に及び、家族が屋外に逃げ出たところを執拗に追い回して殴打した後、室内に侵入して火を放ったものとされた。

警察は過去の器物破損との関連から容疑者が一方的に恨みを募らせた可能性があるとみて詳しい経緯を調べている。

 

3人はいずれも鈍器のようなもので頭や首など上半身を激しく強打されたと見られ、犯行に強い殺意をうかがわせた。26日朝から斎藤容疑者宅の家宅捜索が行われて斧のようなものを含む複数の鈍器、返り血の付いた衣服などが見つかったが、取り調べに対しては「言いたくない」と供述を拒否した。

27日の解剖の結果、泉さんは前頸部損傷による出血性ショック死、恵さんは左側頸部損傷による失血死、ビショップさんは頸髄損傷だったと発表された。腕などに複数の防御創が残されていた。

 

■被害者

ビショップさんは米サウスダコタ州生まれ。1974年に来日して上智大学で国際関係学を学び、米フィラデルフィアテンプル大学映像人類学修士課程をおさめた。その後、日本を中心に、シンガポール、ソウルなど東アジア各地で暮らした。はじめは日本にある米国州政府の出先機関、その後は米国の製薬会社、医療品会社に勤め、2016年に退職。6年前に都内から飯能市へと居を移した。

テンプル大の外部諮問委員を長年務めており、大学は「一家の突然の死にショックを受け、深い悲しみにある」「テンプル大の家族だった」と追悼を捧げた。上級副学長は「米国から来日して数十年間、日本で暮らし、働いた。日本の若者の将来を大切に思い、国際教育に熱心だった。グローバルな人材がどのように考え、行動すべきかの手本だった」と述べた。

「作家もしている。私の名前で検索すれば本が出てきますよ」と近所の人とも気さくに話していた。夫妻は近隣でも笑顔であいさつや会話を交わし、人々は「奥さんは素敵な人だった」「恨みを買うような人には見えなかった」と口を揃える。

 

長女の恵さんは日本育ちで、2009年からマイアミ大学で学び、コミュニケーション、出版デザインの学士号を取得。マイアミのブティック・エージェンシーに就職したが2015年に帰国。都内の広告会社でバイリンガル性と国際的視点を強みとしたクリエイティビティを発揮し、DAZNViberBoseコカ・コーラ、UberEats、コロナビール、Snapchat、SCジョンソンなど国際企業の広告、ブランド戦略に携わった。

勤務先は「明るく非常に優秀で、弊社の大切な社員の一人でした」「社員一同とても驚き、大きなショックを受けています。ソフィアナさんならびに亡くなられたご両親のご冥福をお祈りするとともに、ご遺族・ご友人の方々に対し衷心よりお悔やみ申し上げます」とコメントを発表した。

恵さんが大学卒業後に一時帰国した際には、自身のinstagramで「Life is filled with distractions butfamily always comes first(人生には気晴らしがたくさんあるけど、いつでも家族が一番)」と投稿し、若い頃から家族思いの一面を見せていた。

 

■加害者

斎藤容疑者は犯行現場となったビショップさんらの家から僅か60mばかり離れた同じ町内に、30年程前から家族と暮らしていたが、近年は一人で暮らしていた。以前は両親や姉、祖母、大きな犬2頭と一緒に暮らしていたが、2000年頃、両親が離婚後に家族が離散したと見られている。

 

近くに住む70代女性は、斎藤容疑者について「結婚もせず、働いている様子もなかった」、いつも一人で歩いている姿が印象にあると話した。80代男性は「最後に話したのは4月か5月。せんべいを食べるかと聞いたら『食べます』と答えた」「最近は庭に花やしその実を植えて手入れしているのを見た」と話す。

若い頃は大阪にある芸術大学に進学し、映画製作に取り組んでいた。当時を知る男性によれば、HIV患者を主人公にした『ギフト』と題する作品を映画祭出品に向けて作っていたと振り返る。クランクアップしたが、編集中に音信不通となり、映画はお蔵入りになってしまったという。男性は、話し合いのため飯能市の家に2度訪れたが、親の持ち家に一人で住んでいると話していた。学生当時の印象は穏やかだったとしている。

別の70代女性は、子ども時代を覚えており、「几帳面で挨拶もちゃんとできる子」「サッカーもしていて格好良かった」「事件を起こすような雰囲気は感じなかった」と言うが、この1年半ほど顔を合わせる機会もなかったと話した。文春オンラインでは同級生の母親の証言を紹介している。「活発で格好良く、スポーツもできるからアイドル的な存在でしたよ」としつつ「小学生の頃からこだわりが強い男の子という印象」とも語る。

全寮制の私立中学に進み、理由は伝えられていないが3年生のときに地元公立中学に転入していた。同級生は「他の男子生徒よりも髪が長くてかっこいい人だと思いました」と転入時の印象を語り、比較的おとなしく、積極的に発言するタイプではなかったという。「骨格は変わっていないけど様子が大きく変わっていたので、本当にあの斎藤君なのかと驚きました。卒業から25年経ちますが、何かあったのではないかと思いました」と話した。

https://www.ytv.co.jp/press/society/179968.html

斎藤容疑者の父親は読売テレビの取材に応じており、「事件を知って、正直に申し上げますと、めまいがして、悪夢を見ているようでした。本当にとんでもないこと」と話した。
息子と最後に会ったのは22~23年前だと言い、「子どもの頃は、本当に友達思いだったんですが…」 「(離婚後も容疑者と一緒に暮らしていた母親と姉は)出て行きました。理由は『(斎藤容疑者が)乱暴なことを言う』ということは聞きました」と振り返った。

 

■所感

一見すると、いわゆる「ご近所トラブル」かのようにも思われるが、22年1月の逮捕時も被害者夫妻は斎藤容疑者と面識がなかったと話している。また近所ではあるが、区画が道一本異なっているため、ゴミ捨て場や回覧板の班など日常的な接点もないという。

筆者は医師ではないため根拠はないが、比較的新しい移住者で、目につきやすいビショップさんの容姿などがきっかけとなって、容疑者から一方的に「敵」と見なされた可能性を禁じえない。一方的に敵対心を募らせて器物破損に走ったとすれば、統合失調症が疑われる事例である。

容疑者の母親や姉も10年ほど前に飯能市の家を離れており容疑者の異変に気付かなかったか、病状に気づいて診療を求めても抵抗され、頼れる男手もないことから打つ手なく放任する結果になったのかは分からない。離婚世帯、単身世帯や独居高齢者の増加などでそうした周囲からの見逃し、社会縁から取り残されるケースは今後も増えることが危惧される。

被害者宅は用心のために防犯カメラを設置していたが、本件では逮捕やその後の捜査には貢献したものの期待された「抑止力」は発揮されなかった。こうした事件に個人が、社会が講じられる術というのは果たして何が残されているのか考えさせられる。

筆者の考えが正しければ、ビショップさん夫妻や家族でクリスマスを過ごそうと偶々訪れていた恵さんには当然何の落ち度もない。おそらく今後、3人の殺害容疑で再逮捕・追起訴され、事件前後の精神状態を調べるための鑑定留置が見込まれる。結果次第では、裁判になっても罪に問えない可能性が小さくないことからここに経緯を記しておく。

 

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〔2024年4月追記〕

鑑定留置は延長を重ね、約10か月間にも及び、地検は刑事責任能力に問えると判断し、23年12月21日、殺人罪などの容疑で起訴した。

 

被害者のご冥福と遺族の心の安寧をお祈りいたします。