五霞町女子高生殺人事件について

 2003年7月、埼玉県草加市内の神社で行われた賑やかな夏祭りの晩、女子高生は忽然と姿を消し、3日後、40キロ離れた茨城県五霞町の用水路で変わり果てた姿で発見される。

本件は2007年より捜査特別報奨金制度に指定された事件であり、長く未解決のままとされている。事件の風化阻止と防犯啓発の目的で、事件の概要等について記す。

www.pref.ibaraki.jp

 付近での目撃情報、被害者の交遊関係、未発見の所持品などについて情報をお持ちの方は以下にご連絡ください。

 

■概要

2003(平成15)年7月6日(日)正午過ぎ、東京都足立区西竹ノ塚に住む都立上野高校通信制1年生・佐藤麻衣さん(15)は「20時には帰る」と父親に言って出掛けた。

草加市内のファストフード店で、アルバイト先の同僚(20)と昼食を取った後、東武伊勢崎線草加から新越谷へ向かい、洋服などを購入。

その後、18時頃に同僚と上り電車に乗車。同僚は新田駅(しんでん)で先に下車。このとき麻衣さんは「友達と瀬崎淺間(せざきせんげん)神社の祭りに行く」と話していた。そのまま一人で神社の最寄り駅である谷塚駅へと向かった。

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19時頃、麻衣さんは一人で会場に留まり、一緒に祭りを楽しむ相手を求めて複数の友人に電話やメールで連絡を取っていたことが通信履歴などから確認されている。

20時頃、かき氷屋台でアルバイトをしていた17歳の女性と意気投合。客の呼び込みを手伝うなどしてしばらく過ごした。

屋台の女性によれば、21時過ぎに麻衣さんの携帯電話に連絡が入り、祭りを後にすることになった。女性はお礼がしたいと言ったが、麻衣さんは「また連絡して」と言って別れた。

神社北側出口で見送って以降の消息は不明、携帯電話の反応は6日22時頃を最後に途絶えた。

 

行方不明から3日後の7月9日9時40分頃、神社のある埼玉県草加市から約40キロ離れた茨城県猿島郡五霞町川妻で散歩中の近隣住民が用水路に若い女性の遺体を発見する。周辺は民家の点在する農村地域である(その後の堤防改修や道路拡張により当時の現場とは様相が異なる)。

利根川沿いに築かれた堤防よりすぐ内側の幅2メートル、深さ1メートル程の用水路で、うつ伏せに腰を上げるようにして「くの字」のような姿勢だった。

翌10日、報道で事件を知った母親(52)から「うちの娘ではないか」と問い合わせが入り、遺体が麻衣さんだと判明する。捜索願は出していなかった。

 

■詳細

発見時、麻衣さんはその日、越谷市内で購入した上下黒のスポーツウェアを着用していた。これは祭りのときにもすでに着ていたものである。しかし履いていた白色のバスケットシューズ(AND1製)は発見されず、白色の靴下が汚れていないことから、別の場所で殺害され、車で運ばれて遺棄されたものと見られた。

当日彼女が所持していた銀色の女性物腕時計(一部ネット記事では「ROLEX」と記載されている。警察の公開画像でもそれらしい文字が読めるものの、他の所持品と違ってメーカー名の記載はないため模造品ではないかと考えられる)、黒色のパナソニック製携帯電話、赤色のビニール袋(赤地に銀色で「CALM」と書かれたショッパー。40×35センチ)、ピンキーアンドダイアンの白色バッグ(25×37×11センチ)、家を出た際に着用していた衣類(着替えたもの)は見つかっていない。利用駅コインロッカーなどの捜索されたが発見されなかったことから犯人が奪った可能性が高い。

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司法解剖の結果、死因は紐状のもので首を絞められたことによる窒息死喉元に強い打撃か圧迫を受けたことによる痣、胸を素手で殴られたような痕もあった。手の爪には抵抗して引っ搔いた痕跡がなかったことから、不意に首を絞められた可能性が高いとされた。

 

麻衣さんはマンションで母親(52)と兄(16)の3人暮らし。ヨルダン国籍の父親(38)は普段は大阪府内に別居しており、たまに家族の暮らす東京のマンションに訪れていた。

事件のあった6日には、母親は兄を連れて宮崎県にある母親の実家へ帰省しており、父親がマンションに訪れていた。麻衣さんも宮崎に行くことになっていたが、バイトの都合があった(5日に松戸店へ派遣されていた)ため、後から母たちと合流する予定になっていた。

 5月中旬から埼玉県草加市東武伊勢崎線草加駅内にある洋服店でアルバイトをしており、7月6日は勤めが休みだった。

 

麻衣さんの高校は通信制で、入学式に出席したあとは日曜日に行われる任意出席の授業には来ていなかったため、学校側は人物については把握していないとした。

中学時代の同級生は「明るくおしゃれでかわいい子」という印象を持っていた。目鼻立ちのはっきりした美人で身長も170センチ近くあってスタイルがよく、ファションセンスもあって“目立つ存在”だったという。

 

草加市瀬崎は、歴史的に見ると旧入間川、旧荒川の自然堤防上に発達した農村地域で、瀬崎淺間神社は1630年頃に同地に勧請され、以後同地の代表的神社へと発展した。東武鉄道谷塚駅の東口から神社までおよそ300メートルの距離で、周囲は店や住宅が並ぶ市街地区域。過去に近辺で似たような誘拐事件などは確認されなかった。

祭は通例7月第一週の土曜・日曜の二日間にわたって催され、地元商店街による神輿の練り歩きや普段は見られない神楽公演などが行われる。境内には100を超える屋台が立ち並び期間中はおよそ2万人もの人出で賑わう。

神社の前を通る県道49号(旧国道4号)はかつての日光街道奥州街道の一部で、国道4号に接続して北上すれば五霞町まで車で1時間程の道程である。

茨城県警のホームページでは最後の目撃場所が「神社前」とされているが、一方で「谷塚駅前のコンビニ入口で、飲み物を飲みながら誰かを待っているように座り込んでいた」とする報道もあった。

過去には2005年から遺族ら「佐藤麻衣さん被害の殺人事件の捜査に協力する会」が最大300万円の私設懸賞金を設けて情報提供を呼びかけており、下のチラシ(オレンジ色)では「神社北側出入口付近から車に乗せられた(乗り込んだ)と思われます」と記載していた。

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2008(平成20)年に親族らにより作成された情報提供呼びかけのチラシ

茨城県警が作成した現行のチラシでは「神社北出入口から行方が分からなくなっている」とやや抽象化されている。

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2020年現在の茨城県警チラシ

谷塚駅は海抜3.45メートルと埼玉県内で最も低地に位置し、大正14年の開業当時、周囲は桑畑が広がっていたという。普通列車のみが停車する駅としては乗降数も多く、1日平均35000人近くの利用があった。日曜の祭りの夜となれば近郊の人々も多く集まり、混雑していたに違いない。当時、駅前のロータリーでは普段からナンパ目的の車が県内外から集まっていたとされ、そうした“ハント族”の関与も推測された。

 

発見現場となった五霞町は、今日の地図上では茨城県の市町村で唯一、利根川以南の飛び地状になっている。これは古くより利根川は非常に氾濫の多い川で、元々は江戸湾東京湾)に注がれていたものを徳川家康の江戸入り(1590年)以降、「江戸の町を水害から守る堤防づくり」「新田開発」「東北や関東各所をつなぐ水運の確保」などの目的により東遷事業が行われてきた歴史と行政区分により生じたギャップといえるかもしれない。

平成の大合併では市民発議により埼玉県幸手市との合併協議が進められていたが、久喜市との合併を要望する幸手市の市民団体が幸手市長の解職請求を行い、協議はご破算となった。行政区分の上では茨城県に当たるが、生活圏としては埼玉県幸手市久喜市との連係が進んでいる。

土地柄として、水害の頻発地点だったため境や関宿のように河岸(港)は大きく発達せず、水稲耕地が総面積の約4割を占め、森林地帯はほぼない。近年では水害リスクの低下や交通網の発達などに伴い、大規模工場や物流拠点が置かれるなど産業転換も見せている。国道4号利根川を跨いで隣接する古河市も大規模工業団地がつくられ、茨城県内だけでなく埼玉県側からの労働人口も多いと考えられる。五霞町の人口は8000人強と県内で最も小規模な自治体である。

 

■時代背景

 バイトを始めて2か月で同僚と一緒に買い物に出掛けたり、祭りで出会ったかき氷屋台の店員とすぐに意気投合するなど、中学同級生証言と合わせて考えても外向的な性格だった印象を受ける。年齢に比べて大人びた容姿も周囲からの気を引いたことは間違いない。

当時のガールズファッションの流れとしては、90年代後半までの小麦色に焼けた肌を露出する“黒ギャル”から浜崎あゆみの人気によって“白ギャル”化が大きなトレンドして挙げられる。麻衣さんの当時の服装からすると、いわゆる「ギャル」というよりはR&B系アーティストやクラブカルチャーを意識したストリート系ダンスファッションのように見受けられる。

洋楽では90年代後半からの流れとしてメアリー・J・ブライジフージーズローリン・ヒル)、TLCブリトニー・スピアーズアリシア・キーズ、ディスティニーズ・チャイルドら女性アーティストは日本でも大きな支持を得ていた。

邦楽では、宇多田ヒカルが1998年『Automatic』、99年『First Love』を発表。モーニング娘。が1999年『LOVEマシーン』、2000年『恋愛レボリューション21』などが社会現象化し、絶大な人気を博した時期でもある。またavexが全国的野外フェスa-nationを開始したのが2002年夏であり、当時の代表的なアーティストとして浜崎のほか、dream、Do As InfinityEvery Little ThingBoaTRFら(ブレイク前夜のEXILEも)が出演していた。

 

2020年現在とはやや異なるため、当時の携帯電話事情についても大まかに確認しておく。

1999年にDoCoMoが“iモード”の提供を開始し、携帯電話所持率の低年齢化とともに、携帯電話向けインターネットサービスも急増した時期である。とりわけその後のSNSブームへとつながるメールを介した“出会い”は人気となり、若者の間にはメール中心の人間関係を指す“メル友”という語が普及した。並行してパソコンの普及も進んでいたこともあり、掲示板を介して趣味・同好の士で集まる“オフ会”も広く定着した。

2000年ヤフージャパンの1日あたりの総アクセスが1億PVを達成、2004年には10億PVを達成していることからもこの時期のインターネット普及の勢いが分かる(2020年現在は月間で約780億PV)。

1999年、無料ホームページ作成サイト『魔法のiらんど』リリース。出会い系サイト『エキサイト出会い』、『スタービーチ』の前身となる『Friends!』も同時期に開始。『ワクワクメール』が2001年サービス開始。2002年頃から“着メロ”や“ケータイ小説”が人気になるなど特に若者の間で携帯電話関連のさまざまなトレンドが発生していた時期である。パケット定額制サービスが2003年4月より開始され、利用の場面が更に急増した。

一方で1990年代後半の“女子高生ブーム”の延長もあって“出会い系”を通じた“援助交際(児童買春)”が社会問題化。2001~02年にかけて和歌山出会い系サイト強盗殺傷事件が発生。2003年にはいわゆる“出会い系サイト規制法”が公布され、若年層への悪影響や性犯罪につながるカキコミに罰則規定が設けられた。尚、『前略プロフィール』『GREE』『mixi』などSNSの登場は2004年、『Mobage』は2006年である。

  

■その他の事案

同時期に発生した自動車での連れ去り事件をいくつか挙げておく。

(尚、最も比較される機会の多い2004年6月に茨城県岩井市・現在の坂東市で発生した女子高生殺人事件については後日別稿とする。)

2004年12月に発生した千葉県茂原市で起きた『ホテル活魚』殺人事件はオカルト界隈でも知られている。22日4時20分頃、同市内に住む16~21歳の男性5人がJR茂原駅前で女子高生2人を取り囲んで恐喝。一人の女子生徒からポーチを奪い、もう一人を拉致。同日6時半頃、20キロ離れた東金市油井にある『ホテル活魚』(旧油井グランドホテル)の廃屋に連れ込み、ひも状のもので絞殺。発見を遅らせるため、現場に放置されていた大型冷蔵庫内に死体を遺棄した。

女子生徒らは昼間は働き夜間の高校に通う勤労学生で、普段から夜遊びに耽っていた訳ではない。2学期の終了と忘年会を兼ねてのカラオケからの帰りだった。遺棄現場は地元では有名な心霊スポットとして知られ、若者の出入りがあったことから、以前より地元住民から市や警察へ対策を求める声が寄せられていた。その後の調べにより、顔や腹などに殴る蹴るなどの暴行の跡が数か所認められ、犯人グループは過去にも近郊で十数回の引ったくり行為を繰り返していたと供述した。

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2002年7月に発生した群馬女子高生誘拐殺人事件(坂本正人)では、単独犯による強姦目的の拉致・殺害が行われた。加害者の坂本は仕事や借金、結婚生活がうまくいかなかったことから自暴自棄となり、目先の金欲しさに強盗。その後も離婚して会えなくなったこどもの通う小学校の襲撃や鬱憤晴らしのレイプを企てていた。

19日の昼頃から車で物色を始め、勢多郡大胡町のひと気のない路上で、終業式終わりの女子高校生(16)に道を聞くふりをして声を掛け、後部座席に押し込んで拉致。赤城山中の勢多郡宮城村の山林で強姦。女子生徒が逃走しようとしたことから、咄嗟に抑えつけ、無抵抗になるまで首を絞めた。

口から泡を吹いて痙攣する女子生徒を見て、坂本は病院に連れて行こうと思ったが、事件の発覚をおそれて翻意し、頭にビニール袋をかぶせてカーステレオのコードで首を縛って窒息死させた。目立つ色のブラウスを脱がせ、所持品から現金約2600円と携帯電話を窃取し、それ以外は遺体とともに山林に投棄した。その後、拳銃を買う金欲しさに女子生徒宅に身代金を要求したことなどから足がつき逮捕された。

 

また2004年1月に発生した茨城大女子学生殺人も当初捜査が難航し、本件との関連が長く疑われていた事案である。事件から11年後の2015年、関与をほのめかす人物について情報提供があったことで捜査が大きく進展した。

電気部品加工会社に勤める当時18~21歳のフィリピン国籍の男性3人が、酒を飲んでいた際に日本人女性を強姦しようという話になり、当時住んでいた土浦市から勤め先のあった美浦村界隈を車で徘徊。

深夜、偶々自転車で買い出しに出ていた女子学生を車で幅寄せして追い詰め、車内へ連れ込んで強姦。絞殺して全裸にしたうえで遺体の首や胸部などを切りつけ、霞ヶ浦につながる清明川河口付近の護岸から遺棄した。

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上の記事でも取り上げたが、2004年10月に埼玉県であったナンパ目的の「ハント族」による車内での監禁・強盗・殺人未遂事件もある。県内の同じ運送会社に勤める19歳から28歳の男性4人グループが春日部市内の私鉄駅前コンビニで「食事に行こう」等と声を掛けた女子高生2人を強引に車に乗せ、埼玉・千葉を連れ回した末に、茨城県岩井市内でわいせつ行為や現金強奪に及んだ。

女性が男の作業服に付いていた勤務先の社名を見て「覚えたからな」と発言したことで男性らは殺意を抱き、水面までおよそ18メートルの高さがある下総利根大橋の中央部から突き落とした。

女性2人は重傷を負ったが幸い千葉県側の岸に流れ着いて一命をとりとめ、同年11月にこの男性グループは逮捕された。4人は、千葉県野田市、埼玉県春日部市、同幸手市、19歳少年は住所不定だった。

 

類似性はやや低いと考えられるが、いわゆる「外国人」や「ハーフ」の少女を狙った事案として、2017年3月に千葉県松戸市に住むベトナム国籍のレェ・ティ・ニャット・リンちゃん(9)が行方不明となり、翌々日、同県我孫子市(あびこ)にある排水路脇の草むらに全裸の絞殺体で発見されたいわゆる松戸小3女児誘拐殺害事件が記憶に新しい。

手首には拘束痕が残り、顔面は殴打されて膨れ上がった状態で、強姦による裂傷も確認された。遺体発見現場から約20キロ北西に位置する茨城県坂東市利根川河川敷で被害者のランドセルや衣類が発見された。リンちゃんの通う学校の元保護者会会長の男が容疑者として逮捕・起訴され、2021年現在も上告中である。

この事件に関連して、2002年5月に茨城県取手市に住む小3女児・大川経香(きょうか)ちゃん(9)が行方不明となった事件も注目を集めた。飲食店従業員の母親に「友達と遊んでくる」と告げて外出し、18時頃に近くの公園で友達と遊んでいる姿を目撃されたのを最後に行方が分からなくなっている。経香ちゃんの母親はフィリピン人で、19時頃に仕事から帰宅した際には経香ちゃんが食べたと思われる空の弁当だけが残されていた。

千葉県我孫子市茨城県取手市利根川で隔てられているが、国道6号によりアクセスも容易である。松戸市からおよそ20キロ強の距離であり、経香ちゃんの通う小学校区は市内でも最も千葉県寄りに位置する。

リンちゃん事件やルーシー・ブラックマンさんの事件のように外国人、ないしは外国人寄りの容姿を好む性犯罪者などからすれば、祭りの雑踏にあっても麻衣さんの容姿は目を惹いたかもしれない。

 

■検討 

東京・埼玉幼女連続殺人事件(1988-89、宮崎学)や栃木県今市市に住む小学1年生吉田有希ちゃん(7)が殺害され茨城県常陸大宮市山林へ遺棄された今市女児殺人事件(2005)のように、都道府県を越えた「越境犯罪」の可能性は考慮に入れておかねばならない。

上に挙げた春日部ハント族の事例でも分かる通り、茨城県県西や県南地域は群馬・栃木・埼玉・千葉・東京からも比較的アクセスしやすいため、そうした事案は起こりやすい。利根川以北ではあるがやはり埼玉・千葉から比較的近い境町一家殺傷の事案でも、捜査は埼玉方面に広げられた。

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ここでは①遺体状況、②靴と所持品、③失踪現場と遺棄現場、④被害者の行動、の四つの項目について検討したい。

 

①前述の事例でもあるように、絞殺は事前準備がなくてもベルトやネクタイ、ショルダーバッグの紐、電気コードなど身の回りのもので犯行に及ぶことも可能である。はじめから脅迫や殺害を意図した犯行であれば、刃物を用いる方が相手に心理的恐怖を与える効果が期待できる。つまり殺害は計画的だったのではなく衝動的な殺意によってなされたのではないか。

着衣の乱れがないとはいえ、スポーツウェアの素材はおそらくジャージ様かスウェット地と思われ、そもそも皺や破れになりにくい。生前受けたとみられる首元の痣や胸の殴打痕は男性による加害と考えてよいだろう。体力の近い女性同士の争いであればひっかき傷や頭髪の引っ張り合いなど大きな痕跡が残ると思われる。

暴行目的で女性を車に乗せて、ひと気のない場所に移動して事に及ぼうとするも抵抗されたために…あるいは告発を免れるために、という線が最も想像しやすい線である。

発見された9日朝以前から現場に遺棄されていたのか、直前に遺棄されたのかは定かではない。当時の気象状況について越谷市の観測地点で7月6日から9日にかけて雨量はほぼ観測されておらず、気温は6日17.6-23.6度、7日19.5-22.4度、8日17.8-20.2度、9日18.0-22.9度と平年の同時期に比べてかなり低かった。だが発見時にはそれなりに腐敗が進行していたと思われる報道もあるため、しばらく野ざらしだったと考えられる。

遺棄されていた姿勢について、うつ伏せで腰を浮かせたような「くの字」と表現されている。たとえば地面に一文字に寝かせて水路の溝に転げ落としていれば、そうした姿勢になるとは考えづらい。また腕側と足側を2人で両側から持って投げ込んだとしても腰が浮いた「くの字」姿勢にはなりづらいようにも思える。必ずしも単独犯とは限らないが、遺棄については男性一人が被害者の腰を持って運び出し、水路に落としたのではないかという印象を個人的には受けた。

 

②靴を着用していなかったことについて、遺体の足から靴だけを脱がせて遺棄することはやや考えづらいことから「(犯人の部屋など)室内に入る際に自らの任意で脱いだ」とする見方もある。

だが一部には車内が汚れることを気にして「土禁(土足禁止)」にするカーユーザーもいるため、「乗車時に脱いでもらった」可能性はある。また犯人に元々そうした習慣がなくても、強姦目的であれば着衣を脱がせやすいようにするため、逃走を困難にするために乗車時にそうした嘘をついたとも考えられる。

また犯人と旧知の間柄であれば、麻衣さんは昼からずっと外出して歩き通しでいたことから車内で自発的に靴を脱いで寛いでいたとしてもおかしくはない。

 

③ノンフィクションライター・八木澤高明氏は下の記事で本件について触れ、遺棄現場について興味深い指摘を行っている。

www.akishobo.com

すでに述べたように、五霞町茨城県の市町村で唯一「利根川の向こう側」に位置しており、生活圏としては埼玉県や千葉県北西部により近い。隠蔽する意思が強ければ利根川に流したり、夏草の生い茂った河川敷に遺棄する方が発見されづらいように思われるが、犯人は堤防を越えずに埼玉県側の用水路に遺棄していた。「堤防」という心理的な境界の向こう側に遺棄することで自分の視界から遺体を遠ざけようとした、つまり犯人は堤防を隔てた「利根川の向こう」に暮らす茨城県の人間ではないかとする見立てである。

たしかに殺害した人間が理由なく近所に遺棄することは考えづらく、心理的に捜査の火の粉が向かないようにと遠方へ運ぶ心理はよく分かる。

遺棄現場を考えればそうした指摘にも一理あるように思えるが、麻衣さんが失踪したのは瀬崎浅間神社ないし谷塚駅周辺である。茨城県側で最も距離が近いのが守谷市坂東市で、それでも30キロ以上は離れており、その途中にある千葉県柏市、埼玉県三郷市越谷市などの方が市街化は進んでおりアクセスも容易である。各地で夏祭りが催されるこの時期、わざわざ茨城県から谷塚駅に狙いを定めて足を運ぶものだろうか。

犯人が麻衣さんのことを足立区在住と知っていたかどうかは分からないが、埼玉県南部や千葉北西部から目を逸らすためにより遠くに遺棄したとする方が分かりやすい。利根川沿いは農村落が多く、夜が早い。美浦村の事案のように当初から強姦が目的だった場合、周囲に山林が少ない低地であることから「人目につかない静かな場所」として川沿いに向かうことはごく自然な発想である。

利根川を越えて茨城県に向かう際に多くはNシステム(自動車ナンバー読取装置)設置個所を通過しなければならない。だが五霞町であれば渡橋せずとも茨城県側(境署管内)に遺棄することが可能となる。タクシーや運送業、毎日工場で県境を越える人間、あるいは質の悪いハント族であれば、そうした目論見が含まれていたとしてもおかしくないように思う。

 

④やや腑に落ちないのが、麻衣さんはなぜ父親に告げた20時に帰宅しなかったのかという点である。屋台の呼び込みに余程のめり込んでしまったのか、父親とふたりきりになりたくない等の帰りづらい事情があったのか。連絡を取り合った相手については警察も通信履歴から友人らへの調べはついているはずだが、それ以外に交友関係はなかったのか。

全日制の一般的な高校生とは異なるライフスタイル、彼女の人目を惹く容姿と社交性豊かな性格が様々なバックグラウンドを想像させてしまう。失踪前の携帯電話でのやりとりなどから“出会い系”等の線についても検討しようとしたが、コミュニケーション力の高い麻衣さんであればむしろ使う必要性はあまりなかったかもしれない。

 

事件当時の茨城新聞を確認すると、事件発覚当初の7月12日の記事では通説通り父親に「午後8時ごろには帰る」と告げて外出したとされていた。しかし一週間後の17日の続報記事では「午後10時ごろに帰る」に記述が変わっていたのである。なぜこうしたずれが生じたのかは定かではないが、いくつか推測すれば「普段は“午後8時”が門限だった」「在宅していたお父さんの記憶が曖昧だった」「当初“午後8時”と言って家を出たが、その後で電話やメールで“午後10時ごろになる”と連絡していた」などであろうか。

また通話記録は20時30分頃が最後で、22時過ぎに母、兄、アルバイト先の店員が入電して呼び出したが応答はなく、24時頃に同店員が(翌日のシフト変更があったため)再度電話を掛けるがこのときは呼び出しができない状態だった。当時のエリア電波状況までは分からないが、五霞町の遺体発見現場や利根川沿いの民家の少ないエリアであれば圏外だった可能性も高い。あるいは24時時点ではすでに犯人によって電源を切られた、電池パックを外された、端末ごと破壊された、川へ遺棄された等が考えられる。

帰宅予定が20時か22時かどちらの情報もあるため断定はできないものの、麻衣さんの中で22時帰宅予定だったとすれば、彼女の行動に対する見方は大きく異なる。21時過ぎに“電話を受けて移動した”のではなく、祭りが終わって“時間を見たら21時を回っていたので帰ろうとした”と考えられる。この2時間の「差」は彼女に対する心象を考慮するうえで重要である。

さらに麻衣さんは谷塚駅に着いてから友人に淺間神社の場所を確認していたという。神社は駅東口のロータリーを抜けてすぐ、距離にして300メートル程で、一度訪れたことがあれば間違えようがない。つまり麻衣さんは過去に神社に訪れたことがなく、谷塚駅周辺にも土地勘がなかったということになる。

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■犯人像について

麻衣さんがどこの入り口から境内に入ったかは明らかではないが、上の図で見ても駅から近い日光街道沿いの正面出入り口から入ったと見るのが妥当。かたや境内から立ち去ったとされる「北側出口」は住宅街の細い路地を抜ける道である。

下のストリートビューは「目撃場所」ではなく神社敷地を出る地点。もしかすると麻衣さんは「目撃場所」まで出たはよいが、祭り帰りで人が行き交う夜の住宅地で駅の方角が分からなかったのではなかろうか

 

神社正面出入口の日光街道は交通量が非常に多いため、神社前に車を待機させておくことはできない。とすれば、車は少し離れた住宅街に置いて、北口から出てくる女性客を待ち伏せるハント族がいても不思議はない。

「目撃場所」地点は人目につく通りではあるが、祭りの晩ということもありナンパ行為をしていても周囲からは見過ごされたとも考えられる。たとえば麻衣さんが駅の方角が分からず迷った素振りできょろきょろしていれば、目を付けられて「(駅や家まで)送っていく」等と言われて別の場所に停めていた車まで連れて行かれたことは充分にあり得る。

無理やり車に押し込んだのか、家に送ると言われて従ってしまったのかは分からないが、夜の街で車がどこへ向かっているのかは判別できなかったに違いない。15歳の少女が走行中の車内でできる抵抗などほとんどないに等しい。

 

路上で3人4人が近づいてくればやはり警戒するだろうし、グループが大きいほど余罪や発覚のリスクは大きくなる。たとえば一人が車上に待機しており、一人が声を掛けて車に引き込んだ末に…というのが筆者のここまでの考えである。

おそらく犯人は当時20歳前後の若者の犯行と思われ、所帯を持ったり職が変わるなどしてすぐに不良行為から足を洗ったことも考えられる。一方で殺害までせずとも性的暴行事件の場合、被害者や身内が届出を拒むケースもあるため、他に累犯があったとしても告発を免れているケースもないとはいえない。「谷塚」や「五霞町」近隣の者による犯行とは考えづらく、茨城県西部、千葉県北部、埼玉県東部と居住地の絞り込みが難しい事案である。

 

■ その後

捜査本部には、2007年7月時点で計49件、2009年までに計73件の情報が寄せられたものの犯人逮捕の糸口にはなっていない。2018年までに延べ1万7000人の捜査員が動員されたものの、情報提供は計91件と年々情報提供の減少も見られる。

瀬崎淺間神社の祭りは今般のコロナ禍等を鑑みて実施が見送られるなど、周辺地域でも事件そのものが過去のものとされてしまうことが危惧される。

 

 

 

 〔追記〕

2021年4月より茨城県では本件を含む4事案について、全国の自治体で初めて有力情報に対する報奨金を設置した。

対象となるのは、2000年5月発生の牛久市強盗殺人、2003年7月発生の本事件、2004年6月発生の坂東市の女子高生殺人、2021年4月に東海村で発生した指名手配殺人事件の4件。前者3件は被害者が未成年であり一刻も早い解決が望まれること、東海村の事件は発生から間もなく容疑者が明らかなことを考慮して選定された。

どれだけの反響が出ているかは分からないが、犯人をのさばらせないこと、警戒を緩めない姿勢を見せ続けることは類似事件抑止の観点からも重要である。美浦女子大生事件のように時を経ても再び捜査が進展するケースもあり、風化させない・事件を忘れないことが私たちにできる数少ない捜査協力である。

 

麻衣さんのご冥福と家族の心の安寧をお祈りいたします。