2023年(令和5年)3月、青森県八戸市の「みちのく記念病院」の精神病棟で起きた殺人事件について事態は新たな局面を迎えつつあるようだ。
事件の発生
2023年3月12日深夜、入院中の高橋生悦さん(73歳)が同じ部屋で入院中の男(57歳)から頭や顔を歯ブラシの柄で突き刺されるなど激しい暴行を受け、翌13日午前10時過ぎに死亡が確認された。
遺族によれば、病院から「階段から転げ落ちた」「容体が急変した」と電話で知らせを受け、高橋さんの妻が病院に駆けつけたときにはすでに亡くなっていたという。顔には包帯が巻かれて血のようなものが滲んでいた。
だが医師や看護師から詳しい説明はなく、交付された死亡診断書の死因の欄には「肺炎」と虚偽の記載があり、肺炎の原因などについては記入されていなかったという。
医師法では、死体に異常が認められるときは24時間以内に警察に届け出ることが規定されている。だが医師や病院事務局による正規の届け出はなく、男性死亡の約8時間後(13日午後6時過ぎ)に対応に疑問をもった病院の職員から「遺体を確認した方がいい」と警察に通報がもたらされた。
青森県警は急ぎ高橋さんの家族と連絡を取り、遺体を司法解剖に回し、頭と顔の損傷具合から他殺と判断された。
病院側が事件を警察に届け出なかった疑いがあるとして、届け出の義務を怠った医師法違反の疑いで4月28日に病院に捜索令状が出された。
青森県警は、入院していた加害者の男を逮捕。刑事責任能力の有無を調べるため、男は鑑定留置に回された。
高橋さんの妻は、「警察が捜査していなかったら遺体をそのまま火葬していた」と病院側の対応に強い憤りを示した。
裁判
2024年6月13日、青森地裁(蔵本匡成裁判長)で裁判員裁判での初公判が行われ、殺人の罪に問われた本籍地五戸・住所不定無職の佐々木人志被告(事件当時57歳)は起訴事実を認めた。
起訴内容は、同室で就寝中だった被害者男性の首を圧迫し、歯ブラシの柄で左まぶたの近くを突き刺すなどして頭蓋内損傷を与えて失血死に至らしめたというもの。
裁判の争点は、男の刑事責任能力の有無とされた。
当時、佐々木被告と被害者男性はアルコール依存症などの治療でみちのく記念病院に入院していた。被告は2022年7月から入院し、他の患者とのトラブルが絶えず、両手を拘束されることもしばしばで、23年2月に高橋さんと同じ部屋に移された。高橋さんも看護の際に暴れたことから両手をベッド上部に拘束されたままの状態で寝かされており、事件当時は全く抵抗できない状態だった。
事件が発覚したのは、23年3月12日の午後11時45分頃のことで看護師が顔から血を流す高橋さんを発見し、相部屋の男に事情を聴くと「殺そうと思った」などの発言が聞かれた。看護師はただちに(12日深夜から13日未明にかけて)主治医に連絡を取った。しかし被害者男性は主治医が到着する13日朝までに容体を悪化させ、心肺停止状態に陥った。
6月14日に行われた弁護側の被告人質問で、男は「身体拘束が嫌だったので殺人をすれば病院を出られると考えた」「体が動かないのですぐ近くの患者を狙った」と動機を述べた。
検察側は、被告人は入院生活に嫌気がさしており、逮捕されれば病院暮らしから脱出できると考えた犯行の計画性を指摘。殺人を犯してでもという極端な発想には人格障害の影響がうかがえるも、幻聴や幻覚症状は認められず、正常な心理と強固な殺意に基づく行動で生命軽視も甚だしいとして、懲役18年を求刑した。
一方の弁護側は精神鑑定の診断結果などから、被告は非社会性パーソナリティ障害の影響で善悪の判断や行動制御能力を欠いていたとして無罪を主張した。
2024年7月1日、青森地裁は被告の完全責任能力を認定し、懲役17年の判決を言い渡した。
蔵本裁判長は、非社会性パーソナリティ障害は性格や人格の偏りにすぎず、直ちに善悪の判断ができなくなるような心神喪失を伴う精神障害とは異なるとして弁護側の主張を退けた。「被告は拘束に耐えられず病院から出る手段として殺人を決断した。身勝手で自己中心的な動機」だとして強く非難した。
控訴はなく、懲役17年の実刑が確定している。
事件の隠蔽
杏林会みちのく記念病院は内科・精神科・心療内科・神経科・呼吸器科・循環器科・リハビリテーション科を診療科目として1990年に開設された、病床数413床(一般60・精神274・医療療養79)を誇る中規模病院である。
運営元の医療法人杏林会は、東京都目黒区に本部を置き、東京都板橋・神奈川県新横浜・青森県八戸・岩手県北上に4病院、首都圏・青森・岩手・宮城・静岡・愛知に養老ホームや居宅介護支援事業など28カ所を運営し、精神医療と高齢者医療分野を中心にグループ事業を展開している。
青森県警は院内で事件の隠蔽行為が行われたと見て、その後も調べを進めた。
2025年2月14日、医療法人の理事長石山隆容疑者と当時の主治医石山哲容疑者を犯人隠避の疑いで逮捕した。兄の石山隆容疑者は八戸市類家3丁目、弟の医師・哲容疑者は八戸市江陽1丁目で別々に暮らしており、共謀により事件を隠蔽したとみられている。15日、青森地検に送検された。
ここまでの捜査状況で、司法解剖を行う前に撮影した高橋さんのCT画像でも、病院側が記載していた「肺炎」の兆候は確認できなかったことが公にされている。
また事件直後、佐々木被告を閉鎖病棟に「医療保護入院」させていたことが判明している。医療保護入院とは、身寄りのない精神障害のある患者を本人の同意なしに市町村長の同意を得ることで精神保健指定医の診療で入院させることができる制度である。
読売新聞が入手した診療記録によれば、記載人は「石山哲」、日時は「13日午前11時」となっており、「情動不安定」「衝動行為が予想され」「医療保護入院が必要」とあるが、高橋さんへの加害(殺害)については触れられていなかったとされる。
さらに問題なのは、死因を「肺炎」とした虚偽の死亡診断書の作成者である。病院職員の話によれば、石山隆容疑者の指示の元、複数の看護師を介して、入院中だった医師免許を持つ認知症疑いの男性患者(当時89歳)によって死亡診断を担わせたという。
捜査関係者によれば、13日午前8時半ごろに石山隆容疑者からベテラン看護師に死亡診断書の作成を指示し、男性患者のフロア担当看護師らへ伝達されたとされる。
この男性患者は対応できる医師がいない場合に死亡診断を任されることがあり、院内では「みとり医」と呼ばれていた。複数の看護師によると、白紙の診断書を渡されると「肺炎」と記載する傾向があったという。
隆容疑者から指示を受けた看護師は「院長から『みとりと死亡診断書の作成は〇〇先生(男性患者)にお願いしてください』と言われた」「事件をごまかせという意図だとくみ取った」と証言しており、実際の診察や検分は行わない無診察治療が常態化していたとみられている。
病院の家宅捜索により、男性患者の署名入りの診断書が数十人分押収されており、大半の死因は「肺炎」と書かれていた。一方で、同じ男性患者の署名でも筆跡が異なるものがあり、別人が書いた可能性もあるとされる。
尚、事件後、県警はその男性患者に事情聴取を試みていたが、認知症の影響か意思疎通が困難で短時間で断念された。男性患者は2024年に死亡している。
近隣住民は「ちゃんとすぐ警察を呼べばよかったのにね。何か隠したいことがあったのか分からないけど」と語り、八戸地域の精神科医療に詳しい医師は「この病院が慢性期の患者の受け皿として機能していたのは事実。二人の逮捕で地域医療への影響が懸念され、患者や現場の負担がどうなるのか今後が気になる」と憂慮を示している。
他の認知症事件との違い
少し話は逸れるが、近年、高齢者施設などでは入所者が他の入所者に暴行をふるったり、医療機器を操作するなどして殺害する事件が耳にされるようになった。
2023年9月、北海道弟子屈(てしかが)の高齢者施設内で100歳代で寝たきりで生活していた女性が、同じ入居者の79歳の男Sから性的暴行を受け、その後死亡する事件が起きている。
7日午後9時半頃、施設職員が性的暴行の場面に出くわして発覚。女性はすぐに病院に運ばれたが、8日0時55分頃に死亡が確認された。病院から弟子屈署に通報があり、司法解剖の結果、内因性の死因と判明した。
9日、男Sに経緯を聴き、容疑を認めたため逮捕した。
釧路地検は29日、不起訴処分とした。
詳しい事情は報じられていないが、加害者男性も高齢な入所者であることから認知症などによる善悪の判断がつかない状態、意思疎通の困難などが推測される。

2021年12月、大阪府高石市の高齢者施設「スーパーコート高石羽衣」では、認知症のある入所者の男(95歳)が筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者(62歳)の個室に入り、装着していた人工呼吸器の電源ボタンを押して機器を停止させ、窒息死させる事件があった。
ALSは、視力や聴覚などの感覚、内臓機能に異常はないが、手足やのど・舌など呼吸器を含む筋力が弱り、運動神経が阻害される病気。原因は充分に解明されていないが進行を遅らせる薬や栄養管理、対症療法が必要となる。2019年11月に京都市でALS患者女性が医師に殺害を依頼した嘱託殺人(安楽死)事件でも知られた重病である。
12月21日午前7時10分頃、定期巡回中の介護職員がALS患者男性の異変に気付き、個室内には95歳の認知症の男がいたという。大阪府警は電源ボタンに残っていた微物が個室に侵入した男のDNA型と一致したことなどから、男が電源を切ったと判断。
男は認知症の進行により意思疎通が困難な状態で、殺人容疑で書類送検、不起訴とされた。施設では居室の施錠管理は入所者に任せていることからホーム側の責任は問えないと判断され、運営会社は再発防止に努めるとのコメントを出している。
高齢者介護福祉・医療の現場では、殺人に至らないまでも思考・判断力の減退した高齢者による傷害事件や他の利用者とのトラブルは日常茶飯事と言われる。みちのく病院で発生した殺人事件は、アルコール依存症患者によって引き起こされたものだが、訳も分からず襲った事件ではないと事実認定されている。
本件では、認知症疑いの男性患者が虚偽の死亡診断書の作成に加担させられ、犯罪の片棒を担がされていたのである。上で見たような認知症患者が自己制御できずに事件を引き起こすケースとは大きく異なり、医師らの積極的介入があった点に留意が必要だ。
RAB青森放送の取材で、病院関係者は「隠蔽は今に限らずずっと前からあった」と証言し、「口ごたえしたものや反抗したものや何かを物申した者に対して上からの圧力がすごくて、ぶっ殺すとかひどい言葉を何人も浴びせられているのも聞いていますし、自分もありました正直」とパワハラの実態を告発している。
法人理事長と院長の兄弟による独裁的な運営方針が「みとり医」による隠蔽を常態化させていったのか。両容疑者は、死亡診断を書いた男性患者は「勤務医だった」と主張し、隠蔽の事実はないとしている。
関係者は「過去に、今の先生じゃない先生もみとり医として勤めていた時期がありました」「その先生も年のせいで字も書けなくなっていて、自分の着替えとか排泄の面でも入院患者さんと同じような状態になったこともあります」「字が書けなくて二人羽織で書かせたことも正直見ていました」と、「みとり医」となった患者が過去にもいたことを伝えている。
事件を受けて、青森県の宮下知事は「医療全体の信頼を揺るがす重要な案件だ」と事態を重く捉え、保健所の立ち入り検査に県職員を派遣し病院の経営実態などを確認する方針を示した。結果次第では、業務の改善命令や停止措置も視野に捜査状況を見守りながら検討するとしている。
所感
殺人事件の隠蔽をきっかけとして、認知症患者を「操り人形」のように利用してきた悪徳医師の存在が浮き彫りとなった一連の騒動。患者の身体拘束、みとり医の常態化はほぼ事実とみられており、そうした患者軽視、悪質なやりくちはみちのく記念病院だけに留まらないのではないか、八戸や全国のグループ事業所でも類似した事件がいくつももみ消されてきたのではないかと不安を感じざるを得ない。

また、殺害された高橋さんにはご家族がおられたが、加害者男性に身内はいなかったのだろうかという点にも一抹の不安がよぎる。杏林会のHP「法人紹介」には、〈「お困りの方には分け隔てなく手を差し伸べること」を第一に〉とモットーを掲げられている。
東奥日報が報じた元病院関係者への取材によれば、「精神科がある市内の他の民間病院で拒否された患者を必ず受け入れており、地域医療への影響は計り知れない。周辺の精神科病院は、みちのくで受け入れてくれないと困ると考えているだろう」と指摘。「予約なしの初診でもすぐにかかることができたのはみちのくだけ」と言い、「南は岩手県北から北は野辺地辺りからも患者がどんどんくる」ため、野戦病院のような慌ただしさだったと話している。
現時点では情報が多くないため、拙速ではあるが、本件が第二の山本病院事件、〈みちのくの山本病院事件〉になることを筆者は一番に恐れている。
山本病院事件とは、2009年6月に発覚した奈良県大和郡山市「医療法人雄山会 山本病院」で行われていた多額の診療報酬を架空請求していた詐欺事件である。
病床数は80床規模の病院だが、近畿一円から生活保護受給者の患者を積極的に集め、報酬水増しのために患者たちに不要なカテーテル手術をくりかえし、架空請求の標的としていた。院長は不要な手術で患者を死亡させ、業務上過失致死などでも起訴された。
当時は生活保護受給者を狙った貧困ビジネスの存在が大きく取り沙汰され、NHKなどでも悪徳病院の実態や路上生活者らを集めて患者として送り込む人身売買ネットワークなどが調査報道された。
同時期に起きた西成女医不審死事件でも、女性医師が路上生活者支援をライフワークとしていたことから、そうした悪徳病院や貧困ビジネスの実態を告発しようとしていて口封じに殺害されたのではないかとする説が囁かれている。
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みちのく記念病院が積極的に受け入れてきた高齢者や精神病患者たちにも生活保護受給者は少なくないだろう。東日本各地に広がる大グループの陰には「資金源」に利用されている患者や施設利用者もいるのではないか。患者を人とも思わない悪徳医師に商売道具にされていたのではないかという懸念はどうしても悪い想像ばかりを引き寄せるが、今後の捜査の進展を見守っていきたい。
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「患者受け入れ どうなる」 みちのく記念病院(青森県八戸市)元院長ら逮捕 地域医療への影響懸念(Web東奥) - Yahoo!ニュース
青森:入院患者が相部屋の男に殺されたのに病院は通報せず、遺族には「肺炎」の診断書…犯人隠避容疑で立件へ : 読売新聞