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映画『哭悲/THE SADNESS』感想

台湾発エクストリーム級ホラー映画『哭悲/The Sadness』(2021)のあらすじ、監督・キャスト、感想など。

“ちょっと普通じゃない”脅威的なホラー映画なので、過度の暴力やスプラッター描写が苦手な方は見ないことをおすすめします。自発的にスナッフフィルムを漁っているタイプの方にはおすすめしたい作品であり、簡潔に言えば「大切な人には絶対見てほしくない」タイプの鬼畜映画です(褒め)。

klockworx-v.com

 

下は日本版予告。わずか15秒ですが本編の8割がバイオレンスとスプラッターで構成されているので、一見すると極力刺激を排除した「良心的な広告」のようにも思えますが、「へぇ、台湾ホラーか~」と初見の中華料理屋にでも入るような感覚でうっかり劇場を訪れると向う脛をへし折られたり、吐瀉ったりしかねない「危険なトラップ」にもなっています。

 

本作は第48回スイス・ロカルノ国際映画祭、第25回モントリオール・ファンタジア国際映画祭オースティン・ファンタスティックフェスト2021、第54回シッチェス・カタルーニャ国際映画祭など各国のジャンル映画祭を席巻。三池崇監督、寺田心主演『妖怪大戦争ガーディアンズ』とともに2021年のホラー映画界で極めて高い評価を獲得しました。

 

■あらすじ

物語の舞台は、一年以上にもわたって謎の感染症“アルヴィン”ウイルスへの対応に追われてきた台湾。不満を抱えた市民の間では「実はウイルスは存在しない」といった陰謀論まで囁かれ、当初の警戒感が解けてしまっていた。

主人公は台北で同棲中の若いカップル、写真家見習いのジュンジョーと会社勤めのカイティン。ジュンジョーがスマホで眺めるウイルスの動向に関するニュース動画では、研究者が「ウイルスの突然変異」を懸念し、国の防疫体制の遅れを批判している。親しい隣人は「体の具合はよくないが、病院で待たされるのはごめんだ」と院内感染を危惧しているかのように語っている。

 

いつものように朝ジュンジョーがカイティンをバイクで駅へと送る途中、血まみれの事件現場に遭遇する。このとき2人がそれと気付いていたかは分からないが、すでにウイルスの変異と感染爆発は始まっていたのである。

帰りがけにジュンジョーがなじみのファストフード店に立ち寄ってみると、錯乱した老婆が店主に襲い掛かり、目の前で人々が次々と豹変していく。バイクで逃げのびたジュンジョーだったが、部屋に帰ると隣人もすっかり変調をきたしており、植木ばさみでジュンジョーの指を切り落とす。町中で人々が暴徒化し、殺し合いを始めており、愛するカイティンの身にも危険が迫っていることを予感させた。

ウイルスは人の脳に作用して凶暴性を助長し、感染者たちは衝動を抑えられず思いつく限りの残虐な行為を行うようになり、ゾンビのごとくセルフコントロールが効かなくなりレイプを繰り返して増殖を続ける。暴力衝動から逃れられないことに対する罪悪感の表れなのか、嬉々として暴虐のかぎりを尽くす感染者たちの目には涙が溢れている。

 

電車で読書をしていたカイティンは隣席の中年ストーカーに声を掛けられ、不快感に思って席を外す。すると同じ車両にいた男が刃物で次々と乗客たちを刺し殺し始め、襲われた人々もすぐに別の人間に襲い掛かり、たちまち車内は阿鼻叫喚の殺戮が繰り返される。カイティンは目を負傷した女性を支えながら停車駅へと逃げのびるが、そのあとをウイルス感染したストーカー中年が延々と追いかけてくる。

 

狂気に蹂躙された世界で離ればなれとなり、生きて再会を果たそうとする男女。感染者の殺意から辛うじて逃れ、数少ない生き残りの人々と病院に立て籠もるカイティン。連絡を受け取ったジュンジョーは単身で彼女のいる病院を目指す。

 

■監督

監督、脚本はカナダ人のRob Jabbaz(ROB JABBAZrob jabbaz - YouTube)。

独学でアニメーションを学んだといい、初期の公開作品にはホラー要素はほとんど見られません。これまではサウンドクリエイションやアニメーション作品を中心にミュージックビデオなどを発表していました。

Rob Jabbaz - Yamaha Majesty from Rob Jabbaz on Vimeo.

 

Bei Hai / 北海‬ (animation Rob Jabbaz. music Howie Lee) from Rob Jabbaz on Vimeo.

 

ERA from Rob Jabbaz on Vimeo.

 

台湾へ移住後、2020年に発表されたショートSFフィルム『Clearwater』が高い評価を得ます。内容は、人知れない源流へと避暑に訪れた女性が、蚊を媒介として「得体のしれない何者か」と出会ってしまうホラームービー。

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台湾のMachi Xcelsior Studios(『月老 Yue Lao』『複身犯 Plurality』)が同作を高く評価し、初長編実写となる『哭悲』制作へとつながっていきます。

 

映画ドットコムの記事で、ジャバス監督はフェイバリット監督としてクローネンバーグ、日本人では『渇き。』などで知られる中島哲也、『TITANE』で高い評価を得たジュリア・デュクルノー、観客を混沌へと導くサフディ兄弟(『グッド・タイム』『アンカット・ダイヤモンド』)の名前を挙げています。

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通りで理性を逆撫でする訳だ・・・といったセンスを感じさせてくれます。

 

■キャスト、予告編

主演を務める雷嘉汭(Regina Lei)は2000年台湾出身の俳優。10代からCMやMV出演などで活躍し、2020年にオンライン小説を原作としたサスペンスホラーのオムニバスドラマ『76号恐怖書店』に小敏役として出演。22年11月にはLing Jing原作のサイキックホラー映画『Antikalpa』が待機しています。

恋人役の朱軒洋(Zhu Xuanyang)は1999年台湾出身の俳優で、同じくCMやMV、TVドラマなどで活躍する気鋭の若手俳優のひとり。高校バスケを舞台とした青春映画『The Second Harf』ではスター選手姜桐豪役を演じ、国内の映画新人賞、助演男優賞を獲得。22年公開を控えている柯震東監督『黒的教育(Black Education)』では主演を務めています。

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台湾版予告。本国での公開は2021年1月22日。

 

下↓は過激な暴力表現が含まれるレッドバンド予告。

 

 

 

■感想

ポストコロナ時代の「感染」をシンプルに「暴力スイッチ」に擬えたノンストップ・ウイルス・ホラーで受け入れやすい導入部でありながら、徹頭徹尾ヴァイオレンス描写極振りの姿勢を貫いたことに最大級の賛辞を送ります。

従来の「ゾンビ映画的」な脆さとして、感染者の知能や運動能力の低さ、そしてホラーマニア以外には意味が分からない数々の「お約束」などがあり、人によってはそれらの醸し出す極限下に似つかわしくない馬鹿馬鹿しさを愉しむ好事家もいるかと思います。ですが『ナイトオブザリビングデッド』誕生から早や半世紀、金字塔へのリスペクトやオマージュの数々、そうした法則性こそがゾンビホラーを「ジャンル化」させてしまう枷、負の側面につながっていることへ個人的には不満を抱いていました。

言うまでもなくゾンビには近代的「大衆」の隠喩が込められており、本作においても感染者たちは「意味もなく」衝動的に殺戮を繰り広げます。一方で、ロメロ的ゾンビに比べると「衆愚性」は薄れ、本作の感染者たちは感染前の記憶や知性が残存しており、暴力や強姦をしながら同時に号泣するという惨憺たる感情を表現しており、文字通り「哭悲」がタイトルとされています。モンスターでもクリーチャーでもなく、「善良な市民」という下敷きの上に「ウイルス」が作用しています。

現代映画における「大衆暴動」「衆愚」の代名詞はもはやゾンビのものではなく『JOKER』に見られるような先鋭化した下層市民、偏向したネット世論に突き動かされた盲目的な陰謀論者たち(Qアノンなど)に代表され、大衆そのものの意味とは解離しています。彼らはその信条を疑うことなく、彼らの頭の中では極めて「理性的に」反社会性を表明して暴力へと加担するのです。

不随意に、自身の記憶や感情とはアンビバレンスなかたちで暴徒化を余儀なくされる本作の感染者たちもまた一般市民ですが、性暴力を併記することでより原始人に近い、「動物的」な生命体として、理性ではどうにもならない感情のやり場のなさを描出することに成功しているといえるでしょう。

「ゾンビ化」は元の理性的人間へと還ることのできない不可逆性を以て、その暗い未来を暗示しており、本作でも俄かに踏襲されています。「涙」という記号的な「感情」は残しつつも、もはや自らの意志では抑制が効かない暴力性は、もはや人間が生まれながらにして背負う「原罪」のようにも感じられました。そうした意味では日常生活やSNS上で何気なく取った自分の行動や発言が、意図せずとも誰かしらを傷つけてしまう(自ずと暴力性を帯びてしまう)ことともどこか重なるような気がします。

延々と繰り返される、逃れることのできない暴力の連鎖の果てにみなさんは何を感じたでしょうか。