ナネット・クレンテルさん殺人事件について

死亡した主婦が自殺なのか、他殺なのかも定かではない、2017年にアメリカ・ルイジアナ州で発生した極めて不可解な未解決事件である。

事件からすでに4年余りが経過し、新たな情報も途絶えつつあるため、風化阻止の目的で記す。

 

下は被害者の姉ら遺族によって立ち上げられたFacebookページ。

https://www.facebook.com/justice4nan/?ref=page_internal

 

■概要

2017年7月14日、ルイジアナ州ラコンブのコヴィントン北・セントタマニー教区第12地区消防署長スティーブ・クレンテルさん方で母屋が全焼する火災が発生した。

焼け跡から元幼稚園教諭でスティーブさんの妻ナネット・クレンテルNanette Krentelさん(49)と愛犬ハーレーが焼死体となって発見された。しかしナネットさんは火災で死亡したものではなく、頭部には銃撃の跡が残されていた。

警察は、彼女自身が家屋に火を放ってから「自殺」したものと見立てを行ったが、遺族は捜査の不手際や見解に疑問を呈し「事件」であると訴えた。

 

町から離れた田舎にある100エイカーという広々とした土地に立つ3000平方フィートの平屋には9台の監視カメラが設置されていた。夫婦は「射的(ターゲット射撃)」の愛好家でライフルや拳銃など30丁もの銃器を保持し、ナネットさん自身も使い方を熟知していた。

生前彼女は「銃とカメラがあるんですもの、家にいる限り安全よ」と父親ダン・ワトソンさんにも話していたという。

 

■当日

金曜の朝、ナネットさんは普段通り夫スティーブさんに軽食としてピーナッツバターサンドをもたせて7時45分に送り出した。スティーブさんは朝のルーティンとして独り身の母親に電話を掛け、8時過ぎに母の安否をナネットさんにも伝えていた。

そのあと彼女はノースショア大通り近くのマクドナルドで自身の朝食をドライブスルーで購入し(画像は不鮮明であったが、約7ドル相当のカード履歴あり)、9時11分に帰宅。ナネットさんが運転するメルセデスSUVには愛犬のチワワも同乗しており、近隣の監視カメラ映像により確認されている。

10時3分、地元のKマートの薬局へ電話し、常用していた処方薬を補充する注文を行っている。

13時30分頃、彼女は携帯電話から発信したことが判明しており、これを最後に外部の人との接触があった形跡はない。

しかし電話先の相手は、ナネットさんもスティーブさんも知らないと言い、警察の調べでは“間違い電話だった”と家族に説明された。

14時30分頃、近所の少年が火災を発見し、隣人が911(消防局)で通報。

各署から消防隊が集められたが母屋はすでに全焼状態。16時頃に消火活動が落ち着き、現場の調査確認が要請された。

消火活動にも加わっていた夫スティーブさんは、18時37分にアイオワに住むナネットさんの父ダン・ワトソンさんに火災と娘の死を伝えた。

現場から遺体の搬出が行われたのは21時過ぎだった。

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■消防・警察への疑惑

事件当初、セントタマニー教区保安官事務所は死因について一週間明らかにしなかった。

火災についてブッチ・ブラウニング消防本部長は、出火元の特定や原因調査のために時間が必要だとし「現場の状況から見て数日はかかるでしょう」との見解を示した。

 

翌日の検死によって遺体の右こみかみ上に銃創が確認されていたが、捜査当局はその事実をすぐに家族に伝えることをしなかった。

邸内は全焼状態で瓦礫と灰に埋もれて有力な物的な証拠は得られず、警察は「自殺」との線で捜査を進めていた。

その後、正式発表は行われなかったものの捜査筋に近い情報によると、遺体のあった主寝室が先に燃え広がり、監視カメラの映像を記録するデジタルレコーダーに発火促進剤(灯油など延焼の触媒となるもの)が使用され、発火地点が少なくとも2つあることが伝えられた。

 

火災から5日後、捜査当局は現場の瓦礫の中から、ナネットさんが日頃から護身用に身につけていた40口径スプリングフィールド拳銃を発見した。後に凶器の断定こそ避けたものの、「被害者に使用された武器の可能性を否定できない」と説明している。

これについてナネットさんの姉でアイオワ州検事キム・ワトソンさんは、スティーブさんもサイズの異なるバージョンを所持していたと述べている。

 

7月21日、独立系メディアLouisianaVoiceがオンライン記事を通じて遺体に銃創があったことを明らかにし、現場捜査には認定資格を持った火災調査員が派遣されていなかったことを報じた。

LOSFM botches two fire investigations, with one involving suspicious death, aother producing bogus criminal charges | Louisiana Voice

遺体の銃創について非公式情報から知ることになったナネットさんの家族は捜査当局への不信感を顕わにし、郡保安官ランディ・スミスは同日ニュースリリースを発表して、遺族らへの情報公開の遅れについて陳謝した。この日まで現場保管の境界は設けられていなかった。

夫スティーブさんは現場保存や捜査体制に対する疑念から、放火専門の捜査官を外部から雇い入れた。専門捜査が開始されると埋もれていたショットガンや2匹の猫の死骸が新たに発見されるなど、火災直後の捜査体制の甘さ、現場管理の杜撰さが示される格好となった。

 

警察の捜査がナネットさんを「自殺」とする向きへと傾いたことから、遺族は弁護士を雇って捜査の再検証を求めた。

法医解剖で12000件の実績を持つトーマス・ベネット博士は、遺体の肺に火災による炎傷や煤が認められなかったことや血液反応から「自殺ではなく他殺だ」と断言する。博士は過去に飛行機墜落事故など焼死した遺体を数多く見てきている。

 

その後、「自殺」ではなく「殺人事件」として捜査する方針で固まったものの事件は未解決のままである。「事故」「自殺」でないとすればはたしてだれがナネットさんをなきものにしたのか。

 

 

■夫への疑惑

事件から2か月後の9月、夫スティーブが重要参考人として取調べを受けている。スティーブに消防署の女性部下との不倫関係があったことから結婚生活に問題を抱えていたと見て当局は疑いを強めていた。しかし自らポリグラフテストを要求し、潔白を証明し、当局は2017年中に「現時点で容疑者から除外された」と発表している。

 

2018年5月、消防局の内部調査によりスティーブさんが2人の職員と不適切な性的関係があったこと、設備の一部を誤って処分したこと(盗難や流用には当たらないと判断された)が判明し、600ドルの払い戻し命令と60日間の無給処分を受け、降格処分とされている。

合わせて20件の調査申し立てがあり、多くは彼の脅迫的な行動(おそらくパワハラ)に関するものであったが、ほとんどは報復的告発として調査を退けられている。

www.nola.com

本人は不倫の過去(10年前と2年前)を認めた上で、結婚生活においてそうした問題を乗り越えてきたと説明。またスティーブさんは火災同時刻には勤務中で同僚や勤務先のカメラなど確固たるアリバイが存在した。一方で、ナネットさんの家族は、ナネットさんが離婚を考えていたとも述べている。

 

ナネットさんの姉ウェンディさんは捜査当局に対し、「妹の追悼の夜、スティーブは私の兄弟に電話で“捜査当局の考えは『自殺』に傾いている”と言いました。私はそんなわけないじゃないの、妹が自殺なんて絶対にできるはずがない、我が子を賭けてもいい、と言った。なのに、あなた方警察は、女性でも自分自身を撃つことができる、ペットだって撃てるだろう、と言う。それで私はあなた方を信頼できないのです」と語った。

 

たとえばアリバイがあったとて第三者に殺害を委託すれば可能だとする向きもある。しかし彼自身が事故ではなく「事件」として外部調査、真相究明を率先して進めてきたことから見ても依頼者、犯人とは考えづらい。

2018年9月、スティーブさんは消防署行政長官を辞職。第三者による圧力ではなく、かねてから50歳での早期退職を考えており自発的な辞職だと説明した。

 

 

■不審な男

捜査機関によれば、事件の半月前の6月末、ナネットさんは父親に電子メールを送って不安を訴えていた。メールには見知らぬ不審人物の画像が添付され、「郵便物を取りに家を出たら、この男がこっちに近づいてきたの。不気味に見えたわ!」と書かれ、彼女が何者かに尾行されていた可能性を示した。

敷地内でナイフと煙草の吸殻を見つけたと言い、誰かが敷地内に入ってきたと訴えていた。不審人物は特定されていないが、もし脅迫のためにナイフや吸殻を残していったと考えると、夫スティーブさんの職業柄を考えると家族とは無関係な放火犯が一方的に逆恨みしていたのではないかとも考えられた。 

 

■危険な義弟

ナネットさんは長年、義弟に当たるブライアン・クレンテルさんに懸念を示していた。ブライアンさんは飲酒運転や警察官への暴行など大小合わせて36件逮捕歴があり少なくとも15件の有罪判決を受けた荒くれものの常習犯だった。

ナネットさんの友人ロリ・ランドさんはFacebook上で「逮捕の晩にブライアンはスティーブに“出所したらお前らを殺して自殺する”と言っていた」とナネットさんが怯えていたと記している。詳細は不明だが、ナネットさんがブライアンさんの問題に首を突っ込んだことが原因で恨みを買ったとされている。

さらに遡ること6年前の2011年3月には、1年の服役が明ける間際だったことからブライアンさんに「家を出たら火を点けて殺してやるなんて言われたらとても恐ろしいわ」と父親にメールで相談していた。

それを心配する父親に対し、防犯モニターを設置したことを伝え、施錠や銃、唐辛子スプレーもある、と気丈に返信していた。そして「家にいる限り安全」という彼女のセキュリティー意識につながるのである。

しかし彼にもまたアリバイが存在した。出所後は母親に軟禁されており、事件当日にも監視カメラで所在が確認されており、彼もポリグラフテストを志願して合格した。

 

■義理の息子 

また友人ロリ・ランドさんによれば、ナネットさんはスティーブさんの前妻との息子ジャスティンさんにも恐怖を感じていたと明かしている。

ジャスティンは昔も今も反抗期のこども。責任ある大人の行動がとれるとは限りません」とロリさんは言う。

しかしジャスティンさんについても事件当時は州外で生活しており、ナネットさんを脅迫したような証拠もない。

 

people.com

上の記事で夫スティーブさんは、朝食を買いに出掛けていたのは往復30分程度、犯人はその間に家に近づいて待ち伏せていたのではないかと推理している。また邸内には警報システムも設置されていたが、日中の在宅時には起動させていなかっただろうとも語っている。

 

 

アメリカでは郡の住民によって選出されるsheriff郡保安官が裁判所の令状執行権と警察権を握っている。スミス保安官の失敗を受け、2019年の保安官選挙でティム・レンツ候補は30日以内の事件解決を公約に掲げて大きな注目を集めた。スミス氏はそうした未解決事件や被害者を利用した候補者に対して遺憾の意を表明している。

また事件の情報を漏洩した罪で担当刑事が懲戒免職されるなども起きており、現在は厳しい統制のもと事件の進捗はしばらく聞かれていない。現在もスミス氏が再任されているが、次期選挙でも本事件は俎上に上げられると思われる。被害者やその都度意見を求められることになる遺族の身になって考えれば愚劣で嘆かわしいことである。

 

 

■所感

火災当初の捜査の杜撰さ、「自殺」説に傾いたことなどについて、捜査当局は消防局との関係性から夫スティーブさんを擁護しているのではないかとする陰謀説まで挙がった。もはや何を信じ、何を疑えばよいのか分からないほどに繊細な、疑惑だらけの事件である。ここでは他殺だったとした上で、個人的な私説を述べて終わりにしたい。

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放火犯による逆恨みという説は理屈に沿った推理のように思えるが、単なる放火犯が専業主婦に逆恨みして銃殺までするだろうか。通常の放火であれば人目につかない場所、監視カメラの死角を狙って行う「陰湿な」性質であって、監視カメラの存在を知ったうえでレコーダーを燃やしてまで、という大胆不敵な犯行にはかなり飛躍があるように思われる。

日本のデータだが、犯罪のタイプは大きく3つに大別される。ひとつは強姦や恐喝、暴行や強盗といった対人的な「暴力犯罪」、ふたつめは侵入窃盗、放火、器物損壊など「対物犯罪」、みっつめが毒物、偽造、道交法違反など「その他の犯罪」である。たとえば義弟ブライアンさんのようにいずれのタイプも横断的に行っている犯罪経歴の持ち主も多くいるが、連続放火犯に限って見れば87%が対物犯罪の経歴を持ち、暴力犯罪やその他犯罪歴は3割しか持たない。つまり放火犯のほとんどは対物犯罪に向かう傾向が認められるのである。

 

状況について考えてみると、ナネットさんは郵便物を取りに出る際にも携帯電話を手にしていたなど日頃からかなり警戒心が強かった。画像に写り込んだハーフパンツ姿の“不審者”など、筆者にはどう見ても散歩する老人にしか見えない。字面だけ追っていると、主婦は何か被害妄想にとりつかれているのではないか、神経症の昂ぶりによって自殺に及んだのではないかとすら思えてくるが、周囲からそうした声も聞かれないので詮索は止そう。

夫スティーブさんは消防署勤め、ナネットさん自身も射撃経験者となれば、一般的な主婦よりも運動能力や防御力はそれなりに高かったと考えられ、犯人も相当に腕力に自信があったと見てよいのではないか。また遺体状況に刺し傷や骨折などが認められていないとなると、スタンガンのようなもので脅されたか、はじめから銃を突きつけられて何も抵抗できなかったのかもしれない。

こめかみを撃ち抜いていることから逆算すると、主婦は一時的に拘束されていたと推測するのが妥当である。身動きが取れない状態にして金品の所在やカメラのレコーダーについて聞き出していたかもしれない。

広い邸宅で様々なセキュリティを備えていたことは侵入者の目にも明らかであったろうことから、はじめからカメラ対策や放火による証拠隠滅も念頭に置いて近づいたと考えられる。単独の強盗となればリスクの低い侵入を好むと考えられ、筆者としては、あえてリスクの高い物件に目を付けていることから犯人は男性の複数犯で強盗に押し入ったものと考えている。

DNA鑑定の徹底によって、もしかするとこうした痕跡もろとも消去しようとする犯罪は世界的に増える恐れがある。筆者の想定するような複数犯の強盗であれば、他所の地域、全く別のメンバーで再犯に及ぶ可能性もあり、こうした犯罪を跋扈させないためにも今後地道な捜査を実らせてもらいたい。

 

被害に遭われたナネットさんのご冥福とご家族の心の安寧をお祈りします。

 

 

 

■参考

www.stpso.com

www.wwltv.com

www.nola.com

・男性連続放火犯の特徴(2006,科学警察研究所

https://www.jstage.jst.go.jp/article/pacjpa/70/0/70_1EV067/_pdf/-char/ja