漂着する足のミステリー【セイリッシュ海】

2007年8月20日、カナダ・ブリティッシュコロンビア州にあるジェデディア島へ訪れていたアメリカ・ワシントン州の少女が海岸を散歩中に大きな靴を見つけた。

白と青のランニングシューズでサイズは12(30cm)、中には靴下と腐敗した人足の残骸が入っていた。

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その後、2019年までの12年間に、カナダ・ブリティッシュコロンビア州からアメリカ・ワシントン州の国境をまたぐ“セイリッシュ海”の島や沿岸部で、合わせて21体にも及ぶ人の足片が発見された。多くは運動靴やブーツを履いた状態で、適合する胴体部分などは見つかっていない。

下の地図の黄色いマークがおおよその発見場所を指す。

北部に付した赤いマークは、2005年にクアドラ島近海で起きた飛行機墜落事故を指す。男性4人の遺体が発見されなかったことから、足の漂着当初は彼らのものではないか、と考えられていた。

 

■21の足

2007年8月、ジェデディア島

2005年製キャンバスブランド、サイズ12。主にインドで販売されていたもの(当初アディダス製との報もあったが誤り)。

翌年7月、ブリティッシュコロンビア在住の行方不明男性のものと判明。男性は当時うつ症状にあったことも確認された。 

同年8月、ガブリオラ島

リーボックのランニングシューズ、サイズ12。男性の右足、身元不明。

2008年2月、ヴァルデス島東部

ナイキ、スニーカー、サイズ10。男性の右足。2003年にカナダ・アメリカで販売されたもの。

同年5月、カークランド島(フレーザー川

ニューバランスのスニーカー、サイズ7。女性の右足。1999年6月に販売のモデル。

2011年、パタロ橋から身投げした女性(2004年)であることが判明した。

2008年7月、ウェストハム

左足。DNA鑑定で③と同一男性のものと確認(身元不明)。

同年8月、ワシントン州ピシュト近郊

海藻に覆われた状態で発見される。黒のローカットハイキングシューズ、サイズ11。男性の右足。

2008年11月、リッチモンドフレーザー川

左足。DNA鑑定で④と同一女性のものと適合。

2009年10月、リッチモンド

ナイキの白いランニングシューズ、サイズ8・1/2、右足。

2008年に行方不明となった男性のものと確認。

2010年8月、ワシントン州ウィドビー島

観光客が発見。右足、靴、靴下なし。DNAデータベースに適合なし。女性か子供のもの。

2010年12月、ワシントン州タコマ

オザークトレイルのハイキングブーツ、右足、サイズ6。2005年にウォルマートで販売。少年か小柄な成人男性のものと推測。

2011年8月、バンクーバー(フォールス川)

白青のランニングシューズ、サイズ9。

下肢の骨が付随した状態でクリークに浮かんでいた。

2011年11月、ササマット湖

ハイキングブーツ、サイズ12、男性の右足。

翌年、1987年に行方不明となっていた地元男性と判明。

2011年12月、ユニオン湖

シップ・カナル橋の下で発見された黒いビニール袋の中に足片と足骨が見つかる。発見者3人はホームレスへの支援ボランティア活動中だった。身元不明。

2012年1月、バンクーバー

 白のニューバランス。清掃ボランティアが発見。

2014年5月、ワシントン州シアトル

ニューバランスM622白、左足、サイズ10.5。2008年4月発売の型。

2016年2月、バンクーバー(ボタニカルビーチ)

ニューバランス、黒青、左足の骨。25年前にボートで転覆して行方不明の男性か。

同年2月、バンクーバー(ボタニカルビーチ)

⑯と同人物の右足。

2017年12月、バンクーバー(ジョーダン川)

6歳のロットワイズ犬が海藻の中から発見。脛骨と腓骨が接合したままの状態で、白のショートソックスと黒のランニングシューズを履いていた。

2016年秋に死亡したワシントン州の男性のものと判明。

2018年5月、ガブリオラ島

散歩中の男性が、中味が詰まったハイキングブーツを発見。

2018年9月、ウエスバンクーバー

ナイキFree RN、サイズ9.5の左足。青い靴下。2017年2月~4月17日に製造されたもの。骨の構造から50歳未満の男性のものと鑑定された。

2019年1月、ジェティ—島

 黒のティンバーランド製ブーツ。3月、2016年末から行方不明だったアントニオ・ニール(当時22歳)と判明した。彼は仮釈放中の身で、友人宅に滞在する予定を話していた。母親は事件性があると考えている。

模倣犯も多く出た。2008年6月にキャンベルリバー近くで発見されたスニーカーには、靴下に骨を入れ、海藻を一緒に詰めたものが発見されたが、動物の骨を用いた愉快犯の仕業だった。同年9月にはイースバンクーバーのビーチにプラスチック製の足型が置かれていた。2012年9月、クローバーポイントのビーチで子供用の靴が5点見つかり、うち3点には人間のものではない肉と骨が詰め込まれていた。

 

 下はブリティッシュコロンビア検死局による見取り図(ワシントン州の案件は含まれていない)。赤丸が身元不明、青丸が身元特定済。

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The B.C.Coroners Service

■漂流するミステリー

飛行機の墜落事故のほか、船からの落下事故、スケールの大きなものになると2004年のインドネシア・スマトラ島沖地震津波や海流に乗って流されてきた、といった推測もなされた。

あるいは「足首を好まない」連続殺人犯(シリアルキラー)や人身売買業者によって解体されて海に投棄されたといった犯罪説、エイリアンによって胴体部分を消されたとするエキセントリックな意見もあった。

 

ブリティッシュコロンビア州では、冬場に沿岸洪水を引き起こす「キングタイド」と呼ばれる異常な高潮現象が発生することがある。強い潮流と靴の浮力によって、北はアラスカ、南はオレゴンまで遠方から運ばれてくる可能性はないとは言い切れない。捜査は広範な視野を要した。

 

2017年、ブリティッシュコロンビア大学の法医病理学者マシュー・オルデ博士は、冠状動脈の調査により発見された足について人為的な解体の可能性を否定した。調査当局では、水難事故または入水自殺で亡くなった人のものであり、通常の分解過程(腐敗)により足首から下が外れたものと判断された。

オルデ博士も、現代のランニングシューズの構造が保護力と浮力に優れているために形状を保ったまま(散壊せずに)漂着したとの推察を示した。

 

セイリッシュ海はシアトルやバンクーバーといった大都市に面し、山海の入り組んだ北米屈指のレジャースポットとして親しまれ、またカナダ・アメリカ両国の港湾都市をつなぐ広大な内陸水路でもある。

バンクーバーの湾岸エリアでカフェを営むオーナーは、インタビューに対して「最初は奇妙な出来事に見えましたが、今では何度も起こっています」とコメントした。足の発見は続いているものの事件性がないことが解明されたことで、地元民としての当初の不安は概ね解消されているようだ。

 

■くりかえされる漂流

2020年11月、オーストラリア・シドニーのメリッサ・キャディックが投資家から集めた資金・約2500万豪ドル(およそ20億円超)を私的流用した投資詐欺の嫌疑で捜査令状が出された。彼女は逃走し、同月12日にシドニー郊外のドーバーハイツでの目撃を最後に消息を絶った。

www.theguardian.com

3か月以上が経った2021年2月21日、シドニーから350キロメートル以上南のタスラ・トゥーラビーチで彼女が履いていたアシックス製のランニングシューズが漂着し、中には右足が詰まったままだった。

ニューサウスウェールズの元法医病理学者でシドニー大学に在籍するJoDuflou教授は、「足そのものは浮かない」と述べつつ、ランニングシューズが保護の役割を担った可能性を示唆。通例であれば近場で発見されるとして、(最後に目撃されていた)ドーバーハイツ近海での捜索が行われたが、他の部位は見つからなかった。

教授は、長距離の移動に驚きを示しつつ、サメが彼女の体を損壊しながら牽引した可能性も指摘。“highly likely(極めて高い確率で)”キャディックはすでに亡くなったものと考えられるが、「発見された足だけで彼女が亡くなっていると断定することはできない」と語った。

3月7日、ニューサウスウェールズ州警察長官ミック・フュラーは「彼女が足を切り落とし、存命である可能性は常にあるものの、それはかなり空想的」との見方を示し、キャディックの発見と資金の回収を続けることを言明した。


■所感

現にセイリッシュ海を臨んだことはないが、瀬戸内海の島々や伊勢志摩、東北であれば松島のような入り組んだ海岸がなんとなく想起される。12年間で10数体の遺体を発見、というのならまだしも、地図で21箇所にマークを付ける作業は生理的に苦しかった。

「どうしてこの海域にだけ?」と怪奇に思いを馳せつつ、一方で3・11東日本大震災津波被害を聞き知る身としては「まぁ、それどころじゃなかったけど・・・」と身につまされる。

豪州のメリッサ・キャディック事件を付したように、「漂着する足」事案はなかなか表面化しづらいだけで、海洋プラスティック問題のごとく世界全土で同時に発生していると考えられる。

漂着する足は遠い異国のミステリーのようではあるが、不意に海辺に出掛けたくなる思いに駆られる。