日本と/クルド人と 『TOKYO KURDS』感想

クルド人は「国家をもたない世界最大規模の民族集団のひとつ」とされ、トルコ、イラン、イラク、シリアにまたがる高原地帯クルディスタン地方におよそ2500万人以上が居住しており、迫害を逃れて散逸民となった者を合わせると3000万~4500万人と見積もられている。

その起源は解明されていない点も多いが、紀元前3000年代シュメールの粘土板に書かれたKardaの地に住んでいたCarduchoi、紀元前2000年代メソポタミアの北の山に定住しメソポタミアを征服していたQarti(Qartas)、紀元前8世紀頃にイラン西部・北部を支配したMedesを起源とする説などがあり、古代においては定住民族グループを指したのではなくイラン北西部の遊牧民を意味したと考えられている。10世紀以降、クルド人による王朝が各地で成立し、12世紀アイユーブ朝、16世紀サファヴィー朝オスマン帝国へと連なる。第一次世界大戦によってオスマン帝国が敗れてフランス、イギリス、ロシアによって西アジアが分割され(サイクス・ピコ協定)、クルド人はそれぞれの居住国で人口の10~20%程度の少数民族と位置付けられ、国土を奪われただけでなく言語・教育・文化面の同化政策によって厳しく抑圧された。20世紀から現在に至るまで各地で自治独立を求めて様々な政治運動や内戦が行われたが、弾圧・迫害の歴史が繰り返されてきた。

 

日本国内では埼玉県蕨市川口市を中心におよそ2000人のクルド人が暮らしている(通称・ワラビスタン)とされ、その多くが1990年代にトルコ政府の迫害を逃れてたどり着いた者たちだ。難民認定が下りなければ毎月、入国管理局に出頭し「仮放免許可」を受けなければ滞在できないが、それだけでは就労の許可は得られない。健康保険もなければ生活保護を受ける資格もないが、生きるためには働かなければ食べていかれない。不法就労にありつくしか彼らに選択肢はなく、もちろん好待遇や恵まれた環境など望めない。

私たちが望んでいるのは、あたりまえに働ける環境です。仮放免の状態にある外国人は働くことが許されていません。働くどころか移動にも制限がかけられています。子どもたちはこの先この国にいられるかどうかわからないので、将来の夢が持てません。まるで社会に存在しないかのように扱われています。しかし私たちはこの日本で生きています。

(日本クルド文化協会Facebook 2020年11月2日投稿より一部引用)

2020年のコロナ禍で数多くの失業者が出るなど日本人以上に彼らの境遇は深刻さを増しており、生存権を危ぶむ声が上がっている。

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クルド人はトルコじゃテロリスト扱い。まあ、日本でも扱いは変わらないかも」。6歳で来日したトルコ系クルド人の青年オザン(当時18歳)のひと夏を追った日向史有氏によるドキュメンタリー・ムービー『TOKYO KURDS/東京クルド』(2017)がYouTube上で限定公開されている。オザンは15歳から家屋やビル建物の解体業に就いている(仮放免の児童にも義務教育は認められている)。別の現場で解体作業員として働く父親とは関係が悪く、トルコでどんな目に遭ったのか詳しいことは聞いていない。オザンはトルコ、クルド、日本以外の場所を知らないが、どこもにいても居心地の悪さを感じながら生きてきた。年長の従兄弟は入管で1年半ほど収監されたことがあり、冗談めかして「19歳か20歳になったらお前も捕まるよ」とオザンに脅しをかける。各地の収容施設では、令和元年以降、仮放免許可を求めて235件を超える拒食事案が発生した(出入国在留管理局、第7回「収容・送還に関する専門部会」参考資料・資料4)。その一方で、一部収容施設ではコロナ禍による施設内の「3密」回避を理由に仮放免許可の濫発が相次ぎ、住居も職の当てもなく放り出された格好になった元収容者たちは路頭に迷っているとも報じられる(西日本新聞、2020年11月28日『「野垂れ死にしろと」路頭に迷う「仮放免」外国人 コロナ対策背景』)。緊急事態とはいえ、仮放免許可が恣意的に利用されている現実が浮き彫りになった。

「難民」と認められず、「在留資格(技能者・専門職に与えられるいわゆる“就労ビザ”)」がないオザンの場合、「仮放免」を受けなければ「不法残留者」扱いになってしまう。オザン家のように本国での迫害を逃れて入国したクルド人たちも、日本では「トルコ国籍保持者」と解されるため、国内のクルド人の全容を把握することは難しいとされている。日本はトルコ政府との良好な関係を維持するため、西欧諸国のように「クルド民族」に対しての政治難民認定を出すことに難色を示していると考えられている。出入国在留管理庁の統計によれば、令和元年度の難民認定申請者数は10375人、在留が認められた外国人は81人。厳格な審査によって難民認定は極めて“狭き門”と言わざるを得ない現実があるものの、難民条約加盟国の看板を掲げる以上、難民たちは蜘蛛の糸を辿る思いでやってくる。法的に正規住民から除外された存在とされる彼らに対して、厳密には地方自治体も公共サービスを提供することはできない。1990年代から在日クルド人ら外国人住民が増加した埼玉県川口市などではこうした「いるのにいない」状態が恒常化しており、住居問題、進学・就労や手続き支援、地域交流などを地域ボランティアやNGOと連携して対応してきた。しかし膨張する移民人口に対していつまでもどこまでも“受け皿”として許容を求めるには無理がある。そして「いるのにいない」とみなされる生活を強いることでクルド人としての尊厳を傷つけている、日本におけるこうした状況そのものが“迫害”と何が違うというのか。

国際イベントや観光立国の旗振りでインバウンド需要を開拓することも重要な施策だが、かたや難民認定や技能研修生など旗を振ったはよいものの課題が山積したままの外国人制度の見直しが必要と考える。作中、18歳のオザンは光の見えない毎日に「もう3年も働いてる。俺はずっとこのまま?」と自身の境遇を呪うように自問する。「ずっとこのまま」であればまだよい方で、父親や自分がケガを負って働けなくなったり、従兄弟のように不法就労で収監される可能性とも隣り合わせだ。彼にとってこの国が居心地の良い場所になる日は訪れるのであろうか。それともスマホ越しに尊敬や憧れに近い感情を抱いた故郷の戦士たちの後を追うのであろうか。何が正しい選択肢で、どうなることが幸せなのか、私は混乱してしまう。

 

 

 ■参考

ニューズウィーク日本版 アレックス・ハドソン『溺死した男児の写真から5年 欧州で忘れられた難民問題』2020年10月2日

日経ビジネス電子版 宗像誠之『なぜ埼玉県南部にクルド人が集まるのか?』2016年4月21日

東京新聞、2019年6月3日『ひと物語:故郷追われた民族支援 クルドを知る会代表・松沢秀延さん』

日本貿易振興機構アジア経済研究所 藤林 大貴  『コラム:拡大する在日クルド人コミュニティと地方行政の現実』2017