創作 Not found

「あのねぇ、軍手とね、あと殺虫スプレーの場所を教えてほしいんだけど」

と常連の老婆。

 

 

「はい、ご案内しますね」

私は酒井さんとレジ担当を交代してもらい、小慣れた素振りで老婆を所望の品物までエスコートする。

 

 

 

「ああ、ここにあったの。いっくら探しても見つけられなくって。うちの人がね、急に庭仕事するんだなんて言い出して、なのに軍手がないって大騒ぎで。ありがとうね」

困ったような笑顔で礼を言う老婆。

 

 

 

ネギ、ワカメ、納豆、ごま、みりん、牛乳、6枚切りの食パン、おかき、軍手、殺虫スプレー。

 

 

 

 晴れの日に来店し、店内を小一時間ほど徘徊し、毎回同じものをカゴに入れ、いつだって軍手と殺虫スプレーの置いてある場所が見つけられず、困った顔で必ず私の許を訪ねてくる。

私がパートを休むと、他の店員が「何かお探しですか」と尋ねるまでずっと私を探し続けているそうだ。

 

 

 

ストアで長くパート勤めをしていると、こうした客は少なくはない。

有体に言えば痴呆の類なのだろう。ある日を境に「今日の買い物」がアップデートされなくなっているのだ。

 

おぼつかない足取りで店内を行ったり来たり迷ったり考え込んだりしながら、結局カゴにはいつもと同じ品々が入っている。かつての意識を失っていても慣れ親しんだ日々の買い物が脳や体にしみついてしまったゾンビの映画を思い出して悲しい気持ちになる。

 

多分すでに旦那さんも亡くなられているのだろう。もしかすると家は賞味期限切れの同じ品物で溢れかえっているかもしれない。

気の毒に思うが、我々の仕事は医療や介護ではないし、客がほしいものを売るだけの間柄で救済する手立てはないのだ。

 

そうした客の存在に気付き、いつしかそれが当たり前になって、半年か一年が経ち、気付かぬうちにもう訪れなくなっている。かと思えばまた別の人が同じような習慣で。そうやって繰り返される毎日が、だんだんと積み重なって、あの常連さんも、この老人も、いつしかそうなってしまうのかもな、という思いで見るようになっていく。もしも私がアップデートできなくなったとき、助けてくれる店員さんがいてくれるといいな。