創作 大ちゃんは仕方ない

ひとことでいえば、大ちゃんは少し“変わった子”でした。



授業中、ノートを書くことはおろか先生の話も聞かず、他の子にちょっかいを出したり、出歩いたり。
3年生だというのに自分の思い通りにならないと急に泣き出したりして、いつも授業や遊びをストップさせてしまう。


ドッジボールをやるときも、先生は「大ちゃんを当ててはいけません」と言う。でも大ちゃんが投げる時は、ルールを無視して線を越えてめちゃくちゃ近くに来て当ててくる。
先生はそれを見ても何も言わない。ラインを越えたらいけないルールなのに。


ごっこのときも、「大ちゃんにタッチしてはいけませんよ」と先生は言う。かといって、大ちゃんを無視して他の子ばかりを追いかけていると、先生はすぐに気づいて「仲間外れはいけません」と言うから、ぼくらは気を利かせて追いかける“フリ”をしないといけない。


ドッジボールでボールに一度も触れなくて泣いたときも、鬼ごっこでだれもつかまえられなくて泣いたときも、あとから大ちゃんのお母さんが学校に駆けつけて「運動が苦手なのは先生もご存じでしょう?」と怒鳴り込んできて「みんな仲良くするのがお友達でしょ?」と私たちにお説教をしにきた。
大ちゃんも、大ちゃんのお母さんも変わっている。
いつの間にか先生たちも「大ちゃんは仕方ない」で済ましてしまうようになった。
ぼくらは、大ちゃんばかりズルいなぁ、と思いながらも、“大ちゃんルール”を受け入れながらどうにかやり過ごしていた。



ある日の朝のこと、矢田さんが教室で泣いていた。
矢田さんは、クラスの畑の水撒き当番をするためにみんなより早めに登校していた。しかし今朝来てみると畑がぐちゃぐちゃに荒らされていて、もう元通りにはならないらしい。
矢田さんは自分が当番でない日もみんなの水撒きを手伝ってくれたし、朝の会で成長の様子などを報告してくれていた。
ナスやトマトがようやく実を付けてきて、もうすぐ収穫だね、美味しいといいねってあんなに喜んでいたのに。



次の日、休み時間に大ちゃんが教室にあるグッピーの水槽に手を突っ込んで喚いていた。

「きゃはははは!さかなつり!たのしいよ!」

周りのみんなはやめろやめろと大ちゃんを引き離そうとする。
興奮しきっている大ちゃんは暴れて言う事を聞かない。
大漁大漁〜とグッピーを手づかみで捕まえて、きゃっきゃきゃっきゃと狂った猿のように喜んでいる。
大ちゃんは力の加減がまるでできないから、グッピーたちは水槽の壁に追い詰められて潰されるか、手の中で潰されるかして内臓が飛び出してしまっている。
喜ぶ大ちゃんに背を向けて、女子たちは泣き出してしまった。
先生は様子を知ると、大ちゃんを落ち着かせるために、別の部屋へ連れて行った。



大ちゃんにはよっぽど楽しかったのだろう、それから何度か似たような騒ぎを起こした。他のクラスで飼育している生き物にも手を出すようになったのだ。
ザリガニの身体を引きちぎって投げたり、亀を2階から地面に叩きつけたり、学校の観察池の鯉を棒で叩いたりたりとかするようになった。
上級生たちは、次はウサギかニワトリか、と悪い噂を立てるようになった。
大ちゃんのことは学校中で知られるようになっていた。

問題が大きくならないうちに、と学校も大ちゃんのおうちの人と相談したらしい。
「大ちゃんは動物や生き物が大好きで、本人はきっと可愛がっているつもりなんでしょうね」
本当に生き物が好きなら、笑いながら殺したりするはずがないのに。




「だめーーーー!!!!」

同時にガッターンと机が倒れたような大きな音が響いた。
「また大ちゃんだ!」だれかが大きな声で知らせた。
5年生の教室からだ。
教室で5年生の女の子が泣いていた。
大ちゃんが倒れたままの姿勢で呆然としている。
どうやらその女の子に突き飛ばされたかなにかしたらしく、周りの机といすがひっくり返っている。
先生が来て、女の子を強く叱った。
「なぜ暴力を振るったりしたの?年下の子に」
「ダメって言いました。なのに、ハムスターを、容器から出して、逃げてるハムスターを、踏んづけようとして…」
教室の隅に逆さになってひくひくと痙攣したハムスターがいた。
踏みつけられてしまったのか、どう見てももう手遅れだった。

「大ちゃんのこと知ってるでしょ?」

先生が静かに聞くと女の子は無言でうなづいた。

「下級生が間違ったことをしそうなときに止めてあげるのが上級生のつとめでしょう」

女の子はワァーーっと泣きながら教室を飛び出した。
先生は、床で転がったままの大ちゃんを抱えて別の部屋に連れて行った。



どうして生き物をいじめる大ちゃんは仕方なくて、生き物を守ろうとした女の子が仕方なくないんだろう。
女の子は叱られるようなことをしたのだろうか。



6時間目が終わると、大ちゃんは先生に連れられて、平然と教室に戻ってきた。

帰りの会になっても、いつも通りフラフラして騒いでいる大ちゃんに、ぼくはそっと耳打ちした。

「ねぇ、大ちゃん、△池って知ってる?」
「うん」

「絶対にね、内緒の話なんだけどね」
「内緒?」

「池の周りが、フェンスで囲まれてるの知ってるでしょ」
「うん」

「でもあのフェンスね、学校から行くと一番遠くの方、隅っこのところに穴があいててね、もしかすると中に入れるかもしれないよ」

△池は小さな池だが、草が生い茂っていて、地盤がゆるいらしく、昔から立ち入り禁止になっている。
誤ってヘドロに足をとられると、大人でも一人では出て来られないらしい。

「あそこは人が近づかないから、鯉とかフナとかウナギとか、大鯰だっているかもしれない。きっと大漁だよ」
「大漁・・・」

「でも先生たちは危ないから池には絶対に近づくなッていつも言ってるから、見つかるとやばいかもね」「絶対に行っちゃダメだけど、もしかすると暗くなる時間だったら大人のひとに見つからずに済むかもしれない」「だれも見たこともないような大きな魚いっぱい捕まえられたら、最高に楽しいよね」「フェンスの穴から池に入れば楽しいと思わない、大ちゃん?」
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ぼくは池に近づいてはいけない、と優しく教えてあげたんだ。
けど、多分行っちゃうんだろうな、大ちゃんは。
ダメって言われても、ルール破っても、ぼくらと違って、それで許されちゃうもんな。
もしだれにも気づかれずに、フェンスを抜けて、間違って池に落っこちちゃったら、助からないかもしれないけど、それでも仕方ないよね、大ちゃんは。