映画『アウトロー』感想

1976年、アメリカ建国200年記念として製作された異色の西部劇。
ときは1860年南北戦争のさなか、妻子を殺され復讐の鬼と化したジョージーウェールズはゲリラ組織として北軍に抵抗を続けていた。敗戦の色も濃厚となり、フレッチャー率いるゲリラ組織もほとんどの者が投降を決断する。しかしそこで彼らを待ち受けていた運命とは・・・


さきにアメリ南北戦争についておさらいしておく。
南部諸州では「奴隷制」によるプランテーションおよび欧州との自由貿易により貨幣をより一層得たいがため奴隷制拡大を訴えてきた。一方の北部は、保護貿易による工業化を進展させる必要があった。一国内に産業革命前/後の経済的不均衡があったのだ。
またルイジアナ、テキサス、カルフォルニアと南部領土が拡大され、国政におけるパワーバランスも変わりつつあった。そのため南部の独立(経済的自立)を危惧した北部では「自由(奴隷制を認めないという意味での自由)」を標榜して、南部の勢力を抑えていた。
しかし1860年大統領選で奴隷制反対の共和党エイブラハム・リンカーンが当選し、不安を抱いた南部諸州は相次いで連邦から脱退。1861年にはジェファーソン・デイヴィスを暫定大統領としてアメリカ連合国を結成。国力の上で大きな差があったものの1865年までの長きにわたる総力戦となった。


さて、映画の話に戻る。
オープニングから推測するに、ジョージ一家は山里で自給自足を営む「産業革命以前」の慎ましやかな暮らしを送っていた。すなわち本作の主人公は、あまたの西部劇に出てくる早打ちの名撃手である以前に、戦争被害者というバックボーンで描かれているのだ。
そこに若きジェイミーの死、物語後半の逃亡劇に加わるチェロキー族の老人ウェイティ、奴隷にされていたインディアンの娘リトル・ムーンライト、旅の道中で襲撃に遭って助けられる老婆サラと娘ローラ、コマンチ族の酋長テン・ベアーズといった登場人物もまた典型的な戦争被害者なのである。そう、この映画は、西部劇でありながらいわゆるアクションムービーではなく、戦争に加担する者とその被害者たちを描いた悲劇なのである。建国200年記念映画に、国威高揚の戦火や奴隷解放の美談ではなく、まず歴史に翻弄された人々の悲劇を描いたことは高く評価すべきである。ベトナム戦争終結と同時期にリリースされただけに、イーストウッド監督の政局への強い反逆心を感じられる。

そうした観点からすれば、ジョージが事あるごとに吐き出す噛みタバコで真っ黒に汚れた唾液も何に対してあんなに執拗に吐き出していたのかが納得できるのではないか。潔癖な日本人には到底理解できない汚さなのだが。