映画『ノーカントリー』感想

神話的暴力の崩壊である。
ジェイソンの仮面、ターミネーターのサングラスよりも圧倒的にシガーの8:2分けが強烈なのは、人の面をかぶった"ひと"だからこそだ。理解不能な快楽殺人者でも、冷徹無比な殺人マシーンでもなく、自分の取り決めに"のみ"則って殺人を全うするシガー。トミー・リー・ジョーンズ演じるold manな保安官は、その犯行を理解しながらにして追うように追わず、諦観して「理解できない」「年寄りには生きづらい国だ」などとぼやく。そんな理不尽な事件など一世紀も前から変わらず続いていて、老兵は去りゆくのみ、と神の不在を理由に現役を退く。
シガーは自分の行いをコインの裏表で相手の意思にゆだねる。ガソリンスタンドの店主やモスの妻とのやりとりは完全に自分が世界のルールとなったかのような迫り方であり、その大仰な振る舞いは、むしろ自らの力を自らで制しきれなくなったシガー=アメリカの動揺とも受け止められまいか。モスの妻を始末したシガーが緑のイスラム原理主義者にクラッシュされ、「え!死んでジ・エンド?」と思いきやダイハードなところがあくまでもアメリカ的アメリカなのである。
保安官を辞め。野に放たれた手負いの。どちらもアメリカのアメリカであり、それぞれを現在のアメリカにつなぐためのブランクを埋める想像力をわれわれはもっている。
ローアングルから見渡すテキサスの荒野、徹底した絞め技の長回しといったあまりにも美しい殺人がそこにはある。すさまじい緊張と緩和、てんどんと不意打ちの連続で観劇後しばし絶句すること必至。100点満点ではなく93点を故意に狙ったとしか思えない最上級の映画エンターテインメント。