コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』感想

いい夢しか見られなくなったら余程不幸せだといえるだろう。物語では、串刺しにされ焼かれた乳児の姿や街の荒廃ぶりが徹底して写実的に描かれている。
われわれ読者は普段本の世界から感じる"におい"や"色"や"温度"といったものをほとんど奪われ、灰色の只中を凍えたままあてどもなく歩かされる。


父子は「火を運ぶ」という使命のためだけに南進を続ける。「火」は、人類の英知や文明の象徴とも、破滅的世界を導いてしまった災厄の元凶とも読み取ることができる。単に子どもの動機づけのために(親が決めた)冒険ごっこ的な設定だとしても構うまい。
読み方は読者に委ねられている。

しかし人々が他人どころか我が子をも食いつくす状況を自らの世代が築き上げてきた後期資本主義社会ととらえてよいものなのか。まだ幼い我が子を老いてこの先守ってやれないという今日的な暗喩だけで片づけてしまうのはあまりにも陳腐な鼻の利き方だと思う。


歩みを止めぬ二人が語り合い、ときに口を閉ざし、夢を見、幾度かの回想を試みる。
その繰り返しの絶望のなかで浮彫りにされてくるのは、父は一人の人間である以前に我が子の前ではどんなに弱かろうともみすぼらしかろうとも父でなければならない、とする自負であり、同時に子の存在だけが親に対して与えうるプライドである。
極限状態の中で彼を彼たらしめるものは彼の息子の存在だけであり、生きていく意味や絶望的な未来など無為に等しい。


老いさらばえた末のロマンチズムと人が笑おうとも、73の老父マッカーシーが7つの愛息に捧げた純潔な愛だと私は思うのだ。